自分専用アプリを21個つくって、最後に残ったもの。―正解を出さない時間
はじめに
公開する予定もないのに、
自分専用のアプリを21個作っていた。
そのすべての記事を書き終えた。
並んだアイコンを眺めながら、
この静かな連載は、誰にも届かないのではないかと、
少しだけ心が揺れた。
皆が競ってアプリを公開している時代に、
自分専用アプリの話なんて、興味を持つ人がいるだろうか。
しかし考えてみれば、
最初から「届ける」ために作っていなかった。
これまでの記録は、ノウハウでも戦略でもなく、
未来の私が読み返すための、純粋な思考の保存だ。
noteと向き合ってみて、アプリを「作る」ことと同じくらい、
文章を「書く」時間が自分にとって重要だったと気づいた。
あの日、なぜその挙動にこだわったのか。
なぜ、その数値でなければならなかったのか。
文章に落とし込む度に、
もう一人の自分が静かに問いかけてくるような感覚があった。
「すごっ!」
最初の時計アプリを見せたときに返ってきた、嘘のない驚きの声。
以前の記事では気恥ずかしくて「知人」とぼかしていたが、
あれは、普段あまり会話のない父の声だった。
あの一言がなければ、
これらはただ私のiPhoneの中で眠り続けていただろう。
元々誰かに見せるためではなかったけれど、
あのとき背中を押されたからこそ、
自分だけのアプリを少しだけ外に出してみることにした。
道具選び
高度な開発ならPCが最適だ。それはわかっている。
でも、私がやりたかったのは「エンジニアリング」ではなく、「図工の時間」だった。
仕事終わりに背筋を伸ばしてデスクに向かうのではなく、
ソファーに沈み込み、iPhoneを片手にする。
この「距離感」が一番心地良かった。
「Codea」は、その距離感を壊さなかった。
ChatGPTと相談し、Geminiがコードを書き、
貼り付けて、実行ボタンを押す。
1秒後には、自分の指で確かめられる。
まるで粘土をこねるように、
その場でプログラムを触っている感覚だった。
Geminiが出力するコードは、
完璧のように見えて、どこか惜しい。
あるとき、物理演算の係数が 0.92になっていた。
見た目は問題ない。でも、触るとほんの少しだけ重い。
0.93。まだ違う。
0.94。少し軽い。
0.95。……あ、これだ。
理屈では説明できない。
でも、その0.01の違いでソワソワが消える。
私は正しい挙動を探しているのではない。
自分だけが「納得」できる挙動を探していた。
カフェの席で座り心地を直すように。
日常の中の小さな違和感を、コードで静めていた。
なぜ作るのか
すべては、衝動から始まった。
完成しなくてもいい。
公開しなくてもいい。
誰かの評価ではなく、
自分の好奇心に従うと決めた。
「なぜ作るのか?」
答えは単純だった。
作らずにはいられないから。
気づくと、また触っていた。
時計、コーヒー、ドット絵、色、構造、宇宙。
統一感がないと言われるかもしれない。
でも考えていたのは、たったひとつ。
「これ、触っていたいか?」
時間と制限
世の中には便利なアプリが溢れている。
でも、私が欲しかったのは「時間を確認する道具」ではなく、
「時間を味わう装置」だった。
歯車と蒸気、コーヒーが落ちる間。
時間を消費するのではなく、その空気を触るような感覚。
「なんでもできる」は、実は少し怖い。
そこであえて制限を作った。
色を削り、入力を制限し、操作を絞る。
制限は不自由ではない。
安心して遊べる枠線だった。
冷たい進化
あるとき、進化のシミュレーションも作った。
四肢がうごめき、最も進んだものが遺伝子を残す。
仕組みは正しく、結果も問題なかった。
でも、どこか冷たかった。
「正解」を見たいわけではなかった。
0.01の違和感が消える瞬間の方が、
ずっと嬉しかった。
私は進化を眺める存在になるのではなく、
ただ手の中で「納得」が生まれる感覚を触っていたかった。
途中を扱う道具
一番重いのは、始める前の瞬間かもしれない。
そこで助走のための道具を作った。
迷わないための補助線。
考えを整理するための場所。
便利さではなく、自然に触り続けられる形に整えた。
手触りの実験
ここには「課題解決」も「ゴール」もない。
あるのは、指先から伝わる感覚だけ。
弾ける動き、流れる液体、
吸い付くような操作感。
意味はない。
ただ、触っていたかった。
それだけのためにアプリをつくった。
いつの間にか時間が溶けていた。
部屋の窓だけでは足りない夜。
iPhoneの中にもう一つの窓を作った。
それは現実逃避ではなく、
現実を少しだけ広げるための場所だった。
正解を求める時間の中で、
こういう時間があってもいいのかもしれない。
静かな宇宙
最後に行き着いたのは、宇宙だった。
正解にたどり着くことよりも、
漂うことを選べるようになっていた。
暗い空間を進む宇宙船。
基地の管理AI「E.V.E」が返す「おかえりなさい」という言葉。
その一言に、妙な安心感があった。
完成しなくてもいい。
完璧でなくてもいい。
このiPhoneの中は、自由だ。
残ったもの
21個も作っていたのに、
何をしていたのかは、最後までうまく説明できない。
ただ触って、少し直して、また触って。
それを繰り返していただけだった。
もし未来の私が、
「ちゃんとしたものを作らなきゃ」と焦り始めたら、
このページを開いてほしい。
君は、ソファーで寝転がりながら、
数値を0.01動かすだけで満足していた。
それだけで十分だったはずだ。
そして、この静かな記録を
ここまで眺めてくれたあなたへ。
通り過ぎてくれるだけでも嬉しいのに、
「スキ」という優しいことば。
ありがとう。
21個作れたのなら、22個目も作れる。
実験は終わらない。
これは、誰かに見せるためでも、リリースするためでもなく、ただ自分のために作った、私のiPhoneの中だけにある秘密のアプリたちの記録です。
E.V.E
ーーそう記録されています。