【魔族な俺ですが、人間達と仲良く暮らしても良いですか?#2】
あらすじ
魔族であるレオルは、かつて魔王を討ち、同族を殺めた罪を背負って祖国を離れ、人間の都市ブラッドレインで冒険者として新たな生を歩み始める。ギルドで出会った元気な格闘家ジュラ、皮肉屋で世話焼きな魔女ミレニムと即席のパーティーを組むが、彼らの旅は次第にただの冒険では済まされない様相を見せ始める。
初依頼であるダスクウルフ討伐では、隠された魔族としての力や仲間の過去が徐々に明かされ、さらに魔力を吸い“存在を消す”異形の怪物との戦闘を経て、彼らの絆は深まっていく。
討伐後、ミレニムの元仲間であった獣人ハクロとの再会により、過去の因縁が浮かび上がるも、レオルの「命を守る」という強い信念によって彼を救い、四人目の仲間として迎える。
だが、次の依頼「神のダンジョン探索」へ向かう途中、彼らは謎の術式によって異界へと転移させられる。そこに待ち受けていたのは、異常な観察者と名乗る女、そして人造の怪物たち。レオルの魔族としての本質までもが暴かれようとする中、四人は命をかけて戦いの渦へと踏み込んでいく。
仲間を守るため、己の過去と力を受け入れながら、彼らは“ただの冒険者”ではいられない運命に巻き込まれていく。
レオル
本作の主人公。人間の姿をしているが実は魔族。魔族の力を取り込み、魔剣に思考を転写するなど特殊な能力を持つ。かつて恋人と領民を魔王に殺され、その後魔王を討伐。自国を離れ、冒険者として第二の人生を歩み始めた。生命を何よりも大切にしており、敵であっても無闇に殺したくないという強い信念を持つ。
ジュラ
元気で素直な格闘家の少女。龍に育てられ、「龍気法」と呼ばれる特殊な気の技術を使う。戦うことが好きで、「強さ」そのものに純粋な憧れを抱く。マイペースで空気を読まないが、周囲の本質を見抜く感性の鋭さも持つ。パーティーのムードメーカー。
ミレニム
皮肉屋で世話好きな魔女。鑑定能力を持ち、レオルの正体を最初から見抜いていた。かつてのパーティー仲間の裏切りをギルドに告発し、孤立していたが、レオルとジュラに出会って再び仲間を得る。知識と魔力に長け、空を飛ぶこともできる。口は悪いが根は優しい。
ハクロ
白虎の獣人で、かつては奴隷として冒険者パーティーに所属していた。主人の命令で危険な道具「引き寄せ香」を使い、結果的にレオル達を危機に晒すが、レオルに命を救われたことで深く感謝し、彼の奴隷として共に旅をすることを選ぶ。スカウトとしての技術(罠の解除や索敵)に秀でる。
ステラ
ブラッドレインの冒険者ギルドのギルドマスター。知性と公正さを併せ持つ女性で、メンバーの内情にも配慮しつつ、冷静な判断を下す。レオル達の実力を見抜き、未知の脅威にも迅速に対応しようとする賢明な管理者。
謎の観察者(女性)
異界にレオルたちを引きずり込んだ張本人。感情の読めない声で話す異様な存在。レオルたちを「素材」として観察・改造しようとする目的を持ち、かつて倒された“サンゴウ”という存在の代わりになる者を探している。魔族であるレオルの“内部”に強く興味を抱いている様子。
獣人ハクロ
「引き寄せ香?」

汚れた小さな袋に怪訝そうな顔をするレオル。
「……本来は魔獣とかおびき出して倒すためにある道具なんだけど、……これは嵌められたかも……」
「……私が原因だ」
ミレニムが苦い顔をして、言葉を押し出した。
「ダスクウルフがたくさん来たのって、この人のせいってこと?あの黒いやつも?」
「かも……前いたパーティーの仲間だったんだけど……私が彼等の犯罪の証拠を、ギルマスに喋ったことを恨んでるんだと思う」
「じゃあ、悪いやつだよね……ほっとく?多分死ぬけど?」
ジュラがある意味正論を述べる。
「ハクロは……パーティーが買い付けた獣人奴隷だったから、彼自体に悪意はないでしょうけど……」

「……ミレニム、魔法回復薬あるか?」
「レオル?」
ミレニムが不思議そうに見遣る。
「……正直、ジュラのほうが正しいのだろう。だが、これは誰かの死を見たくないだけの、俺のわがままだ」
あまりにも多くの身近な者を亡くしたことから、今の彼は死に対する忌避感が強すぎるのだ。
「……言っとくけど、私のはかなり高いよ?今回の報酬、ダスクウルフしか討伐報酬にならなかったら、人数分で割り算して、トントンになっちゃうけど、本当にいいの?」
「……なかなかに厳しいな」
レオルは、軽く息をついた。
「ブラッドレインのギルドマスター、ステラです」

「ダスクウルフの討伐お疲れ様でした。また、未知の魔獣の報告も、ミレニムさんから受けております。それを討伐した件も、勿論承知しております……また、問題のパーティーがミレニムさんのパーティーを危機に陥れた件、ギルドとしても厳正に対処させていただきます……その所属メンバーであるハクロ氏が、証言してくださることで、彼等の拘束に繋がりました」
聡明……それがステラの第一印象だ。ミレニムが、ソファの端に腰を載せて、緊張しまくり恐縮しまくりの顔をしている。
「あ、そっか……レオル、そこまで考えてあのハクロっての助けたんだ。僕は捨ててこう、って……むう!」
ミレニムが、全力でジュラの口を塞ぐ。
ステラが柔らかな微笑を深める。
「人の生命は、大切ですからー!」

ミレニムの必死のごまかしも、あまり功を奏してはいない。
「ハクロ氏は、奴隷の立場。言いなりになるしかないことは、情状酌量の余地がありますが、貴方たちの生命を危険に晒したことに変わりありません」
レオルはそれを静かに聞いていた。
「ですので、貴方達次第です。彼を強制労働させてその賠償金をうけとるのも、彼を普通の奴隷として商館に戻すのも」
ミレニムは、彼の方を見てその重い口を開く。
「……思うところが、私にもないわけではないけど、ハクロの件はレオルに任せるわ。貴方が助けたのだから、貴方が決めるべきよ」
一匙ほどの沈黙のあと、レオルは居住まいを正してステラに向き合った。

「マスター・ステラ」
「はい」
ギルドマスターが静かに応じる。
「貴方は相当の知識と判断力をお持ちの方であるとお見受けする。その上で教えて欲しい……ハクロなる奴隷を、どうすべきか。正直、賠償金は考えていない。そんなために助けたわけでもない。これは、ただの俺のエゴだ」
「……エゴとは、どのようなことか伺っても?」
ステラも膝に手を置いて、レオルに向き合う。
「俺は、自分の生まれた国で王が自国の民を犠牲にする行いに叛逆して、何十人もの同族を殺めた……また、自分の任されていた領地の民や部下、大切にしていた者を死なせてしまったどうしようもない奴だ……」
「だからこそ、生命がどんなに脆く失われやすいものかを知って、怖くなった……正直、誰であれ死ぬところをみたくない、という俺の傲慢なんだ」
「だから、ハクロ氏を扱いかねているのですね、貴方の国には、奴隷はいなかったのですか?」
「ああ、そうだな……だから、よくわからないんだ。どうすべきか。おそらく彼を単純に解放するということは、彼の今後のためにもよくないのだろうと思う」
ステラはおとがいに指をあてて、静かに思考に沈む。
「ねえ、ミレニム……なんか、すごくいたたまれないんだけど、どうしてかな?」
ジュラが少しソワソワしだした。
「……私なんか、もっとよ。逃げ出したいぐらい……話がすごく重たいんですけど……それに、ポーションを売りつけた自分が、凄いひどいやつみたいじゃない」
「うん、あれはない」
ミレニムの口から、ぐっという声が漏れる。
「……だって、しょうがないじゃない。自分たちを危険な目に合わせたヤツに、高い魔法薬をあげるお人好しなんていないわよ」
ヒソヒソ話す二人に構わず、ステラはレオルをみつめて提案する。
「彼の希望でもあるのですが、貴方の奴隷としてしてしばらく働かせてはどうでしょうか?獣人のスカウトは優秀ですし、それが彼の罰になります……罰によって罪をすすぐことで、彼は本当に解放されると、私は考えます。それに、彼は貴方に深い恩義を感じているようです」
レオルは深く頭を下げて感謝の意を示す。
「マスター・ステラ、感謝します。そのように手続きをお願いできますでしょうか」
「賜わりました」
ステラがベルを鳴らすと、事務員が扉を開けて入って来る。
彼女がそばに来た事務員に指示与えると、彼は頷いて戻って行った。
「……ミレニムさんは、良い仲間を得ましたね。ギルドとしても、優秀な貴方が今後どうしていくのか、とても心配していました」
「あ、ありがとうございます……彼等は私にはもったいないないぐらいの実力者です……なんで、冒険者をやろうとしているのか、わからないぐらい」
ジュラが手を挙げる
「僕は修行のため!お師匠に言われたから!」
レオルが、一つ息をつく。
「俺は、まあ当面の生活費を稼ぐためだ……知り合いに、勧められた……これぐらいしか、できないだろうと」
ステラが微笑む。
「まあ、何だか冒険者の評価が低いような意見もあるようですね」
「ギルマス、なんか怒ってません?」
ミレニムがソファの上でも、距離を取ろうとお尻を移動させる。
「いいえ、まさか……で、もう一つの件ですが、黒い魔物、再生するときに回りの樹木が、ただ消えていったとか」
魔女が頷く。
「……存在確率のエネルギーを吸い上げていたのでしょうか?」
「聞き慣れない単語だな」
ステラは、自分のなかから何かを引き出すように机を見つめている。
「……知り合いの賢者がそんなことを喋っていたことを、急に思い出したのです……この世にあるものは存在することそれ自体が偶然にすぎず、そのものが存在する可能性のサイコロを振り当てて、初めてこの世に現界できるのだと」
「なんか難しい話だね……僕達の存在はそんなに軽いってこと?」
ジュラが腕組みして頭をひねっている。
「……詳しいことはわかりませんが、そんなエネルギーをどうにかできる存在がまだいるとしたら……」
「……そもそも、その魔獣こそ、なんで存在してるかって話ではないでしょうか?」
ミレニムがギルドマスターの方をじっと見つめる。
「……あの怪物に対峙したとき、身体の中から何か奪われそうな感覚があった。とっさに抵抗はできたが、その反動で突き飛ばされた」
ミレニムが思わず立ち上がり、レオルに詰め寄る。
「それって、貴方が存在自体を消されかけたってこと?!」
「……そこまで、強力なものは感じなかったが……今までにない嫌な感じがしたから、ミレニムに警告した」
ミレニムは呆れたように、息をついた。腰をに手を当てて、びしりと、指を突きつける。
「そこは、良い判断だし、ありがとうだけど……これからは自分だけで動かないで!貴方は確かに、私よりも戦闘経験は豊かなんでしょうけど……」
ジュラもレオルを凝視しながら、そのあとを引き継ぐ。
「僕達を頼って!」
「そういうこと……もう仲間だよね、私達」
「……済まなかった」
「違う!……謝って欲しいわけじゃない」
何かに気づいたように、二人を見遣るレオル。
「……ありがとう、二人とも」
咳ばらいを一つ。
「……話を戻しても?」
ギルドマスターが、優しい笑みを浮かべてみている。
「あ、はい……すみません。場所をわきまえていませんでした」
「……先ほどの件、こちらでも調査しておきます。混乱を避けるため、しばらく緘口をお願いします」
「そう、なりますよね」
一旦、この話は終わりになった。
「兄さんが、レオルさんかい?」
白虎の獣人が、廊下で待っていた。
「ああ、傷は大丈夫か?」
「おかげさんで、この通りです……感謝してもしきれない」
「ハクロ」
ミレニムが、一歩前に出る。
乾いた音が、廊下に響き渡った。
「……これは、私の分じゃない……私の大切な仲間を危険にさらした分!……これでチャラにしてあげる」
「ミレニムの姐さん、恩に着る」
深々と頭を下げるハクロ。
「兄さん、俺のことは聞いてるかもしれないが……挨拶させてくれ。名はハクロ、スカウトだ。情報収集、罠の探索や解除なら任せてほしい。兄さんに受けた恩、生命に変えてでも……」
レオルが珍しく困った顔をする。
「そういうのは、やめてくれ」
「兄さん?」
「生命は大事にしてくれ……そのために助けたんだ」
ハクロは、ミレニムの方を見る。彼女もやれやれといった感で肩を竦める。
「こういう奴なのよ」
「はあ……兄さんはご奇特な方ですねえ。わかりました、力の限り兄さんの力になります」
深く頭を下げるハクロ。
「僕、ジュラ!よろしくね」
雰囲気を読んでか読まずか、ジュラが強引に腕を取り上げて握手してくる。
「ジュラさん、よろし……イタタッ、強すぎですって!」
レオルは、それを見て笑う。ジュラには助けられてばかりだ。雰囲気が和らぐ。
「よろしく、ハクロ。スカウトのお前の腕、頼りにさせてもらうよ」
「……はい、任せてください」
四人目の仲間が加わった。

異界への誘い
ダスクウルフ討伐の依頼を終えた翌朝、冒険者ギルドの掲示板を前に、ジュラは興奮気味に声を上げた。
「見て見て!ダンジョン探索の依頼だって!これ、絶対やるべきだよ!」
彼女の指差す先には「ブラッドレイン近郊ダンジョン・調査兼探索」の張り紙があった。依頼内容は簡潔で、報酬もそこそこだが、何よりその場所が「神の試練」とされるダンジョンだという点が、ジュラの心を掴んでいた。
「その、ダンジョンというのが、よくわからない」
レオルの言葉に反応したのは、ハクロだった。
「レオルの兄さん、ダンジョンというのは神様が作り出したものなんです」
「……また、大層な単語がでてきたな」
「ダンジョンには罠があり魔物がいる、最奥には宝があり、突破した者がそれを手に入れる、の2点を憶えておけば、大丈夫です」
「それは、略しすぎでしょ?……情報の価値がないじゃない」
ミレニムが若干呆れ気味だ。
「試練!試練!…行きたい!……ねえ、ミレニム、お願い!」
「ダンジョンって、あんまりできたばっかの急造パーティーで行かないんだけど……罠の解除や戦闘時のコンビネーションとか、確立していないと危ないんだよね」
ミレニムは今ひとつ乗り気ではないらしい。
「そうですねえ、俺もまだ、レオルの兄さんやジュラさんの戦い方、見てませんし……俺のスカウトとしての動きをお見せしていません……ダンジョンは強さだけではなんともならない時があります」
ハクロも控えめに辞めるように忠告してくる。
「だからこそ、挑むんだよ!ダンジョンで試練を乗り越えれば、もっと強くなれるし、お宝だって手に入るかもしれない!」
ジュラの目は輝いている。
ミレニムはそんな彼女を見て小さく笑った。
「あんた本当に修行とか試練が好きなのね……でも、神のダンジョンは、普通のとは違って未知の技術で作られている……生命を落とした冒険者も、結構いるんだから」
「師匠に聞いたことがあるから、分かってる……でも、僕にはやらなきゃいけない理由があるんだ」
ジュラの表情がいつになく真剣になると、彼女は自身の過去を語り始めた。

ジュラは幼い頃、親に捨てられ、山奥に一人で置き去りにされた。そのとき彼女を拾い、育てたのは巨大な龍だった。
「龍って言っても、僕が育てられた龍は普通のものじゃないんだ。龍脈、つまり大地や空気の中に流れる力を操る存在だった。その龍から学んだのが、僕の“龍気法”なんだ」
龍気法は、体内の気を大地や空気中にある龍脈の力と融合させ、身体能力を引き上げたり、攻撃を強化したりする独特な技術だ。
龍はジュラにそれを伝えた後、
「この力を使って世界を見てこい」と言って、彼女を送り出したのだった。
「だから、僕にとってダンジョンって特別なんだ。試練を越えれば越えるほど、自分がもっと強くなれる気がするんだ……そしたら、僕は自分がこの世界に生まれてきた意味がある気がするんだ!」
「……それに、言い方悪いかもだけど、僕は色んな相手と闘いたい!闘うのは好きだし、自分が強くなったことを実感できる瞬間は、何にも代えられない、譲れないんだよ」
ジュラの熱意に、レオルもミレニムも黙り込む。
「……ジュラさんは、お若いのに達観してますねえ」
ハクロは感心したように、しみじみとそんなことを言い出す。
「ハクロ……あんただって、そんな齢じゃないでしょ……なに、年寄り枠確保してんのよ」
ハクロは軽く苦笑したあと、ミレニムのほうに向きなおる。
「……ミレニムの姐さん、俺が言うのは差し出がましいと思いますが、今回の調査受けてみてはどうでしょうか?兄さんやジュラさんの実力は姐さんの方が、ご承知でしょうし……」
しばらくの沈黙の後、ミレニムが静かに口を開いた。
「まあ、私も神のダンジョンには行ったことはないし、興味はあるわ……今回は、ジュラのお願いを聞いてあげるけど……これ以上は危ないと思ったら迷わず引き返すからね。これは絶対の約束!」
「約束するよ。僕だってみんなが大事だから」
ミレニムは微笑んだ。
「決まりね。ダンジョン探索に行きましょう」
四人は準備を整え、ギルドの受付でダンジョン探索の依頼を正式に受けると、街を出発した。目的地は街から少し離れた森の中に隠された「神のダンジョン」。
道中、ジュラは意気揚々と拳を鳴らしながら言う。
「……楽しみだな。試練ってどんな感じかなあ」
「浮かれすぎに注意ね。あと、宝は早いもの順だから、そこは忘れないように」
ミレニムが釘を刺す。
「食糧を調達する際に耳にしたが、城の騎士団も腕試しに行くらしい……なんか、お祭り騒ぎだな」
レオルも街でそれとなく情報を集めてきたらしい。
「……レオルの兄さん、さりげなく俺の役割取らんでくださいよ」
「……噂程度だ、確度の高い話じゃないさ」
レオルが軽く笑って、そう寄越した。
神のダンジョンへ向かう森の道中、ジュラが何気ない調子で声を上げた。
「ところでさ、レオルって人間じゃないよね?」
その瞬間、静寂が訪れた。
ミレニムは歩く足を止め、顔を青ざめさせた。
「あっ、バカ!何言ってるのよ!」
声を出した後で、自分の言葉の失態に気付き、硬直する。
パーティー崩壊の単語がよぎる。
ハクロが、僅かに目を細める。
ジュラはきょとんとした顔でミレニムを見つめた。
「え?だって最初から分かってたし、別に問題なくない?」
「それとこれとは話が違うでしょ!」
ミレニムは思わず声を張り上げたが、すぐに沈黙した。これでは、自分もレオルの正体に気付いていたことを認めたも同然だ。
あの黒い魔物との戦いでは、奥の手、という言い方で曖昧にしておいた苦労が水の泡だ。
レオルは立ち止まり、二人のやりとりをしばらく無言で見守っていたが、やがて小さく息をついた。
「まあ、知られたんなら仕方ないか……」
「え……」
あっさり認めたことに、ミレニムが驚きの声をあげる。
「俺は、魔族だ……角とかは隠しているが」
レオルは冷静な表情で二人を見渡し、問いかけた。
「黙っていたことは、悪かった……で、その上で聞くが、このままパーティーを続けてもいいのか、それともここで解散するか?」
ジュラはその問いに対してあっさりと答えた。
「別に解散する必要ないでしょ。僕さっきも言ったけど、最初から分かってたし」

「最初から、か?」レオルは目を細める。
「うん、君の中に流れる気が普通じゃなかったから。人間じゃない、もっと圧倒的な力を感じた。だけど、それが理由で怖がるつもりはなかった。むしろ強い人と組む方が効率がよいと思ったんだ」
ジュラは無邪気に笑ってみせる。
「……ジュラらしいな」
レオルは彼女の率直な態度に少し口元を緩めた。
ミレニムはそんなジュラに呆れたような顔をしつつも、渋々と口を開いた。
「私は鑑定能力で、あなたが魔族だって最初に気付いた」
「それも分かってた」
ジュラがあっけらかんと答える。
「えっ?」
「だって、ミレニムが初めてレオルを見たとき、すごく分かりやすい顔してたもん。えー、って感じ……僕が気付くくらいなんだから、相当だよね」
ジュラは肩をすくめた。
「そ、それは……」
ミレニムは言葉を詰まらせた後、息を吐き出した。
「……まあ、確かに隠しきれてなかったかも」
ミレニムは少し恥ずかしそうに目を伏せながら続けた。
「私は、パーティーを長く組めた試しがなかったの。あれこれ口出ししすぎちゃう性格だし、あとから思えば、魔女だからって鼻にかけてたところもあったし……」
「……今度こそって思ったら、魔族であることを隠してるレオルが来て、マイペースなジュラが来て、でも組んでみたら、すごく楽しかった……」
「……楽しかったの」
ミレニムの声が一瞬消え入りそうになる。

「……だから、レオルの正体がばれて、パーティーがめちゃくちゃになるのを避けたかった。それに……」
彼女はふと顔を上げてレオルを見た。
「この不思議な組み合わせのままで、しばらくやってみたいと思った……それは、本当」 知らず、声が震える。
レオルはミレニムの言葉にしばらく答えず、ただじっと彼女を見つめた。
その視線が真剣なものであることに気付いたミレニムは、思わず顔を赤らめた。
「……分かった。なら、この話はこれで終わりにしよう」
レオルが静かに告げた。
「うん、それがいいね!」
ジュラは気楽に頷き、先に歩き出した。
ハクロが頭を下げて、その後を追う。
「レオルの兄さんの俠気に惚れたんです……種族なんて些細なことですよ」
「さあ、試練が待ってるんだから、さっさと行こう!」
ミレニムもその後を追い、レオルは一人、少しだけ後ろを歩きながら三人の背中を見つめた。
……不思議なパーティー、か……悪くない……
神のダンジョンへ向かう道中、森は深く静寂に包まれていた。
木々は天を覆い隠すほどに鬱蒼と茂り、差し込む光は微かな緑の粒となって葉陰を踊っている。
ジュラは鼻歌を歌いながら、前方を歩いていた。
その時だった。
森の静けさが、急に異様な感覚へと変わった。
「……ん?今、何かおかしくなかった?」
ジュラが足を止め、周囲を見回す。
「確かに……何かを通り抜けたような感覚があった」
レオルが森の奥へ鋭い視線を向けた。
「空気の匂いが変わりました……何か、嫌な感じですね」
ハクロが懐に手をやる。
突如として、四人を包む足元の地面が光り始めた。

「転移の術式?」
ミレニムが叫ぶが、言葉を発する間もなく、眩しい光が彼らを覆い尽くした。
光が消えたとき、四人が立っていたのは、見知らぬ荒涼とした夜の湿原だった。
空は黒い雲で覆われ、微かな月の輝きが雲の裂け目から漏れている。風は冷たく、吹き抜ける音がどこか耳障りだ。
「ここ、どこ?」
ジュラが低い声で呟いた。
「さっきのところと違う……気味が悪い」
足元の地面は、踏みしめるたび水が染み出す。
「ここは、お月さんが二つあります……逃げられないように、さらに奥に連れ込まれたんでしょう」
ハクロがあたりを伺う。
「おそらくだけど、異なる空間、異界に飛ばされたのよ」
ミレニムが険しい表情で周囲を見渡した。
「こんな場所が、近郊にあるなんて聞いたことがない」

「ようこそ一、私の飼育場にですー」
湿原に、影がゆらりと現れる。
「……何者だ?」
レオルが魔剣を抜く。
「……それはコチラのセリフです一、サンゴウを倒したあなた達は、何者ですかー?」
影の目が淡く光を帯びる。
「龍気の拳士に魔女、獣人……なんか、すごく珍しい組み合わせですねー」
感情の感じられない平坦な、妙に間延びした声が、ミレニム達の本質を明かしていく。
「……鑑定?!……勝手に見るな!」
ミレニムが、威嚇に炎弾を放つが目の前で弾かれる。影の女は、何事もなかったように続ける。
「……それに、お前はなんですー、魔族は分かるんですけどー、中身がいろいろとグチャグチャですねー」
「お前、同族を喰らいましたねー、怖ーい、怖ーい」
三人の視線がレオルに集まる。
彼の表情に苦痛めいたものがよぎったのは、気のせいだったのか……
女が杖を振ると、湿原から巨大な影が二つ現れる。
一つは大きな顎を持ち、ニ本の足でその巨体を支える。もう一つは、細身で鋭い爪を備えていた。
「お前たちをー、素材にすればー、サンゴウのかわりぐらいは作れるかもー」
「……責任をとってもらいますよー」
杖がレオルたちに向けて、振り下ろされた。
「イチゴウ、ニゴウ、やっちゃってくださいー、できるだけ殺さずにー、お願いしますー」


「俺が先陣を切る」
レオルは低く呟き、魔剣を構える。
「あの女を何とかしない限り、ここから逃げれないようだからな」
「レオル、僕も行くよ」
ジュラが彼の横に並ぶ。
何か、レオルをひとりにしてはいけない、ジュラはそう感じていた。
「僕のダンジョンデビュー、台無しにしてくれたお礼をしないとね」
異界の闇が、レオルたちを飲み込もうとしていた。
