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気づいたら、演じる楽しさを忘れていた【カンヌへの道-02】

沖縄で俳優として活動しています。
いっちーこと伊藤駿一です。

普段は大学の医学部に通いつつ、演技の稽古に励む傍ら、「カンヌ国際映画祭主演男優賞」を目標にし、「演劇は世界を平和にする」という信念のもと、自らの表現と人生を豊かにしてくれそうなことは何でも試すようにしています。このnoteでは、そんな日々の試行錯誤のプロセスで見つけた学びや気づきを、できるだけ正直な言葉で綴っていきます。

このシリーズ「カンヌへの道」は、伊藤駿一が「カンヌ国際映画祭主演男優賞」というあまりに遠いゴールへ向かって、一歩ずつ進んでいくプロセスを記録するシリーズです。今この瞬間ぶつかっている壁、試したけど外れた仮説、たまに掴めた感覚、また失った感覚。その全部を、できるだけそのまま晒していきます。


気づいたら、演じる楽しさを忘れていた

今日は、頭の中に浮かんできたことを、徒然なるままに書いていこうと思います。
読みやすさよりも、流れていく考えを、そのまま残すことを優先する回です。

話す前に、何パターンも考えちゃう

僕、話す前にいろいろ考えちゃうんです。

頭の中でシミュレーションしてしまう、というか。
「これ言ったら、たぶんこういう反応になるだろうな」というのを何パターンか考えて、一番良さそうなやつを選んで言う。
そういう感じです。

なので、僕と喋ったことがある方は分かると思うんですが、僕は会話のテンポが遅かったりします。
早い時は早かったりもするんですが、周りから見ると、その「遅い時」が際立つみたいです。

「話しかけられた時に、2秒くらい遅れて返ってくる」と言われたことがあります。

第1回の続きの話になりますが、「考えない、考えない」と練習を続けるなかで、テンポは少しずつ速くなってきている実感はあります。
でもまだまだ、やりきれていないところがある。
そこをどうにかしていきたい、というのが今のところです。

ギア1で漕げない、自転車みたいな僕

なんか僕の中で、頭の中に、ギアがあるんですよね。

普通の会話とか、雑談とか、みんなはギア1とかギア2でやれるんだと思うんです。
でも、僕の会話は、ギア1、ギア2をすっ飛ばして、いきなりギア6とかからスタートする感じです。

自転車でちょっと考えてもらえると、分かりやすいかなと思うんですけれども。

ギア1だったら、速く素早く走り出せて、小回りもきく。けど、スピードが乗った時には、漕いでもその力が伝わらない。
逆にギア5とかギア6だと、走り出しはめちゃくちゃ重い。けど、一度スピードに乗ったら、一定の力で楽に走れる。

それぞれ特徴があって、普通、自転車を漕ぎ始める時って、ギア1からスタートして、スピードに応じて上げていきますよね。

でも僕は、ギア1とかギア2でペダルを漕ぐ、その「漕ぎ方」がわからない。
自分の感覚にない、という感じです。
今まで生きてきて、いろいろ自分と向き合ってきて、そう感じます。

なんだけれども、動く前にギアを落とせたりすると、めちゃくちゃ心地いい。
少しずつ、落とせるようにはなってきている。

これが自由自在に操れるようになると、演技もめちゃくちゃ変わってくるんじゃないかな、楽しめるようになるんじゃないかな、という期待を抱いています。

気づいたら、楽しむことを忘れていた

「楽しめてないかも」と実感を持ったのは、今日のことなんです。

いや、最近のどこかの場面、というよりは、もうずっとなんですね。
演技をやっている時、稽古もそうだし、レッスンもそうだし、公演にお誘いいただいたりとか、そういったこともそうだし。

純粋に楽しむっていうことが、できてないなと、ふと今、気づきました。

「楽しもう楽しもう」と思って楽しめてない、というわけではないんです。
気づいたら、楽しむことを忘れていた、みたいな感じ。

「いかに上手くなれるか」というところに、ちょっと執着していたのかもしれません。
今一度、原点回帰というか、そういったものが必要なのかな、と思います。

ろうそくの火が消えそうな、あのシーン

ここで、ふと思い出したことがあります。

もう本当にずっと前に受けたワークショップの話です。
僕、いろいろワークショップを受けてるんですけれども、その中で受けた、あるワークがあって。

「自分が一番やってみたい役、やってみたいシーン、やってみたいセリフ、それをやってごらん」と言われたんです。

当時の僕、特に「この映画のこのセリフが大好きだ」みたいな、そういうことが特段なくて、どうしようかなと思っていたんですが。

そこでふと思い出したのが、僕、落語が好きだったな、ということでした。

その中でも、その時にちょうど思い浮かんできたのが、落語『死神』という演目です。
僕の好きな演目で、米津玄師さんの歌にもなっているので、ぜひ落語の方も歌の方も、YouTubeでチェックしてもらえたら嬉しいです。

その演目の、最後のシーン。
登場人物が、ろうそくの火が消えそうで、苦しむ場面があるんですね。
そのシーンが、ふと蘇ってきたんです。

「あ、それやろう」と思って、やってみたら、なんか勝手に楽しくなりました。
「こんな感じでずっとやってていいな」と、ふと思いました。
イキイキもするし。

やっぱり、芝居は楽しい・イキイキする、というところが大事とも聞くので、そういった感覚に今一度立ち返ってやってみるっていうのもいいんじゃないかな、と思いました。

なんで『死神』の、苦しむシーンだったのか

なんで『死神』なのか、なんでそのシーンなのか、書きながら、自分でも考えてみました。

なんか僕、人間の意地汚さというか、そういったものを生々しく描いている、生々しく表現しているような作品に惹かれているのかもしれないです。
人間らしさというか、不完全なポイント、みたいな。

最近、「AI時代だからこそ、人間らしさが必要だ、武器になる」と言われていたりするし、僕も思っています。
落語『死神』は、その「人間らしさ」をものすごく秀逸に表現している作品だなと思っているんです。

しかも『死神』、最後のシーンで主人公は苦しんで、最後、死んじゃうんですね。
(終わり方には諸説あるらしくて、死ぬパターン・死なないパターンいろいろあるみたいですが、僕は死ぬバージョンの作品を選びました。)

その「苦しむ役」を選んだの、自分でもちょっと意外だったんですが、やってみたら本当に楽しかったです。
楽しい役じゃなくて、苦しむ役で楽しかった、というのが、自分の中での発見でした。

気づいたらやっている、の原体験

「気づいたらやっている」状態に、人生の中で一回でも入れたことがあるか。
自分に問うてみました。

めちゃくちゃ、ありますね。

本とか文章は、僕、つい読んじゃう。
本屋とかも大好きで、本屋に放っておかれたら、もう4時間でも5時間でも、一瞬で経っちゃったりします。

小学生の頃は、迷路を描くのに夢中になってました。
ずっとずっと、描いてた。
家でも、学校でも、休み時間でも、ずっと描いていたな、という思い出があります。
すごい、楽しかったですね。

ただ、それが「一人で黙々やる」という感じだったので、人と話すという経験は、人よりはあんまり積めなかったという側面もあるかもしれないです。

「努力したことがない」と言っているような、第一線で活躍している方の話を聞いたこともあります。
本当にただただ無我夢中で物事に取り組んでいたら、自分の好きなことに取り組んでいたら、それがいつの間にか仕事になっていた、みたいな。

そういう領域に行けると、本当に強いんじゃないかな、と思っています。

同じだね、僕もだよ

「話す前に考えすぎちゃう」って、演劇やってない人にも、あるかもしれませんね。

会議とか、面接とか、初対面とか、LINEの返信とか。

この記事を読んでくれているあなたに。
ただ、「同じだね、僕もだよ」と、それだけ、共有させてください。

楽しもう楽しもう、と楽しめなくなっていた。
気づいたら、楽しむことを忘れていた。

これが、僕の今日の現在地です。

読んでくださり、ありがとうございました。


最後まで読んでくれたあなたへ

カンヌへの道も、演劇で世界を平和にする仕組み作りも、気が遠くなるほど先の話です。これからも今日のような分厚い壁に、数え切れないほどぶつかるはずです。

だからこそ、あなたが最後に押してくれる「スキ」の一つひとつが、「この熱のまま、もっと遠くへ行け」と僕の背中を押す最大の原動力になります。

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「地域を応援する演劇」は、子ども食堂・福祉施設・地域コミュニティを舞台にした、応援の輪を広げていく連続演劇プロジェクトです。

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—— 金曜日の食堂で、子どもたちが見つけた居場所 ——

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ある金曜日の17:00〜19:30、居場所のない人たちが、沖縄のおばあの厳しくて温かい食卓で「帰る方角」を見つけていく物語です。

  • 日時:2026年6月7日(日) 13:00開演 / 16:00開演(2ステージ)

  • 会場:壺屋演劇場かさね(沖縄県那覇市壺屋)

  • 上演時間:約120分(休憩10分含む)

  • 料金:大人2,000円 / 学生1,000円 / 小学生以下無料

  • 主催:01 ENTERTAINMENT / チーム恵比寿

  • 脚本:伊藤駿一・金井優

  • 演出:西平寿久

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