見出し画像

考えない、考えない、と考えている【カンヌへの道-01】

沖縄で俳優として活動しています。
海が絡む曲が好きないっちーこと伊藤駿一です。

普段は大学の医学部に通いつつ、演技の稽古に励む傍ら、「カンヌ国際映画祭主演男優賞」を目標にし、「演劇は世界を平和にする」という信念のもと、自らの表現と人生を豊かにしてくれそうなことは何でも試すようにしています。このnoteでは、そんな日々の試行錯誤のプロセスで見つけた学びや気づきを、できるだけ正直な言葉で綴っていきます。

このシリーズ「カンヌへの道」は、伊藤駿一が「カンヌ国際映画祭主演男優賞」というあまりに遠いゴールへ向かって、一歩ずつ進んでいくプロセスを記録するシリーズです。今この瞬間ぶつかっている壁、試したけど外れた仮説、たまに掴めた感覚、また失った感覚。その全部を、できるだけそのまま晒していきます。


考えない、考えない、と考えている

また、昨日も言われた

昨日、先輩から、また同じことを言われました。

「考えすぎだよ」
「真面目すぎる」
「要はシンプルなんだよ」
「バカに生きてごらん」

この言葉を浴びるのは、これが初めてではありません。ちょくちょく言われます。というか、僕が芝居を始めてから、ずっと言われ続けています。同じ先輩からも、違う先輩からも、いろんな人から、似たような言葉で。

つまり僕の課題は、すでにパターン化されてるんです。本人が気づいていようがいまいが、周りには「あ、いっちー、また考えすぎてる」と見えてる、ということです。

念のため書いておくと、進歩はあるんです。「少しずつ良くなってきてるよ」「以前よりは抜けてるよ」と言ってくれる方もいます。それは嬉しい。でも、続けてこう言われます。

「でも、作品にちゃんと貢献できる役者のレベルには、まだ程遠いね」

スタートラインに立てるレベルになるのが、まだ先。
プロの作品の質に貢献できるレベルになるのが、もっと先。
それが、今の僕の現在地です。

「足す」より「削る」が、ずっと難しい

ここでひとつ、最近気づいたことがあります。

もし僕が「考えなさすぎ」と言われていたら、まだ話は分かりやすかったと思うんです。

「もっと役の背景を考えろ」
「相手のセリフを聞いて、自分の中に何が起きるか観察しろ」
「セリフの裏にある感情を分析しろ」

——みたいな。考える訓練を積めばいい。やればやるほど、足し算で増えていきます。

でも、僕が言われてるのは逆です。
「考えるな」「忘れろ」「もう知ってるはずだから手放せ」。

これ、訓練のしようがないんです。
削る、忘れる、手放す。これらに、一般的に流通している訓練法が、僕には見当たらない。

足し算は、努力でなんとかなる。
引き算には、技術がいる。
そしてその技術を、僕はまだ持っていません。

これは芝居だけの話じゃない気がします。たぶん多くの人が、人生で「足す」訓練ばっかりしてきたはずなんです。後で書きます。

「考えない、考えない」と、考えている

「考えるな」と言われた時、僕がどうしているか、正直に書きます。

僕は「考えない、考えない、考えない」と、考えてます。

「考えるな」を実行しようとして、頭の中で「考えない」って言ってる時点で、もうそれは、考えてます。

そう思った瞬間、「あ、また考えてる」と、また考えます。
「あ、また考えてる」と気づいてる時点で、また考えてます。
「気づいてる」と気づいてる時点で——以下、無限地獄。

しかも性質が悪いことに、僕は妙に冷静なんです。
「考えすぎだよ」と言われた時、「本当にそうなんだよな」と納得してる自分がいる。図星すぎて、反論する余地がない。

そして、納得してる自分がもう真面目だ、と気づく。
気づいてる自分がもう考えすぎてる、と気づく。

「やりたいと思ってる、と思ってる時点で違うんじゃないか」
「自然にやろうとしてる時点で違うんじゃないか」
「自然にやろうとしてる、と思わないようにしようとしてる時点で違うんじゃないか」

このメタ思考が、永遠に終わりません。

考えない、考えない、と考えている。
考えない、考えない、と考えている。
考えない、考えない、と考えている。

これが今、僕の頭の中で起きていることです。
今この記事を書きながらも、僕は考えてます。

たまに、できる時はある

ただ、稀に「あれ、いま考えてないな」みたいな瞬間が、来る時はあります。

そういう時は、場の空気が変わるのが分かるし、同じ空間の方々からも「今日のは良かったよ」とフィードバックをもらえたりする。

ということは、僕の中にも「考えない状態」へのチャンネルは、たぶんある。
ある時には、ある。

問題は、それに 常時 アクセスできないこと。
そして、 プレッシャー下 でアクセスできないこと。

特に最近、久しくそのチャンネルに入れてない感覚があります。
ここしばらくの稽古や本番で、「あ、抜けたな」という瞬間が、ほぼ来ていない。

これがもう、悔しいんです。
あるはずなのに、繋がらない。
ある時にはあるのに、欲しい時にない。

通信回線が時々切れる場所で、大事な電話を待っているような感覚です。

「リスクを取れていない」と、評価された

ここで、対照的な話をします。

僕の身近に、同じ「考えすぎ」の壁を、ぶち抜いた人がいるんです。

その人は、ある時から「本当にバカになってやろう」と決めて、本気でバカになる練習を始めました。
周りにドン引かれるような突飛な行動を、ためらわずやる。
笑われても、見下されても、それを意に介さずやり続ける。

そういう振る舞いを続けた結果、その人の芝居は、明らかに変わりました。実力に直結した。

その変化を目の前で見てきて、僕に向けられる評価は、こうです。

「いっちーは、まだリスクを取れてないよね」

これも、図星です。
僕は「お利口」を捨てる勇気が、まだない。
社会人として、医学生として、ちゃんとした立ち振る舞いを続けてきた人生の重みが、思ったよりずっと重いんです。

その重みごと、一回バカになる必要がある。
頭では分かってる。
でも、できてない。

「お利口」って、外そうとすると、自分の輪郭そのものを削るような感覚があるんです。それくらい、僕という個体に染み込んでます。

パソコンの前で、バカへの道を歩く

じゃあ僕はどこから始めればいいのか。

いきなり大きなリスクは、まだ取れません。
社会人の僕、医学生の僕、共演者と関係を築いてる僕、いろんな僕が、急に「バカになる」のを止めにきます。

人といる時は、空気を読んでしまう。
場の関係性に配慮してしまう。
好き勝手は、なかなか喋れません。

でも、パソコンの前なら、好き勝手喋れる。

これに気づいたのが、たぶん最近のいちばん大きな前進です。

僕は今、このnote記事を音声入力で書いてます。
頭の中にあるものを、口を止めずに、ひたすら吐き出していく。
言い切ったと思っても、まだ何かが出てきます。
それも吐き出す。

これ、気持ちいいんです。
そして、たぶん「考えすぎから脱出する」ジャーナリングと、機能としては同じです。

人前ではバカになり切れない僕も、パソコンの前でだったらなれる。
今日この記事を書いてる時点で、僕は今日のバカへの道を、一歩だけ歩いた。

そう、今この時点でも、僕は「考えない、考えない」と考えてます。
でも、その「考えてる」を晒すこと自体は、今までの僕にはできなかったことです。

ここで一段、お利口の鎧が薄くなる。
パソコンの前で、ネジを一本だけ外す。
それを毎日やる。

そのうち、稽古場でもネジが一本外せるようになるかもしれない。
本番でも外せるようになるかもしれない。

カンヌの舞台に立つまでに、僕はそのネジを、一本ずつ外していこうと思います。

あなたの「お利口」も、一緒に外していきませんか

ここまで読んでくれたあなたへ。

もしあなたが「真面目すぎ」「考えすぎ」「お利口すぎ」と言われたことがあって、そのたびに「分かってるんだけどな」と頷いたことがあるなら、僕とあなたは、たぶん同じ壁にぶつかってます。

俳優の話だと思って読まないでほしいんです。

これ、医学生にも、教師にも、会社員にも、親にも、起業家にも、研究者にも、誰にでも当てはまる話だと、僕は本気で思ってます。

僕たちはみんな「足す」訓練を、人生でいっぱい積んできました。
勉強する、知識を増やす、スキルを身につける、教養をつける、肩書きを増やす。
社会は「足す」ことを評価してくれます。学校でも、職場でも。

でも「削る」「忘れる」「手放す」ことを、しっかり誰かに教わったことが、僕にはありません。
そしてあなたも、たぶん、ない。

だから、しんどいんです。
削るのは、足すよりずっと難しい。
教科書がない。

でも、教科書がないなら、自分たちで作るしかない。

僕は、カンヌに行くまでの道のりで、この壁を越えていきます。
今日みたいに「考えない、考えない、と考えてる」自分を晒しながら、それでも一歩ずつ。

あなたの「お利口」も、一緒に外していきませんか。
たぶん一人より、二人で、何人かで足掻いた方が早いです。
このシリーズ「カンヌへの道」、その共犯者になってもらえたら、嬉しいです。

最後に、僕の今日の到達点を正直に書いておきます。

考えない、考えない、と考えている。
これが、僕の現在地です。

と、こうやってまとめが書けてる時点で、また考えてます。
というように考えちゃうのが、僕の課題です。

読んでくださり、ありがとうございました。


最後まで読んでくれたあなたへ

カンヌへの道も、演劇で世界を平和にする仕組み作りも、気が遠くなるほど先の話です。これからも今日のような分厚い壁に、数え切れないほどぶつかるはずです。

だからこそ、あなたが最後に押してくれる「スキ」の一つひとつが、「この熱のまま、もっと遠くへ行け」と僕の背中を押す最大の原動力になります。

もしよければフォローして、この長い旅の「一番の目撃者」になってくれませんか。いつか必ず辿り着くその景色を、一緒に見たいです。


活動の続きはLINEでも

稽古の様子、記事を書いたきっかけ、書けなかった話。
そういう断片をLINEで届けています。

▼ 伊藤駿一 公式LINE(友だち追加)

▼ 伊藤駿一 公式ホームページ



【挑戦その1】「地域を応援する演劇」プロジェクト連載中

「地域を応援する演劇」は、子ども食堂・福祉施設・地域コミュニティを舞台にした、応援の輪を広げていく連続演劇プロジェクトです。

▼【保存版】「地域を応援する演劇」全シーズンまとめポータル

直近の公演:第四回公演『にぬふぁぶし』開催決定!

迷った時、上を見れば、いつもそこに光がある。
—— 金曜日の食堂で、子どもたちが見つけた居場所 ——

那覇の子ども食堂「にぬふぁぶし」を舞台にした、01 ENTERTAINMENT、チーム恵比寿の俳優たちによる群像ハートフルコメディ。
ある金曜日の17:00〜19:30、居場所のない人たちが、沖縄のおばあの厳しくて温かい食卓で「帰る方角」を見つけていく物語です。

  • 日時:2026年6月7日(日) 13:00開演 / 16:00開演(2ステージ)

  • 会場:壺屋演劇場かさね(沖縄県那覇市壺屋)

  • 上演時間:約120分(休憩10分含む)

  • 料金:大人2,000円 / 学生1,000円 / 小学生以下無料

  • 主催:01 ENTERTAINMENT / チーム恵比寿

  • 脚本:伊藤駿一・金井優

  • 演出:西平寿久

▼ チケットのお問い合わせは公式LINEから



【挑戦その2】「出張一人芝居」はじめます!

沖縄本島内であれば、どこへでも行きます。
観客が何名でも構いません。「たった1人」からでも、見たいと手を挙げてくださる方がいれば、あなたのためだけに、指定された場所へ伺って全身全霊で演じます。

「いっちーの一人芝居を見てみたい」「うちの場所でちょっと演じてみてよ」と思ってくださる奇特で温かい方がいらっしゃいましたら、ぜひお気軽にご相談ください!

▼出張一人芝居の詳細や、企画に込めた想いはこちらから

▼出張一人芝居のご依頼・ご相談は公式LINEから(上のLINEリンクと同じです)


→ 次の話| 気づいたら、演じる楽しさを忘れていた【カンヌへの道-02】

▼「カンヌへの道」マガジンはこちら

▼「カンヌへの道」連載記事一覧
考えない、考えない、と考えている【カンヌへの道-01】
気づいたら、演じる楽しさを忘れていた【カンヌへの道-02】
美学・生き様・佇まい。ずっと探していた、魅力の正体【カンヌへの道-03】
「えんとつ町のプペル 約束の時計台」を見て、自問が始まった【カンヌへの道-04】
演じる僕の原点は、幼稚園の鬼ごっこだった【カンヌへの道-05】
迷ったら、まず一言。それだけで道は広がる【カンヌへの道-06】
いきなりpodcastデビューして、15年分の確信に触れた【カンヌへの道-07】
「頑張る」をやめて、「かさねる」にした1週間【カンヌへの道-08】
「助けて」って、言ってみようかな【カンヌへの道-09】
頼るのが下手な僕が、少しずつ練習している話【カンヌへの道-10】
任された。やりたい。でも、やり切れるか。【カンヌへの道-11】
明日が勝負。「最高だから」を、言える自分まで【カンヌへの道-12】
同じ景色を、隣で一緒に見たいだけだった【カンヌへの道-13】

いいなと思ったら応援しよう!