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演じる僕の原点は、幼稚園の鬼ごっこだった【カンヌへの道-05】

沖縄で俳優として活動しています。
急に視界に入ったマネキンにびっくりした、いっちーこと伊藤駿一です。

普段は大学の医学部に通いつつ、演技の稽古に励む傍ら、「カンヌ国際映画祭主演男優賞」を目標にし、「演劇は世界を平和にする」という信念のもと、自らの表現と人生を豊かにしてくれそうなことは何でも試すようにしています。このnoteでは、そんな日々の試行錯誤のプロセスで見つけた学びや気づきを、できるだけ正直な言葉で綴っていきます。

このシリーズ「カンヌへの道」は、伊藤駿一が「カンヌ国際映画祭主演男優賞」というあまりに遠いゴールへ向かって、一歩ずつ進んでいくプロセスを記録するシリーズです。今この瞬間ぶつかっている壁、試したけど外れた仮説、たまに掴めた感覚、また失った感覚。その全部を、できるだけそのまま晒していきます。


演じる僕の原点は、幼稚園の鬼ごっこだった

揺れたまま、夜を迎えてしまった

家に帰る途中で、お店のマネキンに本気でびっくりしました。
急に視界の端に人型が入ってきて、という感じです。

普段なら笑い飛ばす出来事なんですが、その夜の僕は、別のところでまだ揺れていました。

「人事を尽くしているか」
「リスクを取り切れていないんじゃないか」
「揺れたまま進む」と書いたものの、本当にそれでいいのかな、と。

結局なかなか眠れなくて、机の上のノートを引き寄せて、ペンを握りました。
何か答えが欲しいというより、揺れの源を辿りたい。
そんな感覚でした。

ノートの一行目に、こう書いてみました。

そもそも、自分は、何がしたいんだろう。

ふっと出てきた答え

書きながら、いくつかの言葉が浮かんでは消えていきました。

「カンヌに行きたい」も浮かびました。
「演劇で世界を平和にしたい」も浮かびました。
「医学を活かして社会に何か返したい」も浮かびました。

どれも嘘じゃない。
だけど、どれも、なんていうか、もう一段奥がある気がする。
誰かに見せるための回答みたいに感じてしまう瞬間があったんです。

それで、フィルターを取って、もっと素直に書いてみよう、と思いました。

ふと、ノートにこれを書いたんです。

「最高の状態で、人と関わりたい」

書いた瞬間、これかもな、と思いました。

「最高の状態」って何だ

書いてから、自分でツッコミが入りました。

「最高の状態」って、抽象的すぎないか。

それで、自分の言葉で言い換えてみることにしました。

ぱっと思いついたのは、「一緒にいて楽しい」でした。
もう少し書いてみると、こんな言葉も出てきました。

頭の中で相手と散歩しているような感覚。
ふざけ合ったり、いたずらし合ったりする感覚。
ただ笑い合える感覚。
ケンカも、してみたい。

うん、これだ、と思いました。
僕がしたいのは、たぶん、こういう瞬間瞬間の関わりなんだ。

そう書きながら、同時に、別の感覚も湧いてきました。

そんな状態で、僕は今、どれくらい生きてるんだろう。

「楽しいフリ」を、僕はやっている気がする

ここで、ペンが止まりました。

正直に書こう、と思って書き出した瞬間、たくさんの場面が浮かんできたんです。

言いたかったことを飲み込んだ場面。
話を合わせるために、ちょっと無理した場面。
楽しんでいる側の人として、その輪にいた場面。

これ、楽しいフリ、なんじゃないか。

書いていて、もうひとつ問いが生まれました。

「楽しいフリ」と「本当に楽しい」って、何が違うんだろう。
僕は普段、ちゃんと、自分で楽しめてるんだろうか。

ふと、幼稚園の校庭を思い出した

机に置いたペンをもう一度握り直して、もう一段、深く潜ろうと思いました。

「本当に楽しい」って、自分はいつ感じてたんだ。
最近の話じゃなくて、ずっと前。
身体が覚えている、いちばん古い「楽しい」を、思い出してみよう。

そしたら、すぐに出てきたんです。

幼稚園の鬼ごっこ。

校庭で、誰がどう動くかを必死に考えて、走って、笑って、転んで、また走って。
子供なりに戦略を立てて遊んでいた、あの時間。

あれが、僕の「最高の状態」の原点だ、と思いました。
全力で人と関わって、ただただ、楽しい。

ノートに書きながら、なんで僕、こんなに泣きそうなんだろう、と思いました。

いつから、楽しいが薄くなったんだろう

幼稚園の鬼ごっこから今までの時間で、何が起きたんだろう。

小学校で、空気を読むことを覚えました。
中学校で、人と比べることを覚えました。
高校で、結果を出すことを覚えました。
大学で、社会に出る準備を覚えました。

どれも、必要なことだと思います。
社会で生きていくには、相手の状況や周りの空気を読むことは大事です。

ただ、その過程で、子供の頃のあの感覚が、薄れていくのを感じてきました。

これは老いなのかな、とも思いました。
でも、ノートに書きながら、僕は思い出しました。

これは老いじゃない、と思える根拠が、僕にはひとつある。

演劇に出会ってから、少しずつ取り戻している

僕にとって演劇に出会えたことは、たぶん、子供の頃の感覚を取り戻すための入口でした。

俳優って、表面的に見れば「役を演じる仕事」です。
だけど、僕にとっては、もっと違う意味があるんじゃないか、と最近気づき始めています。

俳優は、僕にとって、「最高の状態で人と関わる」ための訓練機関でもあるし、その状態で生きるために選んだ場所でもあるんだ、と。

想像の設定の中で、いろんな人といろんな関係を体験できる。
セリフのやり取りの中で、相手と心の散歩ができる。
ふざけ合うことも、ぶつかることも、笑い合うことも、すべて稽古場や舞台の上では「やっていいこと」になる。

幼稚園の校庭で僕がやっていたことを、もう一度、別の形でやり直している。
そう書いた時、自分の中でカチッとはまる感覚がありました。

直近、少しずつ取り戻している自覚がある

書きながら、ここ最近の自分を振り返ってみました。

僕が所属している01 ENTERTAINMENTの仲間と話している時間。
気のおけない友人と、たわいないことを話している時間。
先輩や後輩と、ふざけ合ってる時間。

これらの時間の中で、僕は確実に、あの「最高の状態」に近づいている気がします。
少しずつ、少しずつ。

まだまだ余白だらけです。
飲み込んでしまう瞬間も、楽しいフリをしてしまう瞬間も、たくさんあります。

でも、取り戻しは始まっている。
それだけは、ノートを閉じる頃に、確信に変わっていました。

あなたが、もし

ここで、読んでくださっているあなたに、話しかけたいです。

楽しめない、と感じる瞬間。
生きてる意味が、よく分からなくなる瞬間。
なんかつまらない、と感じる瞬間。

そういう感覚が、もしあなたの中にもあったら。
(僕も、しょっちゅうそうなります)

子供の頃のあの楽しさが歳をとるにつれて薄れていく感じがするのなら、それは老いじゃなくて、いつからでも取り戻せるものだ、と僕は思います。

そして、これだけは伝えたい。

「自分で楽しむ」という能力だけは、たぶん、AIにはどうやっても代替できません。

ロジカルな問題解決も、効率の良い段取りも、ゆくゆくは技術が追いついてくると思います。
でも、僕が幼稚園の校庭で感じていたあの感覚を、AIに肩代わりしてもらうことはできない。
それは、自分の身体と心の中にしかない、最後の領域だと思っています。

カンヌに行きたい理由が、少し変わった

最後に、自分でも意外な気づきがあったので書いておきます。

僕は「カンヌ国際映画祭主演男優賞」を目標に掲げて活動しています。
それは、これからも変わりません。

ただ、ノートを書きながら気づいたんです。

僕がカンヌに行きたい本当の理由は、もしかしたら「最高の状態で、世界中の人と関わりたい」なんじゃないか、と。

賞そのものが欲しいというより、その場所に立った時に、もっと多くの人と、子供の頃みたいな関わり方ができる気がする。
そういう射程の長い「鬼ごっこの校庭」に、僕は立ちたいのかもしれません。

これが、今夜ノートを閉じる前に出た、仮の答えです。
明日になればまた揺れるかもしれません。

でも、今夜書いておく価値はある気がしました。

一緒に、自分の鬼ごっこを思い出しませんか

もしあなたが、いま自分の「最高の状態」を見失っているなら。
一緒に、自分の幼稚園の校庭を思い出すところから始めませんか。

僕も、まだ全然取り戻し切れていません。
でも、演じることで、人と関わることで、ちょっとずつ歩いている途中です。

このシリーズ「カンヌへの道」は、その歩みをそのまま晒す場所です。
あなたの鬼ごっこの記憶も、もしよかったら、コメントで教えてください。

「自分の揺れの源は、こんなところにあった」とふと気づいた人がいたら、もっと嬉しいです。

読んでくださり、ありがとうございました。


最後まで読んでくれたあなたへ

カンヌへの道も、演劇で世界を平和にする仕組み作りも、気が遠くなるほど先の話です。これからも今日のような分厚い壁に、数え切れないほどぶつかるはずです。

だからこそ、あなたが最後に押してくれる「スキ」の一つひとつが、「この熱のまま、もっと遠くへ行け」と僕の背中を押す最大の原動力になります。

もしよければフォローして、この長い旅の「一番の目撃者」になってくれませんか。いつか必ず辿り着くその景色を、一緒に見たいです。


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