縁切堂の憂鬱 #05
縁切堂の憂鬱 1-5
通されたのはいつもの大広間。
紫色の座布団が向き合いように敷かれ、その間には昨日、私と15時間の格闘を続けたノートパソコンがちょこんと置かれている。
文章をタイプしやすいようにと、昨日は準備されていた小さなテーブルはない。
「ちょっと準備をしてくるから、くつろいでいてくれ」
縁切堂さんはそう言い残すと、奥へといってしまった。
初日と同様、私はこのだだっ広い空間に一人取り残されてしまったのだ。
だけど、ここの雰囲気は嫌いではない。
畳の香り、天井近くの小窓から柔らかく降り注ぐ陽光、凛と感じるものの、母親の両腕に包み込まれているかのような空気感がここにはある。
最初は寺社のように感じていたが、それ以上の温かい何かがある。
目を閉じ、胸いっぱいに空気を吸い込んでみる。
ああ、やっぱりだ。
私は、この場所に不思議と安心感を抱いている。
クリがいなくなってからこんなにも心が安らかだったのは、久しぶりではないだろうか。
そう思うと、心の深いところで何かが、「キュウっ」となる。
「お待たせしてしまって、スマンね。あれ? くつろいでてよかったのに……」
そう言って縁切堂さんは広間に戻ってきた。
「ぶ、ぶっふぅ!?」
その姿を見て吹き出しそうになり慌てて、口元をふさぐ。
大地から悠々と伸びる樹木が描かれる緑の着物に真っ黒な帯。
頭にはお雛様のお内裏様がかぶっているような、確か「烏帽子」だったか、に似たものをかぶっている。
熊さながらの大きい身体を無理矢理に、緑の着物の中に押し込んだ姿。
視線を向けるたびに吹き出しそうになる。
「ちょっ……。僕だって結構気にしているんだから、笑わないでくれ……」
縁切堂さんがハニカミながら言い訳をする。
昨日は殺意さえ覚えたというのに、まったくこの人は、私をギャップで殺そうというのか。
右手で口元を多い、必死に笑いをこらえる私に、縁切堂さんは真正面から向き直り、その顔を引き締める。
「では、『縁切り・Qの儀式』をはじめる。これが最後の儀式になる。心の準備はイイかな?」
気を取り直し、私は背筋を伸ばし、縁切堂さんの目を見てしっかりと返事をする。
「よろしくお願いします!」
緩んでいた空気が一気に密度を増していく。
私の中でもう一度、何かが「キュウ」っとした。
***
私は縁切堂さんに座布団を勧められ、そこに正座をするとノートパソコンを開き、膝の上に置かれた。
昨日、長時間ともに戦った相棒だ。
電源を入れると起動を知らせる有名なアノ音がした後、目の前には真っ青な画面が表示される。
ここまでは普通のパソコンの起動と変わらない。
これから一体、何が起こるのであろうか?
この「Qの儀式」に関しては、何が行われるかをまったく聞いていない。
私はノートパソコンを左手で押さえながら、右手をポーチの奥に忍ばせる。
私の身体に指を一本でも触れようものであれば、この「撃退スプレー」でひるませ、その間にここから逃げ出してやる。
ここからは一瞬たりとも気が抜けない。
縁切堂さんはどこから出したのであろう左手に古い本を開き、ノートパソコンの画面を見ながら正座する私の前に仁王立ちになる。
この姿勢、見ようによってはとても危険な状況にも思えるのは私だけだろうか……。
私はポーチの中の「撃退スプレー」をより強く握りしめた。
縁切堂さんは目を閉じ、右手の人差し指と中指を立てた何やら「印」のようなモノを結び、顔の高さに掲げる。
同時になにかを呟いている。
やはり新興宗教の類のものなのだろうかと、心配になる。
これまでの2日間カウンセリングを行い、最終日には宗教的な儀式を行い、信じ込ませた上で、壺や水晶を買わせる。
いつぞやネット記事で見た通りのやり方だ。
私が左手で支えるノートパソコンを動かそうとしたその時、縁切堂さんが何かの呪文叫び、喝を入れる。
「其(そ)の縁(えん)、切り払い給(たま)え! 彼(か)の想(おも)い、届き給え! フン!!」
そのときだ。
奇跡とも思えるような情景が私の前に広がっていく。
縁切堂さんの声と共に、ノートパソコンから目を塞ぎたくなるほどの光が溢れてくる。
ノートパソコンが壊れたのかと思ったが、そうではないらしい。
その光は徐々に緩やかなものへと変化してゆく。
「すごい……! パソコンが光っている! こんなアニメみたいなことって本当にあるわけ!?」
私はいま、目の前で起こっていることを信じることはできなかった。
正直、眉唾だと思っていたぶんだけ、この状況を理解ができない。
アニメやライトノベルの中でしか見たことがない光景に、歓喜とも恐怖ともいえない感情が背筋から脳に走る。
一方で、冷静な私もいる。
これで……、これで……、クリとの関係が消えてしまう。
そう思うと、本当にこの選択が正しかったのかと、この状況に混乱する頭で、再考する。
たった一人の理解者であるクリに私はもう一度だけでもいいから会いたかった……。
画面が、一層に強い光を放つ。
その画面の向こうに映っているのは、元気な姿をしたクリではないか!
「クリ、クリ~!! 私、クリのこと大好きだったよ!!」
思わず叫んでしまった。
もう一度クリの顔を見ることができるとは思ってもいなかった。
自然に涙が溢れる。
この涙は、悲しみなのか、喜びなのか、もうどうでもよかった。
また、クリの姿を見ることができたのだから……。
画面の中のクリは私に向かって笑顔を見せると、
「にゃ~!」
と、一鳴きする。
その鳴き声は優しさに溢れていて、まるで「大丈夫だよ。愛しているよ」と言われているようだった。
クリが一鳴きし、軽く微笑むと画面から溢れていた光はすうっと薄れていき、ノートパソコンの真っ黒な画面には、涙を流している私の姿が映し出された。
めいっぱいに瞳を閉じ、私は「クリ……」と小さく漏らした。
***
「生前の元気だったころの姿と、最後の一言を交わすことができるんだ」
透きとおっていながら優しい縁切堂さんの声が聞こえてくる。
「そのためには、すべての感情を吐き出し、書き出す必要がある。最後の仕上げに、叔父から受け継いだ『呪(じゅ)』で僕が向こうの世界と繋ぐのが、この『縁切りの儀式』なんだ」
緑の着物に烏帽子の縁切堂さんは私の肩に手を置き、優しく声で包んでくれる。
「本来であれば決して交わってはいけない二つの世界を結び、最後の時間を共有する。その特別な時間を過ごしてもらうことで、想いに縛られることなく、新しい人生を歩む手伝いをする。それが僕の裏の仕事なんだよ」
閉じていた目を開けると、縁切堂さんの優しい瞳が私の前にあった。
大きな身体だからという訳ではないが、余計に安心感を抱かせてくれる。
本当にこの人は優しいのだ。
「それと、これを君に」
縁切堂さんは黒い帯の中から、小さな文庫本を一つ取り出す。
普通の文庫本サイズであると思うが、縁切堂さんの手の中にあると、まるでメモ帳のような印象すら受ける。
「これ……、私がクリに向けた想いを綴ったもの……。私が受け取っていいの……?」
縁切堂さんは優しく微笑み、私の胸元へ文庫本を差し出す。
「もちろんだよ。『縁切り』とは言っても忘れろとは言っていない。クリと一緒に生きてきたこと、君のクリへの想いは確実に存在していた。それをきちんと記したのがこの本だろ? 想いに囚われるのではなく、大切な想い出として保管してあげてくれ」
私は私とクリの生きた証を両手で受取り、強く抱きしめる。
「クリ……。ずっと一緒だよ……。そして、一緒に生きてくれてありがとうね……」
私の流していた涙はいつの間にか、笑顔の中にその跡を残していた。
***
「たのも~!! 縁切堂さ~ん! いらっしゃいますか~! お留守ですか~! 美女が来店していますよ~!」
2週間後。
私は縁切堂と書かれた看板の下で、本に押しつぶされそうになっている古書店に向かって叫んでいた。
しかし、今回も返事はない。
腹に力を込めて再度叫ぶ。
「縁切堂さ~ん!! いらっしゃったら、ちゃんと返事してくださ~い! いなかったら、いつまでだって、こうやって叫び続けますよ~!」
今日は絶対に縁切堂さんに会うまでは帰らない。どうしても伝えたいことがあるんだ。
「縁~切~堂~!!! 縁切堂さ~……」
「何度もいわせないでくれよ。近所迷惑だから大声だけは勘弁してくれ」
背後から高く優しいよく通る声が私を包み込む。
そう。
これを私は待っていたのだ。
満面の笑みを浮かべ回れ右をし、見上げる。
ポリポリと坊主頭を掻き、気まずそうな顔をしている縁切堂さんがそこにいる。
その腕の中には、白をベースとした茶色と黒の三毛猫が抱かれ、眠っている。
首輪には「ライト」とある。
野良猫探しでもやっていたのだろうか?
熊が猫を抱いているなんて、なんとも滑稽だ。
再度、縁切堂さんを見やる。
このボウッとしている顔に、大きな身体。
一見すると熊のような見た目。
だけど、彼の中には優しさがたっぷり詰め込まれていることを私は知っている。
「はい! 近江屋のショートケーキです。一緒に食べましょう! それと、私、明日からここで働くことに決めましたので、よろしくお願いします!」
私はこれまでの人生で一番の笑顔で、縁切堂さんをあざとく見上げ、元気に言う。
縁切堂さんはハトが豆鉄砲を食らったような顔をし、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「こりゃあ、まったく……、憂鬱だ……」
(つづく)
第1話はこちらから。
第2話はこちらから。
第3話はこちらから。
第4話はこちらから。
第6話はこちらから。
第7話はこちらから。
第8話はこちらから。
第9話はこちらから。
第10話はこちらから。
第11話はこちらから。
第12話はこちらから。
第13話はこちらから。
第14話はこちらから。
第15話はこちらから。
