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縁切堂の憂鬱 #03

縁切堂の憂鬱 1-3

 3日後の昼12時。
 私は縁切堂の前に居た。
 春だというのに緊張が走る空気に、私は気温以上の肌寒さを覚える。

 「縁切堂」と看板が掲げられた古書店には、先日来たときよりもさらに渦高く本が積み上げられ、私の侵入を阻んでいるようにすら感じる。

 ポーチの中には、銀行の袋に入った30万円。
 さらには護身用の「撃退スプレー」も入れてきた。
 あそこまで大きい人にはナイフよりもこういったものの方が、有効であるとネットには書かれていた。
 最悪な事態を想定して、これを準備をしても押し寄せる恐怖感はぬぐえなかった。

 ポーチの肩掛けを強く握り、「縁切堂」と書かれた看板の下に申し訳程度に空いた入口に向かって大きめの声で問う。
「ごめんくださ~い。本日お約束している今井です。縁切堂さん、いらっしゃいますか~」
 私の声は、本の中に吸い込まれていく。
 多くの本は私の来訪を快く思っていないかのようだ。
 古書店「縁切堂」の中から返事はない。
 
「すみませ~ん。今井で~す。約束通り来たんですが~!」
 先ほどより大きな声が出てしまった。
 だが、今回も私の声は本の壁に「スウッ」と吸い込まれては霧散してしまう。

 店の奥から返事はやはりない。
 約束をしておきながら、反応がないというのは、なにごとか。
 むしろ、腹が立ってきた。
 息を大きく吸い、より一層大きな声で問いかける。

「すみませ~ん!! お約束していた、今井です! 縁切堂さん、いらっしゃいま……」
「悪いんだがね。店の前であんまり大きな声を出さないでくれるか?」
 高く、透きとおるような声が背後から聞こえたと思うと、足元の影が一層大きくなった気がする。
 とっさに振り向くと、大きな作務衣を着た熊がいた。

 いや。
 熊ではない。
 縁切堂さんだった。
 
「もう! 居たのであれば、すぐに返事をしてください! 私だって恥ずかしいんですから!」
 私は紅潮した頬を隠すかのように、大きな声で縁切堂さんに食って掛かった。

「だから……、店の前で大きな声を出さないでくれ……。結構、近所からは睨まれているんだ……。これをちょっと買いに出ていてな……」
 縁切堂さんのその手には、「近江屋」と印字されたビニール袋のなかに小さな白い箱が入っている。

「昔から、お世話になっている店なんだ。後から一緒に食べようと思って……」
 そう言うと俯き、少し顔を赤らめる。
 まったく何なのだろうか?
 この人はときに、体躯に合わない表情をする。
 いわゆるギャップ萌えを狙っているのであろうか?
 まあ、私には響かないが。多分……。
 
***
 
 先日、足止めされた店の奥は、母屋につながっていた。
 店の大きさからは想像できないほど母屋は広く、まるで昔話に出てきそうな純和風といった佇まいだ。
 それでいて、荒れているわけでなく、掃除も行き届き、さながら寺社を思わせる様相だった。
 
「ちょっと古いが、気を遣わないで座っていてくれ。今、茶を用意してするから」
 透きとおるような声でそう言うと、縁切堂さんは奥へと進んで行ってしまった。

 通されたのは30畳に及ぶだろう広間。
 そこに柔らかそうな紫の座布団が、向かい合わせておかれている。
 家具などが一切置かれておらず、あるのは神棚のようなものだけ。
 その棚には黄色の着物と緑の着物を身にまとった2体の男性像が向き合っている。
 だだっ広い中に一つ置かれた神棚。
 その存在が、余計に不気味さを醸し出していた。
 
「何かの危ない新興宗教かなんかじゃないかしら……? やっぱり、私、騙されているんじゃないかな……。こんな状況で襲われたら……」
 不安を口にしてみると、余計に恐ろしさが増してくる。

「詩は私の親友……。縁切堂さんは、危ないことなんてしないよね……」
 ポーチの中に右手を入れ「撃退スプレー」の存在を確かめる。
 その手が自分でも震えているのがわかった。
 
「どうした? 座らないのか?」
「ひいぃっ!!」
 思わず叫んでしまった。
 背後から突然声をかけられ、とっさに飛び退く。

 二つの湯飲みと、先ほどの菓子だろうか? を乗っけた盆を持つ縁切堂さんが、きょとんとした目でこちらを見ていた。
 お茶の香ばしい匂いが、鼻腔をくすぐる。
 多分、ほうじ茶だ。

「い、いえ、先に座っているのはさすがに悪いと思って……。じゃあ、失礼します」
 紫の座布団を一つ引き寄せ、正座をする。
 十分な詰め物がなされているためか、正座をしても足が痛くない。
 細かいところまで、行き届いていることに少し驚く。
 縁切堂さんは、一人で切り盛りをしているのだろうかと、少しの疑問を持つ。
 
「ああ、気を遣わないでくれ。お茶でも飲みながら話そう。まあ、それが『縁切り・序の儀式』でもあるからな」
 縁切堂さんは、私の前に湯飲みと切り分けた洋菓子をスッと置くと、座布団の上に胡坐をかいて正面に私を据える。
 改めて正面から縁切堂さんと向き合うと、大型の熊のぬいぐるみと対峙しているようにすら感じる。

 今、真正面から襲われたら、多分、私は何もできない。
 ポーチの中に入れっぱなしになっている私の手に、力がこもる。

 縁切堂さんは湯のみの茶をズズと一口すすり、優しい目をしながら、私の心に入り込んでしまいそうな声で、話しはじめた。
 
「詩から少し聞いているかもしれないけど、僕のやっているのは『想いが強すぎる相手と縁を切るためのお手伝い』をしているんだ。それは、家族であったり、想い人であったり、友人であったり……。想いに縛られてしまうと、人は前に進むことが難しくなる。その想いとしっかり縁を切ることで新しい人生を歩んでもらうというのが『縁切り』の仕事。
 僕もこの仕事は祖父から引き継いだんだ。僕自身、昔、想いに縛られて、ひどい鬱になっていたんだ。そんなとき、先代である祖父の手ほどきを受けてね。今ではこうして、『縁切り』を本屋と一緒に引き継いでいるわけだ」
 強い想いとの縁切り?
 そんなこと、他人がどうこうできるものなのであろうか?
 聞けば聞くほど、怪しく思えてくる。
 
「私のクリへの想いも『縁切り』で、どうにかしてくれるって事でしょうか?」
 言葉にして余計に不安になる。
 クリとの長く共にしてきた時間、想い出をバッサリと切られてしまうなんて、余りにも酷ではないか。

 クリが亡くなったことが、悲しくて仕方がない。
 何に対しても無気力になっているのも、その通りだ。
 だが、クリとの想い出を消したいわけではない。
 縁切堂さんが「はて?」という表情を浮かべる。
 多分、私は納得ができない渋い表情をしていたのだろう。
 
「クリ……? ああ、大切にしていた猫ちゃんだったね。そう……。心配なんだね。クリとの想い出が消えてしまうことに。でもね、想い出が消える訳ではないんだよ。大切な想いではずっと残り続けるから安心していいよ。ここで『縁切る』のは、令さんの中にあるやるせない気持ちや無力感、ひっかかりなんだ」
 聞いていてより混乱してくる。

 想い出を残したまま、わだかまりなどを「縁切る」ってこと?
 それこそ怪しい宗教なのではないだろうか?
 この柔和で優しい笑みを浮かべる縁切堂さんを、私は本当に信じていいのだろうか?
 私は深い疑念と、もし縁切堂さんの話が本当であった場合、クリとの想い出を失う怖さから、縁切堂さんとの距離を取るように少し背を反らせた。
 
「そうだよね。いきなりこんな話を聞いても怪しいと思うよね。僕も最初はそうだったから。『縁切りの儀式』には3つあるんだ。
 『序・破・Q』の3つ。
 各々1日ずつじっくりと行っていく。最初の『序の儀式』では、今こうやっているように『縁切り』をしたい想いについてすべてを話してもらう。なんでもいいんだ。全部話してもらいたい。
 次の『破の儀式』では、『序の儀式』で話してくれた想いをすべて文字に起こしていく。『縁切り』したい相手とのことをすべてね。最後の『Qの儀式』は……、これは口外できないことになっている。君自身が体験してもらいたい」
 縁切堂さんはそこまで話すと洋菓子をおもむろに摘まみ上げ、口の中へと放り込んだ。

 食べ方まで豪快だ。
 大きな口がモゴモゴと動き、面白いくらいに破顔していく。

 この人……、めっちゃ甘いもの好きだ!
 親近感を覚えるが再度、背すじを正す。
 ギャップ萌えをしているところではない。

 私は、今言われたことを心の中で反芻する。
 想いを吐き出し、書き綴ることで癒しを得る方法とのことだ。
 いわゆるライティング・セラピー的なものであろうか?
 うつ病の治療にそのような方法があるとは以前に聞いたことがある。

 だが、気になるのは最後の「Qの儀式」だ。
 何をするかは口外できない……。
 それこそ怪しい。

 だが、詩、そして縁切堂さんが悩み、想いを断ち切った方法だ。
 少しだけなら……、やってみてもいいかもしれない。
 私は縁切堂さんに切り出していた。
 
「わかりました。お願いしたいと思います。ですが、効果が無い場合は、お支払はしませんし、変なことをするようであれば、警察に駆け込みますから!」
 縁切堂さんは緩んだ顔から、困ったような表情をする。

「もちろんだ。じゃあ、早速「縁切り・序の儀式」をはじめて行こう」
 広間に緊張が張り詰めていくのを感じた。

「まったく……。信じてもらえないなんて、憂鬱だ……。」
 縁切堂さんがぽつりと、こぼした。

(つづく)

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