縁切堂の憂鬱 #04
縁切堂の憂鬱 1-4
精魂尽くるとは、このことをいうのではないだろうか。
だが不思議と心が軽い。
想いを言語化し、吐き出し、書き出すということはこれほどまでに心を癒すものであるのかと、感心する。
疲れ切っているのに清々しい。
カウンセリングやライティング・セラピーが、うつ病の治療の一環として行われるというのも、あながち間違っていないと、確信めいた何かを私は感じていた。
この「縁切りの儀式」は、そういった類のものではないのだろうか?
1日目は、結局7時間近く、クリとの生活、想い出、幸せだったこと、苦しかったこと、悲しかったことを話していた。
それはまさに、すべての感情を吐き出すかのようだった。
私が話をしている間じゅう、縁切堂さんはときどき相槌をうち、ずっと静かに聞いていてくれた。
それはまるで私の言葉の一つひとつを噛みしめるかのように。
いつの間にか私の目には涙が溢れ、それでも私はクリとの話を止めなかった。
嗚咽交じりに、でも、クリとの想い出をずっと話し続けた。
どうしても止めることはできなかった。
私の気持ち、どれだけクリのことを愛していたか、両親に叱られクリを抱きその温かさと優しさにに救われた寒い夜のこと、こんなにも愛していたのになぜ死んでしまったのか、どうしようもないくらいに感情が言葉と共に溢れ出ていった。
私はもしかしたらクリへの想いを、誰かにじっくりと聞いてもらいたかったのかもしれない。
真正面から私の気持ちや視線を目を反らすことなく受け止める、縁切堂さんは心が広く、優しく私を包み込んでくれるような人だと感じた。
本当に温かい時間だった。
***
2日目。
縁切堂さんにそんな印象を持ったことを私は、完全に後悔した。
悪魔、人でなしとすら思える所業に心が折れてしまうのではないかとすら感じた。
マジで許せない。
あの熊野郎。
「縁切り・破の儀式」。
それは、昨日の「縁切り・序の儀式」で吐き出したクリへの想いを文章にするというものだった。
「昨日、ぜんぶ吐き出したんだから、書くのは簡単だろう」
なんてタカをくくっていた私が、甘かった。
実際に原稿用紙とペンを使って文章を書くわけではなく、PCの文章作成アプリに文字を入力してゆく。
会社で稟議書の類を作成したことがあったので、文章を書くことにはそれなりに慣れている。
つもりだった。
縁切堂さんから指定された文字数は15,000文字以上。
それをたった一日で書けとのことだ。
最初のうちこそ、順調にタイピングが進んでいたのだが、2,000文字を越える頃には手が止まることが多くなり、5,000文字に届くころには頭の中が真っ白になった。
さらに追い打ちをかけるように、縁切堂さんからは心無い言葉が飛んでくる。
「文章も、表現も稚拙すぎ。書き直し」
「令さんのクリへの想いはこの程度だったわけ? 君に飼われていたクリの方が可哀そうだよ」
「小学生の感想文でも、もっとまともな文章を書くよ。恥ずかしくないの?」
「口語体と文語体の区別もつかないって……、中学校からやり直したらどうだ?」
「一体、君は何人の人格がいるんだ? 主語も述語も滅茶苦茶」
「知っていますか? 文章は相手が理解できなきゃ、ただのメモ書きだ」
「あぁ……、憂鬱だ……。こんなにも文章が書けない人が客なんて……」
こんなにも人を憎いと思ったのは久しぶりだった。
書いた文章をこれほどまでにボロクソに言われるのは、高校受験のために通った学習塾以来だろう。
昨日はあんなにも優しく話を聞いてくれていた縁切堂さんと、同一人物とは思えないほどにムカつき、撃退スプレーを浴びせてやろうとも思った。
約15時間に亘る苦行の末、熊の風体を借りる悪魔からようやく「許し」の言葉が放たれた。
「ま、こんなもんだろう。小学生の夏休みの絵日記程度だが、まあいいとしよう」
その言葉を聞いた瞬間、私は殺意を覚えた。
私はポーチを持ち上げると、胡坐をかいている縁切堂さんをひと蹴りし、足早に縁切堂を後にした。
***
そして、3日目の今日に至る。
正直、「もう二度と来てやるもんか!」とも思ったのだが30万円も払い、あそこまでボロクソ言われたのだ。
最後まで「縁切りの儀式」とやらを受けきって、「『効果が無かった!』と言って返金させる!」思い、重い身体を引きずり縁切堂へときた。
昨日は15時間もPCの前で文章を書いていたので、腰が恐ろしく痛いのだが……。
「縁切堂」と書かれた看板の前に足を肩幅に開いて立ち、腕組みをする。
「やってやるわ。最後の最後まで、私は負けないわ。見ていなさい、縁切堂! 今日こそ、吠え面を書かせてやるわ!」
言い終わる前に声をかけられる。
「令さん……、店の前でそんなことを大声で言うと、営業妨害で訴えますよ……」
私の背後から影がのしかかってくる。
振り向くと熊、いや、縁切堂さんがいた。
その表情は昨日の厳しさとは一転していつもの柔らかな笑顔だ。
いや。
私は知っている。
この男の悪逆非道、冷徹無比な本性を。
「さて。今日が最後の仕上げです。早速はじめましょう」
縁切堂さんは私の背中をポンと叩き、縁切堂へと導き入れた。
そのときの私は、この後に起きる想像を絶する「儀式」にただ警戒をしていた。
「はあ……。また、近所からクレームが来る……。憂鬱だ……」
縁切堂さんのそんな言葉が、聞こえたような気がした。
(つづく)
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