縁切堂の憂鬱 #12
縁切堂の悔恨 3-2
「典清、『しゃんと』しなさいよ! これは、うちらに売られた喧嘩なんだよ!? そして、英おじさんへの冒涜なんだよ!? これ以上、黒明に好き勝手にさせちゃだめだよ!」
詩の言葉は加速度を上げ、熱量を帯びていく。
黒明……? 先日の手紙の差し出し主のことだろうか?
令は、先日受け取った封筒の裏にあった名を思い出す。
「詩、まずは落ち着いてくれ……。大丈夫だ。縁切堂は絶対に僕が守る。黒明のことに関して、詩が怒るのは重々わかっている。だけど、これに関しては、僕たちの問題なんだ。だから、僕がしっかりと向き合わなければいけない……」
縁切堂さんの力ない声が、母屋に響く。
私は、ケーキと紅茶を乗せたお盆を持ちながら、入り口でただ茫然と立ち尽くすしかできなかった。
「あぁ~! もう! わかった! 典清に任せるよ! だけど、私は絶対に黒明を赦さないんだから! 絶対に感情に流されないでよね!」
詩はそう、ひとしきり典清さんに強い言葉を投げかけると、私に向かってずんずんと近づいてくる。
「おっと、令。不味いところを見られちゃったな。おっ、ケーキを切り分けてくれたんだ。サンキューな」
そう言うと、詩はケーキをひと掴みし、口の中に投げ入れる。
立ち尽くす私の横を詩がすり抜けていく。
「典清、最終判断は任せるけど、私はこの縁切堂と英おじさんの想いは継いでいきたいから。じゃあね」
詩は吐き捨てるように言うと、母屋を出ていく。
縁切堂さんは、なおも俯きながらなにも映していない瞳で、組んだ両手をぼうっと眺めている。
「詩、待って!」
私は、ケーキと紅茶の載ったお盆を床に置くと、詩の後を追っていた。
***
「令には、ちゃんと言っていなかったけどさ。典清は私の叔父なんだよね」
いきなりの大暴露に、呼吸も落ち着いていない私は、パニックに陥る。
お茶の水駅から、少し離れた複合施設。
学生や社会人が賑わうこの街も、平日の昼間は若干人通りが少なくなる。
有名カフェも空席がチラホラあり、私たちはテラス席で向き合っていた。
その最中、メガトン級の一撃を詩は投下してきた。
「えぇ!? 縁切堂さんと詩って親類ってこと!? 全然似てないんだけど」
自分で言っていて無為だと思うことを発言してしまう。
それほどまでに、動揺をしているのだ。
「そうだよ~。正真正銘、叔父と姪っ子の関係。あいつ、昔っから私にだけベタベタで、なんでも言うことを聞いてくれるの」
抹茶フラペチーノクリームプラスシナモンを詩はズズッと飲み、なんでもないように話す。
それだけで、一日のカロリーを超過してしまうのではないかと、いらぬ心配をしながら、私は聞く。
「それだったら、最初から言ってくれればよかったのに。でさ、縁切堂さんとの話に出てきていた黒明って人、どういう関係なの? 何があったの? いま、どういう状況になっているの?」
捲し立てるように聞く。
私だって、縁切堂の一応、社員なのだ。
このあたりの事情を知る権利はあるだろう。
詩の目つきが厳しくなる。
ストローを強く噛み、チッと舌打ちをしたように聞こえた。
やはり、これは地雷か?
だけど、私はこのことを知らなければいけない。
令はそう強く確信する。
「はぁ~。もう、令は関係者なんだもんね。言わない訳にはいかないよね」
降参とばかりに、両手を上げた詩は、ため息交じりに語りはじめる。
「黒明、宝物堂 黒明は、私の父親。そして、典清の兄よ。そして、私が最も憎んでいる男」
父親を憎んでいる?
そんな話、はじめて聞いた。
抜けるように明るく、それでいて人当たりがいい。
詩が誰かにここまでの敵意を抱いている姿はこれまで見たことがない。
「お父さんを憎んでいるって……、一体、何があったの? 一緒に住んでいるんでしょ?」
控えめに聞く。
お互いのことをよく知っている詩であっても、あまりプライベートに踏み込み過ぎるのは気が引ける。
だが、もう後には戻れない。
「父親は別宅に住んでいて、ひいじいちゃんが亡くなってからは会っていないんだ。ひいじいちゃんの会社を引き継いでからは宝物堂を名乗って、『縁組』の仕事をしているの」
「縁組」?
縁切堂さんが行っている「縁切」とは違うのだろうか?
私の疑問を顔から読み取ったように詩は続ける。
「典清の行っている『縁切の儀式』は、想いを断ち切らせるもの。一方で、宝物堂の『縁組の儀式』は縁を強く結ばせるものなの。『縁結び』と聞くといい印象を持っているかもしれないけど、それはある意味で強い執着を植え付けることでもあるの」
込み上がってくる唾液をごくりと飲み込む。
どこかしら、嫌な予感がする。
「そう。宝物堂はこの『縁組の儀式』を使って、相手に異常なほどに執着するよう仕向けるのよ。それも破滅を誘うほどに」
詩のおしぼりを持つ手に力が籠る。
俯きながら、絞り出すように言葉を継ぐ。
「『縁組の儀式』で、私のおじいちゃん、つまり典清と黒明の父親・雄おじいちゃんは、元の縁切堂の店主である弟の英おじさんと『縁組』をされたの。そのことによって、お互い執着を生むようになった。そして、その結果、強い執着によって、英おじさんはひいじいちゃんと、雄おじいちゃんを恨むようになった。そして、最後には悲しい結末になった……」
そこで詩は、俯く。
「私にとっては、雄おじいちゃんも、英おじさんも大切だった! ふたりとも私にはとっても優しかったし、とっても幸せな時間だったの! それを壊したのが、私の父親である黒明なの! だから、あいつは絶対に許さない! 私の家族を壊した張本人を絶対に許さない!」
興奮している詩の背中に、私はそっと手を添える。
私はこれまで知らなかった。
詩の抱える人生も、闇も。
それが家族によるものであれば、より深いものになる。
これまでに「縁切堂」を訪れ、「縁切りの儀」を受けてきた人を見てきた私はわかる。
意を決し、私は言う。
今度は私が踏み出さなければいけない番だと思う。
「詩、私、ちゃんと聞くから。ちゃんと受け止めるから。全部、聞くから。一緒に典清さんと、詩のお父さんの解決策を見つけていこう!」
そんな私の真剣な顔を見て、詩は涙を浮かべていた。
(つづく)
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