縁切堂の憂鬱 #14
縁切堂の悔恨 3-4
***
「え!? ちょっと待って!! なに、なに!? 詩の家って、マジヤバいんですけど! めっちゃ有名人!? お金持ち!? 政治的に有力者なわけ!?」
思わず、前のめりになってしまった。
はじめて聞く話でもあるが、そのスケールがデカすぎる。
詩がおおらかな性格をしているのは、そのためかとも思う。
「令~! 人が真剣に話をしているのに、ちゃちゃを入れないでよ! まだ、全然、話の最初なんだけど。大人しく聞いていてよ。私だって、うちの内情を話すの恥ずかしいんだからさ……」
詩は片肘を突き、顎を乗せ、むくれる。
それがいつもの詩らしくて、私は少し安心する。
「ごめん、ごめん~。確かに詩の苗字は『星野』だから、『縁切堂』とか、『宝物堂』って苗字とはマッチしなかったんだよね。だから、縁切堂さんが、詩のおじさんだって聞いたときには、心臓が飛び出るかと思ったよ。生物学的にも違う生き物だと感じるし……」
私は感じたままを話し、ハッとする。
縁切堂さんは詩の親類なのに、なんてことを言っているのだろうか?
自分を恥ずかしく思う。
はじめて聞いた話に興奮しすぎだ。
「令、大丈夫だよ。私だって典清と一部、同じDNAが入っているのが信じられないと思っているんだ。あの熊と私みたいなプリティーが同一種だとは思えないでしょ?」
詩はニシシと笑う。
少しは詩本来の姿が戻ってきているような気がして、私も少し安心する。
「でも、なんか、よくわからないな~。『縁切』と『縁組』は、元は一族で行っていたのに、なんで今はわかれて、しかも、いがみ合っているの? しかも、詩のお父さんと、縁切堂さんは兄弟なんでしょ?」
率直に思ったことを口にする。
詩は、少し俯き呟く。
「さっきよりも、大分、長い話になるかもしれないけど、ちゃんと聞いてくれる……?」
いつもだったら冗談交じりで話す詩が今日は、しおらしい。
いや。
私は心を決めたのだ。
詩は私に対して、すべてを話そうとしてくれている。
詩の心を受け止められなくて、何が親友だ。
私は居住まいをただし、詩に向き直っていた。
「大丈夫。全部聞くよ。私だって『縁切堂』の一員。そして、詩の親友だよ。全部、受け止める」
私はの両肩を正面からしっかりと掴み、その目を真正面から見つめていた。
***
「縁組の刻」を終え、広い奥座敷に一人、想いに耽ります。
この「儀式」を行うにも身体が、言うことを聞かなくなってきたように思います。
「静さん、お疲れさまでした。熱いお茶を入れておりますので、口をすすいでくださいな」
妻の照が盆に乗せたお茶をツツと、私の脇に置いてくれます。
「おぉ。ありがとうな。もう少しここで考えたいことがあるので、先に床についていなさい」
照は静かに「はい」というと、奥へ向かう。
私をしっかりと支えてくれる、いい妻だと思います。
照との間には、二人の息子が私にはおります。
その二人のどちらかに、この「星宮」と「縁切」、「縁組」の両儀式を継承していかなければなりません。
ここまで長い時代、継承してきた伝統ある稼業。
私で終わりにしてしまうこともできるのですが、世間がそうはさせてくれは、しないでしょう。
毎日の食を得るために、生きていくために必要な仕事でありますが、少し暗い想いがないわけではありません。
跡継ぎ候補の息子二人は、すでに成人をしており、定職に就いております。
私も老齢といえる年齢に差し掛かり、身体を動かすのも難しいときもあります。
さらにこの仕事柄、誰に恨みを抱かれ、いつ命を落とすかもわかりかねる状況。
早い段階で二人のどちらかに、すべてを継承しなければならないと最近では急いている次第であります。
兄の雄はおっとりとした性格で、世間を緩く見ている傾向があります。
どこかぼんやりしているようにも思えますが、意外と考えている節があるのです。
先日も仕事先でトラブルが起こり、それをちゃあんと収めたそうです。
どうやら、取引先の客が商品に対して文句を言い、暴れ出したのを「がん」とした態度で仕切り、警察に引き渡したそうです。
いつもは柔らかな雰囲気であるにも関わらず、ここぞの場面でしっかりとした行動をとる。
誰に似たのかわかりませんが、信頼できるのは確かです。
雄には二人の子どもがおります。
そろそろ成人すると聞いています。
笑ってしまいますが、別の女に産ませたのではないかと思うほどに、二人は似ておりません。
祖父という立場からすれば、二人とも大切な可愛い孫です。
一方、弟の英ですが、神経質で気に食わないことがあれば、周りにあたり散らすのです。
そして、そのような行動を行ったことを悪いとも思わない。
建築関係の仕事をしていて、現場監督という職をいただいているにも関わらず、品が無いと私としては感じております。
ですが、それも気骨溢れる職人をまとめ上げるためには必用とされる能力なのでしょう。
甚だ、肉体労働をする人間は、私の理解の範疇を越えます。
英は結婚すらしておらず、もちろん子どももおりません。
「いつか余裕が生まれたら、結婚する」などと言っておりましたが、いつのことになるのやら。
いつまでも親に心配をかけるなど、なんとも末っ子らしい。
この二人のどちらに両儀式を授け、継承していってもらうか、あたまの痛い問題であります。
考えなければならないのは、他にもあります。
この「星宮」をそのまま残すかどうか、です。
最近、「星宮」の周りにはビルディングが多く建設され、街の様相も変わってきました。
街の中にはスーツを着こなしたビジネスマンが溢れ、昼時には蕎麦屋にも列をなしております。
昔ながらの街並みも一部残してはいるものの、変化していくさまを私は追うことができなくなってきている実感があります。
そんな中、「宮司」という仕事も街から浮いているように思えてなりません。
「星宮」の鳥居ですら、今のこの街にはなじまない。
「星宮」をこのまま残してゆくべきであるか、または、遷座をし、別の場所に移るのか。
これらは頭首である私が決めるべきなのはわかっておりますが、次代を担う継承者の意見も聞いてみたいところです。
更にあたまを悩ます問題が、本来の「宮司」としての仕事を続けるかという問題。
高度経済成長を遂げた現代の日本において、「宮司」という仕事の需要は減ってきております。
今後、続けていったとしても、人々の役に立つかは甚だ疑わしいものでございます。
この問題に、追い打ちをかけるのが裏家業の盛況ぶり。
本来であれば、こちらの仕事は一部の人にしか知られていないものでした。
代々、「星宮」とお付き合いのあった旧家や政治家、政府要人、企業の社長などが、顧客でありました。
一部の人間にだけ、知ることを許された秘密の儀式であったはずなのです。
ですが、いつからか人の紹介を介して、多くの人がここに訪れるようになりました。
ある意味では、実入りの多い裏家業ではありますが、「宮司」たる私たちは多くの人の人の心に向き合わなければなりません。
社会や人の心も時代と共に変容をし、移りゆく人の心の闇は私としても多く触れたくないところでもあります。
しかし、この裏家業は未だ大きな需要があのです。
もちろん先ほど挙げた、この国を動かす要人たちからの要望も続いております。
移ろいでゆく時代に合わせ、私も儀式を継承を急がなければいけない。
どちらにせよ、継承者を決めなければいけないという問題に帰ってきてしまうのでした。
「遊びにきたよ。じいちゃん」
星宮の軒から声が聞こえてきます。
雄のところの孫でしょう。
上の子で名は黒明。
幾分小柄ではありますが、しゅっとした体格。
幼い頃から私の言いつけをよく守り、武道を嗜んでいたため、身体はよく鍛えられております。
私によく似た大きな瞳を隠すような、大きな眼鏡。
以前は伊達眼鏡だったと聞いておりますが、最近では本当に目が悪くなってきたそうです。
勉学も欠かさず行っているからということなのでしょう。
文武を修めるためにはしひたすらの修練しかありません。
言いつけを守っているよい孫であります。
「おう。黒か。どうした、小遣いでもせびりに来たか?」
笑みと共に冗談を投げかけます。
黒明は、「ふふっ」と人懐っこい笑顔で、こちらに歩いてまいります。
「違うよ、じいちゃん。最近、『星宮』の仕事が大変そうだって、母さんから聞いたから、手伝いに来たんだ。なにか、僕にできる事あるかな?」
なんという心優しい孫でしょうか。
息子の雄や英に、この黒明と同じような気持ちが少しでもあれば、継承に悩むことなどないというのに。
「そういえば、弟の方はどうだ。あの子にも最近会えていない気がするが?」
もう一人の孫のことも聞いてみる。
「あぁ。典清は部活で大学に行っているよ。今度、全国大会があるとかで張り切っているみたいなんだ。だけど、あいつ、ちょっと落ち込んでいるみたいでさ……」
典清は目の前にいる黒明よりもあたま二つ分大きく、横にも大きい。
大学に入ってすぐアメフト部からの勧誘を受け、今では副主将を務めているそうです。
「まあ、アイツもじいちゃんに会いたいって言ってたから、じいちゃんが心配してたって伝えておくよ」
黒明は笑顔を崩さず、さらりと嬉しいことを言いいます。
この孫が生きる未来とは、どんな世界なのでしょうか?
その未来には、都会のビル群の中でも「星宮」が尊ばれ、皆が詣でや祈祷を喜ぶ世界なのでしょうか?
裏の儀式を用いて、他者を貶め、呪い、失脚させるようなことが無くなった世界が来ることを私は願ってやみません。
黒明の笑顔を見ながら、そんなことを考えていると脳髄に雷が落ちたような感覚を抱きました。
そうか。
それがあったか。
まさに天啓。
継承、星宮、財産、儀式のすべての問題が、これで片付きます。
「わかった。ちょっと手伝っておくれ。わしだけじゃ、まとめきれん。お前はパソコンとやらも得意なのであろう」
黒明は目をぱちくりとすると、一層の笑顔を私に向ける。
「もちろんだよ。じいちゃんのためだったら、なんてことないよ」
突然、私のあたまの中に舞い降りた神の啓示ともいえる閃き。
これが上手くいけば、我が一族は今後も続いていけるでしょう。
(つづく)
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