縁切堂の憂鬱 #15
縁切堂の悔恨 3-5
私は儀式を一人ではなく、二人に一つずつ継承することにしました。
これを閃いたときは、まさに「天啓を得たり」といった感覚でした。
儀式は継承者の心に、大きくのしかかります。
それは「縁組」「縁切」どちらであってもです。
他者の心を理解し、寄り添い、そして結実又は、解放を促す。
その一つひとつに、相手の心を受け止める必要があるのです。
もとより「星宮」の人間はこの耐性が強いといわれてきましたが、心を病んでしまったものもおります。
今後も儀式を継承していくのであれば、後代の心に対しても配慮をすることが必要であると私は考えるのです。
家を、儀式を、一族を、そして、客を。
これらのすべてを一人で背負い続けるというのはあまりにも重すぎます。
黒明と典清の二人に儀式を一つずつ授けることで、負担を減らし、確実で、継続的な継承ができるのではないでしょうか。
私は嫡男である黒明に「縁組の刻」を、典清には一方の「縁切の刻」を授けることにしました。
もちろんそれらの儀式象徴である、黄色と緑色の着物と黒い烏帽子、黒い帯も授けました。
これらは、私が先々代からずっと受け継いできたものです。
「それと……、黒明は少し残りなさい」
二人に儀式を授けた後、私は黒明だけを奥座敷に残しました。
典清は戸惑っているようにも見えましたが、素直に従い、座を退きます。
黒明と二人になると、私は静かに語りはじめます。
「先にも話したが『縁組』と『縁切』では、『縁組』の方が危険度が高い。『縁切』は過去との一時的な邂逅であり、それにより執着を手放すもの。
一方の『縁組』は今までになかった縁を結び、つなぐもの。縁の組み方によっては、強烈な執念となる。それも人をいたく傷つけてしまうこともある」
私はさらに語気を強め、黒明に告げます。
「裏家業としての『縁組』依頼は、今後も必要とされるだろう。だが、程度を誤れば、『縁組』という呪術で人を殺めることになる。ここをしかと深く理解せよ」
これまで継承者を一人に絞ってきたのには、理由があります。
「儀式」を継承するにふさわしい正しい人格・肉体形成を促し、ときに支え、そのうえで、「縁組」の恐ろしさを理解させる必要があるからです。
人間の心の闇を扱う故、その醜悪な「想い」に耐えるだけでなく、内容の影響の大きさから決して口外せず、墓場まで持っていかねばなりません。
それには、心も身体も錬成されたものでなければいけないのです。
典清と比べ、黒明は私の言いつけを守り、文武、精魂ともに成熟しました。
すでに「縁組」を授ける器に値するものでありました。
「縁組」は歴史の暗部を担ってきたことなど、私は包み隠さず、黒明にすべてを話していきます。
黒明は黙って聞いておりましたが、少し俯き、ときに眉目を寄せておりました。
その反応は、まっとうなものです。
私も継承の際に、私たち一族の背負った「業」の深さをはじめて知り、数日は十分な眠りをとることもできませんでした。
「黒明。申し訳ないが、お前は一族の闇の部分を担うことになる。だが、これだけは理解してほしい。私はこれを今までたった一人で背負ってきた。すべてをだ。だが、お前には典清がいる。『縁組』と『縁切』を各々が持つことにより、支え合い、心を明かせる相手ができたのだ。一族はお前と典清が二人で守り抜いていってくれ」
私の言葉に、黒明の顔色が少し戻る。
確かに心配もあるかもしれません。
だが、雄と英と同じく、黒明と典清が支え合いながら生きていく。
そんな未来を、世界を、一族を、作っていくのは二人の支え合いなのです。
私は黒明の前に立つと右手に聖典を持ち、左手で印を組みます。
手早く印を展開し、最後に言霊を込める。
「其(そ)の縁(えん)、組み給(たま)え! 彼(か)の想(おも)い、届き給え! フン!!」
「縁組」の継承の最後は、「縁組」を行うこと。
先代と継承者が「縁組」を行うことで、「縁組の刻」を暗殺の手段としないことを執着させます。
黒明の手元に置かれる聖典が開き、そこから透明ではありますが、太い鎖が飛び出します。
透けているが重々しい鎖は黒明の首から、全身に巻き付き、締め上げていきます。
痛みからか、恐怖からか黒明は顔をゆがませています。
「結(むす)び、縛り給え! フン!!」
結びの言葉と共に、黒明に巻き付いていた鎖が爆ぜ散り、消えていきます。
縁組完了です。
黒明は首のあたりを不思議そうに擦っています。
縁組とは、契約であり、執着を植え付けること。
心の深いところを鎖で留め置いてしまうこの儀式は、何度見てもいい気はしません。
「黒明よ。『縁組』を担うものは自らを縛り、意思強くあらねば、他者を縁組むことなどはできない。しかと心得、精進せよ」
黒明は汗の球を額に浮かべ、私の目をじっと見つめると、静かに頷きました。
***
新しい世代が事業を回すことで、私の中にある世界観さえもが変わり、好転していきます。
まだまだ私も精神的に矮小だったと、この年齢にして気づき、自嘲します。
「人間とは考える葦である」と、有名な哲学者であり、科学者のパスカルは述べたと聞きます。
この年齢になって、その言葉の本意が肚に落ちた気がいたします。
自らに疑問を抱き、悩み、考え、試行回数を重ねていく。
さらには、新しいことを模索することで人間は可能性を広げていく。
それらの思考と試行を行わず、ただ周囲の考えに流され、判断を他人に委ねる。
そんな行動を良しとする者は、人間ではないのかもしれない。
天啓と共に降ってきた今継承の判断は、人間らしさを失いはじめていた私をもう一度、人間らしくしてくれたのではないか。
日々、他者からの依頼や願いを受け、儀式にて解放、結実をしてきたが、私自身が自発的に行動を起こすことは、ほとんどありませんでした。
だからこそ、今回の継承にあたって決定したこと、思考を巡らせたことで、私は人間らしさを取り戻せたのではないかと思います。
「星宮」の仕事は、黒明、典清でうまく回しているようです。
依頼のほとんどは縁結びと、詣でや奉納の仕事。
これらをぞんざいに扱うつもりはありませんが、「星宮」を本屋へと建て替えが本格化した時点で、辞めてしまおうと思っています。
時間は流れ、転がっていくものです。
いつまでも同じであるものなど、何もありません。
時代を拓いていくのは私のような老爺ではなく、若人たちなのです。
裏家業としての「縁組」はその数は減ったものの、未だ世に「要人」と呼ばれる人たちから依頼がチラホラあります。
黒明は儀式の度、辛そうに対応をしていましたが、少しずつ慣れてきたように思えます。
そして、そんな黒明を典清も支えているようです。
先日などは、「縁組の刻」が終わった後の奥座敷で、黒明は声を押し殺して涙を流しているようでした。
そこにブルーベリーの香りを思わせる紅茶を入れたカップと近江屋さんの洋菓子を盆に乗せた典清が入っていき、話を聞いていました。
古来より一人で受け止めなければならない、受式者の心を二人で共有し、支え合う。
それは神棚に祭られる二体の人形の姿を思い起こさせます。
黄色の着物をまとった人型と、緑の着物をまとった人型。
「縁組」「縁切」の象徴する人型は、さながら陰陽印のように向き合っております。
この二つの人型は、「相反するが、互いを支え合うという関係性を表している」と昔に祖父から聞いたような気がします。
二つの儀式を二人に継承したことで、この人型が表すものに近づいたのではないだろうかと、私は最近思えてならないのです。
「ふっ」と思う。
もとは「縁組」「縁切」は二人で担い、役割分けがなされていたものではないかと。
もし、そうだとするのであれば、今継承で私が行ったことは原点回帰を行ったのではないかと思います。
時代は流転する。
時間という大きな流れの中で、私たちは一滴の水滴であり、取るに足らない存在なのかもしれません。
だが、少しでも大河の中で抗い、生きた証を残したい。私たちは、「考える葦」なのだから。
***
スマホの音に我に返る。
急いで応答する。
「令、どこにいるんだ。『縁切り』お客様がいらした。対応をお願いしたい」
「ごめんなさい! わかりました! すぐに戻ります!」
私は詩に目配せをする。
詩は頷き、私を促す。
詩はスマホに指を走らせると、私に向かって画面を差し出す。
「続きはまた今度ね。まずはお仕事頑張って。話を聞いてくれて嬉しかったよ」
詩にしては、珍しい気の遣い方だ。
スマホを耳にあてたままバッグを肩にかけ、千円札をテーブルに置き、喫茶店を飛び出す。
壮大な大河ドラマを見た後のようだ。
しかもまだ、本筋には達していないらしい。
そして、ここまで知ってしまった私はもう縁切堂の人間なのだと、改めて理解した。
さらには、「縁組」、宝物堂。
その存在は、縁切堂と元は一つだったという。
何か大きなことがすでにはじまっており、私は運命の輪の中に巻き込まれていくことを、じんわりと感じずにはいられなかった。
(第1部 了)
(第2部へとつづく)
第1話はこちらから。
第2話はこちらから。
第3話はこちらから。
第4話はこちらから。
第5話はこちらから。
第6話はこちらから。
第7話はこちらから。
第8話はこちらから。
第9話はこちらから。
第10話はこちらから。
第11話はこちらから。
第12話はこちらから。
第13話はこちらから。
第14話はこちらから。
