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本能寺の変1852 その一因 2(1)光秀の素性6 そ第22話 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

その一因 2(1)光秀の素性6 そ第22話 

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→【シリーズ】
 信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道  
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2(1)光秀の素性 6転機 そ第22話

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   1素性  そ第53話 そ第54話① そ第54話② そ第54話③
   2争乱  そ第155話① そ第155話②
   
3下剋上 そ第156話① そ第156話② そ第157話① そ第157話②
  
      そ第158話① そ第158話② そ第158話③ そ第158話④
        
そ第158話⑤ そ第158話⑥ そ第158話⑦ そ第158話⑧
        そ第158話⑨ そ第158話⑩ そ第158話⑪
   4没落  そ第200話① そ第200話② そ第200話③
        そ第201話① そ第201話② そ第201話③ そ第201話④
        そ第201話⑤
   5再興  そ第151話① そ第151話② そ第152話① そ第152話②
        そ第152話③ そ第152話④ そ第152話⑤ そ第152話⑥
        そ第152話⑦ そ第152話⑧ そ第152話⑨ そ第152話⑩
   6転機  そ第19話   そ第20話①  そ第20話②  そ第21話
        そ第22話   そ第23話

永禄九年1 二つの流れ

 永禄九年1566、春。               →第22話  小

 細川藤孝は、尾張にいた。
 和田惟政と一緒だった。
 「参洛の事」
 信長と交渉を進めていた。
 「誓紙」、とある。
 最終段階に入っていた。

 義昭の期待は、大きかった。
 同年、四月。
 義昭は、近江矢島にいた(滋賀県守山市矢島町)。
 以下は、尾張の藤孝・惟政へ送った書状である。
 「何時比、参洛候哉」
 
「帰参、待ち入り候」
 期待は、膨らむばかり。
 吉報を待っていた。

  長々在国、辛労に候、
  信長参洛の事、別儀なきの由、喜び入り候、

  然れば、治定(決定)、何時比(いつころ)、参洛候哉、
  能々(よくよく)、相究め、信長誓紙申し調(ととの)へ、
  帰参、待ち入り候、

 長引くようであれば、一人でもいいから、先ず、帰って様子を報告
 するように。

  
由断ある間敷く候へども、若し相延ぶ候はゞ、
  一人なりとも、先ず其方の様躰、
  上国せしめ、言上肝要に候なり、
                      (義秋)
     卯月十八日、           (花押)

  (宛名ウハ書)
  「(墨引)
           細川兵部大輔とのへ 
           和田伊賀守とのへ  」
                    【重史084】(「和田家文書」)

 藤孝は、信長に入れ込んだ。
 生年も同じ。
 波長も合う。
 勢いがあった。
 だが、やはり、信長自身の姿勢がそうさせたのだろう。
 その時までは、・・・・・。

 結果、義昭の家中に二つ流れが生じた。
 すなわち、斯くの如し。

 一、越後の上杉。
   名家、名門。
   大覚寺義俊がこれを推した。
   謂わば、保守派。

 一、尾張の織田。
   成り上がりの俄か大名
   これには、細川藤孝・和田惟政。
   となれば、こちらは革新派となる。

 家中に、微妙な空気が流れ始めた。

 藤孝は、尾張に踏みとどまった。
 同年、六月。
 藤孝は、信長のもとを離れず。
 交渉は、「詰めの段階」に入っていた。

 惟政の方は、先に、帰っていたようである。

 ところが、状況が変わった。
 藤孝は、急いでいた。
 義昭へ、和田惟政を再派するよう要請した。
 以下は、義昭が和田惟政に送った書状である。
 これだけでは、まだ、よくわからない。      

  尾州より、兵部大輔申し上げ候、

  早々、惟政、罷り下るべくの由、申し候間、
  明日にも、小者一人にてなりとも、罷り下るべき事、頼み入り候、

 長引くのには、理由があった。
 信長は、迷っていた。
 何事かを言ったらしい。

  尾張守(信長)申すに付き、

 義昭は、惟政に命じた。
 上洛の事。
 必ず、成し遂げねばならぬ。
 とにかく、尾張へ急げ。

  子細の由候へども、
  我々、此の分、申し付くる由にて、
  早々、先々、尾州へ下国の事肝要に候、

  急度、織田参洛候様、馳走、此の節に候、

 義昭は、不安だった。
 
ここで、信長に、断られれば、すべてが水泡に帰す。
 義昭は、必死だった。

 
 存じ申し上げ候如く、方々調略の子細候間、連々候ては如何候旨、
  如何様にも、出勢の事、急ぎ申し度く候、

  呉々、先々、明日にも下国頼み入り候、
  かしく、
                      (義秋)
     六月十一日、           (花押)

  (宛名ウハ書)
  「
              和田伊賀守とのへ 」
                    【重史085】(「和田家文書」)



 ⇒ 次へつづく

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