『選ばれる人』第一話(全十六話)
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<あらすじ>
「その競技が何なのかわからなくても読める」スポーツ小説です。
特定の競技への興味や知識に左右されることなく読者が楽しめるように、あえて競技を明示しないで、スポーツを職業とするアスリートたちの栄光、葛藤、矜持、挫折、孤独、希望、絶望、再起といったエッセンシャルな姿を描きます。
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第一部
第一章 選ばれた人たち
秋のグランプリに出場する代表メンバーが発表された。
活躍が期待される主要メンバーは、安部(32)、梶(28)、椎名(25)、新田(和24)、新田(春24)、多岐川(19)、山田(19)らである。
前評判では、キャプテン安部やエース椎名を中心として昨年の大陸選手権で躍進したチームに、今回初選抜の多岐川や山田といった新戦力も加わり、優勝も射程圏内だといわれている。
久々に誕生した「強い代表チーム」はマスコミから注目された。
まずは絶対的なエースであり、かつ色白で端正な顔立ちの椎名が、チームの大看板である。
さらに、次世代のエースとして期待されている多岐川も、実力容姿ともに恵まれていたことで世間の関心が高まり、スポンサーに名乗りをあげる企業も増えて、にわかにメディアで取り上げられることが多くなった。
大陸選手権後、病に倒れた中島監督に代わり、ヘッドコーチから昇格した笹本監督がチームを率いている。
笹本体制になってからも代表メンバーが大きく変わることはなかったが、多岐川と山田の抜擢によって岡村と進藤が選抜から漏れた。
岡村は、また次のチャンスを待っているが、椎名と同い年の進藤は、今回代表から外されたことを潮に、惜しまれながら現役引退を表明した。
進藤は椎名とともに十代のころから代表入りし、国際舞台での経験が豊富な選手だった。代表を外れてもクラブチームでのプレーは続ける選手が多いなか、まだベテランと呼ばれる年齢にも達していない進藤のあまりにも早い完全引退はマスコミを騒がせ、その決断に対する賛否は分かれた。
いずれにしても、進藤引退の直接の原因となってしまった多岐川と山田は、誰にも責められることはないものの、平気な顔ではいられなかった。
ほかの代表メンバーは、下を向く多岐川と山田のことを気づかいながらも、いずれは訪れる自分の引き際について思いを巡らせると、軽々には感慨を口にすることができなかった。
椎名は、取材で新戦力の多岐川と山田について質問を受ければ、中心選手としてふたりへの歓迎と期待の言葉を繰り返し述べたが、そのたびに苦楽をともにして戦ってきた岡村と進藤のことに思いが逸れて胸が傷んだ。
また、よくも悪くも椎名と多岐川という新旧エースの実力や人気におけるライバル関係を煽るような報道が出はじめていたことから、多岐川に対する言葉数が不自然に減れば、あらぬ噂を立てられかねないという状況が椎名を無駄に疲弊させた。
とはいえ(ふたりのライバル関係はゴシップ誌レベルのものでしかなく)現時点での椎名と多岐川の実力差は明白で、実際エース争いで代表チームに不協和音が生じるようなことはなかった。
それが証拠に、秋の本番に向けた遠征先での椎名と多岐川は同室であり、椎名は求められるまま精一杯のアドバイスを多岐川にした。
多岐川にしてみれば、仰ぎ見る憧れの存在である椎名と身近に接することができるだけ幸せだった。
同室の椎名と多岐川のプライベートの時間を特集するようなテレビ取材が増えた。調整目的の遠征にまで取材陣が随行するのは異例で、ふたりは過熱する人気に驚いた。
「勘違いをしてはいけない」と、ふたりは話し合った。
「結果がともなってこそ定着する人気だから、いっときの空騒ぎに浮かれて足元をすくわれることのないように気を引き締めて、目の前の練習や試合に集中しよう」
人気拡大を図る協会の意向で取材を拒むことはできなかったが、「練習や試合に集中しなければいけない」という当たり前のことを確認した。
ほかのメンバーには言いづらい悩みだった。
椎名と多岐川人気が上昇するなか、次第にほかの代表メンバーへの関心も高まり、もうひとりの新人の山田や、苦労人のキャプテン安部、双子の新田などにも注目が集まるようになる。
望ましい相乗効果を受けて協会は、せっせと大手広告代理店などとの折衝に時間を割いた。
選手たちの競技以外のスケジュールが、専用のスタッフを増員しなければ把握できないほど過密になった。
大会間近に開かれた激励会には、歴代の名選手たちが集まった。
その日は、今も協会関係者や指導者、解説者として普段から顔を合わせる機会の多い人たちだけではなく、現在は「一般人」として暮らす名選手たちも招かれていた。
椎名は中学生のころ強く憧れた丸山、伊達というふたりの先輩にはじめて対面し、さすがに緊張して声が震えた。
競技を離れて一般人となった人たちは総じて腰が低い。
かつての代表チームの屋台骨を支えていた丸山や伊達も同様で、現チームを牽引する椎名の活躍を優しくねぎらうばかりで、自分たちの過去の栄光を語ることはなかった。
瞬く間に秋が来た。
大会には12か国のチームが参加する。予選では6チームずつ2組に分かれて総当たり戦を行い、各組の上位4チームが予選の結果に応じた組み合わせの決勝トーナメントに進む。
揃いのユニフォーム姿で臨んだ共同会見場での代表メンバーは、本人たちが思う以上に頼もしく映った。
慣れないスケジュールに忙殺された日々だったが、この日までやり残した準備はないという充実感が全員にあり、居並ぶ傑出した仲間たちへの信頼が個々の自信にもつながっているようだった。
周囲の盛り上がりと寄せられる期待の大きさについての感想を問われて、(普段は立場をわきまえて慎重な発言に終始することの多い)安部はチームを代表して謝意を述べたのちに、
「プレッシャーは、ありません」と言い切った。
いつになく強気なキャプテンの言葉で、チーム内のプレッシャーは、そのとき、その言葉どおりに消え去った。
明らかな格下相手との予選第一試合には快勝した。
監督の笹本は、試合後半に椎名と多岐川、梶と山田を交代させて、新人に経験を積ませるという余裕まで見せた。
ところが、過去の対戦経験から同格程度と見なしていた相手との第二試合でチームは完敗する。
自分たちがどうこうではなく、相手チームのレベルが上がっているというのが正直な実感だった。
自分たちと同様に相手の実力もまた変化するという当然の事実を失念することは(相手の変化を警戒する余裕がない場合などには)往々にして起こることだった。
「修正すべきところは修正し、頭を切り替えて、次の試合に集中します」
安部、椎名ら主力選手は口をそろえた。
格下もしくは同格を相手にした残りの三試合では無事勝利する。
また、第二試合で敗戦した相手の意外な取りこぼしもあって、得失点差でチームは予選1位で決勝トーナメントに進出した。
「あのチームともう一度やっても、勝てる気がしません」
予選の第二試合で予期せぬ衝撃を受けた椎名は、決勝トーナメントを前にキャプテンの安部にだけ弱音を吐いた。
「調子に大きな波があるチームだから、勝てる可能性は十分にあるよ。
それに、もしまた当たるとしても決勝か3位決定戦でしょ。今は次の試合のことを考えようよ」
椎名の不安を打ち消すように安部はこたえた。
椎名もほかのメンバーには同じように話している。
ただ、優勝を狙うチームとして、対戦前に同格もしくはそれ以下と考えていた相手に、手も足もでなかったという結果は大問題である。
もともとマークしているさらなる強豪チームのことを思うと、大会直前の自信は大きく揺らいだ。
「不安になりませんか?」
尋ねる椎名に、安部は笑顔でこたえた。
「試合を半年先に延期できるなら別だけど、今さら不安になっても仕方ないから不安にはならない。このチームを信じて、できることを精一杯やって、たとえその結果が悪くても受け入れるしかない」
「今回は負けるわけにはいかないでしょう?」
「負けてもいいと思って戦うことはないよ。でも、相手のあることだから、なかなかこちらの思惑どおりにはね」
安部らしい達観だと椎名は感心した。
安部も早くに代表に選ばれたが、控えに甘んじた時期が長く、レギュラーになったのは椎名よりも遅い。
それは、同じポジションに藤堂というレジェンドが長く君臨していたせいである。代表チームの顔として長く現役生活を続けた藤堂は、引退するまで不動のレギュラーの座にあった。
安部は代表入りしてからしばらくは、藤堂の控えではなく、藤堂の控えの柏木の控え、つまり三番手の控えだった。
藤堂と年齢が近かった柏木は、一度もレギュラーになれないままで代表を去ることとなる。
藤堂が代表メンバーとして出場した最後の国際大会など、体力的な衰えは否めなかったが、それでも藤堂の名前は重く、柏木や安部が先発する試合はなかった。
長きにわたる偉業を讃えられながら藤堂は引退して、三番手の控えだった安部がポジションとキャプテンの地位を受け継いだ。
「藤堂さんはもちろん、柏木さんにも、自分の才能や技術はとても及ばないと思う。それなのに柏木さんは控え選手のままで引退し、自分は代表チームのキャプテンの座に納まっているなんて……」
時折安部は、藤堂と柏木の思い出を語るとき、最後には投げやりな口調でこう言った。
「柏木さんは運が悪かった。それで片づけられちゃうんだよね」
『自分の力で切り拓くはずのこの世界にも、自分の力だけではどうしようもないことが、よくある。
悩みはじめたらキリがなくて、やり過ごさなければ気が変になってしまうような、あまりにも理不尽な現実が……』
そう椎名は、自分たちが置かれている世界を再認識した。
選手たちがよく口にしている「頭を切り替えてやる」「開き直ってやる」というコメント。事あるごとに自分も多用する、陳腐な常套句。
しかし、実のところはそれが、今となっては逃げだすこともできない戦場に立っている競技者に残された唯一の選択肢なのだ。
(第二話)https://note.com/sin_sen/n/n8b2b0a32306e
(第三話)https://note.com/sin_sen/n/ne6050ca5d65d
(第四話)https://note.com/sin_sen/n/ncd48fe26c133
(第五話)https://note.com/sin_sen/n/n09948341ba96
(第六話)https://note.com/sin_sen/n/n51ff568bdd97
(第七話)https://note.com/sin_sen/n/ncdb0c8b173e1
(第八話)https://note.com/sin_sen/n/n2da124b0a4b1
(第九話)https://note.com/sin_sen/n/n87c9980cb09f
(第十話)https://note.com/sin_sen/n/n6285792a8b8f
(第十一話)https://note.com/sin_sen/n/n74f49a0408fc
(第十二話)https://note.com/sin_sen/n/nfb85ad27751c
(第十三話)https://note.com/sin_sen/n/nc2039f5b8496
(第十四話)https://note.com/sin_sen/n/n28a9c7af4722
(第十五話)https://note.com/sin_sen/n/n034187dadfd3
(第十六話)https://note.com/sin_sen/n/n1c956ba58eca
