折り目①|プロローグ|#創作大賞2026#恋愛小説部門
折り目
伊賀本 響
あらすじ
鈴木朱莉は、恋人との関係が終わらないまま続いていることに気づいていた。
ただ、少しずつ言葉が噛み合わなくなっていた。
社会人として働く朱莉は、恋人の宮内涼介や友人たちと日々を過ごしている。
忙しさの中で交わされる短い会話、すれ違うタイミング、言えなかった本音。
関係は終わらないまま、形だけを変えて続いていく。
かつて打ち込んでいたバレーボールと、止まったままの時間。
そのあいだで、朱莉は自分の選択を見つめ直していく。
気づかないうちに刻まれる“折り目”は、やがて元には戻らない。
それでも、言葉にできない気持ちは、静かに残り続けていた。
その違和感は、誰にも気づかれないまま、静かに形を変えながら残っていく。
(297文字)
はじめに
この物語は、いくつかの章でできている。
どの章から読み始めても、構わない。
ただし、この『折り目』のすべての章を読んだとき、
最初に選んだ場所の意味が変わるかもしれない。
窓際の席で、コーヒーが冷めていく。
気づかないうちに、何かが変わっている。
これは、そんな小さな“折り目”の話。
*止まる瞬間*
1章 プリンサンデー
*3人*
*ちゃんと*
*使われてない?*
*歪み*
2章前編 残量
*31% それだけだった*
*31% 足りないまま*
2章後編 境界
*40% 言わなきゃわからない*
*46% 待たない*
*遅れて届いた言葉*
*足りない言葉*
3章 いもようかん
*なんでじゃない*
*それだけでできている*
*あとで言う*
*言いかけたこと*
*そばにいるだけ*
4章 それ、飯じゃない
*いつもの席*
*言わない人*
*終わりにしなくていい*
*まだ返していない*
5章 計算のゆくえ
*止まらない計算*
*計算*
*外側*
*大丈夫だ*
*少しずつ*
*止まれない*
*誰も見ていない*
*そのまま*
6章 指の跡
*整骨院*
*施術の手*
*過去の記憶*
*コーチの提案*
*お土産*
*帰宅と余韻*
7章 夜の折り目
*それだけの夜*
*言える人*
8章 まだ馴染まない
*変化 言葉になる前に*
*変化 小さな鉢に、変化が宿る*
*変化 嬉しいのに、まだ馴染まない*
9章 離れているあいだに
*同じ空の下で*
*偶然思い出す人*
10章 それぞれの場所で
*一本だけ*
*気がついた*
*最終便*
*折り目**止まる瞬間*
部員たちの声が遠ざかっていった。
朱莉は最後までその中に入らなかった。
昇降口のあたりで笑い声が一つ聞こえ、それも消えた。
体育館に残ったのは、換気扇の低い音だけだった。
朱莉は動かなかった。
床のワックスが照明を反射して、空間が広く感じられた。
汗の匂いが、まだ空気の中にあった。
道具室の扉を開け、ボールを一つ手に取る。
よく空気の入ったボールの硬さが手のひらに伝わった。
重さ、革の縫い目、──体は全部覚えていた。
コートに戻り、エンドラインの内側に立つ。
膝を軽く曲げると、右脚にわずかな重さを感じた。
それでも体は自然に構えを作っていた。
ボールを上げる。天井に向かって伸びていき、照明の中で白く光った。
一瞬静止して、落ちてくる。
床に着く音が体育館に響いた。
朱莉はそれを見つめたまま、拾いに行かない。
白い照明がコート全体を照らす。影はほとんどない。
ボールはゆっくりと転がり、止まった。
扉を開けると、冷たい空気が流れ込んできた。
遠く、駐車場の端に二人が立っているのが見えた。
気づいていない。二人はまだ気づいていなかった。
空を見上げる。
星は遠く、体育館の照明の下とは別の世界にあるように見えた。
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