第五十二回:運が良い人になる方法
今日は2020年7月28日です。本当は8月に入ってから書こうと思っていたのですが、やる気の神様がいつまでいてくださるか分からないので、さっさと書くことにしました。それでは今回もゆるく行ってみましょう。超不定期連載「分かりそう」で「分からない」でも「分かった」気になれるITコラムでございまぁす。このコーナーでは、各用語の説明ページでは取り上げにくいIT関連のネタをテーマに、だらだらと思いついたことを書いていきます。みなさんが「あぁ、なんか役に立ちそうな気もするけど、役に立たないかなぁ。でも、もしかしたら役に立つかも」と思える情報を発信できるように頑張ります!
はじめに
栄えある五十二回目のテーマは……ピヨピヨピヨピヨ(ぴよぴよ的ドラムロール)……じゃん!
運が良い人になる方法
です。
やっぱりITに関係なさそうなテーマだけど、どーんまい。
……と書くのが恒例になってきましたね。
どんまい!
ちなみに、今回のコラムの結論は
1.自分は運が良いことに気付く
2.運の悪い出来事は上書きする
3.幸運の種をまく
です。
最後まで読んでくださる方は、この結論を知らないことにして読み進めてください。
自分は運が良いことに気付く
まず、みなさんに気付いていただきたいのは
運が良い・悪いは相対的な評価
だということです。
その上で
みなさんは運が良い
です。
何故なら、私が書いている、この素晴らしいコラムに出会えたからです!

……というのは冗談ですけどね。
このコラムをご覧になっているあなたは、今、インターネットをやっていますよね?
それは、つまり「インターネットをやるだけの余裕はある」ということですよね?
意識がない状態で入院しているわけでもないし、殺人鬼の魔の手から逃げている最中でもないし、文明の利器の皆無な無人島にいるわけでもありません。
もちろん個々人の様々な事情はあるでしょうけどね。
少なくとも、あなたは今この瞬間にインターネットをやるだけの余裕がある人です。
これって、かなり幸運なことだと思いませんか?
もしも、あなたが日本で暮らしている日本人なら、その時点で、かなり運が良いです。
いきなり銃で撃たれる心配は少ないし、蛇口をひねれば水は出てくるし、ある程度以上の人権が保障されているし、他にもいろいろと恵まれています。
「自分は運が悪い」と思っている人は、多くの場合
1.自分より良いことが起きている(ように見える)人と自分を比べがち
2.「もっと良いことが起こるのが普通」と思っている
のどちらかです。
例えば、そうですね。
あなたが宝くじを100枚買って1万円しか当たらなかったしましょう。
あなたの周りに1枚しか買っていないのに10万円当たった人がいたら「自分は運が悪いな」と感じるでしょう。
ですが、あなたの周りに100枚買って3千円しか当たらなかった人しかいないのであれば「自分はマシな方だな」と思えるはずです。
自分より良いことが起きている(ように見える)人と自分を比べたら、自分は運が悪いように感じます。
当たり前です。
悪趣味ですが、試しに自分より悪いことが起きている(ように見える)人と自分を比べてみてください。
きっと「自分は運が悪い」とは感じないはずです。
これが
1.自分より良いことが起きている(ように見える)人と自分を比べがち
です。
次に
2.「もっと良いことが起こるのが普通」と思っている
ですが、最初から期待値が低ければ「運が悪い」なんて思わないのですよ。
「普通は、もっと良いことが起こるはず」という考えがどこかにあるから「普通は、もっと良いことが起こるはずなのに、自分には良いことが起こらない。だから運が悪い」という考えになるのです。
あるいは「普通は、もっと悪いことが起こらないはず」という考えがあるから「普通は、もっと悪いことが起こらないはずなのに、自分には悪いことが起こる。だから運が悪い」という考えになるのです。
でも、その「普通」って本当に普通ですか?
お年玉で1,000円もらいました。
「普通は500円くらいだよね」と思っていれば「1,000円ももらえた!運が良いな!」となるでしょう。
「普通は5,000円くらいだよね」と思っていれば「1,000円しかもらえなかった。運が悪いな……」となるでしょう。
同じ1,000円のお年玉でも「普通」が違えば「運が良い」にも「運が悪い」にもなります。
「運が良い」「運が悪い」という評価は「普通」の基準次第で反転するような、あいまいなものなのです。
「運が悪い」と感じる機会があまりにも多いのであれば「普通」の期待値が高めなのかもしれませんよ。
これが
2.「もっと良いことが起こるのが普通」と思っている
です。
ただし、誤解しないでほしいのですが「自分よりも大変な人がいるのだから、多少の嫌なことは我慢しろ!」と言っているわけではありません。
「期待値を下げて、すべてのことに感謝しろ」と言っているわけでもありません。
私が言いたいのは
運が良い・悪いは相対的な評価
だということです。
同じ出来事に対して「運が良い」と感じる人もいれば「運が悪い」と感じる人もいます。
世間で思われているほど「運の良し悪し」に実体はありません。
その人の捉え方次第です。
運の悪い出来事は上書きする
ここまで読んでくださった方の中には「そんな詭弁を聞きたいんじゃないんだよ!自分が知りたいのは、実際に今よりハッピーなことが起こる方法だよ!」と思った人もいるでしょう。
ですよねー。
私も思います。
「『すべては受け止め方次第』なんて奇麗ごとなんだよ!そんなに簡単に考え方を変えられたら苦労しねーわ!バーカ、バーカ!」って。
いいでしょう。
実際に今よりハッピーなことが起こる実践的な方法を教えましょう。
それは……って、すでに章タイトルとかでネタバレしちゃっていますけど
運の悪い出来事は上書きする
です。
例えば、そうですね。
ピヨ太君がお散歩をしていたら、犬のウンチを踏んでしまいました。

ウンは付いたけど、運の悪い出来事ですね。
しかし、さすがはピヨ太君です。
ピヨ子さんのところに行って「犬のウンチを踏んでしまってヘコんでいるから慰めてほしい」と頼みました。

哀れに思ったピヨ子さんは、ケーキ屋さんデートに付き合ってあげることにしました。
ケーキ代はピヨ太君持ちですけどね。

いかがでしょう。
ピヨ太君は「犬のウンチを踏んだ」という運の悪い出来事を「ピヨ子さんとケーキ屋さんデートをする」というハッピーの呼び水にしてしまいました。
ピヨ太君は「犬のウンチを踏んだ」からこそ大好きなピヨ子さんとデートできたのです。
ピヨ太君の中で「犬のウンチを踏んだ」出来事は、もう「運の悪い出来事」とは見なされていないでしょう。
これが
運の悪い出来事は上書きする
です。
私の座右の銘のひとつに
転んだら何か拾うまで起きるな
というのがあります。
転んだら痛いです。
そんな痛い思いをしたのに、ただ立ち上がるだけだったら、何の得もありません。
痛い思いをした分だけ損です。
だから、意地でも何か拾います。
何か拾えば「転んだ痛みは、これを拾うための必要経費だったな」と思えるからです。
運の悪い出来事も同じです。
「あ~、運が悪かったなぁ」で終われば、それで「運の悪い出来事」として確定してしまいます。
その出来事を呼び水にして、何が何でもハッピーな出来事につなげてください。
「ブログに書く」でも「飲み会でネタにする」でも「前から欲しかったけど高いから我慢していたアレを買うための自分に対する言い訳に使う」でも何でも構いません。
絶対に、絶対に、絶対に、ハッピーな出来事につなげるのです。
断固たる決意を持って、臨んでください。
これを徹底すると、運の悪い出来事が起きたときに「あ~、運が悪かったなぁ」なんて嘆いている余裕がなくなります。
「どうする?どうすればハッピーにつなげられる?」を考えることに大忙しだからです。
その結果、あなたの周りから「運の悪い出来事」がなくなります。
無理やりハッピーにつなげるので、トータルで見ると「運の悪い出来事」ではなくなるからです。
運の悪い出来事が起きない人は「運の良い人」と呼べるんじゃないですかね?
幸運の種をまく
さて、前の節で「運の悪い出来事をなくす方法」を書きました。
この章では「運が良い出来事を起こす方法」について書きます。
運が良い出来事を起こす方法!
それは!
ありません(-A-)
「運が良い出来事を起こす方法って、どんなのだろう?ドキドキ」と期待しながら読んでしまった人は、怪しげな壺とかを買わないように気を付けてくださいね。

当たり前じゃないですか。
「よし、今からハッピーな出来事を起こすぜ!」と思って本当に起こせたら、そんなの神ですよ、神。
地べたを這いずる人間の分際で、そんなことを望んじゃいけません。
ただし、です。
運が良い出来事が起こる「可能性を上げる」方法ならあります。
それは
「下手な鉄砲も数撃てば当たる」作戦
です。
……なんかカッコ悪いので、やっぱり
「幸運の種をまく」作戦
に呼び名を変えます。
「幸運の種をまく」作戦、それは
運が良い出来事につながるかもしれない行動を片っ端からやる
作戦です。
あっ、ただし「〇〇色の物を身につける」とか「風水的にウンチャラなカンチャラをする」とかのやつではありませんからね。
誤解しないでくださいね。
風水も神仏も宇宙的エネルギーもその他のアレコレも今回のコラムとは一切無関係です。
私のことを知っている人はご存知でしょうが、私は「お腹が痛いとき以外は神頼みはしない派」です。
話を戻します。
例えば「周りの人に優しくする」とかですね。
周りの人に優しくしておくと、自分が困ったときに助けてくれるかもしれません。
職場の同僚だったら、残業中に、引き出しから出したお菓子をくれる可能性もあります。
もちろん何もしてくれない可能性もありますけどね。
周りの人に優しくしておくことで、運の良い出来事が起こる可能性が上がります。
もし何も起こらなくても良いのです。
まくのは「種」なのですから。
実る場合もあれば、実らない場合もあるでしょう。
まいた種の数を数えている暇があったら、さっさと次の種をまきましょう。
まく種が多ければ多いほど、実る可能性は上がります。
あるいは「勉強を一生懸命頑張る」とかですね。
勉強を一生懸命頑張ることで、知識が増えて、頼りがいが出てきます。
もしかしたら、思わぬところで、あなたに魅力を感じる異性が現れるかもしれません。
そのように考えていくと「運が良い出来事につながるかもしれない行動」って、たくさんあると思いませんか?
「元気に挨拶をする」も「道端に落ちているゴミを拾う」も「新しいサークル活動を始めてみる」も運が良い出来事につながる可能性があります。
もちろん何も起きない可能性もありますけどね。
単純に「元気に挨拶をする」生活と「元気に挨拶をしない」生活を比べたら「元気に挨拶をする」生活の方が良いことが起こる可能性は高そうじゃないですか。
私も世界の真理を知っているわけではないので断言はできませんが、おそらく、この小さな積み重ねを、どれだけやれるかだけですよ。
確実に運が良い人になる方法なんてありません。
我々、人間にできるのは
運の良い出来事が起こる可能性が上がりそうな行動をすること
だけです。
それでは、どんな行動をすれば運の良い出来事が起こる可能性が上がるのか?
それは、みなさんが「これをやったら、何か良いことが起こるかもしれないな」と思える行動です。
人それぞれで具体的に思い浮かぶ内容は違うでしょうが、おそらく、それで間違っていないはずです。
あとは、それを、どれだけたくさんやれるかの勝負ですね。
まとめ
今回は
運が良い人になる方法
というテーマで好き勝手に語ってみました。
今回のコラムで言いたいことは
1.自分は運が良いことに気付く
2.運の悪い出来事は上書きする
3.幸運の種をまく
の3つです。
まず、やるべきことは
1.自分は運が良いことに気付く
です。
今インターネットを使えている時点で、あなたは運が良い人です。
あなたの周りでどれだけ運の良いことが起こっても「あっ!良いことが起こった!運が良いな!」と気付けないと、運が良い人にはなれません。
運が良い・悪いは相対的な評価
だからです。
次に、やるべきことは
2.運の悪い出来事は上書きする
です。
誰にだって「運が悪いな~」と思える出来事は起こります。
それを「運が悪かった」で終わらせては、いけません。
無理やりにでもハッピーな出来事につなげるのです。
それができれば、あなたの周りから「運の悪い出来事」は、なくなります。
運が良い人に一歩、近付くでしょう。
次に、やるべきことは
3.幸運の種をまく
です。
あなたが人間である以上、運が良い出来事を狙って起こすことは、できません。
できるのは
運が良い出来事につながるかもしれない行動をする
ことだけです。
この行動の量が多ければ多いほど、運が良い出来事が起こる可能性は上がります。
注意点として、運が良い出来事につながらなくても気にしてはいけません。
まくのは「種」なのですから。
実る場合もあれば、実らない場合もあるでしょう。
まいた種の数を数えている暇があったら、さっさと次の種をまきましょう。
まく種が多ければ多いほど、実る可能性は上がります。
……というのが、今回のコラムの「まとめ(建前)」です。
以下は「まとめ(本音)」です。
身も蓋もないことを書くと、今回のコラムで言っていることは
自己暗示をかけて、自分は運が良いと思いこめ!
です。
1.自分は運が良いことに気付く
をやることで、小さな幸運を見つけて「自分は運が良い」と自己暗示をかけます。
2.運の悪い出来事は上書きする
をやることで、本当は運の悪い出来事を「これは運の悪い出来事ではない」と自己暗示をかけます。
「運の悪い出来事」そのものからは目を逸らして未来に目を向けることで、精神的なダメージを緩和するのです。
3.幸運の種をまく
をやることで、無駄になるかもしれない努力を続けられるように自己暗示をかけます。
やっぱりですね。
報われない努力は辛いじゃないですか。
「種をまく」と捉えることで、もし努力が報われなくても「あぁ、芽が出なかったね。そんなときもあるさ」と軽く捉え、次の行動に移りやすくするのです。
「自分は運が良い」と心から思いこむために必要なのは
1.幸運を感じる機会を増やす
2.不運を感じる機会を減らす
の2つです。
この2つを実現するために
1.自分は運が良いことに気付く
2.運の悪い出来事は上書きする
3.幸運の種をまく
の3つをやるわけです。
蛇足なおまけ
実際のところ、世の中には神がかった運の良さを発揮する人もいます。
マンガとかで出てきそうな「絶対的・天運」みたいなやつですね。
ただ、それを再現するのは普通の人には無理です。
自分でコントロールできないことを神様に祈っている暇があったら、自分でコントロールできることを頑張りましょう(--)ノ
思いつきで始めて惰性で続けている「分かりそう」で「分からない」でも「分かった」気になれるITコラムですが、いかがでしたでしょうか。また何かネタがあったら、ちまちまと更新していきます。コンゴトモヨロシク。






