(創作大賞2024)大正浪漫チックな花嫁は恋する夫とお勉強がしたい【第一話】全三十一話
あらすじ
大正八年の夏に、大財閥一井家の御曹司・一井 藤孝と結婚した櫻子。
櫻子は結婚のために女学校を辞めて一井家に来たのに、毎日何もすることがなくて退屈。
藤孝との夜の営みに大失敗し、昼間は仲良く振る舞うけれど、夜はよそよそしくお互い自分の部屋にこもってしまう日々だ。
しかも東京帝国大学に通う藤孝は、まじめに机にかじりついて、櫻子に手を出してこない。
「まじめな藤孝様も素敵ですけれど、ワタクシ、藤孝様と交わる『お勉強』がしたいの」
欲求不満を募らせる櫻子が出会ったのは、儚げな雰囲気の美青年画家。
冷たい冬の川に、身を投げようとしていた彼を助けた櫻子は……。
《本文》
窓の外は、早くも木枯らしが吹き始め、風にあおられた冷たい小雨がパラパラと降り続く。
女中が飾ってくれた花瓶の花を、適当に画用紙に描いてみるのも、お友達へ手紙を書くのにも、もう飽きた。
手元に置いているのは、今流行っている雑誌、『月刊 少女倶楽部』。
憂鬱にため息をつきながら、すでに最初から終わりの頁まで目を通した中身を、再び読むことなく流すようにめくる。
「特集記事って書いてるから、期待したのに」
今月号は、『男性を虜にする淑女の嗜み』なんて、刺激的な見出しだった。
私の密かな悩みを解決できるかと思っていたのに、書いてあったのは、化粧や髪型の最新情報や、おしとやかに振る舞う行儀作法についてだけ。
私の知りたい夜の情報なんて、一つも書いてなかった。
雑誌を再びテーブルに置き、お義父様が、私のために取り寄せてくださった、イタリア製の瀟洒なソファーから立ち上がると、風で小刻みに揺れる窓辺へ寄った。
私、一井 櫻子は、もう一度大きく息を吐いて、西洋ガラスの窓を曇らせる。
そして指で、『ふじたか』 『さくらこ』と並べて書いた。
「あーぁ、せめて早く、試験が終わってくれないかしら?」
じわじわと、端から消えていく窓の文字を眺めながら、私は何度目かのため息をつく。
私にため息をつかせている試験は、自分が受ける試験ではない。
「特に試験となると、藤孝様はずっとお部屋で、お勉強してばかりなんだもの。
そういうワタクシは、帝大に通う夫の帰りを、毎日おとなしくお屋敷で待つばかり……かぁ」
(※帝大は、『東京帝国大学』の略。現在の東京大学のこと)
今日はお義母様もいらっしゃらなくて、話す相手のいない私は、ついひとり言を漏らしてしまう。
この日本有数の大財閥である一井家の、広い西洋風屋敷に暮らしはじめて、早四か月。
豪邸の二階、東側に位置する洋間を自室として与えられ、毎日退屈な日々を過ごしていた。
「やっぱり、お嫁に来るのは早かったのかしら?
こんなことなら、きちんと女学校を卒業してからでもよかったのではないの?」
あまりにも退屈で、今となっては、どうすることもできない不満を口にする。
手持無沙汰に、背中まで伸ばした黒髪を編んでみたり、ほどいたりを繰り返した。
藤孝様が、まだ帰って来る時間ではないのは、分かっているけれど、待ち遠しくて、窓の外を眺める。
「藤孝様と一緒に、お勉強したいのにな……。
ワタクシが我慢したら、今度こそうまくやれるはず……よね?」
お勉強とは、愛しの夫であるこの家の次期当主、一井 藤孝様との、二人だけの秘密の言葉。
まじめな藤孝様が帝大生らしく言い出した、二人の身体のことを知る行為。
つまり、夫婦の営みのことなんだけど、この四か月の間、私たちは口づけしか、していない。
