心配性な藤枝先生の投資入門講座~こんにちは、ボラティリティ~ #16
(↑こちらが最初です。ぜひ、最初からお読み下さい。)
第15章 そうだったのか
2026年7月24日 金曜日午後6時30分 経済学部セミナー室
第12回の最終講座が終了した。学生たちは口々に感想を述べ合い、4ヶ月弱の学習を振り返っていた。
藤枝は満足そうに学生たちを見回した。全員が口座開設を完了し、実際に投資を始めている。理論から実践へ第一歩を踏み出せた。
藤枝は深い達成感を感じていた。オンライン講座という困難な状況の中で、これだけの成果を上げられたことに誇りを覚えつつ、今日でこの特別な時間が終わってしまうことへの寂しさもやはりあった。
「藤枝先生、少しお時間をいただけますか?」
岡田の声に藤枝は振り返った。岡田はいつもの穏やかな表情とは違い、何か重要な話があるような真剣さを感じ取った。
「もちろんです」
他の学生たちも見守る中、岡田は真剣な表情で口を開いた。
「実は、先生にお詫びしなければならないことがあります」
藤枝の胸が急に締め付けられた。まさか、最悪の予想が的中するのだろうか。これまで抱いてきた不安が現実のものとなるのかと思うと、動悸が激しくなった。
「コロナ禍の期間中、対面での接触は極力避けるようにという状況下でしたが、実際には、優佳さんと慎也には対面で会って書籍を物理的に渡していました」
藤枝は一瞬息が止まりそうになった。やはり、学生たちの感染は、感染ルートが示していたとおり、岡田を起点としたものであった。しかし、岡田の表情を見ていると、これまで抱いていた最悪の想像とは違う何かを感じ取った。
「直接?」
「はい。書籍を渡す際に、投資の話なども少しさせていただいて...結果的に、二人には感染させてしまいました」
藤枝は岡田の誠実な告白を聞きながら、これまでの疑念が少しずつ解けていくのを感じた。
「花音さんにも同様の話をしましたが、対面で会わない方が良いとのことで、花音さんとは会っておりません」
「そうだったのですね...」
優佳が後ろから声をかけた。
「先生、岡田君の言うとおりです。私たちが投資の相談をしたくて、無理にお願いしたんです」
村上も頷いた。
「僕も同じです。コロナ禍で不注意だったと反省しています」
花音も微笑みながら言った。
「岡田君の言っていることに間違いはありません」
藤枝は学生たちの表情を見て、すべてが真実だということを理解した。自分が抱いていた猜疑心がいかに根拠のないものだったかを痛感した。
そして、安堵と同時に、自分の疑り深さを恥じていた。4ヶ月弱もの間、信じきれずにいた自分の小ささが情けなかった。
「皆さん...正直に話してくれてありがとうございます」
同日午後7時 経済学部セミナー室
他の学生たちが帰った後、セミナー室には二人だけが残っていた。
これまでの4ヶ月弱、藤枝は教育者として学生たちを指導しながら、内心では絶えず学生たちの関係性への疑念と闘い続けてきた。授業中に学生たちが親しげに話すたびに、心の奥で不安が膨らんでいた。今思えば、その苦悩がいかに無意味だったかが痛いほど分かる。
藤枝はゆっくりと話し始めた。語調は先ほどまでの教師としてのものから、もっと個人的で感情のこもったものに変わっていた。
「この4ヶ月弱、本当に心配でした。君がうまく馴染めるか。他の学生と『トラブル』にならないか...」
藤枝の声には、これまで押し殺してきた不安と心配が滲み出ていた。教師として、そして一人の人間として、複雑な感情を抱き続けてきたことを改めて実感した。
「特に、コロナ罹患から復帰直後に、君だけでなく、別の二人が罹患したと聞いたときには、信じていた君に裏切られたような気持ちになり、耐えられない感じでした...」
あの時の衝撃を思い出すと、今でも胸が苦しくなった。感染ルートが示していた事実に直面した時の絶望感。自分の最悪の想像が現実になったのではないかという恐怖。
「あなたから、オンライン上で何度も弁解の説明を受けても信じきれませんでした...」
藤枝の声に感情がこもった。自分の心の狭さを認め、今こそ正直になるべき時だった。
「申し訳なかった、ユウ」
【ユウ】と呼ばれた岡田佑真は、藤枝をまっすぐ見つめて答えた。
「僕の方こそ、拓己さんを不安にさせてしまってすみませんでした。...でも、優佳さんや慎也との関係は、本当に投資の相談だけです」
「分かっている。皆さんの様子を見ていて、ユウが嘘をついていないことがよく分かった」
藤枝は深い反省とともに、岡田への信頼を取り戻していく自分を感じた。これまでの4ヶ月弱で見てきた岡田の行動や学生たちとの関係、すべてが彼の誠実さを物語っていた。
藤枝は大きいため息をついてから続けた。
「私の初期症状の時、コロナ禍にもかかわらず連日見舞いに来てくれて、食事の準備もしてくれたり...」
あの時の岡田の献身的な看病を思い出すと、胸が熱くなった。自分が弱っている時に、こんなにも尽くしてくれた人を疑っていた自分が情けなかった。
「その結果、ユウにも感染させてしまった...」
「本当に感謝と謝罪の言葉しかないよ、ユウ」
岡田は藤枝の手を優しく握った。
「こちらこそ、拓己さんに不要な心配をかけてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
「でも、拓己さんが回復してくれて、こうして再び一緒にいられることが何よりも嬉しいです」
「私も...。...でもユウを疑ったりして...本当に情けない大人だな」
藤枝は自分の未熟さを痛感していた。恋人として、そして人として、もっと信頼すべきだった。岡田の人柄を一番よく知っているはずなのに、不安に駆られて疑ってしまった自分が恥ずかしかった。
「拓己さんらしいところでもありますよ」
岡田は微笑んだ。
「これからは、もっと信頼し合えるような関係になりたいですね」
「そうだな...」
藤枝は窓の外を見た。7月の沈みかけの夕日が校舎を照らしている。この4ヶ月弱の重苦しい雲がようやく晴れたような気がした。
「長い4ヶ月弱でしたが、ようやく新しいスタートを切れそうです」
「はい。先生と僕、そして学生の皆さんも、それぞれ新しい段階に進めたと思います」
二人は互いを見つめ合い、静かに微笑んだ。
藤枝は深い安堵感に包まれていた。長い間抱えてきた大きな心配が解消し、ようやく心から岡田を信頼することができるようになった。教育者としての充実感と、一人の人間としての安らぎが心を満たしていた。
二人は外に出た。少し残る薄明の中、月が輝いているのが見えた。
花音の日記(7月24日夜)
ついに岡田君と直接会えた~。画面で見るよりもずっと素敵!ただ、講座が終わってしまったので会う理由がなくなってしまう。作らねば~ 作れるか??
#01, プロローグ, https://note.com/chokozai/n/n7c341cddedc4
#02, 1章, https://note.com/chokozai/n/n21181a368ec3
#03, 2章, https://note.com/chokozai/n/n0a68b769a8dd
#04, 3章, https://note.com/chokozai/n/n57828d00edb3
#05, 4章, https://note.com/chokozai/n/n21b8ac2af8be
#06, 5章, https://note.com/chokozai/n/n42cd7f162fde
#07, 6章, https://note.com/chokozai/n/n2e058ee72421
#08, 7章, https://note.com/chokozai/n/nbb54d76f3a23
#09, 8章, https://note.com/chokozai/n/neda9d56fcf79
#10, 9章, https://note.com/chokozai/n/n74b172c91069
#11, 10章, https://note.com/chokozai/n/nacafa95d046b
#12, 11章, https://note.com/chokozai/n/n89af353420e1
#13, 12章, https://note.com/chokozai/n/n6e2b703b9166
#14, 13章, https://note.com/chokozai/n/n394f01a5e278
#15, 14章, https://note.com/chokozai/n/n3ee776f29d13
★#16, 15章, https://note.com/chokozai/n/n44b39117da51
#17, エピローグ, https://note.com/chokozai/n/naf7a4ec3e2ac
