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心配性な藤枝先生の投資入門講座~こんにちは、ボラティリティ~ #17(完)

(↑こちらが最初です。ぜひ、最初からお読み下さい。)

エピローグ こんにちは、ボラティリティ

2026年10月9日 金曜日午後 経済学部セミナー室

「皆さん、お久しぶりです。2ヶ月くらい空きましたかね」

藤枝の声がセミナー室に響いた。10月の午後、久しぶりの対面での顔合わせ。室内には4人の学生が座っており、7月とは少し違った雰囲気を感じさせる。

花音が明るく手を振った。

「先生、お疲れさまです!約2ヶ月ぶりですよね。お久しぶりです!」

村上も笑顔で応じた。

「本当に久しぶりですね。皆さんに会えて嬉しいです!」

優佳が少し日焼けした先生を見ながら言った。

「先生、なんだか少し日焼けしてませんか?夏休み、どこか行かれたんですか?」

藤枝は少し照れたような表情を見せた。

「夏休みで久しぶりに旅行に行ったんですよ。おかげで良いリフレッシュになりました」

岡田も穏やかに微笑んでいる。7月の最終講座以降、どこか落ち着いた雰囲気を纏っていた。

藤枝は学生たちの表情を見回しながら、深い満足感を覚えていた。

2ヶ月前まで抱いていた岡田への不安は、今では信じられないほど馬鹿げたものに思えた。今となっては、学生たちの自然な関係性を見ていると、自分がいかに取り越し苦労をしていたかが痛いほど分かる。

学生たちは成長していて、大きな心配事はなくなった。教育者として、そして一人の人間として、これほど充実した気持ちは久しぶりだった。


「それでは、今日は皆さんの投資状況について共有していただきたいと思います。この2ヶ月程、実際に投資を続けてみていかがでしたか?」

「皆さん、ご存知かと思いますが2週間ほど前に市場に動きがありましたね。村上君の件から回復傾向にあった半導体関連ですが、A国の大統領の別の発言により今度は情報技術全体として大きく下落しました。そして円安と内需の堅調さが好感されて、海外投資家からの日本株買いでTOPIXが上昇するという、対照的な動きがありました」

花音が少し心配そうに言った。

「ニュースで見ました。情報技術の株が2割も下がったって...。幸いオールカントリーはそれほど影響なかったのですが、ちょっとドキドキしました」

村上が前のめりになった。

「まずは、最初に購入したFANG+を売却しなかったことについて、現時点での振り返りを共有させてください。FANG+は、その後堅調に推移して一時期はプラスに転じました。やはりあのとき売却しなかったのは正解だったと考えています」

「ただし、2週間前の件は、最初に購入したFANG+とつみたて枠でダブルパンチで影響を受けました。正直、『またかよ!』って思いましたけど、先生に教わったとおり、自動積立で淡々と続けることができています。今は15%程度の下落まで戻りつつありますし、なんだか逆にワクワクしてきました」

そして慌てたように付け加えた。

「もちろん、冷静な分析と長期投資の視点を忘れずに、ですけど」

岡田が落ち着いた口調で言った。

「慎也よりは少ないですが、私も多少影響は受けましたが積立は継続してます。ドルコスト平均法の効果を実体験できた感じです。下がった時にたくさん買えるって、理屈では分かってたけど実際に体験すると面白いですね」

優佳が少し誇らしげに言った。

「私は日本の投資を多めにしてたので、TOPIXの上昇で他の皆さんより少し良い感じでした。日本株比率を上げておいて良かったです」

藤枝は学生たちの冷静な対応を聞きながら、教育者としての深い喜びを感じていた。講座で学んだ理論を実際の市場変動で活かせている。これこそ教育の真の成果だろう。

「皆さん、冷静に対応されていて素晴らしいですね。短期的な値動きに惑わされずに継続できているのは、この講座で学んだ基礎がしっかりしている証拠です」


村上が嬉しそうに報告した。

「実は、先生に聞いていただきたいことがあるんです。母がNISAを始めたんです!」

「え、本当ですか?」藤枝が驚いた。

「はい。僕が投資を続けているのを見て、最初は心配してたんですけど、だんだん興味を持ち始めて。老後の準備として、月5千円だけですが始めました」

花音が感心して言った。

「すごい!村上君の影響で、お母さんまで」

岡田も微笑んで言った。

「慎也の説明が上手だったんでしょうね。家族に良い影響を与えられるなんて素晴らしいです」

村上が少し照れながら続けた。

「それで、母の投資資金を増やすために、僕もバイトを増やし始めました。余裕資金をもう少し作って、投資額も増やしたいと思ってます」

藤枝は村上の成長ぶりに心から感動していた。単に投資知識を身につけただけでなく、家族にまで良い影響を与えている。教育が人から人へと広がっていく様子を目の当たりにして、教育者冥利に尽きる思いだった。

「村上君の成長ぶりには本当に感心します。家族を巻き込んで、良い循環を作り出していますね」


優佳が目を輝かせながら話し始めた。

「私も報告があります。TOPIXが上がったのをきっかけに、日本企業について色々調べ始めたんです。そして調べると応援したくなる企業が出てきて...」

「先生。やっぱり企業を応援するって、推し活とかなり似てるってことに改めて思いました!」

花音が興味深そうに身を乗り出した。

「やっぱりそうなのね。面白そう!」

「そうなんです。好きな商品・作品を作ってる会社とか、応援したい取り組みをしてる企業とか...投資を通じて応援できるって、すごく嬉しい!」

岡田が関心を示した。

「優佳さんらしい発見ですね。ESG投資にも通じる考え方だと思います」

村上も興奮気味に言った。

「投資と推し活の融合!新しい視点でワクワクしますね」

藤枝は優佳の発想力に感心していた。姪として、学生として、そして一人の投資家として、彼女が独自の視点を持てるようになったことが嬉しかった。推し活という身近な経験を投資に結びつける発想は、多くの若者にとって参考になるだろう。

「優佳さんの発想は素晴らしいですね。投資を身近に感じられる良いアプローチだと思います」


岡田が少し真剣な表情になって言った。

「皆さんにお話ししたいことがあります。実は、僕が経済学部に入ったきっかけについてです」

学生たちの視線が岡田に集まった。

「高校生の時に、ある恩師と呼べる方に出会ったんです。その方から経済学の面白さを教わって、この道に進むことを決めました」

花音が興味深そうに聞いた。

「どんな先生だったんですか?」

「とても情熱的で、経済の力で社会を良くしたいという思いの強い方でした。僕もその方に近づけるよう、この夏は勉強を頑張りました」

村上が感心して言った。

「素敵な出会いだったんですね。僕たちにとっての藤枝先生みたいな」

藤枝は少し照れた顔をした。岡田も笑っていた。岡田のその少し日に焼けた笑顔がいつもより大人びて見えた。

「投資の方でも、また個別株投資に挑戦してみたいと思ってます。今度はちゃんと企業分析の勉強をしています」

岡田が続けた。

「今日、優佳さんの推し活投資の話を聞いて、僕も企業をもっと深く理解したくなりました」


花音が少し恥ずかしそうに言った。

「私は...他に特に大きな変化はないんですけど」

そして微笑みながら続けた。

「でも、それでも良いかなって思ってます。投資の結果に一喜一憂せず、今の自分らしく自分のペースで進めようと思います」

「今はオルカンの対象となっている企業と、投資に関する本質的なところの2軸で理解しようとして勉強を始めています。世界には多くの企業があり、経済学は心理学などの様々な分野と学際的に絡んでいる、などなど勉強することは尽きません」

そして少し間をおいてから、岡田の方を見て続けた。

「それから...岡田君には感謝してるんです。この講座を通じて、岡田君の誠実さや思いやりを見ていて、人としてこんな風になりたいって思えました。投資のことだけじゃなくて、人との向き合い方とか、困っている人を助ける姿勢とか...とても勉強になりました」

花音は微笑みながら付け加えた。

「だから、私も岡田君みたいに、周りの人を大切にできる人になりたいと思ってます」

花音の感謝の言葉を受けて、セミナー室に温かい空気が流れた。

優佳が心から感動したような表情で言った。

「花音ちゃん...素敵な言葉だね。私も岡田君を見ていて同じこと思ってた」

村上も深く頷きながら言った。

「僕も岡田君には本当に助けられました。パニックになった時も、落ち着かせてくれて...吉井さんの言う通りです」

岡田は少し照れたような表情を見せながら、でも真剣に答えた。

「花音さん、ありがとうございます。でも、僕の方こそ皆さんから学ぶことばかりでした。特に花音さんの真摯に学ぶ姿勢には、いつも感心していました」

そして微笑みながら続けた。

「これからも、お互いに良い影響を与え合える関係でいられたら嬉しいです」

花音は岡田の言葉に、今度は切なさではなく、温かい満足感を覚えながら微笑んだ。


藤枝は学生たちをゆっくりと見回した。

「皆さん、それぞれ素晴らしい成長をされていますね。投資というボラティリティのある世界に参加することを通じて、お金だけでなく、人生についても学んでいる姿が印象的です」

「そんな皆さんも、皆さん自身に対するボラティリティを感じているのではないでしょうか」

「何度も言いましたが、あなた達には『若さ』があります。若さはボラティリティに対する許容度が高いので、投資だけでなく色々なことに挑戦し、素敵なリターンを手に入れてください」


同日夜 居酒屋

「堀内教授、お疲れさまです」

藤枝は久しぶりの対面飲み会に参加していた。

「藤枝くん、例の投資入門講座はどうだった?学生たちの様子は?」

「おかげさまで、全員が投資家デビューを果たしました。皆、しっかりと継続できているようです」

堀内教授がビールを一口飲んでから言った。

「そういえば、岡田君のその後はどうだい?」

「実は、それについてお聞きしたいことが...当時のトラブルの詳細を教えていただけますか?前の飲みのときは結局教えてくれなかったじゃないですか」

堀内教授は少し苦笑いした。

「あー、あれか。実は大したことじゃなかったんだよ。秘書の方が一人で勘違いしちゃってさ」

「勘違い、ですか?」

「岡田君は普通に話してただけなんだけど、秘書の方が勝手に期待しちゃって。で、岡田君が特に応えないもんだから、逆恨みされちゃったって感じ」

藤枝は深い安堵のため息をついた。花音の推測が正しかったのだ。これで最後の疑念も完全に払拭された。

「そうだったんですか...」

「岡田君に全く悪気はなかったよ。むしろ被害者だね。でも、その件で居づらくなっちゃって、君のところにお世話になることになった」

「その後、彼女はお見合いで結婚が決まってすぐに秘書をやめていったよ。まぁ、そのおかげでこうして君に説明できるようになったんだけどね」

藤枝は胸のつかえが取れたような気持ちになった。コップのビールを一口で飲み干した。ビールの旨さが深く染みた。

「分かりました!ありがとうございます」

「それにしても、岡田君は良い学生だねぇ。真面目で礼儀正しくて」

「はい...高校生の頃からとても優秀な学生でした」

藤枝の表情には、以前の心配が完全に消えていた。代わりに、深い満足感と安らぎが心を満たしていた。


同日夜 村上家

「慎也、お疲れさま。今日もバイト?」

母親が台所から声をかけた。

「うん、でも全然苦じゃないよ。目標があるから」

慎也は明るい表情でダイニングテーブルに座った。

「投資の調子はどう?」

「今は少し市場が下がっているけど大丈夫。継続することが重要なんだ。母さんの分も大丈夫だよ」

母親は息子の成長を感じながら微笑んだ。

「慎也のおかげで、私も新しいことを始められた。ありがとうね」

「こちらこそ。母さんが理解してくれて嬉しいよ」

慎也は投資だけでなく、家族との関係も深まったことを実感していた。母親との会話も、以前より弾むようになった。


同日夜 優佳の部屋

優佳はパソコンで日本企業の情報を調べていた。

「この会社、環境に良い取り組みをしてるんだ...」

画面には再生可能エネルギー関連企業の情報が表示されている。

「推しの選び方と同じだな。応援したい理由があって、将来性もあって...」

彼女は投資と推し活の共通点に、改めて興味深さを感じていた。推し活で培った「応援する気持ち」が、投資にも活かせることを発見した夏だった。

「今度、花音ちゃんにも話してみよう」


花音の日記(10月9日)

久しぶりにみんなに会えて楽しかった。岡田君はやっぱり素敵だな。彼にとっての素敵な人は別にいるみたいだけど、もう少しこの気持ちを大切にしたい。

花音の部屋

花音は窓際で日記を書き終えた。

彼女は岡田への想いを抱きながらも、以前のような切なさは感じなくなっていた。

恋する気持ちそのものを楽しめるようになった自分に、成長を感じていた。結果を求めるのではなく、今この瞬間の気持ちを大切にできるようになった。


同日夜 岡田の部屋

岡田は企業分析の参考書を広げていた。

「個別株投資、思った以上に奥が深いな...」

彼は投資スキルの向上だけでなく、経済学への理解も深めたいと考えていた。

「あの人に近づけるように、もっと勉強しないと」

岡田の心には、高校時代に出会った「恩師」への感謝の気持ちが強くあった。その人のように、経済学を通じて社会を良くしたいという思いが、彼の原動力になっていた。

机の上には、夏休みに読んだ投資関連の書籍が積まれていた。充実した学習の夏だった。


2026年8月上旬 とある海岸リゾート

二人の人影が波打ち際のパラソルの下に見える。

「久々の海だな~。誘ってくれてありがとう」

「ちゃんと日焼け止め塗ったほうがいいですよ」

「塗った塗った、大丈夫大丈夫」

「本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫さ、こっちこいよ、ユウ!」

真夏の熱い日差しが二人を照らしていた。


(「心配性な藤枝先生の投資入門講座~こんにちは、ボラティリティ~」完)


#01, プロローグ, https://note.com/chokozai/n/n7c341cddedc4
#02, 1章, https://note.com/chokozai/n/n21181a368ec3
#03, 2章, https://note.com/chokozai/n/n0a68b769a8dd
#04, 3章, https://note.com/chokozai/n/n57828d00edb3
#05, 4章, https://note.com/chokozai/n/n21b8ac2af8be
#06, 5章, https://note.com/chokozai/n/n42cd7f162fde
#07, 6章, https://note.com/chokozai/n/n2e058ee72421
#08, 7章, https://note.com/chokozai/n/nbb54d76f3a23
#09, 8章, https://note.com/chokozai/n/neda9d56fcf79
#10, 9章, https://note.com/chokozai/n/n74b172c91069
#11, 10章, https://note.com/chokozai/n/nacafa95d046b
#12, 11章, https://note.com/chokozai/n/n89af353420e1
#13, 12章, https://note.com/chokozai/n/n6e2b703b9166
#14, 13章, https://note.com/chokozai/n/n394f01a5e278
#15, 14章, https://note.com/chokozai/n/n3ee776f29d13
#16, 15章, https://note.com/chokozai/n/n44b39117da51
★#17, エピローグ, https://note.com/chokozai/n/naf7a4ec3e2ac

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