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#634[短編]琥珀色の間[24]──神の御許にて・II

教会の脇の小さな医院で当直に入った爽子。清掃員の路子みちこの淹れたココアでひと息つくと、大翔からメッセージが来ていた。連載第29回。


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※ 連載ですが、どのお話からも読めます。


「あ、大場さん。ちょっと電話してきます」
爽子は携帯の通知ランプが点いたのを見て、やや急いで立ち上がると、休憩室を出て、更衣室の先の非常口へ向かった。

アルミのドアのくもりガラスから、隣の教会のオレンジ色のライトが見える。爽子は病院の外に出た。薄暗いひさしの下には、街路樹から風が運んだ桜の花びらが溜まっていた。

メッセージは大翔からだった。
[爽子さん、今度話せますか]

爽子が通話をすると、大翔は2コールで応答した。

「こんばんは、大翔さん。いま大丈夫ですか?」
爽子は携帯を持つ手にもう片方の手を添えて、息を整えた。

『爽子さん。こんばんは……あれ、勤務中ですか?』
大翔の声は突然の連絡に少し慌てたように、目いっぱい取り繕った。

「はい、いまちょうどタイミングがよくて」
『そうなんですね。今度でもよかったのに、すみません』
スピーカーの奥の大翔の声は、どことなく儚げに聞こえる。

「いつもかけられるわけじゃないけれど……話せるうちにちゃんと」爽子は改まって言うと、携帯を握る手に少しだけ力が入った。

「こういう仕事だから……ごめんなさい。いま大丈夫ですか?」
大翔は一瞬ドキリとして、『はい』とだけ言った。

『あの歌のこと、聞いてもいいですか』大翔が呟く。

「あれは自宅で録音されたみたいで、私も詳しくは分からなくて……」
大翔はひと呼吸置いて、声のトーンを落とした。

『爽子さん。俺に遠慮しないで、俺が聞いていいことだったら、何でも話してくださいね』

『俺、実家が病院だから……』
大翔は声を抑えるようにして言った。

『医者かなって思ったのは、それで……』
爽子は一瞬、驚いて、小さく息をついた。大翔が自分の職業を知っても、引いたり嫌味を言ったりしない理由がわかって、ホッと胸を撫で下ろした。

『だからあんまり、びっくりしないと思います』
大翔はゆっくりと言った。

『なにかあっても。大丈夫です』

「そっか……なんか、ホッとしました」
爽子は壁に背中をつけ、息を漏らす。大翔がふっと電話の向こうで笑ったのが分かった。

『爽子さん。俺が嫌味とか言うと思いました?』
「うん。思いました」
爽子もからかうように言うと、大翔の吐息が漏れた。

『ひどいなあ。まあ、いーですけど』
大翔は電話の向こうで鼻をこすった。

『爽子さん。ひとつ聞いてもいいですか』
大翔はひとつだけ小さな咳払いをした。

「はい?」

『その……先生、って呼ばなくてもいいですよね?』
「ええっ?はい。いつも通りでお願いします」
『ははは……いや、その、習慣で……』大翔の真面目な物言いに、爽子は少しだけ笑った。

「爽子で大丈夫です。まあ……あんまり好きじゃないんですけどね。大学の仲間くらいです。そう呼ぶのは」

「ありがとうございます。なんか落ち着かないな……がんばります、爽子さん」

「ありがとう」爽子は照れて言うと、軽く腕時計を確認した。

「じゃあ、また連絡します」
『はい。俺も、平日は夜なら。土日は休みなんで』
お互いに短く告げると、柵の向こうの教会から、オルガンの音色が聴こえ始めた。中で人が動いたのか、ガタガタと音がして、温かい旋律が漏れてきた。

『爽子さん。あれ?なんですか?歌……?』
「あ、病院の隣に教会があるんです。聴こえますか?」
『へぇ……はい。小さくですけどね……』
「賛美歌320番、神の御許に近づかん。今日はお別れの日みたいです」
爽子は柵の向こうの教会の窓をみつめ、大翔に言った。

「大翔さん。少しだけ、このままでいいですか。こう、胸に手を当てて、少しだけ……」
爽子はこの曲の日には祈りを捧げていると話し、右手を胸に当てて、静かに目を閉じた。

大翔は電話の向こうできょとんとした後で、すうっと息を吸ってベッドに仰向けになると、天井を仰いで右手を胸に当てた。

爽子と同じ場所にいるような、ふしぎな感覚がする。

爽子が自分を必要としてくれている──この手の温もりも、繋がっているこの時間も、彼女の祈りの支えになるなら、いくらでもこのままでいよう。

大翔は電話を持つ左手にぎゅっと力を込めると、静かに、深く息を吸い込んだ。

​電話の向こうのオルガンの音はいつの間にか遠のき、
自分の内側で脈打つ鼓動だけが、
夜の静寂に響いていた──


執筆: 2026/5/18 <了, 約 1,800 字>


参考資料(動画)

讃美歌320番『主よ、御許に近づかん』
英題: 「Nearer My God to Thee」

(オルガン・Youtubeショート動画)
Unscripted Reflections: Nearer My God to Thee Organ Improvisation

(声楽・Youtube動画、歌詞つき)
プロオペラ歌手 秋本悠希が届ける「賛美歌320番・主よみもとに近づかん」

・・・

本編には登場しませんが、この教会でよく歌われている歌です。

讃美歌312番 いつくしみ深き

(声楽・Youtube動画、歌詞つき)
プロオペラ歌手 秋本悠希が届ける「讃美歌312番 いつくしみ深き」

今日もお読みいただいてありがとうございます🍃

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久藤 あかり | はじめまして! スキ、コメントが1番うれしいです。私の記事を元にあなたの記事を書いてもらうのも大歓迎!心が動く言葉はありましたか?ご感想お待ちしています😊