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本能寺の変1582 5-3 足蹴事件 大要 №6-194 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

5-3 足蹴事件 大要 №6-194

はじめに ←目次 重要 ◎目次 過去記事 目次 【記事一覧】 
【五大要因】  
1 時代の風潮
 
 1戦国時代=相互不信の時代
  2美濃
  3尾張
2 光秀の実像
 
 1信長という男
  2光秀という男
  3光秀と光慶  1光秀の素性 2光秀の年齢 3嫡男光慶
  4先祖の教訓
  5大量殺戮
  6信長の弱点
3 光秀の苦悩
 
 1粛清の怖れ
  2志向の相違
  3光秀の老い
  4四国問題
  5自立への道
4 武田の滅亡
 
 1甲斐遠征
  2勝頼の首
  3武田効果
5 信長の油断 大要
  
「事態急変」
  1 勝利の余韻  概略 4月21日
              4月24日
  2 四国出陣   概略 5月7日 1/3 2/3 3/3
              5月11日
  3 足蹴事件 概略 5月12日  1/5  2/5  3/5  4/5
                      5/5
            5月15日
            密室にて   1/3  2/3  3/3
                              ④ 概
                      ⑤ 概
  4 中国出陣 大 概略 備中高松城 大 概
              5月17日 大 概
              5月19日 大 概
              5月20日 大 概
              5月21日 大 概
  5 時は今、・・・・・。
              5月26日 大 概
              5月27日 大 概
              5月28日 大 概
              5月29日 大 概
さる程に、不慮の題目出来候て、
【注目ポイント】 目次
【重要史料】 【重史全通】 【重史一覧】
【人物】
←【粛清の怖れ】 【粛清 佐久間信盛】 【重史240】
3光秀と光慶 (1)光秀の素性 (2)光秀の年齢 (3)光秀の嫡男
【四国問題】    目次 【四国問題 概要】   十
【足蹴事件】 【重史040】 【重史041】
←【シリーズ】
 信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道
*◎=重要ヶ所 P=重要Point 史=史料 公=信長公記 ✓=チェック済
 信=信長の人物像 光=光秀の人物像 そ=その一因 テ=テーマ別
*加筆修正

5-3 足蹴事件 大要 №6-194

足蹴事件 概略

  5月12日  

     1/5

        この日が、信長の誕生日である。

        「人間五十年、下天の内をくら(比)ぶれば」
        信長には、絶大な自信があった。
        背景にあるのは、「武田効果」。
        信長は、目的意識の強い男。
        「五十年」を強く意識していた。
        「天下布武」は、成る。

        そして、その(「天下布武」)先に、・・・・・。
        信長の「さらなる夢」があった。
        結局、信長の拡大政策は、止まず。
        戦いは、まだまだ、つづく。

     2/5

        これが、信長である (①~⑲) 。
        特に、以下の五つに注目!!
        光秀は、信長の気性・性格を知悉していた。

     3/5

        戦いが終われば、粛清が始まる。
        信長は、誇り高い男。 
        己に口答えする家臣を、決して、赦さない。
        信長は、粛清の人。
        不意を衝く。
        光秀は、それを怖れていた。

     4/5

        信長は、人々の心を大いに引きつけた。
        信長は、戦国乱世を終わらせようとしていた。
        信長は、一般大衆に人気があった。

     5/5

        信長は、傲慢だった。
        「武田効果」により、
        信長は、さらに傲慢になっていた。
        光秀は、そのことを、他の誰よりもよく知っていた。
        これが、天正十年五月中頃の、信長の精神状態。

  5月15日  

        家康が、安土に到着した。
        信長は、光秀に、接待役を命じた。
        この日から、十七日までのこと。

  密室にて  

    1/3

        ここで、事件が起きた。

        信長は、誇り高い男。
        逆上しやすく、
        自らの命令に対して、反対意見を言われることに堪えられ
        ない性格だった。

        光秀は、甘かった。 
        「明智が言葉を返すと」
        その一言が、信長の逆鱗に触れた。

    2/3

        だが、この事件が、世間に知られることはなかった。

        フロイスは、このように見ていた (1~4) 。
        1この事件が「本能寺の変」のきっかけになった。
        2光秀は、欲深い野心家である。
        3光秀は、天下を欲していた。
        4光秀は、計画的だった。

        以上から、次のことがわかる。
        1この事件が、「本能寺の変」の契機(引き金)になった。
        2光秀は、自立の道を選んだ。
         光秀の心が、信長から離れた。   
        3結果として、光秀に天下が転がり込んで来た。
        4光秀は、計画的だった。

    3/3

          光秀は、粛清を怖れていた。
          光秀には、老いの問題があった。
          中国出陣が間近に迫っていた。
       ④ 概  四国出陣命令が発令された。
       ⑤ 概  「天下布武」が成れば、次は「さらなる夢」。

       以上①②③④⑤のような状況下で、足蹴事件は、起きたので
       ある。



 ⇒ 次へつづく




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