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本能寺の変1582 2-2 光秀という男 №6-135 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

2-2 光秀という男 №6-135

はじめに ←目次 重要 ◎目次 過去記事 目次 【記事一覧】 
【五大要因】  
1 時代の風潮 1戦国時代=相互不信の時代
         2美濃
         3尾張
2 光秀の実像 1信長という男
         2光秀という男
         3光秀と光慶  1光秀の素性 2光秀の年齢 3嫡男光慶
         4先祖の教訓
         5大量殺戮
         6信長の弱点
3 光秀の苦悩 1粛清の怖れ
         2志向の相違
         3光秀の老い
         4四国問題
         5自立への道
4 武田の滅亡 1甲斐遠征
         2勝頼の首
         3武田効果
5 信長の油断 「事態急変」
         1 勝利の余韻
         2 四国出陣
         3 足蹴事件
         4 中国出陣
         5 時は今、・・・・・。
さる程に、不慮の題目出来候て、
【注目ポイント】 目次
【重要史料】 【重史全通】 【重史一覧】
【人物】
*◎=重要ヶ所 P=重要Point 史=史料 公=信長公記 ✓=チェック済
 信=信長の人物像 光=光秀の人物像 そ=その一因 テ=テーマ別
*加筆修正

2-2 光秀という男 №6-135

【記事一覧】【五大要因】  2 光秀の実像

これが、光秀の真の姿=実像である。     →【重史241】『日本史』
「本能寺の変」の根本要因の一つとなった。       →【五大要因】



 【参照】
 【光秀という男】

  
目次
  1/7  ①~㉖ 光秀の実像=真の姿。「要因」の一つ。 【注ポ01】
  2/7  ①~③ 光秀には、細川藤孝に仕えた時期があった。
  3/7  ④~⑥ 光秀は、出来る男。信長の気心をよく知っていた。
  4/7  ⑦~⑨ 新参者。出来る男。信長の性格・気性を知悉してい
          た。
          忠義心が希薄。自立心が強かった。   【注ポ02】
  5/7  ⑩~⑱ 典型的な戦国武将。
          手段 殺戮 自立心 猜疑心 執念 兵法。
          光秀の本性。典型的な戦国武将。変の根底。
                             【注ポ03】
  6/7  ⑲~㉒ 光秀は、出来る男。信長の性癖をよく知っていた。
          信長は誇り高い男。逆らってはならぬ。要因。
                             【注ポ04】
  7/7  ㉓~㉖ 典型的な戦国武将。出来る男。明智の再興。
                             【注ポ05】

  結論
  1~4/x 目  変の一因         1/x 目 【注ポ06】
                    2/x 目 3/x 目 4/x
  5~8/x 目  京都馬揃え        5/x 目 6/x 目 7/x 目 8/x
  9~14/x 目  ヴァリニャーノ来訪  9/x 目 10/x 目 11/x 目 12/x
                   13/x 目 14/x
  15~17/x 目 安土夜祭り      15/x 目 16/x 目 17/x
  18~19/x 目 スペインの野望    18/x 目 19/x
  20~21/x 目 信長の「さらなる夢」 20/x 目 21/x
  22~25/x 目 逆風         22/x 目 23/x 目 24/x 目 25/x 目

  関連史料
  【重史241】 1/2 2/2 光秀①~㉕『日本史』
  【重史001】 光秀①~㉕『日本史』
  【重史101】 光秀①~⑥『日本史』
  【重史006】 ①妻木惟向州妹、参宮、②惟任姉(妹)妻木、「兼見卿記」
  【重史007】 ②惟任の妹の御ツマキ、死におわんぬ、「多聞院日記」
  【重史008】 ①一大艦隊を編成してシナを征服 「イエズス会日本年報」
        ②一大艦隊を編成して、シナを武力で征服し 『日本史』
  【重史098】 ①永禄十 十一月日 信長(朱印)②坂井文助殿「坂井遺芳」
  【重史172】 ①抑、天下を申しつくる信長に②口答申す輩『信長公記』
  【重史173】 ①佐久間、十津川の湯にて、死ぬにつき、「多聞院日記」
  【重史181】 ⑤阿波南郡半国、本国に相添え遣はさるべし 「元親記」
  【重史190】①四国御儀は、某が手柄を以って切り取り申す「元親記」
  【重史174】 ②御朱印の趣も、元親御ため然るべく候、「石谷家文書」

  概略 20/x 5/x~19/x

  関連史料
  1京都馬揃え
  2ヴァリニャーノ来訪
  3安土夜祭り
  4スペインの野望
  5信長の「さらなる夢」
  6光秀の思い

  
【重史140】 ④信長は、ビロードの帽子だけを受理した。 『日本史』
  【重史141】 ①信長は、建築作業に②濠橋の上で待った。 『日本史』
  【重史142】 ④戯れに一貴婦人⑤信長は、彼の首を刎ねた。『日本史』


   只今、進行中!!



 ⇒ 次へつづく




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