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本能寺の変1582 【さらなる夢】 関連史料 №6-074 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

信長の【さらなる夢】 関連史料   №6-074

はじめに ←目次 【記事一覧】 
【五大要因】
 
1時代の風潮 2光秀の実像 3光秀の苦悩 4武田の滅亡 5信長の油断  
【重要史料】 【重史全通】 【重史一覧】
 【四国問題】    目次 【四国問題 概要】   十
 【粛清 佐久間信盛】 【重史240】
 【さらなる夢】
 
関連史料 1京都馬揃え 2ヴァリニャーノ来訪 3安土夜祭り
      4スペインの野望 5信長の「さらなる夢」 6光秀の思い
 
【重史140】 【重史141】 【重史142】
 【足蹴事件】 目次 1/3 2/3 3/3 【重史040】 【重史041】
 【信長という男】 目次
 1/5  2/5  3/5  4/5  5/5  結論  【重史146】
 【光秀という男】 目次
 1/7  2/7  3/7  4/7  5/7  6/7  7/7  
 結論 目  1/8 目  2/8 目  3/8 目  4/8 目  5/x 目  6/x 目  7/x 目  8/x 目  9/x
 10/x 目  11/x 目  12/x 目  13/x 目  14/x 目  15/x 目  16/x 目  17/x
 18/x 目  19/x 目  20/x 目 
 【重史241】 1/2 2/2 【重史001】 【重史101】
 【時は今・・・】 目次
 0521 目 0526  0527  0528 目 0529
重要 ◎目次 
重要Point ◎目次 重要Point 通し ◎目次 
テーマ別 目次 テーマ別 通し ◎目次 
→【シリーズ】
 信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道  
その一因 目次大 概説大 目次中 →
 3光秀と光慶  (1)光秀の素性 (2)光秀の年齢 (3)光秀の嫡男 
見えてきたもの 目次大 目次中 +240607 
【人物】
 【信長の人物像】 6 7 8 9 10
【ここがポイント!!】
*◎=重要ヶ所 P=重要Point 史=史料 公=信長公記 ✓=チェック済
 信=信長の人物像 光=光秀の人物像 そ=その一因 テ=テーマ別 
*加筆修正

関連史料 1~6                  №6-074

 1京都馬揃え
 2ヴァリニャーノ来訪
 3安土夜祭り
 4スペインの野望
 5信長の「さらなる夢」
 6光秀の思い

1京都馬揃え

【重史191】                 ✓ 天正09 158100123
  ①正月廿三日、惟任日向守に仰せ付けられ、
  ②京都にて、御馬揃へなさるべきの間、
  ③御朱印を以て、御分国に御触れこれあり。
                            『信長公記』

【重史192】                 ✓ 天正09 158100123
  ①先度は、爆竹の諸道具こしらへ、
  ②然らば、重ねて、京にては、切々、馬を乗り遊ぶべく候、
  ③幾内の直奉公の者共、老若を出すべく候、
  ④其方(光秀)、請取り申し触るべく候、
  ⑤三好山城守(康長)、是れは、阿波へ遣はし候間、除くべく候、
  ⑥六十余州へ相聞ゆべく候の条、馬数多くしたて、
                            「士林証文」

【重史242】                 公 天正09 158100223
  ①二月十九日、北畠中将信雄卿・中将信忠卿、御上洛。
  ②二月廿日、信長御出京。
   本能寺に至つて御座を移さる。
  ③二月廿三日、きりしたん(切支丹)国より黒坊主参り候。
                            『信長公記』

【重史200】                公 天正09 158100228
  ①二月廿八日、
  ②五畿内隣国の大名・小名・御家人を召し寄せられ、
  ③天下に於て、御馬揃へをなされ、
  ④聖王へ、御叡覧に備へられ訖んぬ。
  ⑤儀式の御結構、美々しき有様、筆にも、詞にも、述べがたく、
  ⑥下京本能寺を、信長、辰の刻(8時頃)に出でさせられ、
                          『信長公記』1/6

【重史201】                公 天正09 158100228
  ①一番に、惟住五郎左衛門尉(丹羽)長秀、
  ②二番、蜂屋兵庫頭、
  ③三番、惟任日向守、
  ④四番、村井作右衛門、
  ⑤御連枝の御衆。
  ⑥公家衆。
  ⑦御馬廻、御小姓衆。
  ⑧越前衆。
                          『信長公記』2/6

【重史243】                 公 天正09 158100228
  ①御弓衆、百人。
  ②御馬牽(ひ)かせられ候次第(一番~六番)。
  ③七番、夕庵(せきあん)、山うばの出立にて。
   此の外、長安・長雲・友閑、御先に参らるゝ。
  ④八番、御曲彔持ち四人。
                            『信長公記』

【重史244】                 公 天正09 158100228
  ①左、御先小姓、
  ②右、御先小姓、
  ③御馬大黒に召され、惣御人数廿七人。
  ④御内府の御装束。
  ⑤御眉にて、きんしや(金紗)を以てほうこうめされ、
  ⑥御頭巾、とうかむり。
  ⑦御後ろの方に、花を立てさせられ、
  ⑧御膚(はだ)にめさせられ候御小袖、紅梅に白のだん、
  ⑨永岡与一郎(細川忠興)、都にて尋ね、捜し求め、進上。
  ⑩御肩衣、べにどんすに、きりから(桐唐)草なり。
  ⑪御袴、同前なり。
  ⑫御腰に、ぼたんの作り花をさゝせられ、
  ⑬御腰蓑、白熊。
  ⑭御沓(くつ)は、猩々皮、
  ⑮(信長の)花やかなる御出立(いでたち)・御馬場入りの儀式、
  ⑯各、神感(=神が感応すること)をなし奉り訖(おわ)んぬ。
                            『信長公記』

【重史245】                 公 天正09 158100228
  ①然れば、隣国の群集、晴れがましきに付けて、爰を肝要と、
  ②我れ劣らじと、あらゆる程の結構、生便敷(おびただしく)、
  ③数百人の事なれば、一々には、しる(記)し得ず。
  ④辰の刻より未の刻(8時頃~14時頃)まで、めさせられ、
  ⑤駿馬(しゅんめ)の集まり、記しがたし。
                            『信長公記』

【重史246】                 公 天正09 158100228
  ①岐阜中将信忠卿、驄(あしげ)の御馬、
  ②北畠中将信雄卿、河原毛御馬。
  ③織田三七信孝、糟毛御馬、
  ④後には、御馬ども懸け足にめさせられ、御叡覧に備へられ、
  ⑤本朝の儀は申すに及ばず、
  ⑥異国にも、かほどの様(ためし)これあるべからず。
  ⑦天下安泰にして、黎民(れいみん)、烟戸(かまど)さ(鎖)ゝず、
  ⑧かほど面白き御遊興、
  ⑨天子御叡覧、御歓喜斜ならざるの旨、忝くも、御綸言。
  ⑩信長の御面目、勝(あ)げて計(かぞ)ふべからず。
  ⑪千秋万歳、珍重々々。
                       『信長公記』

【重史202】                 ✓ 天正09 158100305
  ①今度、御馬揃の儀、夥敷(おびただしく)、相聞え申し候事、
  ②参上せしめず候段、無念に存ずる計(ばか)りに候、
  ③爰元、(姫路城の)普請等、漸(ようや)く出来候、
                           「富田文書」

2ヴァリニャーノ来訪

【重史247】                 ✓ 天正09 158100228
  ①きわめて気品のある有名なある行事を開催しようと欲した。
  ②華麗な出立ちの七百人武将が集うことになり、
  ③群衆の数は、・・・二十万人に近いと言われる。
  ④絢爛豪華な光景は生涯かつて見たことがないものだ、
  ⑤内裏も姿を見せていた。
  ⑥桟敷に似て、よく設備された立派な場所をわざわざ彼に提供した。
  ⑦濃紅色のビロードの椅子を贈呈していた
  ⑧それを四人の男の肩の高さに持ち上げさせて、
  ⑨一度馬から降りて椅子に座って見せ、
                             『日本史』

【重史248】                 ✓ 天正09 1581003**
  ①行事が終ると、信長はただちに安土山へ帰還した。
  ②(ヴァリニャーノは)信長を観察しようと決めていた
  ③巡察師も後を追って安土山に向かって出立した。
  ④(安土は)全日本でもっとも気品があり
  ⑤(街路は)美しく見事な景観であった
  ⑥街路ははなはだよく手入れされていて、
  ⑦毎日二回、午前と午後に清掃が行われていた。
  ⑧住民の数は、話によれば六千を数えるという。
                             『日本史』

【重史249】                 ✓ 天正09 1581003**
  ①巡察師が安土山へ到着すると、
  ②信長は彼に城を見せたいと言って召喚するように命じ、
  ③修道院にいるすべての司祭・・・いっしょに来るように命じた
  ④下にも置かぬように歓待し、
  ⑤城と宮殿を・・・案内するために、多くの使者をよこし、
  ⑥彼自らも三度にわたって姿を見せ、
  ⑦司祭と会談し、種々質問を行い、
  ⑧賞賛するのを聞いて極度に満足の意を示した。
                             『日本史』

【重史250】                 ✓ 天正09 1581003**
  ①安土山の市は、信長の甚だ重要視する所であったから、
  ②(ヴァリニャーノは)セミナリヨをここに置くことを希望し、
  ③カザ(修道院)の最上層に、甚だ立派な広間を造った。
  ④オルガンティーノが・・・集めた少年武士二十五、六人
  ⑤有馬のセミナリヨ・・・と同一の注意・規則及び時間割
  ⑥当地方の人は、性質良く、才識あり、高雅にして言語洗練
  ⑦信長は、聖堂を非常に壮麗宏大なるものとすることを希望
  ⑧数回、パードレと語った。
  ⑨聖堂ができたらば、当城のキリシタンは増加するであろう。
                       「イエズス会日本年報」

【重史251】                 ✓ 天正09 1581004**
  ①パードレ(ヴァリニャーノ)は、当所(安土)に約一ヵ月間滞在し、
  ②この地方のキリシタンを巡視する許可を信長に請うたところ、
  ③彼は、慈愛に満ちた言葉をもって許可を与へ、
  ④全領内希望の場所に、説教師を派遣することを許し、
  ⑤教えの弘布することは、彼の大いに喜ぶところであると言った
                       「イエズス会日本年報」

【重史198】                公 天正09 158100410
  ①信長、御小姓衆五、六人召し列れられ、竹生島御参詣。
  ②御帰り候て、御覧候へば、
  ③御城内は、行きあたり、もだえ焦(こが)れ、仰天限りなし。
  ④其の長老をも、同事に、御成敗候なり。
                            『信長公記』

【重史199】                 ✓ 天正09 158100412
  ①惟任日向守殿父子三人
  ②長岡兵部太夫殿父子三人
  ③紹巴 宗及 宗二 道是
  ④地蔵行平の太刀、与一郎殿より日向殿へ御進上候なり、
  ⑤かざり船にて、并びに橋立の文殊にて御振舞これあり、
  ⑥うふてる松は、千年のさなえ哉、 光秀
                        「天王寺屋会記」他

3安土夜祭り

【重史252】                 ✓ 天正09 1581007**
  ①パードレがキリシタンの巡視を終わって帰った時、
  ②信長は従前より大なる好意を表した
  ③好意の一つは、信長が屏風と称し、
  ④信長は知らざる・・・これを(内裏に)贈ることを欲しなかった。
  ⑤親愛の印として何か贈り、帰国の際携へ帰らせんと思ひ、
  ⑥コレジョ(神学校)を絵に・・・と考へて己の屏風を送付する、
  ⑦これを覧て満足すれば留め置くべく、然らざれば送り返せと
  ⑧この屏風は彼(信長)が非常に珍重するもので、
  ⑨彼(信長)がパードレを尊敬することを日本全国に知らしむる
  ⑩このことは信長がパードレに好意を有する証拠で、
                       「イエズス会日本年報」

【重史253】                 ✓ 天正09 1581007**
  ①信長がつぎにパードレに示した好意は、
  ②カザの建築に多大の経費を要したことを聞き、
  ③窮乏を感ずることがあった場合には、
  ④必ず補助をするであらう
  ⑤殿下の好意によって早く実行さるることを期待する
  ⑥信長はこの返答を大いに喜んで我等を援助することを約束し、
                       「イエズス会日本年報」

【重史254】                 ✓ 天正09 1581007**
  ①第三の好意は我等に夜の祭を観せたことで、
  ②この祭は・・・パードレのために行ったものである。
  ③パードレが暇乞のために行った際、
  ④望みがあればこれを観せよう
  ⑤信長は城の塔に各種の色の提灯を飾らせた
  ⑥街路の両側に・・・松明を持った多数の人を整列させ、
  ⑦昼の如く大いに明るくなった。
  ⑧信長は・・・楽しんだか、何と思ったかと尋ね、
  ⑨(信長は)大なる親愛と歓喜を示して
  ⑩(信長は)パードレに出発の許可を与へた。
                       「イエズス会日本年報」

【重史255】                 公 天正09 158100715
  ①安土御殿主(天主)、 幷(ならび)に惣見寺に、
  ②挑灯(ちょうちん)、余多(あまた)つらせられ、
  ③手々(てんで)に、続松(たいまつ)とぼし申され、
  ④山下かゞやき、水に移(映)りて、
  ⑤面白き有様、見物群集に候なり。
                            『信長公記』

【重史256】
  ①これら東洋に於ける征服事業により、
  ②主への奉仕及び多数の人々の改宗に役立つところ大である
  ③征服事業は、霊的な面ばかりでなく、
  ④陛下の王国の世俗的な進展にとって益する。
  ⑤征服事業の内、最大のものの一つは・・・シナを征服すること
  ⑥閣下と相談することが出来れば大変嬉しく思う。
  ⑦イエズス会が主や陛下に対して忠誠を尽くすべきところから、
               「フィリピン総督宛ヴァリニャーノ書簡」

【重史257】
  ①私は日本に三年近く滞在して、今年当地に戻って来た
  ②日本布教は、神の教会の中で最も重要な事業の一つである
  ③国民は非常に高貴且つ有能にして、理性によく従うから
  ④日本は何らかの征服事業を企てる対象としては不向きである。
  ⑤日本は、・・・最も国土が不毛且つ貧しい
  ⑥国民は非常に勇敢で、しかも絶えず軍事訓練をつんでいる
  ⑦(日本は)征服が可能な国土ではない
  ⑧シナに於いて・・・日本は・・・非常に益することになる
  ⑨日本の地を極めて重視する必要がある。
               「フィリピン総督宛ヴァリニャーノ書簡」

4スペインの野望

【重史256】
  ①これら東洋に於ける征服事業により、
  ②主への奉仕及び多数の人々の改宗に役立つところ大である
  ③征服事業は、霊的な面ばかりでなく、
  ④陛下の王国の世俗的な進展にとって益する。
  ⑤征服事業の内、最大のものの一つは・・・シナを征服すること
  ⑥閣下と相談することが出来れば大変嬉しく思う。
  ⑦イエズス会が主や陛下に対して忠誠を尽くすべきところから、
               「フィリピン総督宛ヴァリニャーノ書簡」

【重史257】
  ①私は日本に三年近く滞在して、今年当地に戻って来た
  ②日本布教は、神の教会の中で最も重要な事業の一つである
  ③国民は非常に高貴且つ有能にして、理性によく従うから
  ④日本は何らかの征服事業を企てる対象としては不向きである。
  ⑤日本は、・・・最も国土が不毛且つ貧しい
  ⑥国民は非常に勇敢で、しかも絶えず軍事訓練をつんでいる
  ⑦(日本は)征服が可能な国土ではない
  ⑧シナに於いて・・・日本は・・・非常に益することになる
  ⑨日本の地を極めて重視する必要がある。
               「フィリピン総督宛ヴァリニャーノ書簡」

5信長の「さらなる夢」


6光秀の思い




 ⇒ 次へつづく




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