本能寺の変1582 【重史253】 「イエズス会日本年報」 №6-059 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
【重史253】「イエズス会日本年報」 №6-059
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→【シリーズ】
信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道 1 2 3 4 5
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3光秀と光慶 (1)光秀の素性 (2)光秀の年齢 (3)光秀の嫡男
→見えてきたもの 目次大 目次中 +240607
→【人物】
【信長の人物像】 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
→【ここがポイント!!】
*◎=重要ヶ所 P=重要Point 史=史料 公=信長公記 ✓=チェック済
信=信長の人物像 光=光秀の人物像 そ=その一因 テ=テーマ別
*加筆修正
【重史253】 №6-059
①信長がつぎにパードレに示した好意は、
②カザの建築に多大の経費を要したことを聞き、
③窮乏を感ずることがあった場合には、
④必ず補助をするであらう
⑤殿下の好意によって早く実行さるることを期待する
⑥信長はこの返答を大いに喜んで我等を援助することを約束し、
「イエズス会日本年報」
天正九年1581、七月**。 1581007**
【重史252】 一、信長は、ヴァリニャーノに気に入りの屏風を贈った。
【重史254】
二、信長は、ヴァリニャーノに経済的援助を約束した。
信長がつぎにパードレに示した好意は、
カザの建築に多大の経費を要したことを聞き、
これがために窮乏を感ずることがあった場合には、
彼に知らせたらば必ず補助をするであらうと伝へさせたことである。
ヴァリニャーノは、控えめに、これを受け入れた。
パードレ達はこの伝言に対する返答について協議し、
何も求めず、
適当なる感謝と同時に、
殿下がその市に広大なるよき地所を与へられた故、
甚だ壮大なる聖堂を速に建築することがコンパニヤ(みんな)の希望である
が、
日本において要する経費が甚だ多く、
その資金は遠方より来るのである故、
希望のとほり速に建築することはできない、
しかし殿下の好意によって早く実行さるることを期待する
と言はすることに決した。
信長は、大いに喜んだ。
信長はこの返答を大いに喜んで我等を援助することを約束し、
また数回パードレ達の支出について語り、大いに同情の意を表した。
(「イエズス会日本年報」)
【引用】【京都馬揃え】 【重史253】
【さらなる夢】
【光秀という男】 結論 16/x
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