病院幹部のための令和8年度診療報酬改定 精神科病院編 第39回
第39回 身体合併症を診られない精神科病院は生き残れない──令和8年度改定が突きつけた現実
精神科病院の経営者に、少し厳しい話をしたいと思います。
これからの精神科病院経営で最も大きなリスクは、病床稼働率の低下ではありません。 精神科医不足でもありません。
私は、患者の高齢化に病院が対応できなくなることだと考えています。
精神科病棟の患者は年々高齢化しています。
統合失調症で長期入院している患者。 認知症を合併する患者。 地域生活が困難になった高齢患者。
こうした患者が増える中で、精神症状だけを診ていれば良かった時代は確実に終わりつつあります。
そして令和8年度診療報酬改定は、その現実を制度として明確に示した改定だったのではないでしょうか。
精神科病院の患者は確実に変わった
精神科病院の経営を考える時、私が最初に確認するのは患者構成です。
昔と今で何が違うのか。
最も大きな変化は 高齢化 です。
高齢化が進むと、精神症状だけでは治療が完結しません。
糖尿病。 高血圧。 心不全。 脳血管疾患。 慢性腎不全。 誤嚥性肺炎。
こうした身体疾患を併せ持つ患者が増えています。
つまり、精神科病院が向き合う相手そのものが変わった。ということです。
精神科慢性身体合併症管理加算が示す方向性
今回新設された精神科慢性身体合併症管理加算は象徴的です。
私はこの加算を見た時、単なる新設項目ではないと感じました。
国が評価したのは、身体疾患を診る能力を持つ精神科病院です。
高齢患者の増加は今後も続きます。
その中で、身体疾患があるたびに一般病院へ転院する。
急変するたびに救急搬送する。
こうしたモデルは、すでに限界を迎えています。
だからこそ、精神科病院自身が一定の身体管理能力を持つ必要がある。
今回の改定は、その方向性を制度として明確に示したと言えるでしょう。
私が最初に見る5つの数字
身体合併症への対応力を確認する際、私は次の数字を重視します。
① 75歳以上患者割合
病院の未来を映す数字です。高齢化の進行度が分かります。
② 糖尿病患者割合
精神科患者の高齢化と身体管理能力を見る指標になります。
③ 肺炎発症件数
病棟の医療管理能力が見えます。高齢患者が増えるほど重要です。
④ 一般病院への転院件数
身体疾患への対応力が分かります。依存度が高い病院は注意が必要です。
⑤ 救急搬送件数
急変対応能力を把握するために確認します。
数字は嘘をつきません。 精神科病院の将来リスクは、こうした数字に確実に現れます。
身体合併症は医療問題であると同時に経営問題でもある
身体合併症の話をすると、医療の問題だと思われがちです。
しかし私は、経営課題でもあると考えています。
肺炎が増える。 転院調整が増える。 入院期間が延びる。 看護負担が増える。 人件費が増える。
結果として、収益構造そのものに影響します。
身体合併症対応は診療の話であると同時に、経営の話でもあるのです。
精神科リエゾンチーム加算が示すもう一つの未来
もう一つ注目したいのが、精神科リエゾンチーム加算 です。
今回の改定では、認知症やせん妄だけでなく、 それ以外の精神症状への介入も評価される方向が示されました。
これは、精神科医療は精神科病院の中だけで完結するものではない。 一般病院にも必要である。というメッセージです。
がん患者の抑うつ。 アルコール関連疾患。 自殺企図後の患者。 身体疾患に伴う精神症状。
こうした患者は一般病院にも数多く存在します。
精神科医療の価値は、病棟の中から病院全体へ、そして地域へ広がっています。
危ない病院の共通点
私は今後、苦しくなる精神科病院には共通点があると考えています。
患者高齢化を把握していない
身体管理を他院任せにしている
一般病院との連携が弱い
転院依存型になっている
身体合併症の数字を見ていない
こうした病院は、患者構成の変化に対応できなくなる可能性があります。
2040年問題は精神科病院にも直撃する
2040年には高齢者人口がピークを迎えます。
精神科病棟の患者もさらに高齢化します。
身体疾患は増えます。 認知症も増えます。 独居患者も増えます。
つまり、精神科医療と高齢者医療の境界線はさらに曖昧になる。
この変化を前提に経営を考える必要があります。
最後に──今回の改定が本当に評価したもの
精神科慢性身体合併症管理加算。
精神科リエゾンチーム加算。
これらを個別の加算として見ると、本質を見失います。
今回の改定が評価したのは、
身体疾患を診る技術でも、精神科医の数でもありません。
評価したのは、精神科病院が患者の人生全体を支える力 です。
精神疾患だけを診る病院から、 身体疾患も支える病院へ。
病棟だけを見る病院から、 一般病院や地域を支える病院へ。
令和8年度改定は、その方向へ進む病院を後押ししています。
そして私は、これから生き残る精神科病院とは、病床が多い病院ではなく、
高齢化する患者を支える力を持った病院だと考えています。
次回予告(最終回)
第40回 「満床なのに苦しい精神科病院」が増える理由──経営モデル転換の時代へ
長期入院。 精神科救急。 身体合併症。 多職種協働。
令和8年度改定が示した方向性を総括しながら、精神科病院の未来と生き残り条件について考えます。
精神科シリーズの総まとめです。
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病院幹部のための令和8年度診療報酬改定
「病院選別」シリーズ
第1回 令和8年度改定で始まった「病院の選別」──勝ち残る病院と苦しくなる病院の違い
第2回 初診料は上がった。それでも病院経営が苦しくなる本当の理由
第3回 物価対応料では足りない──病院経営が迎えた静かな限界
第4回 賃上げできない病院から人が消える──令和8年度改定が突き付けた現実
第5回 地域包括医療病棟で病院格差が広がる──伸びる病院、苦しくなる病院
第6回 医療DX加算に目を奪われる病院が見落としていること
第7回 看護師が採れない時代に病院はどう生き残るのか
第8回 AIを使う病院と使わない病院──5年後に開く経営格差
第9回 紙文化が病院を苦しめる──令和8年度改定が求める病院運営
第10回 「手術ができる病院」が生き残る時代へ──外科機能が分岐点になる
第11回 高齢者救急を受けられない病院は取り残される
第12回 地域包括ケア病棟の経営が突然苦しくなる理由
第13回 2040年まで残る病院、消える病院──「特に中小病院の院長に読んでほしい」今回改定はその予告編だった
第14回 急性期病院であり続けることが最大のリスクになる日
第15回 病床は満床なのに利益が出ない──犯人は“出口渋滞”だった
第16回 回復期リハ病棟は「成果」で選ばれる時代へ
第17回 DPC標準病院群1・2で何が変わったのか──係数差が収益格差を生む
第18回 介護連携できない病院は選ばれなくなる──退院先を持つ病院の強さ
第19回 病院完結型医療の終焉──令和8年度改定が在宅へ舵を切った理由
病院幹部のための診療報酬改定完全解説 病院経営の未来を読む
第20回 病院は何で稼ぐ時代になったのか──診療報酬改定より重要な「利益の構造改革」
第21回 「利益が出ない病院」には共通点がある──私が事業再生で最初に見る数字
第22回 病院再生は「赤字になってから」では遅い──危険信号は数字に出ている
第23回「黒字なのに危ない病院」がある理由──キャッシュフローで見る病院経営
第24回決算書が読めない院長ほど病院は危ない──黒字でも潰れる理由
第25回 院長が知らない「管理会計」の威力──病院経営は部門別採算で変わる
第26回 病院経営に「予算」がないのはなぜか──毎年同じ失敗を繰り返す本当の理由
第27回 その経営会議、本当に必要ですか──数字を報告するだけの病院が変われない理由
第28回 「数字はあるのに決められない病院」──意思決定が遅い組織の共通点
第29回 病院再生で最初に変えるべきもの──削減より「構造」を見る
最終回(第30回) 令和8年度改定後、病院経営はどこへ向かうのか──30回書いて見えた「生き残る病院」の条件
病院幹部のための令和8年度診療報酬改定追記 慢性期:療養病棟編
第31回 療養病床は本当に必要なくなるのか──令和8年度改定が示した「長期療養」の未来
第32回 療養病床の赤字は制度のせいではない──私が最初に見る5つの数字
第33回 2040年、療養病床は地域インフラになる──生き残る病院が選ぶ経営戦略
病院幹部のための令和8年度診療報酬改定 人工透析編
第34回 人工透析は「安定収益」ではなくなった──令和8年度改定で問われる透析医療の経営戦略
第35回 人工透析部門は本当に利益を生んでいるのか──管理会計で初めて見える「儲かる透析」と「苦しい透析」
第36回 透析部門の管理会計フォーマットと透析部門「見直し初期90日プラン」
病院幹部のための令和8年度診療報酬改定 精神科病院編
第37回 精神科病院の「長期入院モデル」が終わる──令和8年度改定が突きつけた経営転換
第38回 精神科救急は「看板」では評価されない──受入実績で選別される病院
