伝怪①
あらすじ
「都市伝説の怪人、ってくらいですから、伝怪なんてなぁどうでしょう?」
そう前置きをして、おでん屋台のおやじは行きずりの客に語り始める。内容は、目と鼻の先にある団地で起こった殺人事件。心神喪失状態の少女が、カッターナイフで実の父親の首を切り裂いたという。そしてそこには、その伝怪が関わっているというのだが……。
家族の歪んだ愛情と、身勝手で厚顔無恥な正義を振りかざす隣人たち。現代社会の闇に追い詰められた女子中学生・聡美が行き遭ったのは、古い記憶の奥底から蘇えった全身包帯巻きの異形、怪人トンカラトンだった。
人の歴史の言い伝えは迷信の時代を下り、妖怪から伝怪へ――怪異による、真の救済の物語。
《プロローグ》
じゃあ話の前に、その現象に名前でもつけときましょうかねぇ、旦那。
いえいえ、この手の噂話ってなぁどうも、酒の肴にするには、いちいち呼び方が長ったらしくていけませんや。そうでさぁね、都市伝説の怪人ってくらいですから、
伝怪……なんてのはどうでしょう。
ええ、口裂け女だ人面犬だって、アレですよアレ。
なら妖怪でいいだろうって? ところが、そうもいきやせん。なんでも偉い先生方――民俗学ってんでしょうかね。ほら、あの民話だなんだを集めてる先生らに言わせると、三代以上語り継がれたモン以外は、妖怪って呼んじゃいけねぇんだそうですよ。
三代前っても〝人間の〟じゃありゃあせん、〝時代の〟って意味だ。ようするに、旦那の爺さんのそのまた爺さんくらいの時代までさかのぼってやっと……って話ですから、ざっと三百年だの四百年だのをかけなきゃ妖怪の勘定には入れてもらえない。
都市伝説に怪人ってのが出まわりはじめたのが、昭和十年代の赤マントたらいうヤツからってんですから、コイツらぁまだまだ……。
はい? おでん屋のおやじのくせに、妙なことにくわしいって?
あはは、たしかに。けどこんなトコで屋台なんぞ引いてますってぇと、いろんなお客さんがくるモンです。こないだも、どっかの博物館の学芸員って方がみえまして。タネをあかすとその受け売りなんでさぁ、へえ。
……とまぁ、そんなワケで、妖怪じゃなくって伝怪。
おや、気に入っていただけましたかい? そりゃあよかった。んじゃ、こっから先はこの呼び方で通させていただきまさぁ。へへ、伝怪か……我ながら、なかなか乙な名前をつけたもんだ。ああ、そんな手前贔屓はいいから話のつづきを。そうでした、そうでした。
まあ、さっき言ったみたいにね。伝怪ってなこりゃ、単なる噂話です。といっても、それで終わっちゃあ、文字通りお話にならねぇ。この話がおっかねぇのは、きっちり死人が出ちまってるところでしてね。旦那だって新聞くらい読んでるはずだ……うん? ニュースならスマホで? さいですかい、近ごらぁめっきり便利な世の中になっちまった。
ってことなら、そのスマホってやつでも構いませんや。
ええっと、ありゃ……二、三週間前だったかな。ほら、あすこに見えてる団地で、中学生の女の子がお父つぁんをヤッちまった事件があったでしょ。そうそう、カッターナイフとかって文房具で、首のここんトコをこう……サクッ! とね。
アタシも人づてに聞いたんだが、そりゃあ現場は酷いモンだったらしいですよ。
切り口から噴き出した血が、ぶわぁっとキッチン一面に――ええ、お父つぁんの方は夕飯の支度中だったみたいでして。父子家庭、ってんですか。親ひとり子ひとりの事情なんで、当番でそう決まってたらしいんですが、なんとこの日の献立がおでんだった。そこに、そん時の血がまともに入っちまったてぇから堪らない。
もう鍋ン中は、豚の血を煮込んだシチューみたいにどす黒い有様で。
部屋の外まで漏れてきた、鼻のヒン曲がりそうな生臭さに、駆けつけた警官も吐き気を堪えんのがやっとだったそうです。
で、当の女の子は緊急確保って寸法ですが、この状況がまた尋常じゃなかった。
……咥えてたってんですよ、ちくわを。
それもお父つぁんの血で真っ黒に煮込まれて、ぶくぶくに膨れ上がったヤツをまるまる一本。ちょうどほら、今の旦那みたいにしてねぇ。
おっと、こりゃスンマセン。食欲がなくなっちまいましたかい?
まま、そんな顔せずに。ね? 今日みたいに冷え込む夜にゃあ、やっぱりコイツが一番でさ……そんで、なんだったかな?
――あぁ、そうだそうだ。女の子、女の子。
でもって、そんな具合ですから、警官もおそるおそる声をかけた。血だまりン中でぼーっとお父つぁんの死骸を見下ろしてる女の子に、堪りかねて胃の中身を盛大にブチまけたあとにねぇ。そしたら、こう答えたそうですよ。
自分が殺した。〝トンカラトン〟になったから、ってね。
言ってることがさっぱりわからねぇ?
でしょうなぁ、でもここがこの話のキモでして。トンカラトンってのは、伝怪の名前です。知る人ぞっていやぁ聞こえはいいが、ちっとばかしマイナーな、ね。きっと行き会って斬られちまったんですなぁ……女の子は、その薄っ気味わるい現象に。
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