第七十四回:自分を犠牲にしない
今日は2021年12月21日です。実は、前からやりたかったゲームを買っちゃいましてね。今日から1週間くらいぶっ続けでやり続けます。えへへ。ということで明日から1週間くらい更新が止まりますが、その前にコラムを投稿しておくことにしました。それでは今回もゆるく行ってみましょう。超不定期連載「分かりそう」で「分からない」でも「分かった」気になれるITコラムでございまぁす。このコーナーでは、各用語の説明ページでは取り上げにくいIT関連のネタをテーマに、だらだらと思いついたことを書いていきます。みなさんが「あぁ、なんか役に立ちそうな気もするけど、役に立たないかなぁ。でも、もしかしたら役に立つかも」と思える情報を発信できるように頑張ります!
はじめに
栄えある七十四回目のテーマは……ピヨピヨピヨピヨ(ぴよぴよ的ドラムロール)……じゃん!
自分を犠牲にしない
です。
ITとは関係ありませんが、どーんまい。
今回のコラムは、他人からの頼みを断るのが苦手だったり、自分の希望を伝えるのが苦手だったり、自分を犠牲にしがちな心優しい臆病者に向けて書いていきます。
なお、お忙しい人に向けて先に結論を書いておくと、今回のコラムで言いたいことは
1.人に嫌われるのは交通事故と一緒
2.覚悟を決めることに慣れよう
3.自分のためは他人のため
です。
最後まで読んでくださる方は、この結論を知らないことにして読み進めてください。
人に嫌われるのは交通事故と一緒
世の中には「嫌われたくないから」という理由で、本当はイヤな頼みごとを引き受けちゃったりする人がいます。
でもね。
考えてみてください。
好き嫌いというのは感情です。
明確な理由がない場合も多々あります。
何が言いたいかというとですね。
何をやっていても嫌われるときは嫌われる
のです。
あなたがどんなに品行方正でも、どんなに愛嬌があっても、嫌われるときは嫌われます。
だから、ある程度は諦めましょう。
絶対に人に嫌われないことは不可能です。
私は
人に嫌われるのなんて交通事故みたいなもの
だと思って生きています。
結構、似ているのですよ。
人に嫌われるのと交通事故。
交通事故に遭いやすい性格や言動があります。
例えば、信号が黄色になったときにアクセルを踏む人はブレーキを踏む人よりも事故に遭う確率が高いでしょう。
道路を渡るときに常に横断歩道を渡る人は、横断歩道ではないところを渡るのが平気な人よりも事故に遭う確率は低いはずです。
ただし、です。
どれだけ気を付けても交通事故に遭う可能性はあります。
信号をちゃんと守っても信号無視した車が突っ込んでくる可能性はあります。
ちゃんと歩道を歩いても居眠り運転の車が突っ込んでくるかもしれません。
お外を歩く限り「絶対に交通事故に遭わない!」と言える状況は、ないのです。
それと同じです。
人に嫌われやすい性格や言動というのは確かにあります。
人の話をちゃんと聞かない人は、ちゃんと聞く人より嫌われる確率が高いでしょう。
いつもニコニコ笑顔でいる人は、いつも怒っている人より嫌われる確率が低いはずです。
ただし、です。
それでも人に嫌われる可能性はあります。
あなたがどんなにちゃんとしていても、あなたの才能や実績に嫉妬する人はいます。
あなたがどんなに良い人だったとしても「嫌いな上司に顔が似ているいから」という理由で嫌ってくる人もいます。
生きて人と関わる限り「絶対に嫌われない!」と言える状況は、ないのです。
だから、ある程度は諦めましょう。
開き直りましょう。
気にするのを止めましょう。
あなたは交通事故に遭いたくないですよね。
交通事故に遭わないように、あなたなりの注意を払って生きているはずです。
でも、だからといって「交通事故に遭いたくないから」という理由で外出するのを諦めますか?
行きたいお店に行くのを我慢しますか?
人に嫌われたくないのは当たり前です。
人に嫌われないように努力するのも自然なことです。
でも、だからといって「人に嫌われたくないから」という理由で人生の一部を諦めて良いのですか?
やりたいことを我慢するだけの価値がありますか?
自分を犠牲にすると自分に嫌われます。
程度問題ではありますけどね。
他人に嫌われないように振る舞うのと、あなた自身に嫌われないように振る舞うの、どっちが大事ですか?
自分を犠牲にしてまで他人に嫌われないように頑張る必要、ある?
覚悟を決めることに慣れよう
世の中には「やらないとダメだから」という理由で、本当はやりたくないことをやる人がいます。
でもね。
ちょっと考えてみてください。
それって本当にやらないとダメですか?
やらないことによって生じる不都合な結果を受け入れる覚悟さえ決めちゃえば、やらなくても済むんじゃないですかね?
私は自営業なのですが、やりたくないお仕事は遠慮なくお断りします。
理由は、やりたくないからです。
もちろん、もっともらしい言い訳を自分の中に用意してありますけどね。
「やりたくないお仕事をイヤイヤやっても、前向きに取り組めないので良い仕事にならない。それはお金を払ってくれるお客さまにも失礼だ。だから自分が前向きにやれるお仕事のみに時間を使おう」とか考えています。
とはいえ、それはカッコ付けた言い方です。
ぶっちゃけた言い方をすると「めんどくせっ(-A-)やりたくねー(--)」です。
やりたくないからやりません。
これができるのは覚悟を決めているからです。
せっかくのお仕事の話を断ってしまったら次のお話をいただけないかもしれません。
その結果、お仕事が1つもない状況になるかもしれません。
そうなったら、収入はゼロです。
いずれは貯金も底をついて、ご飯が食べられなくなって、飢え死にしちゃうでしょう。
ところで、今の日本で飢え死にまでいく確率って、どれくらいですかね?
根拠はありませんが、そこまで高くないんじゃないかなーと思っています。
ということで、私は「最悪、飢え死にすれば済むだけの話だな(--)」と覚悟を決めています。
「飢え死にまでいく確率は、そこまで高くないんじゃないかな(--?」とも思っていますし、そうならない努力も(前向きにやれるやつは)やっているので、そこまで大きな覚悟ではありませんけどね。
少なくとも「そうなったら、しゃーない」と開き直ってはいます。
この小さな覚悟を決めたことによって、私はやりたくないお仕事を遠慮なく断れるようになりました。
その結果、まだ飢え死にしていません。
やりたくないお仕事もやっていません。
良い感じです(--)☆
これも、やっぱり程度問題ではありますけどね。
あなたが今抱えている「やらないとダメ」なことに、本当にあなた自身を犠牲にする価値があるか考えてみてください。
それをやらなかった結果、確かに何らかの不都合は生じるのでしょう。
その不都合は、あなた自身を犠牲にしてでも避けたい大きな不都合ですか?
それって自分を犠牲にしてまでやらないとダメ?
自分のためは他人のため
突然ですが、世の中にはたくさんの会社があります。
それらの会社の中には「お客さま第一主義」とか「お客さまの笑顔のために」とかをモットーとして掲げている会社が少なからずあります。
実は、ですね。
それらの会社は全部、大ウソつきです。
何故なら、お金を取っているから。
お値段は高いよりも安い方が嬉しいじゃないですか。
もっと言えば、タダが一番嬉しいです。
「お客さま第一主義」なんでしょ?
「お客さまの笑顔のために」なんでしょ?
だったら、タダで配れよ。
お客さまの笑顔を見るのが何より幸せで、お客さまのことを第一に考えているのだったら、タダで配れよ。
そうすれば、お客さまは今よりも笑顔になりますよ?
「お客さまのことを第一に考える」なんて建前で、結局は自分たちが儲けようとしてるんじゃん。
……という意見を見たら、あなたはどう思いますか?
もしかしたら「そーだ!そーだ!」と思う人もいるかもしれませんね。
でも、大部分の人は、特にビジネスに携わった経験のある人なら賛同しないはずです。
だって、それをやったら会社が潰れちゃいますから。
前提として、その商品なりサービスなりに価値があるとします。
それをタダで配ったら、最初は喜ばれるでしょう。
でも、遅かれ早かれ会社が潰れます。
会社が潰れたら、その価値ある商品やサービスが世の中に提供されなくなります。
これは、長い目で見たら、お客さまに迷惑をかける行為です。
仮に、その商品の価値が10だとしましょう。
1ヵ月間で10個の商品が世に送り出されました。
お金は取りません。
タダです。
その結果、会社は1ヵ月で潰れました。
この場合、世の中に提供された価値は10×10個×1ヵ月で100です。
もし、タダではなく1個1万円で売ったら、どうでしょうか。
1万円の価格を付けたことによって、相対的に価値が下がって(タダで配るよりも価値が下がって)、商品の価値が5になったと仮定します。
1ヵ月間で10個の商品が世に送り出されました。
今度は、会社は潰れません。
1年間、毎月10個の商品が世に送り出されました。
この場合、世の中に提供された価値は5×10個×12ヵ月で600です。
あれれ?
お金を取った方が世の中に提供される価値が大きくなりましたね。
確かに価格が安い方がお客さまには喜ばれます。
ですが、赤字になるまで安くしてしまうと、価値を提供し続けられません。
長い目で見ると、しっかりお金をいただいた方が提供できる価値の総量は大きくなります。
ここまで読んでくださった方の中には「当たり前のことを何カッコ付けて言ってるの?そんなの知ってるよ」と思う人もいるでしょう。
確かに当たり前のことです。
その通りです。
ところで、その当たり前のことを自分自身に対してやれていますか?
ちゃんと、ご飯を食べていますか?
ちゃんと、寝ていますか?
ちゃんと、気分転換していますか?
あなた自身を1つの会社だと思ってください。
あなたは、あなたという会社の経営者です。
自分という商品を赤字の状態で売り続けていませんか?
一時的な無理は必要かもしれません。
自分を犠牲にしてでもやらねばダメな状況もあるでしょう。
ですが、それは「一時的」であるべきです。
自分を犠牲にして無理を続けるのは、会社経営で赤字を垂れ流し続けるのと一緒です。
赤字が続く会社は、いずれ潰れます。
その結果、潰れなければ提供できた価値が提供できなくなります。
会社が潰れないように経営することは、お客さまのためでもあるのです。
自分を犠牲にして無理を続ければ、あなたはいずれ潰れます。
その結果、潰れなければ提供できた価値が提供できなくなります。
あなたが潰れないように振る舞うことは、あなたの周りの人のためでもあるのです。
あなたが自分を犠牲にして価値提供することを優しさだと思っているのであれば、それは勘違いです。
自分を犠牲にしないで価値提供するのが優しさですよ。
まとめ
今回は
自分を犠牲にしない
というテーマで好き勝手に語ってみました。
今回のコラムで言いたいことは
1.人に嫌われるのは交通事故と一緒
2.覚悟を決めることに慣れよう
3.自分のためは他人のため
です。
人に嫌われないように努力することは素晴らしいことです。
ただし、どれだけ気を付けても嫌われるときは嫌われます。
どんなに気を付けてもお外に出たら交通事故に遭う可能性があるのと一緒です。
交通事故に遭いたくないから、お出かけする楽しみを捨てますか?
人に嫌われることを気にし過ぎて、人生の楽しみを捨てるのはもったいないです。
世の中には「絶対にやらないとダメ」なことは多くありません。
それをやらないことで生じる不都合な結果を受け入れる覚悟さえ決めれば、選択肢は広がります。
ちょっとした覚悟を決めることで、自分を犠牲にする必要がなくなるかもしれませんよ。
自分を犠牲にし続けるのは会社が赤字を垂れ流し続けるのと一緒です。
ある程度は耐えられても、いずれ潰れます。
潰れることで、潰れなかったらできた価値提供ができなくなります。
良かれと思って自分を犠牲にしたのに、逆に迷惑をかける結果になります。
無理は続きません。
自分を犠牲にして価値提供するのではなく、自分を犠牲にしないで価値提供できるように頑張ってください。
蛇足なおまけ
今回のコラムは、自分の意見を主張するのが苦手だったり、他人からの依頼を断るのが苦手だったり、他人を尊重し過ぎて自分の気持ちをないがしろにしがちな人に向けて書いています。
そのため、結構、偏った論調になっています。
別に「他人のことなんて考えなくて良い」「自分さえ良ければそれで良い」と言いたいわけでは、ありません。
私みたいに元から「自分は自分、他人は他人(--)自分の意見を主張して嫌われたら、それはそれで仕方ない(--ゞ」と思っている人は振る舞いが傍若無人になり過ぎないように気を付けてくださいね。
……私も気を付けます(ノ∀`)
思いつきで始めて惰性で続けている「分かりそう」で「分からない」でも「分かった」気になれるITコラムですが、いかがでしたでしょうか。また何かネタがあったら、ちまちまと更新していきます。コンゴトモヨロシク。






