第七十五回:努力を褒めてもらいたくなったら要注意
今日は2022年1月7日です。明けましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。……と型通りの挨拶をしたところで、2022年一発目のコラムです。年の初めはやる気に満ちあふれていて、徐々にだらけてくるのが毎年のパターンです。だらける前にできるだけいろいろ更新しておきます。それでは今回もゆるく行ってみましょう。超不定期連載「分かりそう」で「分からない」でも「分かった」気になれるITコラムでございまぁす。このコーナーでは、各用語の説明ページでは取り上げにくいIT関連のネタをテーマに、だらだらと思いついたことを書いていきます。みなさんが「あぁ、なんか役に立ちそうな気もするけど、役に立たないかなぁ。でも、もしかしたら役に立つかも」と思える情報を発信できるように頑張ります!
はじめに
栄えある七十五回目のテーマは……ピヨピヨピヨピヨ(ぴよぴよ的ドラムロール)……じゃん!
努力を褒めてもらいたくなったら要注意
です。
ITとは関係ありませんが、どーんまい。
今回のコラムは、自分に向けて書いていきます。
そのため、内容的には、いつもよりシビアです。
繊細な豆腐メンタルをお持ちの方は、今回のコラムは読み飛ばしてください。
なお、お忙しい人に向けて先に結論を書いておくと、今回のコラムの結論は
努力は手段であって目的じゃない
です。
最後まで読んでくださる方は、この結論を知らないことにして読み進めてください。
努力自体に価値はない
自分は一生懸命、頑張っています。
だから褒めてもらいたいです。
それは自然な気持ちです。
でもね。
考えてみてください。
努力自体に価値はありません。
お仕事であれば、成果に対して、提供した価値に対して、お客さまは、お金を払ってくださるのです。
あなたの努力に対してお金を払ってくださるのでは、ありません。
その証拠に、あなたがステーキ屋さんで奮発して注文した1万円のステーキが黒焦げで出てきたら残念な気持ちになるでしょ?
それに対して「これは入って3日目のアルバイト店員が頑張って作ったものです。確かに黒焦げですが、人並み以上に努力した結果です。だから我慢して食べてください!」とか言われたら「えー!(-A-;)」って気持ちになるでしょ?
「そうか!これはアルバイト店員が頑張って作ってくれたのか!じゃあ黒焦げだけど1万円の価値があるな!我慢して食べよう!」とは、ならないはずです。
いや、もしかしたら心優しい人はそう思うかもしれませんけどね。
少なくとも私は「別に頑張らなくて良いから、ベテランの人に黒焦げじゃないやつを作ってもらいたいです(つ_;)」となります。
あなたが払った1万円は「美味しいステーキ」を期待して払った1万円です。
もちろん手間賃や技術料は含まれているでしょうけどね。
「ステーキを焼く努力」に対して払ったつもりはないはずです。
いくら一生懸命努力した結果だとしても、黒焦げのステーキが出てきたらガッカリしますよね。
お客さまは努力に対してお金を払ってくれるのでは、ありません。
提供した価値に対して、お金を払ってくれるのです。
努力自体に価値はない
自分は一生懸命、頑張っています。
だから褒めてもらいたいです。
それは自然な気持ちです。
でもね。
考えてみてください。
努力自体に価値はありません。
あなたがプログラミングの勉強を始めたとしましょう。
1日2時間も頑張っています。
しかも、それを毎日続けています。
毎日2時間も勉強している自分、偉い!
気のせいです。
目的は「プログラミングを勉強すること」では、ありません。
「プログラミングができるようになること」です。
どれだけ勉強しようと、プログラミングができるようにならなければ意味がありません。
私の独断と偏見にまみれた見解ですが、一生懸命勉強しているのに成績が伸びない人は「勉強すること」が目的になっている場合が多い気がします。
やる量のノルマを設定して、そのノルマを達成することにばかり注意が向いていたりですね。
ノートをキレイにまとめることに一生懸命になり、要点がまとまったノートができるとそれで勉強した気になって満足しちゃったりですね。
そんな人たちです。
もちろん、やっていること自体は悪いことでは、ありません。
ですが、そこで満足しちゃダメなのです。
ノルマを設定してそのノルマを達成するのは、量をこなすことで「知識を増やす」のが目的です。
いくらノルマを達成しようと、数日後には忘れているようでは意味がありません。
イヤイヤ勉強して数日で忘れるくらいなら、昼寝でもしていた方がマシです。
ノートをキレイにまとめるのは、覚える情報を整理したり、忘れちゃった際に効率よく見返すためです。
ノートに書いた情報をその場で覚えないなら、あるいは後からノートを見返さないのであれば、書くだけ時間の無駄です。
今すぐ書くのを止めましょう。
「やる量のノルマを設定して、それをこなす」も「ノートをキレイにまとめる」も「覚える」や「できるようになる」という最終目標に到達するための中間目標です。
中間目標を達成することが最終目標につながらないのであれば、何の意味もありません。
努力自体に価値はないのです。
努力自体に価値はある
ここまで「努力自体に価値はない」という論調で話してきました。
ウソです。
努力自体に価値はあります。
サッカーの全国大会で優勝したくて一生懸命努力してきました。
結果、準優勝でした。
そこまでに費やした努力は無駄だったのでしょうか?
そんなことは、ありませんよね。
優勝を目指して一生懸命努力してきたからこそ、準優勝という結果を得られたのです。
また、一生懸命努力してきたからこそ、優勝できなかったことを悔しく思えるのです。
その経験が将来のプラスになることは大いに期待できます。
ただ、ですね。
それを自分で言ってはダメだと思うのです。
理由は、努力することに甘えるようになるからです。
「努力した」ということを言い訳にして、良くない結果に目を向けなくなるからです。
頑張ったという経験を得ることを目的にしているなら良いです。
「自分は、こんなに頑張った!これで目的達成だ!」というなら大いに「頑張った!」と主張してください。
でも、ほとんどの場合は違いますよね。
努力すること自体が目的なのではなく、何か得たいものがあって、それを得るための手段として努力しているはずです。
何か得たいものがあって、それを得られなかったときに「でも自分はこんなに頑張った」と言い訳するのが癖になると、言い訳のための努力をするようになります。
上手くいかなかったときに傷付きたくないから「自分はこんなに頑張った。だから仕方ない」という「目的達成できなかった際の予防線としての努力」をするようになるのですね。
そうすると、ますます努力が実らなくなります。
「(予防線として)努力すること」自体が目的になっちゃっていますからね。
どうしても本来の目的に到達できる努力かどうかの検証が甘くなります。
……とならない人もいるのでしょうけどね。
私は自分に甘くて、できる言い訳があるとそれに乗っかっちゃうタイプです。
だから、自分の逃げ道をふさぐ意味でも「努力自体に価値はない」と考えるようにしています。
努力は手段であって目的じゃない
からです。
その努力が本来の目的を達成することにつながっているかの検証は大事。
まとめ
今回は
努力を褒めてもらいたくなったら要注意
というテーマで好き勝手に語ってみました。
今回のコラムで言いたいことは
努力は手段であって目的じゃない
です。
努力というのは多くの場合、何か得たい結果があって、それに到達するための過程です。
努力すること自体が目的では、ありません。
努力という過程に対して価値を見出してしまうと、本来の目的に対する執着心が鈍ります。
それに伴い、その努力が本当に得たい結果につながっているかの検証も甘くなります。
というか、本来の目的を達成することを諦め(始め)たときに、過程であるはずの努力を褒めてもらいたくなる気がします。
ということで、努力を褒めてもらいたくなったら要注意です。
無意識のうちに本来の目的を諦め(始め)ている可能性があります。
蛇足なおまけ
実はダイエットを始めていましてね。
お酒を飲む量を減らしたり、お野菜を意識して食べるようにしたり、Nintendo Switchの『Fit Boxing 2 -リズム&エクササイズ-』を毎日やったりしているのです。
でも、全然体重が減らないっ(つд`)・°・。
今回のコラムは、そんな私に捧げるコラムです。
努力しているという事実に甘えないで結果にコミットしようねっ!
思いつきで始めて惰性で続けている「分かりそう」で「分からない」でも「分かった」気になれるITコラムですが、いかがでしたでしょうか。また何かネタがあったら、ちまちまと更新していきます。コンゴトモヨロシク。






