第百二十回:無能を愛せ
今日は2026年2月10日です。何気に2026年に入って最初のコラム更新です。明けまして、おめでとうございます。実は1月19日から1ヶ月間限定で禁酒しています。そのせいで手が震えて……なんていうことはないのですが、いろいろやっていたらコラムを書くのが後回しになってしまいました。そんな言い訳をしたところで、今回もゆるく行ってみましょう。超不定期連載「分かりそう」で「分からない」でも「分かった」気になれるITコラムでございまぁす。このコーナーでは、各用語の説明ページでは取り上げにくいIT関連のネタをテーマに、だらだらと思いついたことを書いていきます。みなさんが「あぁ、なんか役に立ちそうな気もするけど、役に立たないかなぁ。でも、もしかしたら役に立つかも」と思える情報を発信できるように頑張ります!
はじめに
栄えある百二十回目のテーマは……ピヨピヨピヨピヨ(ぴよぴよ的ドラムロール)……じゃん!
無能を愛せ
です。
今回もITと関係ないネタですが、どーんまい。
今回のコラムは、私の思考実験的な意味合いが強いコラムです。
そのため、言っていることが屁理屈に聞こえるかもしれません。
実際に屁理屈です。
「そんなのは屁理屈だ!」というツッコミは、できれば控えてくださいね。
屁理屈だという自覚は、あります。
あと、今回のコラムで言いたいことは
自分が有能になればなるほど周りが無能ばかりになるのは当然でしょ
です。
最後まで読んでくださる方は、この結論を知らないことにして読み進めてください。
「無能」の定義
最初に認識を合わせておきましょう。
今回のコラムでは
自分より能力が劣る人
を指して「無能」と表現しています。
さらに「自分より能力が劣る」は客観評価では、ありません。
主観的な評価です。
身も蓋もない言い方をすると、あなたが仕事とかにおいて「こいつ使えねーなー」と思った人が「無能な人」に該当します。
それを踏まえて読み進めてください。
有能になれば無能が増える
あなたが「こいつ使えねーなー」と思う人は、あなたより能力が劣っている人でしょう。
これが何を意味するかというと
あなたの能力が高くなるほど、周りには「無能」が増える
です。
例えば、そうですね。
ピヨ太君は「ピヨを極めし者」です。
ピヨピヨ流の何かにおいて、ピヨ太君に並び立つ者は1人もいません。

そんなピヨ太君がピヨピヨ流二人三脚をやることになりました。
二人三脚なので、必ずパートナーが必要です。

このとき、ピヨ太君が組むパートナーは絶対に「ピヨ太君より能力が劣る人」です。
ピヨピヨ流でピヨ太君と張り合える人は1人もいないからです。

ということは、ピヨ太君にとっては、誰がパートナーでも「無能」なパートナーになります。

もう一例、見てみましょう。
ピヨ子さんは「ピヨ初級者」です。
基礎くらいは学んでいますが、実力はヘボいです。
ピヨピヨ流をやっている人の中では一番下の実力しかありません。
なお、便宜上「人」と表現しましたが、ピヨ太君、ピヨ子さんを「人」と表現するのが妥当かは意見が分かれるところです。

そんなピヨ子さんがピヨピヨ流二人三脚をやることになりました。
二人三脚なので、必ずパートナーが必要です。

このとき、ピヨ子さんが組むパートナーは絶対に「ピヨ子さんより能力が上の人」です。

ということは、ピヨ子さんにとっては、誰がパートナーでも「有能」なパートナーになります。

あなたが有能であればあるほど、あなたの周りには無能が増えます。
有能な人にとって「周りがバカばっかり」なのは当然なのです。
有能な人にとって、無能に囲まれて過ごすのは日常です。
ですから、本当に有能な人は「周りに使えないやつが多いんだよね~」とか言いません。
その状態が普通だからです。
もしも、あなたが周りの無能に腹が立つのだとしたら、あなたは、まだ「有能」を極めていません。
伸びしろがある状態です。
あなたが本当に有能なのであれば、周りから無能な人が消えることはありません。
むしろ増えます。
ですから、諦めましょう。
あなたの周りにいる有能な人たちは、その状態を日常として過ごしています。
あなたが本当に有能なのであれば、周りの無能さも織り込んだうえで成果を出してください。
有能に囲まれるのなんて簡単
前の節で
自分が有能なら、周りが無能だらけになるのは当然
や
無能に囲まれるのを諦めろ
と言いました。
それに対して「いや、自分は有能な人たちに囲まれて仕事をしたい!」と思う人もいるでしょう。
そんな人に朗報です。
私が今から、有能な人たちに囲まれて活動できる方法を教えてあげます。
心の準備は良いですか?
それでは言います(-q-)こほんっ
自分が苦手な分野に行け
です。
自分が苦手な分野に行けば、周りにいるのは「あなたよりできる人」ばかりです。
ほら、有能な人に囲まれた。
……というのを聞いて「いや、そーゆーことじゃないから」と思う人も多いでしょう。
そうですよね。
分かります。
要は、周りに足を引っ張られるのが嫌なんですよね。
「あー、こいつが有能だったら、自分が苦労しないのにー」とか思っちゃうのでしょう。
ただ、ですね。
それは、ないものねだりだと思うのですよ。
あくまで個人的な考えですが、本質的には
1.自分が有能でありたい
2.有能な人に囲まれたい
は両立できないと思うのです。
自分が有能になればなるほど、周りには無能が増えます。
自分が世界で一番有能な人になったら、周りには無能しかいなくなるでしょう。
逆に、有能な人に囲まれているのであれば、あなたの方が周りより劣っている状態です。
もしかしたら、あなたは「こいつ、無能だなー」と思われているかもしれません。
※実際には、そんなに単純には切り分けられませんけどね。自分はAという分野で有能、相手はBという分野で有能、その2人で協力してCをやる、ということも普通にあり得ますし、それが理想形ではあるのでしょう。ただ、今回は単純化して考えてみてください。
あなたは
1.自分は有能で周りは無能
2.自分は無能で周りは有能
の、どちらが好みですか?
有能・無能は相対的なもの
突然ですが、私は有能です。
わわわIT用語辞典は多くの人にご利用いただいていますし、去年出版した本も良い感じに売れています。
ちゃんと狙って成果を出せています。
※本が売れているのは出版社さんが頑張ってくれているお陰ですけどね。内容も良いですよ!(自画自賛)……のように、さりげなく言及することで本の宣伝を挟み込む高等テクニックを使ってみました(--)☆まぁ、CMみたいなものだと思って、勘弁してください。
ただし、そのように自画自賛できるのは、私が「有能」と評価される場所でしか活動していないからです。
人間としての絶対評価として有能なわけでは、ありません。
例えば、私は足が遅いです。
スポーツの方向性で活動していたら、私は毎日、自分の無能さを突き付けられていたでしょう。
あるいは、複数の作業を同時並行でやるのが得意ではありません。
いわゆる「マルチタスク」というのが苦手なのです。
私は自営業なので、作業の進め方を自分で決められます。
だから、すべてシングルタスク化することで支障なく活動できています。
これが、もし「あっちをやりながら、こっちもやる」ことを求められる職種だったら、ポンコツ扱いされていたでしょう。
私が「私は有能です!」と自信満々に言えるのは
自分が「無能」と評価されそうな分野からは全力で逃げているから
です。
あなたが「自分は有能」と思えているのであれば、あなたの場所選びは成功しています。
自分の適性に合った場所で活動できているのでしょう。
そんな有能なあなたの周りには「無能」が多いかもしれません。
でも、その「無能」な人たちは
自分の適性に合った場所で活動できていないだけ
の可能性が少なからずあります。
それは頭の片隅に置いておいてあげてください。
人間として劣っていると確定したわけでは、ありません。
だから、あまりプンスカしないであげてくださいね。
「あー、こいつ無能だなー。まぁ、そう思うのは俺(私)が有能過ぎるからかー。しゃーないなー」くらいに思ってあげてください。
逆に「無能」側の人も考えてみてください。
あなたを「無能」呼ばわりしてくる人と比べて、すべての面で劣っていると思いますか?
「こいつよりミカンの皮をキレイに剥けるぜ!」とか「こいつほど人間性は腐っていないな!」とか、何かしら勝てるところがあるのではないですか?
あなたが「自分は無能だなー」と思うのであれば、自分の適性に合っていない場所で活動している可能性があります。
確かに無能かもしれませんが、それは「自分の勝てる土俵を選べていない」という点で無能なのです。
「どうして、こんなこともできないんだろう……」とか悩む暇があったら「私が『有能』だと評価されそうな場所は、どこだ?」という方向性で悩んだ方が有意義だと思いますよ。
考えてみてください。
まとめ
今回は
無能を愛せ
というテーマで好き勝手に語ってみました。
今回のコラムの結論は
自分が有能になればなるほど周りが無能ばかりになるのは当然でしょ
です。
「無能」な人は自分より能力が劣る人です。
自分が有能になればなるほど、相対的に「無能」な人が周りに増えます。
当たり前の話です。
ですから「周りがバカばっかり!有能な人と一緒にやりたい!」とか嘆いている内は半人前です。
「周りがバカばっかり!そりゃ、そーだよねー。自分が有能過ぎるから必然的にそうなるさー」と笑い飛ばせるようになったら、一人前の「有能」ですね。
また、有能・無能は相対的なものです。
あなたが有能だと評価されているのであれば、それは勝てる土俵を選べているからです。
逆に無能だと評価されているのであれば、それは勝てる土俵を選べていないからです。
自分が有能だと評価される場所で勝負して、そのうえで周りの「無能」を生暖かい目で見守ってあげられるのが一番カッコ良いと思います。
思いつきで始めて惰性で続けている「分かりそう」で「分からない」でも「分かった」気になれるITコラムですが、いかがでしたでしょうか。また何かネタがあったら、ちまちまと更新していきます。コンゴトモヨロシク。






