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旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く

【日本のラッパの起源と進化】 - その 9

 私の住む地域には、ラッパの文化がほとんど根付いていません。耳にする機会といえば、たまにその機会がある自衛隊の吹奏くらいのものでした。それゆえ、ラッパ文化が身近にある環境を、どこか羨ましくさえ感じます。  これまで意識の対象外だったからこそ、いざ目を向けてみると、初めて知ることや意外な発見の連続で、今は「俄然」面白くなってきたところです。調べてみると、これほどまでに豊かな情報が溢れているものなのだなと、改めて感心しています。


ラッパ隊の演奏を聞く

陸上自衛隊ラッパ隊

 私が初めてラッパ隊の吹奏を目の当たりにしたのは、中学1年生の時に参加した「第38回 護國神社慰霊音楽大行進(1970年6月5日)」でのことでした。大人数で編成された陸上自衛隊ラッパ隊による演奏は、今となっては曲目も定かではなく、記憶も曖昧です。しかし、当時は居住地に自衛隊の駐屯地がなく、隊員の姿もラッパの音も日常とは無縁だった私にとって、それは極めて特別な光景でした。
 この「護國神社慰霊音楽大行進」は、1974年(昭和49年)から「北海道音楽大行進」へと名称を変え、今年は第94回の開催を予定しています。現在も自衛隊音楽隊の参加は続いていますが、残念ながら当時のようにラッパ隊の姿を見ることはできません。
 今、旭川市民が自衛隊のラッパを耳にできる機会は、駐屯地近隣で響く朝夕の吹奏か、あるいは毎年5月に旭川市民文化会館で開催される「第2師団音楽まつり」のステージに限られるようになっています。

佐呂間町消防団ラッパ隊

 2008年(平成20年)、佐呂間町立若佐小学校に勤務することになり、地域の行事に触れる機会が増えました。その中には、PTA会員が団員として活動している若佐消防団の応援もありました。
 ある時、町全体の消防団演習を見学に行くと、PTA会員を含むラッパ奏者たちが隊列を組み、演奏行進を行っていました。決して大人数ではありませんでしたが、その響きは約40年の時を超えて、中学生時代に目にしたあの光景を呼び起こし、私の心に深く届いたのです。
 後日、ラッパ隊のメンバーに活動について尋ねてみると、驚くべき返答が返ってきました。なんと、私が見たあの日の演奏が、佐呂間町消防団ラッパ隊にとって「最後の日」だったというのです。
 二度と聴くことのできない、最後の演奏に立ち会ったことになります。一つの文化活動が消滅してしまうのは、非常に寂しく、残念なことです。活動の継続には組織内部の様々な困難があるのでしょうが、それを支える外部からの応援もまた、十分ではなかったのかもしれない……。失われゆく音を思い返し、そんな風に推察しています。

佐呂間町広報 第319号(昭和59年5月発行)

消防団ラッパ隊演奏曲

 佐呂間町消防団ラッパ隊の活動が途絶えてから、早いもので20年近い歳月が流れようとしています。
 消えゆく記憶を少しでも記録に留めたいという思いから、当時、PTA会員として活動を共にし、ラッパ隊員でもあったY氏に連絡を取ってみました。失われた文化の輪郭をなぞるべく、当時の活動の様子や、奏者としての想いについてお話を伺うことにしたのです。

 Y氏は農業を家業(カボチャ生産が主と記憶)とする方で、PTA役員そして獅子舞(地域の大事な文化活動)、消防団活動等に熱心に取り組まれている方です。本人曰く「ラッパ隊活動は余り熱心ではなかったもので、記憶が曖昧」とのことですがいくつか大切なことを思い出していただきました。

  • 譜面は無かったと記憶しています。曲を覚えて、音をだす。だけでした

  • 曲名は覚えていません。敬礼・黙祷・行進の3つだったような。

  • 譜面は持ってはおりません

  • ラッパ隊が解散した時にラッ パは回収されました。

  • 遠軽地区消防広域組合のなかでラッパ隊があったのは、佐呂間消防団だけでした。

  • 「 地域活動も辞めるのは簡単ですが、何かを続けるのはとても大変なことですね 。」

敬礼

 YouTube音源を聞いてもらったところ、間違いなく「敬礼」 譜例 1はこの曲だとのことでした。

消防ラッパ譜 「観閲者に対する敬礼」 (譜例 1)
陸上自衛隊隊歌集 改訂3版 1990 「栄光」

黙祷

 少し違っているような気がしますとのことですが、消防ラッパ譜で「黙祷」に該当するのは「霊祀譜れいしふ 譜例 2と思われます。

消防ラッパ譜 「霊祀譜」 (譜例 2)
陸上自衛隊隊歌集 改訂3版 1990 「みくにの盾(巡附じゅんぷの際用いる)」

行進

 少し違っているような気がしますとのことですが、消防ラッパ譜で「行進」に該当するのは「速あし行進」 譜例 3ではないかと推察します。

消防ラッパ譜 「速あし行進」(譜例 3)

陸上自衛隊の「速足行進 第1」に同じ。

追加記述

 2026年2月18日(水)に月に一度の散髪に佐呂間町の理髪店に行きました。現役W消防団分団長との会話からラッパ隊の演奏曲についての情報をえることができました。
 1) 国旗を掲揚する時の曲があった。
 2)「ぶっか」という追悼式の時に演奏していた曲があった。
 3) 行進の時の曲があった。

 どんな感じか覚えていれば歌ってみるように依頼しましたが、それは困難でした。

1)は、もしやと思ってラッパ譜「君が代」を歌って聞かせたところ、「その曲です。」と即答でした。
 それは、消防ラッパ譜「国旗に対する敬礼」 譜例 4です。

国旗に対する敬礼 譜例 4

2)は、低い音からゆっくり始まる重々しい曲だった。
 それは、おそらく消防ラッパ譜「葬送」 譜例 5です。

葬送 譜例 5

まとめ

 私の住む地域には、もともとラッパの文化がほとんど存在していませんでした。だからこそ、これまでラッパは、私にとってどこか遠い存在であり、意識の外に置かれていたのだと思います。しかし、身近な出来事や人の記憶を手がかりに、その歴史を辿り始めてみると、思いがけない発見が次々と現れました。
 中学生時代に目にした陸上自衛隊ラッパ隊の演奏、そして40年後、佐呂間町消防団ラッパ隊の「最後の一日」に偶然立ち会った経験。さらに今回、Y氏の記憶をもとに調査を進めるなかで、消防の「霊祀譜」と自衛隊の「みくにの盾」が同系の音楽であることが見えてきたことは、個々に存在していた出来事や音が、一本の歴史として繋がっていく感覚を与えてくれました。
 地域からラッパの音が消えてしまったことは、やはり寂しい現実です。しかし、その背景にあった活動のあり方や、どのような曲が、どのような場面で演奏されていたのかを、わずかでも記録として留めることができたことは、大きな意味を持つと感じています。譜面が残らず、記憶だけが頼りとなる文化であったからこそ、今、こうして言葉にしておくことの重要性も、改めて実感しました。

 「地域活動も、辞めるのは簡単だが、何かを続けるのはとても大変だ」というY氏の言葉は、ラッパ隊に限らず、あらゆる地域文化に通じる重みを持っています。その言葉を胸に刻みながら、これからも興味の赴くままに、日本のラッパの足跡を追い続けていきたいと思います。

HIRAIDE HISASHI


【日本のラッパの起源と進化】シリーズ 1〜30

日本のラッパの起源と進化】 - その1
 
― フランス軍事顧問団とギュティグの役割 ―
日本のラッパの起源と進化】 - その2
 
― 二度来日したラッパ伍長ギュティグ ―
日本のラッパの起源と進化】 - その3
 
― 喇叭譜号 全 (一般信号) ―
日本のラッパの起源と進化】 - その4
 
― 喇叭譜号 全 (運動合図信号) ―
日本のラッパの起源と進化】 - その5
 ― 喇叭譜号 全 (三重奏と部隊信号) ―
日本のラッパの起源と進化】- その6
 
― 『英国歩兵練法』慶応2年の喇叭合圖 ―
日本のラッパの起源と進化】- その7
 ― 『英国歩兵練法』とフェントン ―
日本のラッパの起源と進化】- その7 - 2
 
― 『英国歩兵練法』とフェントン (改訂版) ―
日本のラッパの起源と進化】- その8
 ― 『英国尾栓銃練兵新式』と『英国銃隊練法』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その9
 
― 『旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その10
 
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その1 ―
日本のラッパの起源と進化】- その11
 
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その2 ―
日本のラッパの起源と進化】- その12
 ― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その3 ―
日本のラッパの起源と進化】- その13
 
― 『諸外国の「食事ラッパ譜」』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その14
 
― 『日本の「食事ラッパ譜」』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その15
 
― 『駆歩行進』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その16
 ― 『北海道のラッパ』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その17
 ― 『浜松まつりのラッパ』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その18
 ― 『おかえり祭りは二種類ラッパが交互に響く』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その19
 ― 『美川で最初に吹き鳴らされたラッパ譜』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その20
 ― 『音商標への登録』 ―
日本のラッパの起源と進化】- 番外編
 ― 『ビューグル』 ― 《BandLifeWorld版》
日本のラッパの起源と進化】- その21
 ― 偕行文庫の『陸海軍喇叭譜』―
日本のラッパの起源と進化】- 番外編
 ― 『ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その22
 ― 『イタリア・トリノの消灯ラッパ』―
日本のラッパの起源と進化】- その22 改訂版
 ― 『夜空のトランペットのルーツ』―
日本のラッパの起源と進化】- その23
 ― 『朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史 』―
日本のラッパの起源と進化】- その24
 ― 『いまさらですが「らっぱ」って何ですか』―
日本のラッパの起源と進化】- その25
 ― 『消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録』―
日本のラッパの起源と進化】- その26
 ― 『ながのってすごいぞ/御柱』―
日本のラッパの起源と進化】- その27
 ― 『ながのってすごいぞ―消防:基礎編』―
日本のラッパの起源と進化】- その28
 ― 『ながのってすごいぞ―消防:応用編』―
日本のラッパの起源と進化】- その29
 ― 『戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発』―
日本のラッパの起源と進化】- その30
 ― 『現代音楽作曲家のラッパ譜 ― 黛敏郎と自衛隊儀礼音楽』―
【日本のラッパの起源と進化】- その31
 ― 『(仮)日本のラッパ文化の構造』―

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