『陸海軍喇叭譜 (1885)』 その2
【日本のラッパの起源と進化】- その11
明治18年の制定通達「達乙第154号」を開くと、そこには『陸海軍喇叭譜』という名称とともに、目次構成や運用規則が整然と記されています。しかし、その中心にあるはずの「音」──すなわち号音の旋律が記された1885年当時のオリジナル版には、いまだ辿り着くことができていません。
公的な記録には存在しながら、実物が見当たらない。この奇妙な空白こそが、筆者にとって、日本のラッパ史を読み解くうえで避けて通れない最大の難所なのです。
厚生堂発行『陸海軍喇叭譜』
現在のところ1885年(明治18年)制定通達の『陸海軍喇叭譜』(以下、「陸海軍喇叭譜1885」)そのものは確認できていません。そのため、その12年後の1897年(明治30年)に厚生堂から発行された『陸海軍喇叭譜』(以下、「陸海軍喇叭譜1897」)に収録された譜面が、制定当時の姿を推察するための、唯一にして重要な手がかりとなります。
ところが「陸海軍喇叭譜1897」の解読もまた、一筋縄ではいきません。当時の石版印刷技術の限界によるものか、あるいは長年の保管に伴う劣化、さらには編纂上の課題によるものか、その譜面は判読に多大な困難を伴う状態にあります。
下記に示した「陸海軍喇叭譜1897」の50-51ページから52-53ページには、格段右端に終止線が記されていることからラッパ譜が合わせて24曲記されていると判断できます。それぞれのページ毎に上から順に番号を割り当てて、それぞのラッパ譜を検討することにします。


50ページに収録された号音は、すべてに番号と表題が明記されています。50-1から50-6に至るこれら一連の譜面は、いずれも特定の将兵を個別に呼び出すための信号である「招呼ノ部」に分類されるものです。
このカテゴリーは、軍隊という巨大な組織において、指揮官が特定の職務にある者を的確に召集するために不可欠な役割を担っていました。
第二百九号 輸卒 (50-1)
「輸送を担当する兵士」──糧食や弾薬を運搬する兵士たちを集める際に吹奏される号音です。

第二百十号 駄手 (50-2)
「荷馬を操る兵士」──当時は馬による輸送が主であり、その荷馬を扱う専門の兵士(馬丁 )を呼び出すための号音です。

*1 馬の世話を業とする人。馬の口につけた縄を持って引く者。 現代では厩務員に相当します。
第二百十一号 控兵 (番兵隊) (50-3)
|控兵《こうへい》 : 「予備として待機している兵士」──前線や勤務についている兵に代わって、次に動くべき待機部隊を呼び出すための号音です。
番兵隊 : 「警備・見張りについている部隊」──営門や弾薬庫などを守る番兵たちの交代、あるいは異常発生を知らせるための号音です。

第二百十二号 軍旗送迎隊 (50-4)
「連隊旗(軍旗)を送り迎えする部隊」──軍旗の移動に際し、儀礼や護衛を行う「衛隊」を動かすための号音です。

第二百十三号 週番 (50-5)
「週替わりの当番勤務者」──営内の規律や清掃、食事などを監督する責任者や当番を集めるための号音です。

第二百十四号 罰人 (50-6)
「罰則を受けている者」──処罰や使役に出す際の合図。軍紀に違反し、謹慎や重労働を課せられている兵士たちの行動を統制するための号音です。

51ページに記された号音群を確認すると、「51-1(第二百十五号 分列式)」を除き、他続の譜面には番号や表題が付されていないことがわかります。これらは、いずれも本文の連番体系から外れた位置に配置された、いわば無番号・無表題の譜面です。
これらの譜面が第二百十五号の直後に連続して掲載されていること、また拍子がいずれも同じ二拍子で統一されていることを踏まえると、分列式において用いられた行進曲の別旋律、あるいは運用上のバリエーションとして補足的に収録された可能性が高いと考えられます。
第二百十五号 分列式 (51-1)
「観閲式の際、部隊が受閲者の前を行進する儀式」に用いられる号音。明治18年版では「扶桑歌」の歌詞を伴う行進曲として位置づけられていました。

51-2 無番号・無表題の譜面
「51-2」〜「51-6」は、「第二百十五号 分列式」に続けて掲載された、番号および表題を持たない一連の譜面です。これらの号音は、拍子や配置から見て、分列式に付随する行進旋律を示す資料と考えられます。

51-3 無番号・無表題の譜面

51-4 無番号・無表題の譜面

51-5 無番号・無表題の譜面

51-6 無番号・無表題の譜面

52ページに記された号音群を確認すると、冒頭の「52-1(第二百十六号 徒歩行進)」を除き、他の譜面には番号も表題も記されていないことが分かります。これらは本文の正式な連番体系には含まれない、無番号・無表題の譜面として掲載されています。
これらの譜面が第二百十六号の直後に連続して配置されていること、また拍子がいずれも同じ二拍子で統一されていることから判断すると、徒歩行進に用いられた行進曲のバリエーション(別旋律)である可能性が高いのではないかと考えられます。
第二百十六号 徒歩行進 (52-1)
「歩いて移動する部隊」の歩調を整えるための号音。歩兵部隊などが一斉に行進を開始する際に吹奏される、基本的な行進信号です。

52-2 無番号・無表題の譜面
「52-2」〜「52-6」は、第二百十六号 徒歩行進に続けて掲載された、番号および表題を持たない譜面群。配置および拍子の共通性から、徒歩行進に付随する行進旋律を示す資料と考えられます。

52-3 無番号・無表題の譜面

52-4 無番号・無表題の譜面

52-5 無番号・無表題の譜面

52-6 無番号・無表題の譜面

53ページに収録された号音群は、すべて番号および表題を持たない、無番号・無表題の譜面によって構成されています。いずれも正式な連番体系の中には組み込まれておらず、付録的、あるいは補足的な性格をもつ譜面群であることが読み取れます。
これらの譜面を拍子の点から見ると、53-1から53-4までは八分の六拍子、53-5および53-6は二拍子で記されています。いずれも行進に適した拍子構成であり、旋律の性格や配置のされ方を踏まえると、行進曲として運用された号音である可能性が高いと考えられます。
とりわけ、八分の六拍子による譜面群は、軽快で流動的な歩調を想定した行進用旋律であった可能性があり、一方で二拍子の譜面は、より明確な歩調統制を目的とした行進信号として機能していたと推測されます。これらが特定の号音名を与えられていない点は、制度として固定された信号というよりも、現場の運用に応じて使い分けられていた実践的な行進旋律であったと思われます。
53-1 無番号・無表題の譜面

53-2 無番号・無表題の譜面

53-3 無番号・無表題の譜面

53-4 無番号・無表題の譜面

53-5 無番号・無表題の譜面

53-6 無番号・無表題の譜面

厚生堂発行『陸海軍喇叭譜』に収録された喇叭信号
厚生堂発行の『陸海軍喇叭譜』には、110ページにわたり膨大な数の喇叭譜が収録されています。
その構成は、明治18年の制定通達「達乙第154号」によって定められた「第一号 君が代」から「第二百二十一号 駆歩行進」までの基本221曲を中核としつつ、それに留まらない広がりを見せています。
具体的には、「号外」と明記された信号や、番号・表題を持たない無銘の信号が多数補記されており、これらを含めると、掲載された喇叭信号の総数は実に総数623曲(筆者調べ)にのぼります。この数字は、明治18年の制定から12年を経る間に、軍隊の現場においていかに多様な信号が必要とされ、拡充されていったかを物語る貴重な記録といえるでしょう。
一方で、本書は相沢富蔵 による編集であるものの、喇叭譜がほぼ羅列的に収録されており、番号や表題を持たない無銘の信号が多数含まれている点は、資料としてやや惜しまれるところでもあります。
*2 相沢富蔵(1855–1915)は、明治時代から大正時代にかけて活動した軍事・兵法関連の編著者で、主に軍隊の教育・訓練に関する実用書を数多く手がけ、当時の兵卒や下士官向けの教科書を多数編纂
陸海軍喇叭譜は「記録に残り、音は揺らぐ」
本章では、1885年(明治18年)の制定通達「達乙第154号」によって制度化された『陸海軍喇叭譜』をめぐり、その実体をいかに捉えるのかという問題に向き合ってきました。制定当時のオリジナルである「陸海軍喇叭譜1885」は、目次構成や運用規則といった制度的枠組みこそ記録に残されているものの、肝心の号音旋律を伝える譜面そのものはいまだ確認されていません。この「制度は見えるが、音が見えない」という状況は、筆者のラッパ研究における根本的な制約であるといえます。
そうした中で、1897年(明治30年)に厚生堂から刊行された「陸海軍喇叭譜1897」は、制定当時の姿を推察するための、現時点で唯一にして最も重要な手がかりとなります。しかし、その譜面は石版印刷技術の限界や経年劣化、さらには編纂上の整理不足といった要因が重なり、判読や体系的理解に大きな困難を伴う資料でもあります。
実際に50〜53ページに収録された譜面を精査すると、番号・表題が明記された正式な号音と、それに続く多数の「号外」的譜面が混在している様子が確認できます。とりわけ「招呼ノ部」に属する号音群は、軍隊組織において、特定の役割を担う将兵を的確に呼び出すための実務的信号として、明確な機能を果たしていたことが読み取れます。一方、分列式や徒歩行進に続く複数の無銘譜は、拍子や配置の共通性から、行進曲の旋律的バリエーションとして運用されていた可能性が高いと考えられます。
このような構成は、厚生堂版『陸海軍喇叭譜』全体にも共通して見られる特徴でもあります。基本221曲という制度上の枠組みを核としながらも、「号外」や無銘譜を含めることで、収録曲数は実数で623曲(筆者調べ)にまで膨らんでいます。この事実は、明治18年の制定以降、軍隊の現場において必要とされる信号が、実務的要請に応じて急速に多様化・増殖していったことを如実に物語っています。
その一方で、相沢富蔵による編集方針は、喇叭譜を網羅的に集成することを優先するあまり、番号や表題、用途の整理が十分になされていない側面も否定できません。そのため本書は、制度史的理解には有用である一方、号音体系の全体像を一望する資料としては、慎重な読み解きを要する性格を併せ持つものとなっています。
以上の検討から明らかなように、『陸海軍喇叭譜』は、制度と現場、規範と運用のあいだで生じる変化や調整の過程そのものを写し取った資料であるといえます。ラッパ信号が時代とともに変化してきたことは、確かな事実です。明治18年の制定通達は、それまでフランス系・イギリス系という複数の系譜のもとで揺れていた体系を、制度として一度は統一しようとする試みでした。
しかし、その統一は固定された完成形を意味するものではありませんでした。制度を設計する側が描く理想的な体系と、日々の軍務を担う現場が求める実用性とのあいだには、常に隔たりが存在します。その結果、一度は定められた号音も、運用の過程で旋律の増補や変形、さらには「号外」としての派生を生み出し続けることになります。
すなわち、ラッパ信号とは、制度化された後も不変の形で固定されるものではなく、制度と現場の相互作用の中で「揺らぎ続ける」存在であったと捉えることができるのです。

関連項目
【日本のラッパの起源と進化】シリーズ 1〜32
【日本のラッパの起源と進化】 - その1
― フランス軍事顧問団とギュティグの役割 ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その2
― 二度来日したラッパ伍長ギュティグ ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その3
― 喇叭譜号 全 (一般信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その4
― 喇叭譜号 全 (運動合図信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その5
― 喇叭譜号 全 (三重奏と部隊信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その6
― 『英国歩兵練法』慶応2年の喇叭合圖 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7
― 『英国歩兵練法』とフェントン ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7 - 2
― 『英国歩兵練法』とフェントン (改訂版) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その8
― 『英国尾栓銃練兵新式』と『英国銃隊練法』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その9
― 『旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その10
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その1 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その11
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その2 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その12
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その3 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その13
― 『諸外国の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その14
― 『日本の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その15
― 『駆歩行進』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その16
― 『北海道のラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その17
― 『浜松まつりのラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その18
― 『おかえり祭りは二種類ラッパが交互に響く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その19
― 『美川で最初に吹き鳴らされたラッパ譜』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その20
― 『音商標への登録』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その21
― 偕行文庫の『陸海軍喇叭譜』―
【日本のラッパの起源と進化】- その22
― 『イタリア・トリノの消灯ラッパ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その22 【改訂版】
― 『夜空のトランペットのルーツ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その23
― 『朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史 』―
【日本のラッパの起源と進化】- その24
― 『いまさらですが「らっぱ」って何ですか』―
【日本のラッパの起源と進化】- その25
― 『消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録』―
【日本のラッパの起源と進化】- その26
― 『ながのってすごいぞ/御柱』―
【日本のラッパの起源と進化】- その27
― 『ながのってすごいぞ―消防:基礎編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その28
― 『ながのってすごいぞ―消防:応用編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その29
― 『戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発』―
【日本のラッパの起源と進化】- その30
― 『現代音楽作曲家のラッパ譜 ― 黛敏郎と自衛隊儀礼音楽』―
【日本のラッパの起源と進化】- その31
― 平戸に響いたファンファーレ ― ザビエル来航とポルトガル人の歓迎
【日本のラッパの起源と進化】- その32
北海道の夜明けを告げた響き ── 屯田兵第四大隊とラッパ譜
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル』 ― 《BandLifeWorld版》
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『信号ラッパの旋律はどこへ向かったのか ─ 軍事・芸術・大衆文化の交差点』―
