『喇叭符号 全』 - 2
【日本のラッパの起源と進化】 - その4
慶応三年に出版された木版教本 (2)
1973年1月に刊行された山口常光著の「日本ラッパ史」には、日本最初のラッパ譜教本と紹介されている「喇叭譜号 全」の全ページにおよぶ写真資料が掲載されています。本稿ではこの教本について【日本のラッパの起源と進化】 - その3に引き続きその詳細を検討していきます。
幕末のフランス軍事伝習と『喇叭譜号 全』
刊行の背景と経緯
江戸幕府の終焉にあたる慶応3年(1867年)、幕府が招聘した第一次フランス軍事顧問団による軍事教練が開始されました。この伝習において、フランス軍のギュティグ伍長がラッパ信号の技術指導を担い、その教授内容を幕府歩兵指図役頭取の田邊良輔が整理・編纂したものが、日本最初のラッパ譜教本『喇叭譜号 全』です。
近代軍制におけるラッパの役割
通信技術が未発達な当時、ラッパは大規模な集団を統制するための不可欠な手段でした。日常の起居から戦闘指揮まで、音響信号によって指揮官の命令を瞬時に広範囲へ伝え、多数の兵員を同期させ、士気を高める極めて効率的な運用が行われました。
『喇叭譜号 全』の構成
山口常光『日本ラッパ史』に掲載された資料によれば、本書は「軽歩兵大隊教練之号音」という扉で始まります。内容は簡便な楽譜の読み方を解説した「符号理解」に加え、「一般信号21曲」「運動合図信号23曲」「三重奏3曲」の計47曲のラッパ譜で構成されており、伝習の内容を広く共有し継続運用するための実用的な教本となっていました。
一般信号21曲
前稿「【日本のラッパの起源と進化】―その三」では、『喇叭譜号 全』に収録された「一般信号(日課信号)二十一曲」について、各曲ごとに対応するフランス軍の教本・軍事資料を丹念に照合し、その出典関係を検討してきました。
その結果、『喇叭譜号 全』が単一の教本を底本として成立したものではなく、複数のフランス軍資料を横断的に参照しつつ編纂されたものであること、そして幕末期の日本におけるラッパ信号受容が、決して表層的な模倣にとどまらない、実務的かつ選択的なものであったことが明らかとなりました。
実務・簡易教本資料への依拠
これまでの分析の結果、『喇叭譜号 全』の構成は、簡潔さと即用性を重視した「簡易教本(petite méthode)」の系統に、より強く連なるものであることが明らかとなりました。
これらのフランス軍ラッパ教本はいずれも、三〇〜四〇頁前後の小冊子として編まれており、内容面においても理論的説明や体系的解説を最小限にとどめ、日常勤務や部隊運用の現場で即座に用いられる信号の習得を主眼としている点で共通しています。
『喇叭譜号 全』に見られる編集方針 ―簡潔な譜形、最小限の注記、実用信号への集中― は、まさにこの実務優先型教本の伝統を継承したものと位置づけることができます。
楽曲構成の共通性 「旗」「陣営」「退歩」などの主要信号において、『喇叭譜号 全』が採用しているのは、クロドミールに見られる比較的長尺な譜例ではなく、四〜一〇小節程度にまとめられた簡潔な構成です。
この点は、戦場や日常勤務における即時性・判別性を重視するフランス軍の実務的運用と軌を一にするものであり、音楽的完成度よりも「誤認されず、迅速に伝わる」ことを最優先する軍事信号本来の性格を強く反映しています。最新形式の導入 一部の楽曲(たとえば「十七・順序」)が、後年に刊行されたフランス軍公式譜(Louis, 1884)と一致する点は、特に注目すべきです。
これは、『喇叭譜号 全』が単に古い教本を翻案したものではなく、当時のフランス軍においてすでに標準化されていた「実戦・実務上の最新形式」をも取り込んでいることを示しています。この事実は、フランス第二次軍事顧問団に参加したギュティグ(Guttig)が、当時の現役軍人として実際に運用されていた信号体系を日本にもたらした可能性を強く示唆するものです。
徹底した実用化と簡略化
『喇叭譜号 全』の譜面における最大の特徴は、アーティキュレーションや強弱記号といった音楽的指示が、ほぼ全面的に省略されている点にあります。
これは編纂者・田邊良輔が、音楽的素養の有無にかかわらず、全隊員が短期間で信号を理解し、運用できることを最優先した結果とかんがえられます。
音楽的表現を意図的に排し、「情報伝達」という機能に徹底的に特化させたこの編集方針は、近代軍制を急速に導入しつつあった明治初期の状況において、極めて合理的な判断であったと評価できます。
受容の実態と独自性
前稿での検討を通じて、不詳曲とされてきた信号の出典が特定されたことにより、幕末・明治初期の日本軍が、日常行動信号のみならず、「拝命布達」や「礼拝」といったフランス式の儀礼信号までも包括的に導入していた実態が明らかとなりました。
一方で、標準的なフランス軍教本には確認できない「単身合図」の存在は、極めて示唆的である。これは日本独自の運用であった可能性、あるいはギュティグが属していた近衛猟兵(chasseurs à pied)特有の部隊慣習が反映された結果とも考えられます。
この点において『喇叭譜号 全』は、単なる翻訳書ではなく、フランス軍の実務的軍事技術が日本の状況に適応されつつ受容された「生きた伝承記録」としての独自性を有していると言えます。
運動ノ合図23曲
山口常光氏の「日本ラッパ史」には23曲の「運動ノ合図」譜と記されています。しかし、実際には同番号で複数曲が示されている箇所があるため、「運動ノ合図」の項には計31曲が掲載されています。

中村理平氏は『喇叭譜号』の原典を『クロドミール(1865年)』と指摘していますが、詳細な比較により無視できない相違点も判明しました。そのため本稿では、他の教則本も比較対象に加え、多角的に検証を行います。
一. 気ヲ着(気をつけ)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、アドリアン・ラガール(Adrien Jean Joseph Marie Lagard)著『 Méthode de clairon d’ordonnance』(信号ラッパ教本)(以下、Lagard 1869)の「ÉCOLE DES TIRAILLEURS」(歩兵散兵)指導曲の中にあります。


二. 行 進(前進)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点は、これまでの項目で指摘してきたアーティキュレーションやダイナミクスの有無、3小節目2拍目・6小節目2拍裏・7小節目1泊目裏音の違い、そして何よりも曲の長さです。


曲の長さを含め、ラガールの教本(Lagard 1869)との共通点が極めて多いことが確認できます。

三. 合図・小隊合図

三-a. 第1小隊
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(以下、Lagard 1869)大隊ごとの各中隊の識別信号(BEFRAINS DES DIVERSES COMPAGNIES PAR BATAILLON)に同曲が記されています。


三-b. 第2小隊
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)にリズム異なる似た曲が記されています。


三-c. 第3小隊
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)にリズム異なる似た曲が記されています。


三-d. 第4小隊
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)の該当番号の譜は後半箇所のリズム・音程が全く異なります。


三-e. 第5小隊
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)に同曲が記されています。


三-f. 第6小隊
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)にリズム異なる似た曲が記されています。


三-g. 第7小隊
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)にリズム異なる似た曲が記されています。


三-h. 短銃兵・短銃小隊ノ合図
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)に同じ曲が記されています。


クロドミールの教本(Clodomir 1865)のLE LE RÉVEI(起床)曲頭2小節はこの三-hと同曲ですが3小節目以降は全く異なっています。

四. 剣附ケ(着剣)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)ÉCOLE DES TIRAILLEURS(軽歩兵育成学校ラッパ信号の部)に同じ曲が記されています。


五. 取 剣(脱剣)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)ÉCOLE DES TIRAILLEURS(軽歩兵育成学校ラッパ信号の部)に同じ曲が記されています。


六. 駈 足(駆け足)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点については、これまでの項目で指摘してきたアーティキュレーションやダイナミクスの有無といった傾向と同様です。


七. 早 駈(急歩)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点は曲頭音の音程です。他にはこれまでの項目で指摘してきたアーティキュレーションやダイナミクスの有無といった傾向と同様です。
曲頭音について他の教本、例えばラガールの教本(Lagard 1869)もC音開始で、「喇叭譜号」意外のE音開始教本は、見ることができていません。



八. 撒 開(さっかい:散兵)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)ÉCOLE DES TIRAILLEURS(軽歩兵育成学校ラッパ信号の部)に同じ曲が記されています。


九. 前行進(前進)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点はこれまでの項目で指摘してきたアーティキュレーションやダイナミクスの有無といった傾向と同様です。


十. 後下レ(後退)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点はこれまでの項目で指摘してきたアーティキュレーションやダイナミクスの有無といった傾向と同様です。


十一. アルト(停止)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点はこれまでの項目で指摘してきたアーティキュレーションやダイナミクスの有無といった傾向と同様です。


十二. 右向ケ進(右へ進め)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点は、5小節目音G、C音の違いの他、これまでの項目で指摘してきたアーティキュレーションやダイナミクスの有無といった傾向、そして、後半部分のテンポのレント(Lent)指定です。


十三. 左向ケ進(左へ進め)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点は、これまでの項目で指摘してきたアーティキュレーションやダイナミクスの有無といった傾向、そして、後半部分のテンポのレント(Lent)指定です。


十四. 打カゝレ(撃て)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点は、これまでの項目で指摘してきたアーティキュレーションやダイナミクスの有無といった傾向です。


十五. 打方止メ(撃ち方やめ)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点は、ダイナミクスの有無、そしてリズムの相違です。


十六. 右二向ヲ換(右に方向転換)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)ÉCOLE DES TIRAILLEURS(軽歩兵育成学校ラッパ信号の部)に同じ曲が記されています。


十七. 左二向ヲ換(左に方向転換)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)ÉCOLE DES TIRAILLEURS(軽歩兵育成学校ラッパ信号の部)に同じ曲が記されています。


十八. 寝ロ(伏せ)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)ÉCOLE DES TIRAILLEURS(軽歩兵育成学校ラッパ信号の部)に同じ曲が記されています。


十九. 起ロ(立て)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)ÉCOLE DES TIRAILLEURS(軽歩兵育成学校ラッパ信号の部)に同じ曲が記されています。


二十. 四人集レ(分隊集結)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、BATAILLONS MARINSバタイヨン・マラン(水兵大隊)編|Méthode adoptée pour l'étude des sonneries dans les bataillons de marins fusiliers et les compagnies de débarquement《メソッドゥ ア ドプテ プー レテュードゥ デ ソンヌリー ダン レ バタイヨン ドゥ マラン フュジリエ エ レ コンパニー ドゥ デバルクモン》(水兵歩兵大隊および上陸部隊における信号ラッパ習得のための採用教本)(1864年、以下MARINS 1864)に同様譜があります。


二十一. 央集レ(中央集結)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、水兵歩兵大隊教本(MARINS 1864)に似た曲が記されています。


二十二. 副集レ(予備隊集結)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ティリアールの教本(Tylliard 1857)に同曲が記されています。なお、アーティキュレーション指定にわずかな相違もあります。


二十三. 大隊集レ(大隊集結)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)ÉCOLE DES TIRAILLEURS(軽歩兵育成学校ラッパ信号の部)に後半が四分の二拍子となる曲が記されています。同様の拍子変化は水兵歩兵大隊教本(MARINS 1864)と同様です。



二十四. 大隊集合(大隊整列)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、水兵歩兵大隊教本(MARINS 1864)に7小節目3拍目のリズムが異なる以外は同じ曲が記されています。なお、ラガールの教本(Lagard 1869)とも異なります。



『喇叭譜号 全』における「運動ノ信号」の原典に関して
慶応3年(1867年)に刊行された『喇叭譜号 全』の「運動ノ信号」は、従来、クロドミール(Clodomir, 1865)の教則本を基礎とした体系的翻訳と理解されてきました。しかし、収録された全31曲(山口常光氏が『日本軍隊ラッパ史』で挙げた23曲に加え、内包された小隊別信号等を含む)を精査すると、その内容は単一の既知資料とは合致しない、極めて特殊な構成であることが明らかとなりました。
比較研究の結果、ここにはクロドミール系の行進信号のみならず、ラガール(Lagard, 1869)に代表される軽歩兵系の信号、1864年制定の『海兵歩兵大隊および陸戦隊教本』に見られる集合信号、さらにはティアード(Tilliard, 1857)系の要素が混在しています。
編纂者の田辺良輔氏による記譜には、音楽理論上の基礎的な誤謬が散見されます。この事実は、日本側が複数の資料を高度に取捨選択して再編した可能性を否定するものです。むしろ、「これら複数系統の信号をあらかじめ網羅・集約していた、未見のフランス軍信号教則本」が当時持ち込まれており、その全容、あるいは特定セクションのすべてが、木版によって克明に刻印されたものと推察されます。
以上のことから、『喇叭譜号 全』は日本独自の実務的編纂物ではなく、当時のフランスにおける実用的な信号体系をパッケージ化した「未知の原典」を忠実に翻刻した資料であると位置づけることができます。
*喇叭譜号「三重奏」と「部隊信号」の検討は、【日本のラッパの起源と進化】 - その5で記述予定です。
【日本のラッパの起源と進化】シリーズ 1〜30
【日本のラッパの起源と進化】 - その1
― フランス軍事顧問団とギュティグの役割 ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その2
― 二度来日したラッパ伍長ギュティグ ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その3
― 喇叭譜号 全 (一般信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その4
― 喇叭譜号 全 (運動合図信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その5
― 喇叭譜号 全 (三重奏と部隊信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その6
― 『英国歩兵練法』慶応2年の喇叭合圖 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7
― 『英国歩兵練法』とフェントン ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7 - 2
― 『英国歩兵練法』とフェントン (改訂版) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その8
― 『英国尾栓銃練兵新式』と『英国銃隊練法』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その9
― 『旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その10
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その1 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その11
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その2 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その12
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その3 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その13
― 『諸外国の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その14
― 『日本の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その15
― 『駆歩行進』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その16
― 『北海道のラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その17
― 『浜松まつりのラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その18
― 『おかえり祭りは二種類ラッパが交互に響く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その19
― 『美川で最初に吹き鳴らされたラッパ譜』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その20
― 『音商標への登録』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル』 ― 《BandLifeWorld版》
【日本のラッパの起源と進化】- その21
― 偕行文庫の『陸海軍喇叭譜』―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その22
― 『イタリア・トリノの消灯ラッパ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その22 【改訂版】
― 『夜空のトランペットのルーツ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その23
― 『朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史 』―
【日本のラッパの起源と進化】- その24
― 『いまさらですが「らっぱ」って何ですか』―
【日本のラッパの起源と進化】- その25
― 『消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録』―
【日本のラッパの起源と進化】- その26
― 『ながのってすごいぞ/御柱』―
【日本のラッパの起源と進化】- その27
― 『ながのってすごいぞ―消防:基礎編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その28
― 『ながのってすごいぞ―消防:応用編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その29
― 『戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発』―
【日本のラッパの起源と進化】- その30
― 『現代音楽作曲家のラッパ譜 ― 黛敏郎と自衛隊儀礼音楽』―
【日本のラッパの起源と進化】- その31
― 『(仮)日本のラッパ文化の構造』―
