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木版教本 『喇叭譜号 全』 - 3

【日本のラッパの起源と進化】 - その5
三重奏と部隊信号

 日本最初のラッパ教本である『喇叭譜号 全』は、慶応三年(1867年)に木版刷りで刊行されました。本書は、第一次フランス軍事顧問団に所属したギュディグ伍長によるラッパ教授の際のテキストとして用いられた可能性が高いと考えられます。
 本稿では『喇叭譜号 全』に記載のラッパ信号のうち未検討の「三重奏」と「各部隊別ラッパ信号」を見ていきます。


合図 三音整備

 この「合図」は、「命令・動作を伝えるための音信号」の意味、「三音整備」は「三音 *1が完全に整っていなければ成立しない」の意味と思われます。
 以上の宣言表題に続き第1曲「陣営」の三重奏が記されています。なお、確認できたフランスのラッパ教本に二重奏・四重奏を見ることはできましたが、どこにも三重奏曲を見つけることができていません。

*1 狭い意味でのソ(第3倍音)・ド(第4倍音)・ミ(第5倍音)の3音のこと、実際はド(第2倍音)・ソ(第6倍音)も含まれた楽譜です。

陣営

 「陣営」は『一般ノ号 五. 陣営』が三重奏になっています。

喇叭譜号  五. 陣営
陣営

早足

 「早足」は『一般ノ号 六. 早足』が三重奏になっています。

喇叭譜号  六. 早足
早足

退軍

 「退軍」は『一般ノ号 十. 退歩』のサイズが拡張されたClodomir 1865 (La Retraite)同曲が三重奏になっています。『一般ノ号』での「退歩」が三重奏では「退軍」となっていますが、その曲名違いとなる理由は不明です。

喇叭譜号  十. 退歩
Clodomir 1865 La Retraite

 『合音 三音整備 退軍』11小節目にセーニョ、26小節目に不明な記号が記されています。Clodomir 1865 (La Retraite)を見ると、不明記号はFineあるいはそれを記す記号だとわかります。

11小節目(左) と 26小節目(右) に記された記号
退軍

軽歩兵 二十大隊合図・号音

 クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)軽歩兵大隊のためのラッパ譜(SONNERIES. REFRAINS DIFEERENTS POUR LES 20 BATAILLONS DE CHASSEURS A PIED.)に全てのラッパ信号が記載されています。

各大隊の号音

第一大隊
Lagard 1869 1°Bataillon (大隊)
第二大隊
Lagard 1869 2°Bataillon
第三大隊
Lagard 1869 3°Bataillon
第四大隊
Lagard 1869 4°Bataillon
第五大隊
Lagard 1869 5°Bataillon
第六大隊
Lagard 1869 6°Bataillon
第七大隊
Lagard 1869 7°Bataillon
第八大隊
Lagard 1869 8°Bataillon

 第九大隊の3小節目1拍目の音が『喇叭譜号 全』ではC、Lagard 1869ではE音と異なっています。

第九大隊
Lagard 1869 9°Bataillon
第十大隊
Lagard 1869 10°Bataillon
第十一大隊
Lagard 1869 11°Bataillon
第十二大隊
Lagard 1869 12°Bataillon
第十三大隊
Lagard 1869 13°Bataillon
第十四大隊
Lagard 1869 14°Bataillon
第十五大隊
Lagard 1869 15°Bataillon
第十六大隊
Lagard 1869 16°Bataillon
第十七大隊
Lagard 1869 17°Bataillon
第十八大隊
Lagard 1869 18°Bataillon
第十九大隊
Lagard 1869 19°Bataillon
第二十大隊
Lagard 1869 20°Bataillon

大隊 合図小隊ノ号音

大隊 各小隊の号音

 クロドミールの教本(Clodomir 1865)に該当曲が見当たらず、ラガールの教本(Lagard 1869)大隊ごとの各中隊の識別信号(REFRAINS DES DIVERSES COMPAGNIES PAR BATAILLON)に同曲が記されています。

第一小隊
Lagard 1869 1° Compagnie(第1中隊)
第二小隊
Lagard 1869 2° Compagnie
第三小隊
Lagard 1869 3° Compagnie
第四小隊
Lagard 1869 4° Compagnie
Lagard 1869 5° Compagnie
第六小隊
Lagard 1869 6° Compagnie
第七小隊
Lagard 1869 7° Compagnie

第八小隊

第八小隊
Lagard 1869 8° Compagnie

第九小隊

第九小隊
Lagard 1869 9° Compagnie

第十小隊

第十小隊
Lagard 1869 10° Compagnie

『喇叭譜号 全』と未発見フランス軍ラッパ教本

軽歩兵識別号音に見る編纂底本

 慶応3年(1867年)に刊行された『喇叭譜号 全』は、「符号理解」「一般ノ号」「運動ノ合図」「三重奏」、そして「各部隊信号」の5部で構成されています。各章の分量を見ると、「符号理解」に割かれた半ページを除き、「一般ノ号」と「運動ノ合図」がそれぞれ約10ページ、「三重奏」が8ページ、そして「各部隊信号」が6ページを占めています。

 本稿で検討対象とする後半6ページの「各部隊信号」には、軽歩兵第20大隊(20 Bataillons de Chasseurs à pied)の識別信号として、各大隊および各大隊内の各中隊における識別譜(Refrains)が体系的に記載されています。これらの内容を詳細に検討した結果、音型・配列・構成のいずれにおいても、そのすべてが第一次フランス軍事顧問団の来日以後にフランスで刊行されたラガールの教則本(Lagard, 1869)の記載内容と完全に一致することが確認されました。

 しかしながら、『喇叭譜号 全』の刊行は1867年であり、ラガール教本の出版よりも2年早い時期に位置しています。編纂者である田辺良輔氏の記譜には、当時の日本における音楽理論受容の段階を反映した基礎的な誤謬が散見されることから、日本側が複数のフランス資料を独自に取捨選択し、体系的に再構成したとは考えにくい状況にあります。むしろ、内容が一致するにもかかわらず年代が逆転しているという事実は、ラガール教本が刊行される以前に、同内容をすでに包含した「未知の原典」がフランス軍内に存在しており、それが軍事顧問団によって日本へ持ち込まれたことを示唆しています。

 特に注目すべきは、各大隊・各中隊という細分化された部隊識別譜が、欠けることなく網羅されている点です。このような緻密な構成は、断片的な聞き取りや個別の書き留めによって再現できるものではなく、完成された教則本の全体、あるいは少なくとも特定セクションを構成する全ページが、木版によって忠実に刻印・翻刻された可能性を強く示しています。

 以上の点から、『喇叭譜号 全』の底本は、第一次フランス軍事顧問団が来日時あるいは滞在時に携行していた、現在は未発見のフランス軍公式教則本、もしくは部隊用教育資料であった可能性が極めて高いといえます。本書は、当時のフランス軍における最新かつ実務的な信号体系を、ほぼ欠落なく日本へ移植した貴重な翻刻資料として、あらためて評価されるべきでしょう。


【日本のラッパの起源と進化】シリーズ 1〜30

日本のラッパの起源と進化】 - その1
 
― フランス軍事顧問団とギュティグの役割 ―
日本のラッパの起源と進化】 - その2
 
― 二度来日したラッパ伍長ギュティグ ―
日本のラッパの起源と進化】 - その3
 
― 喇叭譜号 全 (一般信号) ―
日本のラッパの起源と進化】 - その4
 
― 喇叭譜号 全 (運動合図信号) ―
日本のラッパの起源と進化】 - その5
 ― 喇叭譜号 全 (三重奏と部隊信号) ―
日本のラッパの起源と進化】- その6
 
― 『英国歩兵練法』慶応2年の喇叭合圖 ―
日本のラッパの起源と進化】- その7
 ― 『英国歩兵練法』とフェントン ―
日本のラッパの起源と進化】- その7 - 2
 
― 『英国歩兵練法』とフェントン (改訂版) ―
日本のラッパの起源と進化】- その8
 ― 『英国尾栓銃練兵新式』と『英国銃隊練法』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その9
 
― 『旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その10
 
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その1 ―
日本のラッパの起源と進化】- その11
 
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その2 ―
日本のラッパの起源と進化】- その12
 ― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その3 ―
日本のラッパの起源と進化】- その13
 
― 『諸外国の「食事ラッパ譜」』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その14
 
― 『日本の「食事ラッパ譜」』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その15
 
― 『駆歩行進』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その16
 ― 『北海道のラッパ』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その17
 ― 『浜松まつりのラッパ』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その18
 ― 『おかえり祭りは二種類ラッパが交互に響く』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その19
 ― 『美川で最初に吹き鳴らされたラッパ譜』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その20
 ― 『音商標への登録』 ―
日本のラッパの起源と進化】- 番外編
 ― 『ビューグル』 ― 《BandLifeWorld版》
日本のラッパの起源と進化】- その21
 ― 偕行文庫の『陸海軍喇叭譜』―
日本のラッパの起源と進化】- 番外編
 ― 『ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その22
 ― 『イタリア・トリノの消灯ラッパ』―
日本のラッパの起源と進化】- その22 改訂版
 ― 『夜空のトランペットのルーツ』―
日本のラッパの起源と進化】- その23
 ― 『朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史 』―
日本のラッパの起源と進化】- その24
 ― 『いまさらですが「らっぱ」って何ですか』―
日本のラッパの起源と進化】- その25
 ― 『消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録』―
日本のラッパの起源と進化】- その26
 ― 『ながのってすごいぞ/御柱』―
日本のラッパの起源と進化】- その27
 ― 『ながのってすごいぞ―消防:基礎編』―
日本のラッパの起源と進化】- その28
 ― 『ながのってすごいぞ―消防:応用編』―
日本のラッパの起源と進化】- その29
 ― 『戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発』―
日本のラッパの起源と進化】- その30
 ― 『現代音楽作曲家のラッパ譜 ― 黛敏郎と自衛隊儀礼音楽』―
【日本のラッパの起源と進化】- その31
 ― 『(仮)日本のラッパ文化の構造』―

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