朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史
愛媛県今治市菊間町では、毎年10月中旬(第3日曜)に「菊間祭り(お供馬の走り込み)」が開催されます。賀茂神社祭礼の土・日曜日の朝は、「一番ラッパ」と称される「起床ラッパ」で始まります。祭礼の始まりがラッパによって告知される点は、「美川おかえり祭り」の朝に最初に鳴り響く「集合ラッパ」と共通しています。なお、「菊間祭り」では、「二番ラッパ」と称される「集合ラッパ」も吹き鳴らされます。
お祭りの朝は特別な一日の始まりでしょう。しかし、ラッパが鳴り響くのが日常という環境であれば、毎日の生活の中で最初に耳にするのは「起床ラッパ」ということになります。ラッパ号音が日本に持ち込まれた江戸末期の朝にも「起床ラッパ」が聞こえてきたはずです。
そんな日本で最初に鳴り響いたであろう「起床ラッパ」が、どんな旋律だったのか ― そこから本稿は始まります。
《感謝》日本の祭礼における信号ラッパを研究されているYITKさんの情報による
目覚
『喇叭譜号 全』
第一次フランス軍事顧問団のギュティグ伍長(Guttig, caporal clairon)の教授内容の一端を記したものと考えられる、慶応3年(1867年)刊行の『喇叭譜号 全』では、「起床ラッパ」は「目覚」 と題されています。

この「目覚」は、1857年出版のGeorges Tilliard (生年不詳 - 1913)著のラッパ教本(Méthode pour le clairon simple)に掲載されているNo.8 LE REVEIL と同曲です。LE REVEILの旋律は、200年を経た現在も用いられています。

LE REVEIL
フランス語LE REVEILは、眠りからの目覚めを意味し、転じて比喩的に迷いや夢などからの覚醒も表します。ラッパ号音の表題としては「起床ラッパ」に相当する語といえるでしょう。
このLE REVEILを幕末(慶応3年)に目覚と訳した感覚は、漢語としてすでに存在していた「起床」よりも和語的であり、当時の時代感覚に相応しかったのではと推察されます。
偕行文庫に所蔵される3冊1組の「明治二十年前後の陸海軍ラッパ譜」には、日本語とカタカナによるフランス語対応表を収めた冊子があり、そこに「起床 ― ルレウェー」と記されています。こうした例から見ると、訳語が「目覚」から「起床」へと移行するまでには、それほど長い時間を要しなかったと思われます。
起床
1885年(明治18年)12月3日に制定された『陸海軍喇叭譜』は、陸軍と海軍が共通の喇叭譜を相互に運用することを原則とし、情報伝達における徹底した効率化を志向したものでした。
『陸海軍喇叭譜』
現在筆者が確認できる資料のうち、1885年制定時期に最も近いものと考えられるのは、1897年(明治30年)に厚生堂から発行された『陸海軍喇叭譜』です。そこに記されている「起床」 は、その後、音符のわずかな省略や後半部の約3分の2の省略といった改変を受けながらも、冒頭からの8小節の旋律は1945年(昭和20年)まで継続して用いられました。

1908年(明治41年)発行の『喇叭複音新譜 附・陸軍喇叭譜』 では、音符や小節の省略といった改変は見られません。

『陸軍喇叭譜』
筆者の確認できる範囲では、改変が行われたのは1908年から1910年の間であり、1910年(明治43年)発行の『陸軍喇叭譜』 において、後半部の約3分の2が省略されました。

『標準軍歌集 - 附録・陸海軍喇叭譜』
現在広く知られる「起床ラッパ」の旋律は、1932年(昭和7)発行の『標準軍歌集 - 附録・陸海軍喇叭譜』 において成立したもので、従来用いられていた八分音符による弱起および第4小節第4拍裏の八分音符が省略されています。

『隊員必携』
1945年(昭和20年)の太平洋戦争終結に伴い、陸海軍は解体されました。その後、国際情勢の変化を背景に、サンフランシスコ平和条約および日米安全保障条約の締結を経て、1954年(昭和29年)に陸上・海上自衛隊への改組と航空自衛隊の新設が行われ、現在の自衛隊体制が確立します。
こうした中、1954年発行の『隊員必携』において新たなラッパ譜が整備され、現在も自衛隊で親しまれている「起床」 の号音も定められました。

諸外国の「起床ラッパ」
|LE RÉVEIL《ル レヴェイユ》という、19世紀半ばにフランスで鳴り響いていたラッパ号音は、現在も世界のあちらこちらで「起床ラッパ」として理解されています。この旋律は、1848年にフランス軍の公式信号として採用されたもので、後にアメリカ軍の起床ラッパ(Reveille)のベースとなりました。また、アニメや映画における「朝のシーン」の定番としても、広く知られています。
フランス
YouTubeチャンネル 「Chants des armées françaises」に掲載されているLE RÉVEIL(起床ラッパ) を採譜しました。200年前にフランス軍で鳴り響いていた起床号音響きを、現在も味わうことができます。

スペイン
YouTubeチャンネル 「Ministerio de Defensa」に掲載されているToque de diana(起床ラッパ) を採譜しました。

イギリス
『TRUMPET AND BUGLE SOUNDS FOR THE ARMY
with Instructions for the Training of Trumpeters and Buglers』(英国陸軍公式のラッパ/ビューグル号音集・奏者訓練教本)に掲載されている起床号音です。
1. 近衛騎兵隊用号音 N0.83 Reveille

2. 歩兵隊用号音 No.129 Reveille
No.130Rouse
YouTubeチャンネル 「piddflicks」ではNo.129の全曲を聴くことができます。また、YouTubeチャンネル 「RIFLES BUGLER」では、通常「ショート・レヴァリ」と呼ばれるNo.130 「Rouse」を聴くことができます。

譜例11左ページの2段目(第4小節以降)に示された旋律 は、一部に省略は見られるものの、1885年制定の『陸海軍喇叭譜発行』に収録された「起床」 (譜例 3)と、基本的に同一の旋律構成を有していると考えられます。
1885年制定にあたって、イギリスのラッパ譜が参照された可能性も想定されますが、現時点では確証を欠いており、あくまで推測の域を出るものではありません。


ロシア
ロシア海軍艦船法典Корабельный уставのСигналы на горне(ラッパ号音)に掲載されている Побудка (起床ラッパ) です。

また、ソ連時代のピオネール(ボーイスカウトに類する青少年組織)のキャンプ等で用いられたラッパ信号Подъем も知られています。この起床ラッパは、陸軍でも使用されるとされています。
YouTubeチャンネル 「ElenaSmith100」をもとに採譜

ドイツ
1. プロイセン歩兵教練書(1810制定/1816年改訂版)に掲載されているZum Aufstehen! Fanfaro!(起床ラッパ吹奏)

2. 狩猟信号ラッパ(Deutsche Jagd(horn)signale)に掲載されている「目覚めのために(高らかに響くモーニングコール)」Zum Wecken (Das hohe Wecken) 」

アメリカ
YouTubeチャンネル 「軍楽隊 - トピック」に掲載されている「Reveille」 を採譜しました。この旋律が最も広く知られている「起床ラッパ」であると思われます。

ビューグル・コール・ラグ
ジャズ・スタンダード・ナンバーの一つとして広く知られるBugle Call Rag(ビューグル・コール・ラグ)は、当初Bugle Call Blues(ビューグル・コール・ブルース)の題名で録音されました。その冒頭で、New Orleans Rhythm Kings(ニュー・オリンズ・リズム・キングス)が奏でている「ビューグル・コール」は、Reveille(起床ラッパ)です。
つまりこの楽曲は、起床ラッパの号音から始まる曲ジャズ作品として世に出たということになります。
その後、Louis Armstrong(ルイ・アームストロング)やBenny Goodman(ベニーグッドマン)をはじめとする多くのジャズマンは、楽曲冒頭の号音をAssembly(集合ラッパ) に置き換えて演奏することがほとんどですが、それでもBugle Call Rag(ビューグル・コール・ラグ)は現在まで演奏され続けています。
『夜空のトランペット「Il Silenzio(イル・シレンツィオ)」』ほどの世界的ヒットには至っていないものの、広く知られていた軍隊号音が楽曲の重要な校正要素を担っているという点で、本曲もまた注目すべき名曲であると言えます。

起床ラッパの成立と変遷
本稿では、日本における「起床ラッパ」の成立と変遷を、幕末から現代に至る史料をもとに辿ってきました。現在も愛媛県今治市の「菊間祭り」において、祭礼の朝を告げる音としてラッパが用いられている例は、この号音が本来備えていた「一日の始まりを告知する音」という性格を、今に伝える貴重な姿であると言えるでしょう。
慶応3年(1867年)刊行の『喇叭譜号 全』において、起床号音が「目覚」と題されていた事実は、日本にラッパが導入された当初、その概念が和語的な感覚で受容されていたことを示しています。また、その旋律が1857年出版のフランス軍信号譜『LE RÉVEIL』と同一であったことから、日本の起床ラッパがフランスを直接の源流としていることも明らかになりました。
その後、明治18年制定の『陸海軍喇叭譜』を経て、表記は「目覚」から「起床」へと転換され、旋律も時代や組織の運用に応じて省略や整理が重ねられていきます。1932年発行の『標準軍歌集』において、現在広く知られる形がほぼ成立し、戦後は自衛隊の号音として再整備されました。こうした変遷は、ラッパ号音が単なる固定された旋律ではなく、制度と運用の中で更新され続ける「生きた信号」であったことを物語っています。
さらに視野を広げると、フランスの『LE RÉVEIL』を起点として、スペインの『Toque de diana』、ロシアやアメリカなど、各国が独自の名称や旋律を持ちながら、「起床を告げる」という共通の役割を担ってきたことが分かります。例えばロシア海軍では、陸軍とは異なる独自の旋律を「Побудка(パブトカ)」として規定しており、同じ機能を持つ号音が、国や軍制ごとに異なる音楽的表現を獲得してきたことがうかがえます。
起床ラッパという明確な機能を持つ号音が、《Bugle Call Rag》のようにジャズ作品の音楽的モチーフとして再解釈され、今日まで演奏され続けている事実は、ラッパ号音が軍事史の枠を超え、音楽文化史の一部としても生き続けていることを示していると言えるでしょう。

HIRAIDE HISASHI
関連項目
【日本のラッパの起源と進化】シリーズ 1〜32
【日本のラッパの起源と進化】 - その1
― フランス軍事顧問団とギュティグの役割 ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その2
― 二度来日したラッパ伍長ギュティグ ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その3
― 喇叭譜号 全 (一般信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その4
― 喇叭譜号 全 (運動合図信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その5
― 喇叭譜号 全 (三重奏と部隊信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その6
― 『英国歩兵練法』慶応2年の喇叭合圖 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7
― 『英国歩兵練法』とフェントン ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7 - 2
― 『英国歩兵練法』とフェントン (改訂版) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その8
― 『英国尾栓銃練兵新式』と『英国銃隊練法』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その9
― 『旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その10
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その1 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その11
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その2 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その12
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その3 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その13
― 『諸外国の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その14
― 『日本の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その15
― 『駆歩行進』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その16
― 『北海道のラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その17
― 『浜松まつりのラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その18
― 『おかえり祭りは二種類ラッパが交互に響く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その19
― 『美川で最初に吹き鳴らされたラッパ譜』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その20
― 『音商標への登録』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その21
― 偕行文庫の『陸海軍喇叭譜』―
【日本のラッパの起源と進化】- その22
― 『イタリア・トリノの消灯ラッパ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その22 【改訂版】
― 『夜空のトランペットのルーツ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その23
― 『朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史 』―
【日本のラッパの起源と進化】- その24
― 『いまさらですが「らっぱ」って何ですか』―
【日本のラッパの起源と進化】- その25
― 『消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録』―
【日本のラッパの起源と進化】- その26
― 『ながのってすごいぞ/御柱』―
【日本のラッパの起源と進化】- その27
― 『ながのってすごいぞ―消防:基礎編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その28
― 『ながのってすごいぞ―消防:応用編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その29
― 『戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発』―
【日本のラッパの起源と進化】- その30
― 『現代音楽作曲家のラッパ譜 ― 黛敏郎と自衛隊儀礼音楽』―
【日本のラッパの起源と進化】- その31
― 平戸に響いたファンファーレ ― ザビエル来航とポルトガル人の歓迎
【日本のラッパの起源と進化】- その32
北海道の夜明けを告げた響き ── 屯田兵第四大隊とラッパ譜
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル』 ― 《BandLifeWorld版》
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『信号ラッパの旋律はどこへ向かったのか ─ 軍事・芸術・大衆文化の交差点』―
