『喇叭符号 全』
【日本のラッパの起源と進化】 - その3
慶応三年に出版された木版教本
1973年1月に発行された山口常光著の「日本ラッパ史」には、日本最初のラッパ譜教本と紹介される「喇叭譜号 全」の全ページを写真撮影した画像が掲載されています。本稿ではこの教本について検討します。
慶応三年出版の木版刷
慶応3年(1867年)は、約260年続いた江戸幕府が消滅した年です。同年12月9日、徳川慶喜による政権返上が実現しました。その前年である慶応2年12月8日(1867年1月12日)、江戸幕府の招聘によって第一次フランス軍事顧問団が来日し、翌9日には横浜伝習所において、幕府の精鋭部隊である伝習隊に対し、砲兵・騎兵・歩兵の三兵にわたる軍事教練を開始したとされています。
この伝習に際し、幕末期の幕府陸軍で「歩兵指図役頭取 」を務めていた田邊良輔が、フランス式のラッパ信号譜を整理・編纂したものが、慶応3年に木版刷で刊行された『喇叭譜号 全』です。
ラッパは、電気通信技術が存在しなかった時代において、最も確実かつ効率的な大規模集団統制の手段でした。日常の起居動作から戦闘時の指揮、さらには兵士の士気を高める役割に至るまで、近代軍隊においてラッパは欠くことのできない存在だったのです。その音によって、指揮官の号令や命令は一瞬にして広い範囲へ伝えられ、多数の兵を同時に行動させることが可能となりました。
ギュティグ伍長は、軍隊における統率・伝達信号の専門家として、第一次フランス軍事顧問団の中でもラッパ信号に関する技術を担い、幕府の伝習隊員にその教授を行った人物と考えられます。その教授内容を効率よく共有し、継続的に運用するために、田邊良輔によってフランス式ラッパ信号を整理・編纂した『喇叭譜号 全』が刊行されたと考えられます。
*1 歩兵操典・教練・号令・信号の統一と実施を統括する役目
『喇叭譜号 全』
『喇叭譜号 全』(以下 喇叭譜号)を筆者が目にできるのは、山口常光「日本ラッパ史」に掲載された画像によるものです。そこには「軽歩兵大隊教練之号音」と記された扉に続き、「符号理解」の表題で極めて簡便な楽譜の読み方が解説され、「一般信号21曲」「運動合図信号23曲」「三重奏3曲」、合計47曲のラッパ譜が掲載と記されています。
符号理解
極めて簡便な楽譜の読み方解説の箇所は、木版刷であったことが理由なのか、本作成時の画像処理に問題があったのかは判然としませんが、記された内容を正確に読み取ることは困難です。

各行の読みを下記のように推測します。

音符がどの行も付点二分音符に見えますがそれは間違いだと考えます。
・1行目は4拍子で1分に76歩の速さ (四分音符)
・2行目は2拍子で1分に80歩の速さ (二分音符)
・3行目は8分の6拍子で1分に100歩の速さ (付点四分音符)
・4行目は8分の3拍子で1分に120歩の速さ (付点四分音符)
一般信号25曲
山口常光氏の「日本ラッパ史」には21曲の「一般ノ号」譜と記されています。しかし、実際には同番号で複数曲が示されている箇所があるため、「一般信号」の項には計25曲が掲載されています。

原典の再検討:クロドミール(1865年)との比較
中村理平氏は『喇叭譜号』の原典は1865年に出版されたPierre François Clodomir(ピエール・フランソワ・クロドミール : 1815-1884) 著『|Méthode complète de clairon d’ordonnance《メソッド コンプレット ドゥ クレロン ドルドナンス》(軍用ラッパの完全教本)』であることを指摘しています。 しかし、このクロドミールの教本 (以下、Clodomir 1865)と『喇叭譜号』を詳細に比較すると、わずかな相違が多々見受けられます。そのため、本稿では他の教則本も比較対象に加え、検証を行いました。
*2 中村理平(なかむら りへい、1932年 - 1994年)「西洋楽導入過程の研究 - 先達者の軌跡」より
一. 一般(総員集合)
Clodomir 1865との主な相違点は、スタッカートの有無とテンポ指定(二分音符=130)です。



このラッパ信号はさらに遡ると1827年出版のLe Lieurre de L'Aubépin著|Essai sur les manoeuvres des voltigeurs《エッセ シュル レ マヌーヴル デ ヴォルティジュール》(軽歩兵の戦術に関する論考) に確認することができます。(以下Le Lieurre 1827)

二. 集合 (部隊集合)
Clodomir 1865との相違点は、スタッカート、デクレシェンド、アクセント、ダイナミクスの有無、そして第5小節の「譜割り」にあります。



Georges Tilliard《ジョージ ティアード》著|Méthode pour le clairon simple contenant l'abrégé des principes de musique, exercices simples et doubles coups《メトード プール ル クレロン サンプル コントゥナン ラブレジェ デ プランスィプ ドゥ ミュジック, エグゼルシス サンプル エ ドゥブル ク》(楽典基礎、シングル・ダブルタンギングの練習を含む信号ラッパ教本)|(1857年、以下Tilliard 1857) をはじめ、現在までに確認できた複数のラッパ教本においても、第5小節の譜割りが『喇叭譜号』と同様のものは見出すことができませんでした。この点は、さらなる調査を要すると言えます。

三. 呼出 (点呼集合)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点は、アクセントやスタッカート、ダイナミクスの有無、テンポ指定(二分音符=80)、そして第2小節および第4小節の2拍目における「音の動き」にあります。



この信号(Le Rappel)はル・リュール・ド・ローパンの教本(Le Lieurre 1827)にも確認できますが、こちらはClodomir 1865とも『喇叭譜号』とも、それぞれわずかな差異認められます。
特筆すべきは、ジョルジュ・ティリアール(Tilliard 1857)をはじめ、現在までに確認できたフランスの複数のラッパ教本の多くが、Clodomir 1865 と同様の譜面を採用しているという点です。それらと比較しても、『喇叭譜号』と同一の旋律(音の動き)を持つものは未だ見出すことができていません。この喇叭譜号の「音の動き」の独自性は、謎であり、さらなる調査を要すると言えます。。

四. 旗 (旗の掲揚)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点として、アクセント、スタッカート、スラー、ダイナミクスの有無、および繰り返しの指定の有無などが挙げられます。



五. 陣営 (通常速度行進)
記譜された音価が明瞭に読み取れない箇所がありますが、クロドミールの教本(Clodomir 1865)との最大の違いは、弱起(アウフタクト)の音価が「八分音符」と「四分音符」である点です。



この弱起の音価に関しては、ティリアールの教本(Tylliard 1857)においても「八分音符」が採用されています。

六. 早足 (早足行進)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点については、これまでの項目で指摘してきた事柄(アクセント、スタッカート、ダイナミクスの有無など)と同様の傾向が認められます。



この信号は、ル・リュール・ド・ローパンの教本(Le Lieurre 1827)にも同様のものが掲載されています。1820年代から1860年代の教本にわたり共通して見られることから、本曲はフランス軍において極めて標準的な信号として定着していたものと考えられます。

七. 填銃歩 (突撃前進)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との大きな相違点は、『喇叭譜号』の方が8小節分短いという構造にあります。この差異を検証するため、後半のフレーズが他の教本に由来するのではないかと考え、調査を行いました。


A.Blancheteau著Petite méthode de clairon d'ordonnance(軍用ラッパの簡易教本) (1863年、以下 Blancheteau 1863) において、後半部分のフレーズが『喇叭譜号』と同様の構成を持つ譜面を確認することができました。

八. 駈足 (訓練用速歩)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との顕著な相違点は、フレーズ内における休符の挿入にあります。


この休符の扱いに関しては、BATAILLONS MARINS(水兵大隊)編|Méthode adoptée pour l'étude des sonneries dans les bataillons de marins fusiliers et les compagnies de débarquement《メソッドゥ ア ドプテ プー レテュードゥ デ ソンヌリー ダン レ バタイヨン ドゥ マラン フュジリエ エ レ コンパニー ドゥ デバルクモン》(水兵歩兵大隊および上陸部隊における信号ラッパ習得のための採用教本)(1864年、以下MARINS1864)に同様の形式を確認することができます。 MARINS 1864 では後半のフレーズこそ欠落していますが、フレーズ内に休符を挿入する構成は『喇叭譜号』と共通しており、陸軍系以外の教本との関連性を示唆する興味深い資料的一致と言えます。

九. 眼覚 (起床)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点については、これまでの項目で述べてきた傾向(アーティキュレーションやダイナミクスの有無など)と同様です。また、本曲ではテンポ指定が「110」となっており、比較的緩やかに設定されている点が特徴的です。



この信号(Le Réveil)は、ル・リュール・ド・ローパンの教則本(Le Lieurre 1827)にも同様のものが掲載されています。起床の信号は軍隊生活の基本となるため、19世紀前半から後半にかけて、フランス軍内で極めて安定した旋律として受け継がれていたことが伺えます。

十. 退歩(退営ラッパ)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との顕著な相違点は、『喇叭譜号』における曲の長さが大幅に短縮されている点にあります。その他の細部については、これまでの項目で指摘してきた傾向と同様です。


この曲のサイズに関しては、ブランシュトーの教本(Blancheteau 1863)に、『喇叭譜号』と同様の10小節という構成を持つ譜面が確認できます。また、本信号はル・リュール・ド・ローパンの教本(Le Lieurre 1827)にも同様のものが掲載されており、伝統的な旋律が簡潔な形式で受け継がれていたことが分かります。


十一. 不詳 (拝命布達 : 儀式開始)

『喇叭譜号』において十一号は曲名が記されておらず不詳とされていますが、その旋律がフランス軍の信号「Le Ban(ル・バン)」と同一であることから、本曲は「拝命布達(儀式開始)」を告げる信号であると推察されます。

クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点については、これまでの項目で指摘してきたアーティキュレーションやダイナミクスの有無といった傾向と同様です。

十二. 不詳 (礼拝)
本曲も曲名が記されておらず不詳とされていますが、その旋律がフランス軍の信号「La Messe(ラ・メッセ)」と同一であることから、「礼拝」を告知する信号であると推察されます。

クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点については、これまでの項目で指摘してきたアーティキュレーションの有無やダイナミクスの省略といった傾向と同様です。

十三. 不詳 (分レ :隊員解散)
本曲も曲名不詳とされていますが、その旋律がフランス軍の信号「La Berloque(ラ・ベルロック)」と同一であることから、作業や点呼の終了を告げる「分かれ(隊員解散)」の信号であると推察されます。

クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点については、これまでの項目と同様です。また、この信号(La Berloque)は、ル・リュール・ド・ローパンの教則本(Le Lieurre 1827)にも同様のものが掲載されており、フランス軍において長年定着していた極めて標準的な信号であったことが確認できます。


十四. 喇叭手呼 (ラッパ手集合)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点については、これまでの項目で指摘してきたアーティキュレーション(スタッカートやアクセント)やダイナミクスの有無といった傾向と同様です。


十五. 呼出人員改 (点呼)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との大きな相違点は、『喇叭譜号』では「繰り返しの指定」がされていない点にあります。その他の細部については、これまでの項目で指摘してきた傾向と同様です。


一方で、ジョルジュ・ティリアールの教本(Tylliard 1857)を確認すると、『喇叭譜号』と同様に4小節という簡潔なサイズ(繰り返しなし)で掲載されていることが分かります。

十六-a. 単身合図
十六-b. 単身合図
本曲については、現在までの調査において、クロドミール(Clodomir 1865)やティリアール(Tylliard 1857)をはじめとする、フランスのどの軍用教則本にも同様の譜面を見出すことができていません。

この「単身合図」における「単音」と「複音」の区別については、その名称から、前者は奏者一人で吹奏し、後者は複数の奏者によって斉奏(アンサンブル)されることを意味しているものと推察されます。フランス軍の標準的な信号体系には見られないことから、日本独自の運用、あるいはギュティグが所属部隊独自の慣習として伝えた特殊な合図である可能性も考えられます。
十七. 順序 (階級順に呼び出す)
本項は特定の階級を個別に呼び出すための信号です。

十七-a. (セルジャン・マジョールス ニ 對ス : 曹長召集)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との大きな相違点は、曲の長さ(小節数)にあります。


この曲のサイズに関しては、Antonin Louis(1845-1915)著Sonneries d'ordonnance officielles et réglementaires de l'infanterie《ソヌリ ドードナンス オフィシエル エ レグルマンテール ド ランファンテリ》(フランス陸軍 歩兵科の公式ラッパ信号譜集) (1884年、以下Louis1884)において、『喇叭譜号』と同一の構成を持つ譜面を確認することができました。

十七-b. (セルジャンス ニ 對ス : 軍曹召集)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との大きな相違点は曲の長さにあります。


この曲のサイズに関しても、アントナン・ルイの資料(Louis 1884)に『喇叭譜号』と同一の構成を持つ譜面が確認できます。『喇叭譜号』が Louis 1884 と軌を一にする系統を採用していることがより鮮明となりました。

十七-c. (フーリヱ ニ 對ス : 給糧係集)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との大きな相違点は、これまでの階級と同様に曲の長さにあります。


この曲のサイズに関しても、アントナン・ルイの資料(Louis 1884)に『喇叭譜号』と同一の構成を持つ譜面が確認できます。

十七-d. (カポロウ ニ 對ス : 伍長召集)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)とは曲の長さが異なります。


アントナン・ルイの資料(Louis 1884)には『喇叭譜号』と同じサイズの譜面が掲載されており、階級別の招集信号における一連の整合性が認められます。

十八. 夕飯 (食事合図)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との最大の違いは、そのリズムにあります。


Ministère de la guerre(陸軍省)l'exercice et les manoeuvres de l'infanterie:|batteries et sonneries《バトリー エ ソヌリ》(歩兵の教練および演習に関する規則:太鼓およびラッパ譜)(1877年、以下guerre 1877)とも比較を行いましたが、こちらの譜面も『喇叭譜号』や Clodomir 1865 とは異なるリズムが採用されていました。『喇叭譜号』と全く同一のリズムを持つ譜面については、現在までの調査では未だ確認できていません。

*2026年2月4日追記
『喇叭譜号』が出版された1867年(慶応3)の4年後、1871年に出版されたジュール・ミレスカン(Jules Millescamps, 18..–1891)著
『Sonneries générales du clairon selon l’ordonnance du 16 mars 1869, suivies de l’école de tirailleurs et de 35 marches pour la garde nationale』に掲載のLA SOUPE号音が、「喇叭譜号 _ 夕飯」と全く同じ譜であることが判明しました。

十九. 学校 (教練開始合図)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との相違点については、これまでの項目で指摘してきたアーティキュレーションやダイナミクスの有無といった傾向と同様です。


二十. 火ヲ消ス (消灯)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)との顕著な相違点は、第4小節・第4拍目における音の有無にあります。


Félix Carnaud (1815-1890)Méthode pour le clairon(信号ラッパのための教本)(1870年、以下Carnaud 1870)やE. Landy著Méthode de clairon par E. Landy, avec vignette et description de l'instrument, contenant les sonneries d'ordonnance(E. ランディによる信号ラッパの教本:図解と楽器解説、規定の号音|(1902年、以下Landy 1902)などの諸資料が確認できましたが、いずれも『喇叭譜号』の譜面とは完全には一致しませんでした。


二十一. 医師見舞 (医師の診察)
クロドミールの教本(Clodomir 1865)に、同様の信号譜を確認できません。

アドリアン・ラガール(Adrien Jean Joseph Marie Lagard)著『 Méthode de clairon d’ordonnance』(信号ラッパ教本)(以下、Lagard 1869)の「ÉCOLE DES TIRAILLEURS」(歩兵散兵)指導曲の中にあります。

『喇叭譜号』日課信号の総括
フランス軍制の受容と変容
「実務・短縮系」資料への依存
これまでの『喇叭譜号』日課信号をフランス教本と比べてくると、フランス軍「完全教本」であるクロドミール(Clodomir 1865)よりも、実務的・簡略化された系統に近いことが判明しました。
ティリアール(1857)やブランシュトー(1863)との一致:「旗」「陣営」「退歩」などの楽曲において、クロドミールに見られる装飾的な長尺譜ではなく、4〜10小節程度のコンパクトな構成を採用しています。これは当時のフランスにおける「簡易教本(Petite méthode)」の形式と合致するものです。
アントナン・ルイ(1884)との符号:「順序(階級別召集)」において、後に編纂されるフランス陸軍公式譜集(Louis 1884)と同一のサイズが確認されました。これは、ギュティグが伝えた内容が、当時のフランス軍内で既に標準化されていた「実戦・実務的な最新形式」であった可能性を強く示唆しています。
音楽的装飾の省略と実用化
『喇叭譜号』の譜面は、フランスの原典と比較して極めてシンプルに整理されています。
アーティキュレーションの省略:スタッカートやアクセントといった細かな奏法指定が多々省略されています。
強弱記号の欠如:強弱の指定を排除し、音楽的な表現よりも「情報の伝達(号音としての識別)」に特化した編集がなされています。 これは、編纂者である田邊良輔が、音楽的素養の異なる多くの隊員へ迅速に信号を普及させるために、意図的に簡略化した結果であると推察されます。
不詳曲の特定と独自性
これまで曲名不詳とされていた楽曲の特定により、当時の受容実態が明らかになりました。
儀礼信号の導入 「十一. 拝命布達(Le Ban)」「十二. 礼拝(La Messe)」「十三. 分レ(La Berloque)」の旋律を特定したことで、当時の日本軍が日常の行動信号のみならず、フランス式の儀礼的信号まで一通り導入していた実態が判明しました。
「単身合図」の謎 第十六号に見られる「単身合図」のように、既存のフランス教本に該当がない信号の存在は、日本独自の運用や、ギュティグが所属した「近衛猟兵(Chasseurs à pied)」特有の慣習が混入している可能性を想起させ、資料としての独自性を示しています。
見掲載曲の存在
『喇叭譜号 全』医師見舞 は、クロドミールの教本(Clodomir 1865)ではなく、ラガール(Lagard 1869)の「ÉCOLE DES TIRAILLEURS」(歩兵散兵)指導曲の中にあります。
*喇叭譜号「運動合図信号23曲」の検討は、【日本のラッパの起源と進化】 - その4で記述予定です。
関連項目
【日本のラッパの起源と進化】シリーズ 1〜32
【日本のラッパの起源と進化】 - その1
― フランス軍事顧問団とギュティグの役割 ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その2
― 二度来日したラッパ伍長ギュティグ ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その3
― 喇叭譜号 全 (一般信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その4
― 喇叭譜号 全 (運動合図信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その5
― 喇叭譜号 全 (三重奏と部隊信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その6
― 『英国歩兵練法』慶応2年の喇叭合圖 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7
― 『英国歩兵練法』とフェントン ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7 - 2
― 『英国歩兵練法』とフェントン (改訂版) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その8
― 『英国尾栓銃練兵新式』と『英国銃隊練法』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その9
― 『旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その10
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その1 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その11
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その2 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その12
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その3 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その13
― 『諸外国の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その14
― 『日本の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その15
― 『駆歩行進』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その16
― 『北海道のラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その17
― 『浜松まつりのラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その18
― 『おかえり祭りは二種類ラッパが交互に響く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その19
― 『美川で最初に吹き鳴らされたラッパ譜』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その20
― 『音商標への登録』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その21
― 偕行文庫の『陸海軍喇叭譜』―
【日本のラッパの起源と進化】- その22
― 『イタリア・トリノの消灯ラッパ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その22 【改訂版】
― 『夜空のトランペットのルーツ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その23
― 『朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史 』―
【日本のラッパの起源と進化】- その24
― 『いまさらですが「らっぱ」って何ですか』―
【日本のラッパの起源と進化】- その25
― 『消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録』―
【日本のラッパの起源と進化】- その26
― 『ながのってすごいぞ/御柱』―
【日本のラッパの起源と進化】- その27
― 『ながのってすごいぞ―消防:基礎編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その28
― 『ながのってすごいぞ―消防:応用編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その29
― 『戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発』―
【日本のラッパの起源と進化】- その30
― 『現代音楽作曲家のラッパ譜 ― 黛敏郎と自衛隊儀礼音楽』―
【日本のラッパの起源と進化】- その31
― 平戸に響いたファンファーレ ― ザビエル来航とポルトガル人の歓迎
【日本のラッパの起源と進化】- その32
北海道の夜明けを告げた響き ── 屯田兵第四大隊とラッパ譜
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル』 ― 《BandLifeWorld版》
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『信号ラッパの旋律はどこへ向かったのか ─ 軍事・芸術・大衆文化の交差点』―
