イタリア・トリノの消灯ラッパ
【日本のラッパの起源と進化】- その22
チャイコフスキーの『イタリア奇想曲』を初めて知ったのは、1971年(昭和46)吹奏楽コンクール全国大会のレコードだったと記憶しています。冒頭でトランペットがユニゾンで奏でるファンファーレは、今も鮮烈な印象として残っています。
このファンファーレは、チャイコフスキーが滞在していたホテルの隣にあったイタリア王立騎兵連隊の兵舎から聞こえてきたラッパ号音をもとに作られたとされています。
イタリア奇想曲とローマの消灯ラッパ
イタリア奇想曲
『イタリア奇想曲(Capriccio italien Op.45)』 は、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky)による、およそ15分間の管弦楽曲です。1880年1月から5月にかけて作曲され、同年12月18日、モスクワにおいてニコライ・ルビンシュテインの指揮、ロシア音楽協会管弦楽団の演奏により初演されました。

この曲は、トランペットの印象的なファンファーレで幕を開けます。

冒頭のファンファーレ
冒頭のファンファーレは、チャイコフスキーが滞在していたローマのホテル・コスタンツィ(Hotel Costanzi)に隣接する、イタリア王立騎兵部隊(Royal Italian Cuirassiers)の兵舎から毎日聞こえていた消灯ラッパ『イル・シレンツィオ・ドルディナンツァ(Il Silenzio d’Ordinanza)』 に触発された旋律だとされます。
(チャイコフスキーが1879年に滞在中のホテルで聞いていた消灯ラッパが、譜例3と同じ旋律なのかは不明です)

Il Silenzio d’Ordinanza
Il Silenzio d’Ordinanzaを直訳すると「規定の沈黙」になります。イタリア軍における公式の「沈黙号(消灯・終業・追悼)」であり、現在は特に追悼儀礼で演奏されるラッパ信号として知られています。
もともとは、兵営生活における「一日の活動終了」「消灯後の静粛開始」を命じる営内信号でした。19世紀の信号体系の中では、「夜間静粛」を制度的に開始させる号音、すなわち軍規によって定められた沈黙の開始を告げる信号として機能していました。
サルデーニャ王国
13世紀から19世紀にわたり、地中海のサルデーニャ島や北イタリアのピエモンテを統治した国家です。王国の本拠は大陸側のピエモンテ(首都トリノ) に置かれていました。19世紀にはイタリア統一運動(リソルジメント)の中核となり、のちのイタリア王国の母体となりました。

サルデーニャ王国軍紀規律及び訓練・内部服務に関する規則
1859年出版のサルデーニャ王国の歩兵規律書 には、小太鼓とラッパ譜がそれぞれ19ずつ記されています。

規則第399条(§ 399 del Regolamento)(譜 4,5)は、500ページを超える規則書の380ページ以降に記されています。

小太鼓信号譜 の最初に記されているのは、1.将校呼集(Ordine dei Signori Uffiziali)で、重要な作戦会議や、連隊長からの訓示がある際など、少尉以上の士官を集めるための合図です。次の譜は、2.週番将校呼集(Ordine degli Ufficiali di settimana)、次ページには主計軍曹呼集(Ordine pei Furieri)と、該当者を呼集する小太鼓譜が10番まで続きます。
1.と2.そしてここに記していませんがこれに続く呼集のための譜の構成は、共通しています。

ラッパ信号譜 の最初も1.将校呼集(Ordine dei Signori Uffiziali)が記されています。以降、19番まで小太鼓譜と同じ表題 の譜が記されています。

営内静粛号
サルデーニャ王国の歩兵軍事規則第399条、第18番目に記された「Colpi del Silenzio.」は、直訳すれば「沈黙の打撃」となります。
・Colpi(コルピ): 「打撃、衝撃、一撃」を意味する colpo の複数形です。銃声や鐘の音など「鳴り響く音」を指す際にも使われます。
・del(デル): 「〜の」という所有や属格を表します。
・Silenzio(シレンツィオ): 「静寂、沈黙、無言」を意味します。
「一撃」が馴染まないなと思い、ここでは「Colpi del Silenzio.」を「沈黙を告げる号音」 と訳することとします。

譜例 6を4/4拍子に、そして各音を1オクターブ上に、そして必要に応じて休符箇所をタイ音で埋めて譜例3の様式に近づけ書き直しました。その結果、譜例3と6の相違が際立ちました。

チャイコフスキーが《イタリア奇想曲》冒頭に置いた印象的なファンファーレは、彼がローマ滞在中にホテルの隣の兵舎から毎日聞こえていた消灯ラッパ『Il Silenzio d’Ordinanza』 に触発された旋律とされています。すなわち、Il Silenzio d’Ordinanzaは儀礼音楽として知られる現在の姿とは別に、軍営統制のための実務的信号としての起源を有していたことが認められます。
その旋律の原型は、ここに示したサルデーニャ王国軍規則の「Colpi del Silenzio.」に遡る可能性があると推測されます。
世界中で知られるIl Silenzio d’Ordinanza
チャイコフスキーも心惹かれた旋律、「沈黙号(消灯・終業・追悼)」Il Silenzio d’Ordinanzaは、軍楽の枠を超えて世界に広く知られる旋律となりました。
それは、イタリア出身のトランペット奏者・作曲家であり、「トランペットの詩人」の愛称で親しまれたニニ・ロッソ(1926–1994)が、この営内静粛号をモチーフとした楽曲《Il Silenzio》を制作・演奏し、世界的ヒットへと導いたことによります。
ニニ・ロッソ
ニニ・ロッソ(Celeste Raffaele Rosso, 通称Nini)は、このIl Silenzio d’Ordinanzaの原型が記録されたサルデーニャ王国の首都トリノに生まれました。すなわち、軍営信号として制度化された旋律と同じ都市で、その旋律を世界的ヒットへと導く奏者が誕生したことになります。
1967年以降はたびたび来日し、日本の歌謡曲や軍歌をカバーした作品も残しました。1972年12月31日には第23回NHK紅白歌合戦に出演し、フランク永井のバック奏者も務めました。
夜空のトランペット
原題「Il Silenzio」は、日本では「夜空のトランペット」として広く知られ、シングルレコード(いわゆるドーナツ盤)は100万枚を売り上げたとも言われています。世界全体ではおよそ1000万枚に達したとされます。
この曲は、1965年にニニ・ロッソが、Il Silenzio d’Ordinanzaの旋律をモチーフとして作曲した作品で、短いイタリア語の歌詞が挿入された器楽曲です。
日本では1966年に共同音楽出版社から吹奏楽版(三戸知章編曲)が出版され、各地で盛んに演奏されました。現在この国内版は廃版となり入手は困難ですが、海外版は入手可能です。
タップ
「夜空のトランペット」(Il Silenzio)が、アメリカのTapsに由来する楽曲であるという誤解が見受けられます。しかし、前項で述べたように、これは明らかな誤認です。
「Taps」 は、アメリカ軍でもっとも有名なラッパ信号の一つであり、主に一日の終わり(消灯)や軍葬、追悼式において演奏される24音からなる旋律です。
この旋律は、1862年の南北戦争中に北軍のダニエル・バターフィールド(Daniel Butterfield)将軍によって作られたと長く伝えられてきましたが、実際には1835年版の「Tattoo」 の終結部(最後の5小節)を改変したものと考えられています。


軍営信号から世界的旋律へ
19世紀の軍営における実務的信号として制度化された「沈黙を告げる号音」は、やがてチャイコフスキーによって芸術音楽の世界へと取り込まれ、さらに20世紀にはニニ・ロッソの演奏によって世界的なポピュラー音楽へと転化しました。
すなわち、営内統制のための機能的号音は、時代とともに儀礼音楽へ、そして大衆音楽へと姿を変えながら生き続けてきたのです。
日本におけるラッパ信号の受容と変容を考える上でも、この旋律の歩みは極めて示唆的であると言えるでしょう。

HIRAIDE HISASHI
【日本のラッパの起源と進化】シリーズ 1〜30
【日本のラッパの起源と進化】 - その1
― フランス軍事顧問団とギュティグの役割 ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その2
― 二度来日したラッパ伍長ギュティグ ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その3
― 喇叭譜号 全 (一般信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その4
― 喇叭譜号 全 (運動合図信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その5
― 喇叭譜号 全 (三重奏と部隊信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その6
― 『英国歩兵練法』慶応2年の喇叭合圖 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7
― 『英国歩兵練法』とフェントン ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7 - 2
― 『英国歩兵練法』とフェントン (改訂版) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その8
― 『英国尾栓銃練兵新式』と『英国銃隊練法』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その9
― 『旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その10
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その1 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その11
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その2 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その12
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その3 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その13
― 『諸外国の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その14
― 『日本の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その15
― 『駆歩行進』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その16
― 『北海道のラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その17
― 『浜松まつりのラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その18
― 『おかえり祭りは二種類ラッパが交互に響く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その19
― 『美川で最初に吹き鳴らされたラッパ譜』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その20
― 『音商標への登録』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル』 ― 《BandLifeWorld版》
【日本のラッパの起源と進化】- その21
― 偕行文庫の『陸海軍喇叭譜』―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その22
― 『イタリア・トリノの消灯ラッパ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その22 【改訂版】
― 『夜空のトランペットのルーツ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その23
― 『朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史 』―
【日本のラッパの起源と進化】- その24
― 『いまさらですが「らっぱ」って何ですか』―
【日本のラッパの起源と進化】- その25
― 『消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録』―
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【日本のラッパの起源と進化】- その29
― 『戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発』―
【日本のラッパの起源と進化】- その30
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【日本のラッパの起源と進化】- その31
― 『(仮)日本のラッパ文化の構造』―
