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消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録

【日本のラッパの起源と進化】- その25

 2008年(平成20年)、佐呂間町に勤務することとなり、町内消防団にラッパ隊が組織されていることを知りました。これまで北見や旭川、札幌などで消防音楽隊の吹奏楽演奏を聴く機会はありましたが、消防ラッパ隊の活動を目の当たりにするのは、これが初めてのことでした。


ラッパ隊の結成

消防団

 消防団は、1947年(昭和22年)の消防組織法施行により全国の市町村に設置された、住民主体の公的消防機関です。そのルーツは江戸時代、町奉行・大岡忠相おおおか ただすけが組織した「町火消(いろは四十八組)」にまで遡ります。明治時代の「消防組」として制度化、太平洋戦争中の「警防団」への改編を経て、戦後、現在の「消防団」となりました。
 日本国内には、消防本部(消防署)を持たない市町村は存在しますが、消防団については、全ての自治体において必ず組織されています。

ラッパ隊

 明治期には、静岡浜松や長野諏訪、さらには東京などの消防組において、信号合図としてラッパが用いられていたと考えられます。ただし、この段階では個人による吹奏、あるいは少人数での運用が主であり、組織的な「ラッパ隊」と呼べる形態が一般化していたとは言い難い状況でした。
 昭和5年(1930年)頃の「美川おかえり祭り」におけるラッパ導入事例に見られるように、複数名の担当者が同時に演奏を行い、「ラッパ隊」としての活動が確認できるようになるのは、明治期からは相当程度後のことであったと推測されます。しかしながら、日本各地において、いつ頃から同様の編成が成立したのかについては、現時点では必ずしも明らかになっていません。
 一方で、「昭和29年9月1日 国家消防本部長通達(国消発第376号)」により消防ラッパ譜の制定が通知された事実は、1947年(昭和22年)の消防組織法施行以降の約7年間に、日本各地の多くの消防団においてラッパ吹奏が広く行われ、すでに「ラッパ隊」と呼べる組織が相当数存在していたこと、そして全国的に共通した「ラッパ譜」が求められていた状況を示唆しています。

佐呂間消防団ラッパ隊

 遠軽地区広域組合は、かつて遠軽町・佐呂間町・湧別町・上湧別町・白滝村・丸瀬布町・生田原町の計7町村により1984年(昭和59年)に構成・結成された組合です。その後、平成の町村合併を経て、現在は遠軽町・佐呂間町・湧別町の3町によって組織・運営されています。
 遠軽地区広域組合はもちろんのこと、周辺市町村を含めても、唯一の「ラッパ隊」が佐呂間消防団に存在していました。

1984年(昭和59年)5月 佐呂間町広報

 そのラッパ隊の活動がいつ始まったのか、正確な時期については明らかではありません。しかし、現在の遠軽地区広域組合が設立される以前から続いてきた活動であったことは、現役の消防団員から伺いました。
 2008年(平成20年)、筆者は佐呂間町内の小学校に勤務することとなり、地域の行事等に触れる機会が増えました。その中で、PTA会員が団員として奉仕している消防団活動の応援に出向いた際、佐呂間町消防団ラッパ隊にとって「最後の日」に立ち会うことになりました。

追加記述 (2026年4月8日)

 1984年(昭和59年)4月にラッパ隊が22名で編成されたことが佐呂間町百年史に記されていました。

消防ラッパ隊
 消防団員の団体行動に秩序と律動をもたらし、併せて団員の士気を鼓舞することを目的として、昭和五十九年四月に町費補助と篤志寄付金によりラッパを購入し、二二名編成の「佐呂間町消防ラッパ」が誕生した。
 主な出番は、出初式の行進、演習の時の行進などであるが、いまでは、そうしたデモンストレーションに久くことのできない存在になっている。

佐呂間町百年史 平成7年9月発行
佐呂間町百年史 平成7年9月発行より

佐呂間消防団使用楽器

 筆者が「日本のラッパの起源と進化」というシリーズの中で佐呂間消防団ラッパ隊にまつわる記事を執筆したこと、あわせて当時使用していた信号ラッパをぜひ拝見したいという旨を現役の団員にお伝えしたところ、幸運にも実物を確認する機会をいただきました。

佐呂間消防団ラッパ隊の使用楽器

 現在、佐呂間消防署には、打楽器(大太鼓・小太鼓)とともに、二種類の異なる信号ラッパが保管されています。署内においてこれらの楽器の来歴や詳細を把握している方はすでに不在とのことでしたが、今回は実際に二つのラッパを拝見することができました。
 写真の上に示したものが「二つ巻」、下に示したものが「三つ巻」の信号ラッパです。

「二つ巻」と「三つ巻」

 これまで「日本のラッパの起源と進化」シリーズの執筆を通じて得られた知見によれば、「二つ巻」の信号ラッパは B♭管、「三つ巻」は G管 に相当すると考えられます。B♭管は基音が B♭(シ♭)、G管は基音が G(ソ)に設定された信号ラッパです。
 「二つ巻」「三つ巻」という呼称は、ラッパの管が本体の中で巻かれている回数を示すものであり、調性そのものを直接表す名称ではありません。ただし、一般に「三つ巻」は管の巻数が多い分、全長が長くなり、それに対して「二つ巻」は一巻少ない分、管長が短く構成されています。
 この管長の違いが結果として基音の高さに反映され、「二つ巻」は比較的高い基音(B♭)を、「三つ巻」はそれより低い基音(G)を持つ信号ラッパとなっている、と理解することができます

実際に鳴る音と記譜の関係

ラッパの正体

 まず、二つのラッパの調性を確認するため、一方がB♭管(二つ巻)、他方がG管(三つ巻)であるかどうかについて検証を行いました。
 「二つ巻」の楽器は、管体がやや細長く、唾抜き(ウォーターキー)や主調整管を備えています。サイズ感もトランペットに近く、その外観から、当初はB♭管ではないかと推測していました。しかし、実際に演奏してみたところ、開放音(主音)はソ、すなわちG管であることが判明しました。巻数が少ないという理由でB♭管と判断することはできないという、当初の予想を覆す結果でした。
 一方、「三つ巻」の楽器は全体的にずんぐりとしたフォルムで、筆者が一般に「信号ラッパ」としてイメージしていた典型的な形状をしています。こちらについても実際に吹奏してみた結果、推測通り主音はソであり、同じくG管の楽器であることが確認できました。
 以上の検証から、形状や巻数の異なる二つの信号ラッパは、いずれも同じG管の楽器であったことが明らかになりました。

素性を探る

 佐呂間消防団が所有するラッパの素性を確認する手がかりとして、戦前の国産管楽器などに関する専門的知見を有する桑畑哲也氏に助言を仰ぐことにしました。
 佐呂間消防団ラッパ隊で使用されていた楽器の写真を確認していただいたところ、ほどなくその来歴についての見解を示してくださいました。

 桑畑氏によれば、これらの信号ラッパはいずれも長野管楽器製作所によって、昭和40年(1965年)以降に製造されたものであり、現在でも同型の楽器が下倉楽器で販売されているとのことです。  また、「二つ巻」はもともと米軍で用いられていた形式のラッパを基にしつつ、海上自衛隊向けとして製造されたものであり、「三つ巻」は日本軍時代からの系譜を引き継ぎ、現在は陸上自衛隊および航空自衛隊向けに製造されている型式であると説明されました。  長野管楽器製作所製ラッパの特徴として、 ・二つ巻:ウォーターキー(唾抜き)が六角形であること ・マウスピースが全体的にがっしりした形状であること が挙げられました。

二つ巻ウォーターキー
左「二つ巻」、右「三つ巻」マウスピース

 実際に確認したウォーターキーおよびマウスピースの形状は、これらの特徴と一致しており、佐呂間消防団が所蔵していた二つの信号ラッパはいずれも、長野管楽器製作所製のものであった可能性が極めて高いと判断できます。

長野管楽器製作所

 長野管楽器製作所は、東京都港区白金五丁目七番九号に所在し、主として信号ラッパの製造を行ってきた企業です。地域資料「高輪今昔物語」によれば、同社は昭和40年頃から信号喇叭製造を手掛けているとされています。
 とりわけ、自衛隊向け信号ラッパの継続的な製造を担ってきた点において、戦後日本における信号ラッパ文化の重要な担い手であったと言えます。

高輪今昔物語 No.523 長野管楽器製作所のラッパ

北海道のラッパ隊

 筆者が調査した範囲では、北海道内には消防ラッパ隊として、沼田町、上富良野町、月形町・岩見沢市、蘭越町、弟子屈町の、少なくても五つの隊が活動しているものと推察しています。
 これらの消防ラッパ隊は、消防団における規律の維持や士気の高揚、ならびに式典で敬意を表すことを主な目的として活動していると考えられます。しかし、長野県に見られるような、ラッパ技術を競う大会が開催されているわけではなく、また全国的に消防団員数が減少し(現在は78万人台とされています)、団員確保が困難になる中で、ラッパ隊の維持そのものが課題となっていると思われます。
 さらに、地域の祭礼においてラッパの音が鳴り響くといった文化的背景は、北海道には見られません。そのため、情報伝達という本来の役割がラッパに求められなくなった現代において、ラッパ隊の活動を継続していくためには、組織内部の努力だけでなく、活動を支える外部からの理解や支援、そして新たな工夫が不可欠であると思われます。
 その響きを単なる信号としてではなく、地域に根ざした文化としてどのように捉え、継承していくのか―その視点こそが、今後のラッパ隊の存続において欠かせないものであると、筆者は考えます。

佐呂間消防団ラッパ隊が示すもの

 本稿では、北海道・佐呂間消防団に存在したラッパ隊の活動と、その使用楽器について、限られた資料と実物調査をもとに検証を行ってきました。佐呂間消防団ラッパ隊は、遠軽地区広域組合および周辺市町村を含めても、きわめて稀少な存在であり、その活動は地域の消防史の中でも特筆すべき事例であったと言えるでしょう。
 実際に確認することができた二つの信号ラッパは、形状や巻数こそ異なるものの、いずれもG管の楽器であり、長野管楽器製作所によって戦後に製造されたものである可能性が高いことが明らかになりました。これは、消防団ラッパ隊の活動が、戦前の軍用信号音の系譜を単純に踏襲したものではなく、戦後の自衛隊規格や国産管楽器製造の流れの中に位置づけられる存在であったことを示しています。
 一方で、情報伝達手段としての役割を終えた現代において、ラッパ隊の活動は制度的にも文化的にも支えを失いつつあります。北海道においては、地域の祭礼や行事と結びついたラッパ文化が育まれる土壌が乏しく、その存続はより困難なものとなっています。佐呂間消防団ラッパ隊が静かにその歴史を閉じたことは、決して特異な出来事ではなく、全国各地で同様に起こり得る現実の一断面でもあります。
 しかし、失われたからこそ、そこに確かに存在した「響き」を記録し、楽器という物証を通してその実像を明らかにすることには、少なからぬ意味があると考えます。信号としての役割を終えたラッパの音を、どのように文化として捉え直し、次代へ伝えていくのか ― 佐呂間消防団ラッパ隊の事例は、その問いを私たちに静かに投げかけています。

追記 (2025年3月16日)

佐呂間消防団が使っていた2種類のラッパそれぞれの製作に関わる仕様書と思われるpdfファイルが公開されているのを確認しました。


らっぱ、1形 (7710-018-0187-5 G調)
らっぱ、2形 (7710-309-6819-5 G調, F調)

HIRAIDE HISASHI


関連項目

【日本のラッパの起源と進化】シリーズ 1〜32

日本のラッパの起源と進化】 - その1
 
― フランス軍事顧問団とギュティグの役割 ―
日本のラッパの起源と進化】 - その2
 
― 二度来日したラッパ伍長ギュティグ ―
日本のラッパの起源と進化】 - その3
 
― 喇叭譜号 全 (一般信号) ―
日本のラッパの起源と進化】 - その4
 
― 喇叭譜号 全 (運動合図信号) ―
日本のラッパの起源と進化】 - その5
 ― 喇叭譜号 全 (三重奏と部隊信号) ―
日本のラッパの起源と進化】- その6
 
― 『英国歩兵練法』慶応2年の喇叭合圖 ―
日本のラッパの起源と進化】- その7
 ― 『英国歩兵練法』とフェントン ―
日本のラッパの起源と進化】- その7 - 2
 
― 『英国歩兵練法』とフェントン (改訂版) ―
日本のラッパの起源と進化】- その8
 ― 『英国尾栓銃練兵新式』と『英国銃隊練法』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その9
 
― 『旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その10
 
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その1 ―
日本のラッパの起源と進化】- その11
 
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その2 ―
日本のラッパの起源と進化】- その12
 ― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その3 ―
日本のラッパの起源と進化】- その13
 
― 『諸外国の「食事ラッパ譜」』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その14
 
― 『日本の「食事ラッパ譜」』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その15
 
― 『駆歩行進』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その16
 ― 『北海道のラッパ』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その17
 ― 『浜松まつりのラッパ』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その18
 ― 『おかえり祭りは二種類ラッパが交互に響く』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その19
 ― 『美川で最初に吹き鳴らされたラッパ譜』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その20
 ― 『音商標への登録』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その21
 ― 偕行文庫の『陸海軍喇叭譜』―
日本のラッパの起源と進化】- その22
 ― 『イタリア・トリノの消灯ラッパ』―
日本のラッパの起源と進化】- その22 改訂版
 ― 『夜空のトランペットのルーツ』―
日本のラッパの起源と進化】- その23
 ― 『朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史 』―
日本のラッパの起源と進化】- その24
 ― 『いまさらですが「らっぱ」って何ですか』―
日本のラッパの起源と進化】- その25
 ― 『消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録』―
日本のラッパの起源と進化】- その26
 ― 『ながのってすごいぞ/御柱』―
日本のラッパの起源と進化】- その27
 ― 『ながのってすごいぞ―消防:基礎編』―
日本のラッパの起源と進化】- その28
 ― 『ながのってすごいぞ―消防:応用編』―
日本のラッパの起源と進化】- その29
 ― 『戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発』―
日本のラッパの起源と進化】- その30
 ― 『現代音楽作曲家のラッパ譜 ― 黛敏郎と自衛隊儀礼音楽』―
【日本のラッパの起源と進化】- その31 
 ― 平戸に響いたファンファーレ ― ザビエル来航とポルトガル人の歓迎
【日本のラッパの起源と進化】- その32
 
北海道の夜明けを告げた響き ── 屯田兵第四大隊とラッパ譜


日本のラッパの起源と進化】- 番外編
 ― 『ビューグル』 ― 《BandLifeWorld版》
日本のラッパの起源と進化】- 番外編
 ― 『ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの』 ―
日本のラッパの起源と進化】- 番外編
 ― 『信号ラッパの旋律はどこへ向かったのか ─ 軍事・芸術・大衆文化の交差点』―

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