ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの
同じ筆者による「note BandLifeWorld」では、これまで「英国式ブラスバンド、吹奏楽、ファンファーレオルケスト、ならびに金管楽器に関係する話題」については、あえて取り上げてきませんでした。
しかしながら、HEIDERU MUSICで連載中の【日本のラッパの起源と進化】を執筆する過程で、あるスナック菓子に関する興味深い事例に出会いました。当初は本連載の一部として専門的に論じることも検討しましたが、より広い読者層に提示する意義を考慮し、「note BandLifeWorld」において番外編として公表することにいたしました。同媒体では「高校生以下の若年層や音楽専門外の読者にも届く記述を心がけ、専門用語を極力用いない」という方針のもと、「番外編 ビューグル」を執筆・公開しています。
その後、内容を再検討した結果、本シリーズ【日本のラッパの起源と進化】においても記録しておくべき事例であると考えました。note掲載時の記事に専門的な視点からの修正を加え、再構成したのが、この記事「アメリカには『ビューグルス』という、信号ラッパ ( ビューグル)由来のスナック菓子がある」です。
ビューグル
ビューグル(Bugle)、すなわち日本で「信号ラッパ」あるいは単に「ラッパ」と呼ばれる楽器は、構造上、発音可能な音高が限定されている自然倍音楽器です。通常使用されるのは、ド・ソ・ド・ミ・ソの五音です 。
つまりビューグルは、「限られた音素材によって機能を果たす楽器」であると言えます。

ロシアの「食事ラッパ」
本動画で紹介されているは、ソ連時代のピオネール(ボーイスカウトに類する青少年組織)のキャンプ等で用いられたラッパ信号「Бери ложку, бери хлеб!」 という曲です。
その意味は「さあスプーンを持て、パンを持て!」であり、ロシアでは、この旋律を聞くと当該語句が想起されるとされています。音のみで意味伝達が成立する点に信号ラッパの機能的特徴が認められます。
譜例 2に示す通り、本曲はわずか三音だけで構成されていますが、信号としての役割を十分に果たしています。

なお、動画で使用されているのは、B♭管のラッパで、YouTubeチャンネルСигналы горна(ラッパ信号)では、ロシアの号音11種が紹介されています。

フランス起源との関係
ロシアの当該号音には明確な先行例があります。すなわち、フランスの信号ラッパ譜に見られる「LA SOUPE」 です。1865年のClodomir教本にも収載されており、音構成はロシア版と同一です。
さらに日本においても、同旋律は1867年(慶応3)刊行の『喇叭譜号 全』に「夕飯」 として掲載されています。
同一旋律が国境を越え、一世紀以上にわたり生活信号として機能してきた事実は、信号ラッパ文化の伝播と継続性を示す重要な資料的価値を有しています。


金管楽器の倍音
ビューグルは倍音列に基づいて発音する自然倍音楽器です。通常使用頻度の高い第2倍音から第6倍音に加え、熟練者であればより高次の倍音や基音(いわゆるペダルトーン)を発音することも可能です。
もっとも、ピストン機構を有するトランペットのように半音階的な自由度を持つわけではありません。音高に制限が存在するからこそ、奏者には音程制御と技術的工夫が求められる楽器であると言えます。

ビューグルによるクラシック作品の演奏
長野県須坂市消防団による「ウィリアム・テル序曲」(ロッシーニ作曲/田中春洋編曲)の演奏は、信号ラッパによる管弦楽作品再構成の一例です。制約下における旋律抽出と響きの処理の工夫が確認できます。
また、「名曲の主題によるラッパ隊序曲」はスッペ作曲「軽騎兵序曲」を基礎とする編曲であり、信号ラッパのレパートリー拡張の試みとして位置づけることができます。
スナック菓子「ビューグルス」
本シリーズ『音商標への登録』に向けた調査の過程で、ビューグル(信号ラッパ)に由来するスナック菓子『ビューグルス(Bugles)』の存在を確認しました。
大幸薬品の「食事ラッパ」が音商標として登録された事例を踏まえると、米国において先行する本商品が音商標化されている可能性も想定されましたが、現時点ではその事実は確認できていません。
本商品は1964年、米国食品企業ゼネラル・ミルズ(General Mills, Inc.)より発売されました。円錐形の形状は信号ラッパのベル(朝顔)を想起させ、名称・形状・イメージが明確に結びついた商品設計となっています。
現在も各国で販売が継続され、多様なフレーバー展開がなされています。
とんがりコーンとの関係
日本では、1978年5月にハウス食品より「とんがりコーン」が発売されました。同社の公式説明によれば、本商品はゼネラルミルズ社との技術提携により開発されたものであり、原形は米国の「Bugles」です。
したがって、両商品の形状的類似は偶然ではなく、技術的・商品史的連続性に基づくものと理解できます。
なお、発売年である1978年は『宇宙戦艦ヤマト』劇場版公開期にあたり、日本SF 史の転換点と位置づけられる時期でもありました。
*1 science fiction空想科学小説
音と形の記憶
ビューグルは「限られた音によって意味を伝達する楽器」です。一方、ビューグルスは「形状によってイメージを想起させる商品」です。
音は目に見えませんが、人の行動を喚起する機能を持っています。形は視覚的に捉えることができますが、その背後には歴史的文脈が存在します。
軍隊の合図として鳴らされたラッパ、生活信号として用いられたラッパ、そして指先にはめて遊ぶ円錐形の菓子。
音は消えても記憶は残ります。形は変化しても由来をとどめています。
本シリーズが追究してきたのは、日本における信号ラッパの歴史です。その過程で出会った「ビューグルス」は、音そのものではなく、「ラッパ」という文化的イメージの持続を示す一例であると言えるでしょう。
あの円錐形を見ると、どこかでラッパの音が聞こえるように感じられるのです。

HIRAIDE HISASHI
【日本のラッパの起源と進化】シリーズ 1〜30
【日本のラッパの起源と進化】 - その1
― フランス軍事顧問団とギュティグの役割 ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その2
― 二度来日したラッパ伍長ギュティグ ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その3
― 喇叭譜号 全 (一般信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その4
― 喇叭譜号 全 (運動合図信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その5
― 喇叭譜号 全 (三重奏と部隊信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その6
― 『英国歩兵練法』慶応2年の喇叭合圖 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7
― 『英国歩兵練法』とフェントン ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7 - 2
― 『英国歩兵練法』とフェントン (改訂版) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その8
― 『英国尾栓銃練兵新式』と『英国銃隊練法』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その9
― 『旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その10
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その1 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その11
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その2 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その12
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その3 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その13
― 『諸外国の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その14
― 『日本の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その15
― 『駆歩行進』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その16
― 『北海道のラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その17
― 『浜松まつりのラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その18
― 『おかえり祭りは二種類ラッパが交互に響く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その19
― 『美川で最初に吹き鳴らされたラッパ譜』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その20
― 『音商標への登録』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル』 ― 《BandLifeWorld版》
【日本のラッパの起源と進化】- その21
― 偕行文庫の『陸海軍喇叭譜』―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その22
― 『イタリア・トリノの消灯ラッパ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その22 【改訂版】
― 『夜空のトランペットのルーツ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その23
― 『朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史 』―
【日本のラッパの起源と進化】- その24
― 『いまさらですが「らっぱ」って何ですか』―
【日本のラッパの起源と進化】- その25
― 『消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録』―
【日本のラッパの起源と進化】- その26
― 『ながのってすごいぞ/御柱』―
【日本のラッパの起源と進化】- その27
― 『ながのってすごいぞ―消防:基礎編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その28
― 『ながのってすごいぞ―消防:応用編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その29
― 『戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発』―
【日本のラッパの起源と進化】- その30
― 『現代音楽作曲家のラッパ譜 ― 黛敏郎と自衛隊儀礼音楽』―
【日本のラッパの起源と進化】- その31
― 『(仮)日本のラッパ文化の構造』―
