ビューグル
同じ筆者による「note HEIDERU MUSIC」では、現在【日本のラッパの起源と進化】というシリーズを連載しています。幕末から始まる日本の信号ラッパの歴史や、その文化的背景をたどのりながら、将来に向けた音楽としての魅力についても考えています。
調査を進める中で、ピストンやバルブ(音の高さを変えるためのボタンや装置)を持たない金管楽器の名前に由来する「ビューグルス」というスナック菓子があることに、あらためて興味を持ちました。
ビューグル
ビューグル(Bugle)は、とてもシンプルなつくりの金管楽器です。ピストンやバルブがなく、管の長さも変えられません。日本では「信号ラッパ」や、単に「ラッパ」と呼ばれています。
この楽器で出せる音は、じつはあまり多くありません。基本的に使われるのは、ド・ソ・ド・ミ・ソの5つの音です 。
ドレミで言うと、「レ」「ファ」「ラ」「シ」は、楽器のしくみ上、普通は出すことができません。
つまりビューグルは、「少ない音で音楽する楽器」なのです。

食事を知らせるラッパの合図
この動画で紹介されているは、ソ連時代のピオネール(ボーイスカウトに似た青少年組織)のキャンプなどで親しまれたラッパ信号です。
朝・昼・夕の食事時間を知らせるために吹奏されていた"Бери ложку, бери хлеб!" という曲です。 意味は「さあスプーンを持て、パンを持て!」です。ロシアでは、このラッパの音を聞くと自然にこの言葉が頭に浮かぶ人も多いそうです。音を聞くだけで意味が伝わる。これが信号ラッパの大きな特徴です。
譜例2を見るとわかるように、この曲は、「ソ・ド・ミ」のわずか3音だけで構成されています。しかし、たった3つの音でも信号としての役割を十分に果たしているのです。

(動画で実際に鳴っている音は、B♭管のラッパを使っているので、シのフラットの音から演奏が始まります。つまり、譜例2は、いわゆるinB♭の楽譜です。)
実は、このロシアの「食事ラッパ」には明確なルーツがあります。それは、フランスの信号ラッパ譜にある「LA SOUPE」 です。1865年のクロドミール(Clodomir)教本にも見られるこの曲と、音の構成(ド・ミ・ド・ソ)が全く同一なのです。国境を越え、100年以上の時を経てもなお、同じメロディが生活の合図として息づいている歴史の深さには驚かされます。

実はもっと音が出せます
基本的には限られた音しか出せないビューグルですが、演奏に熟練すると、譜例 4にあるよう、より多くの音をだすことも可能です。
ただし、それでもピストン付きのトランペットのように自由に音を変えられるわけではありません。制限があるからこそ、工夫や技術が求められる楽器だと言えるでしょう。

ビューグルでクラシック音楽を演奏します
次に紹介する動画は、長野県須坂市消防団が演奏する「ウィリアム・テル序曲」(ロッシーニ作曲 / 田中春洋 編曲 : 長野県消防学校ラッパ課講師)です。
本来はオーケストラで演奏する曲を、ピストンもバルブもない「音数の限られた楽器」で演奏すると、一体どのように響くのか。制約があるからこそ際立つ表現の限界と、そこに挑む面白さがこの楽器の真髄とも言えます。
また、別の動画で公開されている「名曲の主題によるラッパ隊序曲」のベースは「軽騎兵序曲」(スッペ作曲)です。いずれも10年ほど前の記録ですが、現在そのレパートリーがどこまで広がっているのか、非常に興味を惹かれます。
サクサク食感のビューグルス
様々な調査をする中で、『ビューグル』というスナック菓子があることに気づきました。
このお菓子がアメリカで誕生したのは1964年のことです。日本では東京オリンピックのファンファーレが鳴り響いていたまさにその時、海を越えた地ではラッパの形を模したスナックが、人々の食卓を彩り始めていたのです。
それが、アメリカ合衆国の大手食品会社のゼネラル・ミルズ(General Mills, Inc.)が製造・販売しているスナック菓子「ビューグルス(Bugles)」です。
ビューグルスは、トウモロコシを主原料とした、軽くてサクサクとした食感が特徴のお菓子です。1964年に発売され、円錐形のユニークな形が人気を集めました。その形は、名称のとおり「ビューグル(信号ラッパ)」に似ています。
発売から60年を経た現在も、チーズ・キャラメル・タバスコなど多様なフレーバー展開がなされ、カナダ、中国、サウジアラビア、中米・カリブ海諸国の一部、フランス、韓国、タイでも販売されています。

実は1964年当時、ゼネラル・ミルズからは「ホイッスルス(笛)」と「デイジース(ヒナギク)」という異なる形状のスナック菓子も同時に発売されていました。
しかし、最終的に市場に定着したのは「ビューグルス」でした。そのカリカリとした食感と塩味、ローストコーンの風味、そしてラッパのような独特の形状が支持を集め、現在に至るまで継続販売されています。

「突然…スナックが素晴らしい形になった!」というキャッチコピーからは、菓子を三つの具体物に見たてた商品構成がゼネラルミルズ社の販売戦略を伝えてきます。
・中央:ビューグルス (Bugles)
「ラッパ(ビューグル)のような形の、コーン味のカリカリした小さなホーン」と紹介されています。図案では、本物のラッパのベル(朝顔)から、まるで音色が溢れ出すかのように菓子がこぼれ落ちる演出がなされています。
・左 : ホイッスルス(Whistles)
「笛(ホイッスル)のような形をした、中に空気が入ったチェダーチーズ味のスナック」です。右下にはアクメ社の「ポリスホイッスル」と思わせる笛が配置されていて、現在の日本でも見かけるコーンが原材料の「穴の空いた形状の菓子」のルーツを彷彿とさせます。
・右 : デイジース(Daisys)
「ヒナギク(デイジー)の花のような形をした、オーブンで膨らませたポップオーバーのような味のスナック」とあり、左下には可憐なヒナギクの花が添えられています。
サウンドロゴとの関係
スナック菓子「ビューグルス」は、サウンドロゴ(音商標)と企業との結びつきを探る過程で注目した商品です。
ゼネラル・ミルズ社は「ビューグルス」に関する音商標を保有していませんが、コマーシャルではビューグルやトランペットを想起する音を用いていました。
また、商品名に関するキャッチフレーズも複数確認できます。例えば、次のようなものです。
・The snack that looks like a bugle(ラッパのような形をしたスナック)
・Bugles sound the charge (ビューグルが突撃の合図を鳴らす)
・The horn heard around the world (世界中で鳴り響くホルン)
ただし、確認できる範囲では、ビューグルスのコマーシャル映像において、明確な「食事ラッパ」や特定の信号ラッパ定型旋律が使用されている事例は見当たりませんでした。
形状と文化的定着
ビューグルスは、その円錐形を活かして指先にはめ、「魔女の爪」のようにして遊びながら食べるスタイルが広く知られています。この楽しみ方は文化的に定着しており、マーケティングにおいてもその「形状のユニークさ」と「食べる楽しさ」が常に中心に据えられてきました。

音そのものを商標化するには至っていないものの、「名称(Bugle=信号ラッパ)」と「形状(円錐=ラッパ状)」と「音のイメージ(号音・突撃)」がゆるやかに結びついた事例として、ビューグルスは興味深い存在と言えるでしょう。
とんがりコーン
アメリカのスナック菓子「ビューグルス(Bugles)」にそっくりのお菓子が日本にあることに気づきました。それはハウス食品の「とんがりコーン」です。
「とんがりコーン」の発売は、アメリカでの「ビューグルス(Bugles)」発売から14年後の1978年5月です。
Q. とんがりコーンはなぜあのような形になったのですか。
A. 原形のスナック菓子があり、その形を生かしたものです。
「とんがりコーン」は、米国ゼネラルミルズ社との技術提携によって生まれた商品です。
とんがりコーンの原形は、アメリカのスナック菓子「Bugles」(ビューグルス:らっぱ、つのぶえという意味)で、三角帽子のような形でした。
当時の開発担当者は、この形のおもしろさに強く惹かれ、「Bugles」を弊社独自の技術で日本流にアレンジし、「とんがりコーン」として、発売しました。
そっくりなのは当然でした。
なお、発売が開始された1978年は 『宇宙戦艦ヤマト』ブームがピークに達し、劇場版が公開された日本SF 史の転換点で、世界的には『スター・ウォーズ』(77年)公開後のSF黄金期でした。
*1 science fiction空想科学小説のこと
「とんがりコーン」が発売されて50年近く経過しましたが、その人気は本家「ビューグルス」に劣らず健在です。現在は「あっさり塩」「焼とうもろこし」「ロイヤルミルクティー」「チーズタッカルビ」が発売中のようです。
近くの食料品店で税込172円で「あっさり塩」を購入しました。
食べたことは、あります。
自分で買うのは初めてです。
指先に、はめ・・・ません。

音と形の記憶
ビューグルは、「少ない音で伝える楽器」です。
スナック菓子のビューグルスは、「形で楽しませる商品」です。
音は目に見えません。けれど、人の行動を動かします。
形は手で触れられます。けれど、その背後には歴史があります。
軍隊の合図として鳴ったラッパ。
食事の時間を知らせたラッパ。
そして今は、指先にはめて遊ぶ円錐形のお菓子。
音は消えても、記憶は残る。
形は変わっても、どこかに由来をとどめている。
本シリーズでは、日本の信号ラッパの歩みを追ってきました。
その途中で出会った「ビューグルス」は、音そのものではなく、“ラッパというイメージ”が文化として生き続けていることを示す小さな例かもしれません。
もっとも私は、せっかく買った「とんがりコーン」を指にはめずに食べてしまいましたが。
それでも、あの円錐形を見ると、どこかでラッパの音が聞こえる気がします。

HIRAIDE HISASHI
【日本のラッパの起源と進化】シリーズ 1〜30
【日本のラッパの起源と進化】 - その1
― フランス軍事顧問団とギュティグの役割 ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その2
― 二度来日したラッパ伍長ギュティグ ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その3
― 喇叭譜号 全 (一般信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その4
― 喇叭譜号 全 (運動合図信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その5
― 喇叭譜号 全 (三重奏と部隊信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その6
― 『英国歩兵練法』慶応2年の喇叭合圖 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7
― 『英国歩兵練法』とフェントン ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7 - 2
― 『英国歩兵練法』とフェントン (改訂版) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その8
― 『英国尾栓銃練兵新式』と『英国銃隊練法』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その9
― 『旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その10
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その1 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その11
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その2 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その12
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その3 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その13
― 『諸外国の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その14
― 『日本の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その15
― 『駆歩行進』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その16
― 『北海道のラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その17
― 『浜松まつりのラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その18
― 『おかえり祭りは二種類ラッパが交互に響く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その19
― 『美川で最初に吹き鳴らされたラッパ譜』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その20
― 『音商標への登録』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル』 ― 《BandLifeWorld版》
【日本のラッパの起源と進化】- その21
― 偕行文庫の『陸海軍喇叭譜』―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その22
― 『イタリア・トリノの消灯ラッパ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その22 【改訂版】
― 『夜空のトランペットのルーツ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その23
― 『朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史 』―
【日本のラッパの起源と進化】- その24
― 『いまさらですが「らっぱ」って何ですか』―
【日本のラッパの起源と進化】- その25
― 『消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録』―
【日本のラッパの起源と進化】- その26
― 『ながのってすごいぞ/御柱』―
【日本のラッパの起源と進化】- その27
― 『ながのってすごいぞ―消防:基礎編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その28
― 『ながのってすごいぞ―消防:応用編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その29
― 『戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発』―
【日本のラッパの起源と進化】- その30
― 『現代音楽作曲家のラッパ譜 ― 黛敏郎と自衛隊儀礼音楽』―
【日本のラッパの起源と進化】- その31
― 『(仮)日本のラッパ文化の構造』―
