【日本のラッパの起源と進化】フランス軍事顧問団がもたらした「音の信号」 - その1
浜松まつりのラッパを知ったとき、地域の中で息づくその存在に驚きを覚えました。ラッパの音は祭り全体の動きを支えています。昼の凧揚げ合戦では各町の動きをそろえる合図となり、夜の御殿屋台の引き回しでは隊列を整え、華やかな行列にリズムと勢いを与えます。浜松まつりのラッパは、人びとの心をつなぎ、祭りを動かす「音の指揮者」として欠かせない存在なのです。
「音の指揮者」としてのラッパの多様性
浜松まつりの熱気を伝えるラッパ、そして現代の自衛隊で鳴り響く起床ラッパ。これらの力強い響きは、実は遠くフランスにその源流を持っています。
慶応三年(1867年)春、江戸幕府の歩兵隊は、フランス人教官ギュティグ伍長(Guttig, caporal clairon : 山口常光氏 の資料では「ギュティング」)の指導のもと、初めて信号ラッパ(西洋式ラッパ=ビューグル)の教習を受けました。これが、日本の近代軍隊におけるラッパ導入の契機となりました。フランス軍事顧問団 )による技術移入は、その後の陸軍軍楽隊の設立へとつながる重要な第一歩でした。
明治維新後も、新政府は第二次フランス軍事顧問団 を招き、ギュスターヴ・シャルル・ダグロン(Gustave Charles Dacremont)が「信号ラッパ」の体系と技術を本格的に伝えました。こうした導入された体系こそが日本の軍隊・自衛隊、そしてのちの地域文化にまで根付く“ラッパ文化”の源流となったのです。
ここでは、このフランスに遡る系譜を辿りながら、信号ラッパが日本の歴史の中でどのように「命令」「鼓舞」「伝統」を伝える音として発展し、各地の文化へ広がっていったのかを探っていきます。
*1 日本ラッパ史 (山口常光)
*2 第一次フランス軍事顧問団 (1867-1868)
*3 第二次フランス軍事顧問団 (1872-1880)
日本のラッパの「夜明け」とフランス軍事顧問団
第一次フランス軍事顧問団(1867〜1868)は、西洋式陸軍の訓練を行うためにフランスから日本へ派遣された総勢19名からなる専門家集団です。その中には、近衛猟兵連隊のラッパ手であったギュティグが含まれていました。彼の存在は、近代陸軍においてラッパが不可欠の役割を担っていたことを示すとともに、日本のラッパ文化の夜明けを告げる重要な要素となりました。
ギュティグとラッパ譜の導入
日本の信号ラッパの歴史は、明治政府が目指した富国強兵政策と、そのために招聘されたフランス軍事顧問団の存在なしには語れません。当時、日本が近代陸軍の範としたフランスは、ヨーロッパ随一の陸軍国でした。
ギュティグは、日本に初めて本格的な西洋式軍隊ラッパ(ビューグル)と、その信号を記したラッパ譜(信号楽譜)をもたらした人物です。彼はラッパ手候補生に対し、演奏技術のみならず、「起床」「集合」などの実用的な信号体系を教授し、日本の信号ラッパ制度の基礎を築きました。
「田邊良輔編『喇叭符号 全』(慶応三年・木版)」
慶応三年(1867)、田邊良輔編による木版教本『喇叭符号 全』が刊行されました。表紙には「喇叭符号 全」、扉には「軽歩兵 大隊教練之 号音」と記され、幕府軽歩兵大隊の訓練用教材であることが示されています。そこにギュティグの名は記されていませんが、発行時期とその内容からギュティグの教授内容の一端を記したものと考えられます。
軽歩兵大隊は、江戸幕府が進めた西洋式軍制改革の成果の一つで、江戸城の守備や市中警備を担う常備歩兵部隊として編成されました。従来の旗本・御家人の軍役に依存せず、近代的訓練を受けた兵士によって構成され、フランス人教官の指導により西洋式戦術を導入していました。
この部隊に不可欠な号音を体系化した『喇叭符号 全』は、日本におけるラッパ信号導入の嚆矢 を示す貴重な史料です。山口常光『日本ラッパ史』はこの教本を紹介し、幕末に西洋軍事技術が国内で受容され、制度化されていく過程を物語るものとして位置づけています。
*4 嚆矢: 物事の始まり
『喇叭符号 全』
『喇叭符号 全』には、ラッパによる号音 が47曲掲載されています。
この教本の3枚目には、第7曲の4小節目からと第8曲・第9曲が掲載されています。

第七番は、塡銃歩(銃に弾薬を装填し歩く)と記された曲です。

これは1863年出版のA. Blancheteau (18?? - 18??)著 Petite méthode de clairon d'ordonnance(制式ラッパ奏法小教程)のNo.7と同じ曲です。曲名のLE PAS DE CHARGEは、「銃を装填しながら前進」といった意味になります。

第八番は、駆足と記されています。

これは1857年出版のGeorges Tilliard (18?? - 1913)著 Méthode pour le clairon simple(単音ラッパのための教程)のNo.22と同曲です。曲名のPAS GYMNASTIQUは、「体操行進」といった意味になります。

第九は、眠覚と記されています。

これは1857年出版のGeorges Tilliard (18?? - 1913)著 ラッパ簡易教本(Méthode pour le clairon simple)のNo.8と同曲です。曲名のLE REVEILは、「目覚め(起床)」といった意味になります。

*5 「合図の音」、軍隊においてはラッパや太鼓などを使って部隊に指示を伝えるための信号音
フランスのラッパ教本
フランス国立図書館のデジタルライブラリー |Gallica《ガリカ》を利用して、江戸時代末期から明治時代にかけてフランスで出版されたラッパ教本を調査したところ、9冊の関連資料を確認することができました。
日本のラッパ導入の父であるギュティグ(Gutthig)は、慶応3年(1867年)に来日する以前、母国フランスでこれらの教本を用いて学んでいた可能性が高いです。
そこで、彼自身が学んだ可能性のある1857年、1863年、1864年、1865年に刊行された教本に特に注目しました。しかし、これらの4冊の教本に掲載されているラッパ曲と、日本で最初に作られた『喇叭符号 全』に掲載されている曲を比較した結果、すべてが一致することはありませんでした。
さらに興味深いのは、確認できた4冊には掲載されていないにもかかわらず、1869年刊行(ギュティグ離日後)の教本に掲載されている曲が、『喇叭符号 全』には含まれているという事実です。
つまり、ギュティグが日本に持ち込んだであろうラッパ譜の原典教本は、今回確認した9冊の中には完全な形で含まれておらず、まだ Gallica 等で未確認の教本が存在する可能性が非常に高いということが分かりました。日本のラッパ史のルーツを辿る旅は、未だ道半ばであると言えるでしょう。
1. 『メトード・プール・ル・クレロン・サンプル― 音楽理論要約および単奏・連打練習曲集』
ジョルジュ・ティヤール(Georges Tilliard : 18??-1913)著
(Méthode pour le clairon simple, contenant l’abrégé des principes de musique, exercices simples et doubles coups de clairon)
1857年刊 (安政4年)
2. 『プティット・メトード・ドゥ・クレロン・ドルドナンス― 軍用信号ラッパ小教程』
A. ブランシュトー(A.Blancheteau : 18??-18??) 著
(Petite méthode de clairon d’ordonnance)
1863年刊 (文久3年)
3. 『メトード・アドプテ・プール・レチュード・デ・ソヌリー ― 海軍歩兵大隊および上陸部隊中隊におけるラッパ信号教程』
フランス海軍歩兵大隊 編
(Méthode adoptée pour l’étude des sonneries dans les bataillons de marins fusiliers et les compagnies de débarquement)
1864年刊 (元治元年)
4. 『メトード・コンプレット・ドゥ・クレロン・ドルドナンス ― 制式軍用信号ラッパ完全教程』
ピエール・フランソワ・クロドミール(Pierre François Clodomir : 1815-1884) 著
(Méthode complète de clairon d’ordonnance)
1865年刊 (慶応元年)
5. 『メトード・ドゥ・クレロン・ドルドナンス ― 制式軍用信号ラッパ教程』
アドリアン・ジャン・ジョゼフ・マリ・ラガール(Adrien Jean Joseph Marie Lagard : 1821-1878) 著
(Méthode de clairon d’ordonnance)
1869年刊(明治2年)
6. 『メトード・プール・ル・クレロン ― 信号ラッパ教程』
フェリックス・カルノー(Félix Carnaud : 1815-1890) 著
(Méthode pour le clairon)
1870年刊(明治3年)
7. 『1875年6月12日制定 歩兵操練規程 第五編 旅団教練』
フランス戦争省 編
(Règlement du 12 juin 1875 sur les manœuvres de l’infanterie.
Titre cinquième, École de brigade)
規程制定:1875年(明治8年)
刊行:1877年(明治10年)
8. 『歩兵科 制式公式号笛信号譜集』
アントナン・ルイ(Louis Antonin : 1845-1915) 編
(Sonneries d’ordonnance officielles et réglementaires de l’infanterie)
1884年刊(明治17年)
9.『ラッパ教程(挿絵・楽器解説付/制式号音収載)』
E・ランディ(実名不詳)著
(Méthode de clairon … contenant les sonneries d’ordonnance)
1902年刊(明治35年)
*5 Gallicaは、フランス国立図書館が提供・運営している、大規模なデジタルライブラリー
予告
【日本のラッパの起源と進化】フランス軍事顧問団がもたらした「音の信号」 - その3 では、『喇叭符号 全』のラッパ譜は、どのフランス教本に掲載されているのかを探ります。
【日本のラッパの起源と進化】シリーズ 1〜30
【日本のラッパの起源と進化】 - その1
― フランス軍事顧問団とギュティグの役割 ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その2
― 二度来日したラッパ伍長ギュティグ ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その3
― 喇叭譜号 全 (一般信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その4
― 喇叭譜号 全 (運動合図信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その5
― 喇叭譜号 全 (三重奏と部隊信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その6
― 『英国歩兵練法』慶応2年の喇叭合圖 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7
― 『英国歩兵練法』とフェントン ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7 - 2
― 『英国歩兵練法』とフェントン (改訂版) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その8
― 『英国尾栓銃練兵新式』と『英国銃隊練法』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その9
― 『旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その10
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その1 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その11
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その2 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その12
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その3 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その13
― 『諸外国の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その14
― 『日本の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その15
― 『駆歩行進』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その16
― 『北海道のラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その17
― 『浜松まつりのラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その18
― 『おかえり祭りは二種類ラッパが交互に響く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その19
― 『美川で最初に吹き鳴らされたラッパ譜』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その20
― 『音商標への登録』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル』 ― 《BandLifeWorld版》
【日本のラッパの起源と進化】- その21
― 偕行文庫の『陸海軍喇叭譜』―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その22
― 『イタリア・トリノの消灯ラッパ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その22 【改訂版】
― 『夜空のトランペットのルーツ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その23
― 『朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史 』―
【日本のラッパの起源と進化】- その24
― 『いまさらですが「らっぱ」って何ですか』―
【日本のラッパの起源と進化】- その25
― 『消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録』―
【日本のラッパの起源と進化】- その26
― 『ながのってすごいぞ/御柱』―
【日本のラッパの起源と進化】- その27
― 『ながのってすごいぞ―消防:基礎編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その28
― 『ながのってすごいぞ―消防:応用編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その29
― 『戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発』―
【日本のラッパの起源と進化】- その30
― 『現代音楽作曲家のラッパ譜 ― 黛敏郎と自衛隊儀礼音楽』―
【日本のラッパの起源と進化】- その31
― 『(仮)日本のラッパ文化の構造』―
