戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発
【日本のラッパの起源と進化】- その29
須摩洋朔(1907-2000)作曲の行進曲「大空」を初めて耳にしたのは、昭和45年(1970)6月5日の「北海道音楽大行進(護国神社例大祭慰霊音楽大行進)」の時だったと記憶しています。
この曲が昭和31年(1956)の「第4回全日本吹奏楽コンクール」一般・大学の部の課題曲であったことや、陸上自衛隊の制式行進曲であること、そして須摩氏自身が陸上自衛隊中央音楽隊の初代隊長を務めていたことを知ったのは、ずいぶん後になってからのことでした。
また、本シリーズを書き進める中で、須摩氏が数多くの信号ラッパ曲を手がけており、それらが今なお日々吹奏されているという事実も、改めて認識することとなりました。
旧陸海軍の解体とラッパ譜の整備
警察予備隊音楽隊の発足
1945年(昭和20)、太平洋戦争の終結に伴い陸海軍は解体され、日本は連合国軍による占領期を迎えました。こうした状況下にあった日本では、1950年(昭和25)6月25日の朝鮮戦争勃発という国際情勢の急変を受け、同年8月10日に警察予備隊が創設されます。
翌1951年4月1日には音楽隊創設の準備業務が開始され楽長として須摩洋朔氏が選任されました。そして6月2日、警察予備隊音楽隊が発足し、8月10日には警察予備隊創設を記念する初の公式演奏が実施されました。
その後、1951年(昭和26)9月8日のサンフランシスコ平和条約および日米安全保障条約の調印を経て、1952年(昭和27)に警察予備隊が保安隊へ、海上警備隊が警備隊へと改組されました。
この頃、「旧軍のものは一切使用しない」という警察予備隊(のちの保安隊)首脳部の方針 により、須摩氏は新たな音楽の整備に取り組みました。行進曲「大空」、儀礼曲「栄誉礼:栄光」「巡閲の譜」をはじめ、各種の「ラッパ譜」がこの時期に作曲され、戦後日本の新しい儀礼音楽の基礎が形づくられていきました。
*1 林敬三(1907 - 1991) 当時、警察予備隊の全部隊を統括する最高責任者であり、初代総監。
陸上自衛隊中央音楽隊の創設
1954年(昭和29)、陸・海・空の自衛隊体制が整備される中、9月10日に陸上自衛隊中央音楽隊の編成が完結し、初代隊長として須摩洋朔氏が着任しました。
中央音楽隊は、国賓歓迎行事などの国家的儀式における演奏をはじめ、全国各地での演奏活動、さらには全国の陸上自衛隊音楽隊員に対する教育・指導など、多岐にわたる任務を担っています。いわば陸上自衛隊音楽隊の中枢として、「儀礼・広報・教育」の三つの役割を兼ね備えた存在です。
須摩氏は1952年(昭和27年)、公職追放解除の直後に警察予備隊へ「音楽教官」として迎えられました。旧軍の解体によって散逸した人材の再集結を図るとともに、新たな制度の設計や後進の育成にも力を注ぎ、音楽隊の再建に尽力しました。中央音楽隊の創設に至るまでの過程においても、こうした基盤づくりの中心に立ち続けました。
このように、組織の黎明期から10年以上にわたり中心的な役割を果たし続けた須摩氏は、今日に至る陸上自衛隊音楽隊の礎を築いた功労者の一人といえるでしょう。
昭和25年8月10日 警察予備隊発足
昭和25年4月1日 音楽隊創設準備業務開始
昭和26年4月12日 楽長 須摩洋朔、設置場所 深川・越中島に決定
昭和26年4月30日 音楽隊員選抜第1次審査
昭和26年5月28日~31日 音楽隊員選抜第2次審査により要員決定
昭和26年6月2日 音楽隊(45名)発足。(警察予備隊総隊総監部仮分遣隊)
昭和26年8月10日 警察予備隊創立1周年記念式典及び隊歌発表会
昭和26年10月 初のコンサートツアー実施。
昭和27年2月29日 練馬駐屯地に移駐
昭和27年6月7日 音楽隊創立1周年記念演奏会(練馬駐屯地講堂)
昭和27年11月23日 保安隊発足。 保安隊音楽隊と名称変更
昭和29年7月1日 防衛庁設置、陸・海・空自衛隊発足
昭和29年9月10日 陸上自衛隊中央音楽隊編成完結(定員75名)
昭和32年8月27日 芝浦駐屯地に移駐
昭和37年9月1日 初代隊長 1等陸佐 須摩洋朔 離任
須摩洋朔と戦後ラッパ譜
『陸上自衛隊サウンド』によると下記9つの号音は、須摩洋朔作曲とされています。
「起床」「点呼」「食事」「会報」「課業開始」「課業終了」「消灯」「気をつけ」「休め」
また、『陸上自衛隊隊歌集 改訂3版』には、現行の陸上自衛隊で使用されるラッパ譜の一部が掲載されていて、前述の9つの号音を確認することができます。
朝雲新聞社編集局 編『陸上自衛隊隊歌集』,朝雲新聞社,1990.8. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13323813 (参照 2026-03-10)

9つの号音については、『陸上自衛隊サウンド』において須摩洋朔作曲と記されており、「君が代」は山口常光 作曲とされています。しかし、それ以外の号音については、現時点では作曲者を確認することができていません。
もっとも、当時の音楽隊の編成や作曲活動の状況を考慮すると、これらの号音の多くは須摩洋朔氏、あるいはかつて須摩氏の上司であった山口常光氏による可能性が高いと考えられます。ただし、この点については今後の史料の発見による検証が必要です。
なお、これらの号音の旋律には、旧陸軍で用いられていた信号ラッパ譜との類似も認められます。戦後の新しい制度のもとで整備された号音でありながら、その音楽的背景には旧軍の軍楽伝統が影響している可能性も考えられます。
また、『陸上自衛隊サウンド』に見られる作曲者表記が、当時の一次資料に基づくものなのか、あるいは後年の整理によるものなのかについても、現時点では必ずしも明らかではありません。
*2 山口常光(1894 - 1977) 陸軍戸山学校軍楽隊長、初代警視庁音楽隊長。本シリーズ執筆の契機の一つとなった『日本ラッパ史』の著者。
戦後ラッパ譜の成立
戦後、日本の軍事組織は旧陸海軍と明確に断絶する形で再出発しました。警察予備隊の創設にあたり、「旧軍のものは一切使用しない」という方針が示されたことは、その象徴的な出来事といえるでしょう。軍服や階級名称だけでなく、音楽の分野においても、新しい組織にふさわしい制度と文化を整備する必要がありました。
こうした状況のもとで、須摩洋朔を中心とする音楽隊関係者によって、新しい儀礼音楽や信号ラッパ譜の整備が進められていきました。行進曲「大空」や儀礼曲「栄誉礼:栄光」「巡閲の譜」などとともに、日常の部隊生活を支える各種の号音もこの時期に整えられたと考えられます。
しかし、これらの号音の旋律を注意深く見ていくと、その中には旧陸軍で用いられていた信号ラッパ譜との類似を思わせる部分も少なくありません。制度の上では新しい体系として整備されたものでありながら、その音楽的背景には旧軍の軍楽伝統が影響している可能性がうかがえます。
つまり、戦後のラッパ譜は単純な断絶の上に成立したものではなく、新しい組織の理念のもとで再編されながらも、日本の軍楽文化の中で培われてきた信号ラッパの伝統を一定程度受け継ぐ形で成立したものと見ることができるでしょう。
このように考えると、戦後に整備されたラッパ譜は、単なる軍事信号としての機能を超えて、日本のラッパ文化の歴史をつなぐ一つの節目を示しているともいえるのではないでしょうか。

HIRAIDE HISASHI
【日本のラッパの起源と進化】シリーズ 1〜30
【日本のラッパの起源と進化】 - その1
― フランス軍事顧問団とギュティグの役割 ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その2
― 二度来日したラッパ伍長ギュティグ ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その3
― 喇叭譜号 全 (一般信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その4
― 喇叭譜号 全 (運動合図信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その5
― 喇叭譜号 全 (三重奏と部隊信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その6
― 『英国歩兵練法』慶応2年の喇叭合圖 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7
― 『英国歩兵練法』とフェントン ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7 - 2
― 『英国歩兵練法』とフェントン (改訂版) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その8
― 『英国尾栓銃練兵新式』と『英国銃隊練法』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その9
― 『旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その10
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その1 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その11
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その2 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その12
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その3 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その13
― 『諸外国の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その14
― 『日本の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その15
― 『駆歩行進』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その16
― 『北海道のラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その17
― 『浜松まつりのラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その18
― 『おかえり祭りは二種類ラッパが交互に響く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その19
― 『美川で最初に吹き鳴らされたラッパ譜』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その20
― 『音商標への登録』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル』 ― 《BandLifeWorld版》
【日本のラッパの起源と進化】- その21
― 偕行文庫の『陸海軍喇叭譜』―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その22
― 『イタリア・トリノの消灯ラッパ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その22 【改訂版】
― 『夜空のトランペットのルーツ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その23
― 『朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史 』―
【日本のラッパの起源と進化】- その24
― 『いまさらですが「らっぱ」って何ですか』―
【日本のラッパの起源と進化】- その25
― 『消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録』―
【日本のラッパの起源と進化】- その26
― 『ながのってすごいぞ/御柱』―
【日本のラッパの起源と進化】- その27
― 『ながのってすごいぞ―消防:基礎編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その28
― 『ながのってすごいぞ―消防:応用編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その29
― 『戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発』―
【日本のラッパの起源と進化】- その30
― 『現代音楽作曲家のラッパ譜 ― 黛敏郎と自衛隊儀礼音楽』―
【日本のラッパの起源と進化】- その31
― 『(仮)日本のラッパ文化の構造』―
