日本の「食事ラッパ譜」
【日本のラッパの起源と進化】- その14
フランスの La Soupe 、スペインのToque de rancho、ブラジルのRancho、イギリスのMeal Call、ドイツのZUM ESSEN、ロシアのНа обед、アメリカのMess Callに見られるように、食事を知らせるラッパ信号は、軍隊において欠くことのできないものでした。では、日本において、同様の役割を担った食事ラッパは、どのように成立し、どのように変化していたのでしょうか。
日本の「食事ラッパ譜」
明治維新前後、英国陸軍の官定教範『FIELD EXERCISE AND EVOLUTIONS OF INFANTRY』を翻訳・出版した資料として、『英国歩兵練法』(1866年)、『重訂英国歩兵練法(赤本)』(1867年)、『英国尾栓銃練兵新式』(1869年)、『英国銃隊練法』(1871年)の四冊があります。これら四冊の資料には、いずれも底本となった英国陸軍の教範に準拠する「15のラッパ号音」が収録されています。しかし、この基本号音の中には「食事ラッパ」が含まれていないなかったため、当時の翻訳文献を通じて英国由来の食事ラッパ譜が紹介されることはなかったと思われます。
日本の「食事ラッパ譜」の最初 1867年(慶応3)
第一次フランス軍事顧問団(1867-1868年)のギュティグ伍長(Guttig)による指導教材と推測される、慶応3年(1867)刊行の木版刷『喇叭譜号 全』には、ラッパ号音「食事ラッパ譜」《夕飯》が記載されています。


ギュティグ伍長(Guttig)が日本に持ち込んだ教本がどのようなものであったかの特定はできていませんが、彼の来日前後にフランスで出版されていた書籍の中に、ほぼ同じ譜を見ることができます。
それは、1871年に出版されたジュール・ミレスカン(Jules Millescamps, 18..–1891)著『Sonneries générales du clairon selon l’ordonnance du 16 mars 1869, suivies de l’école de tirailleurs et de 35 marches pour la garde nationale』の号音です。

『喇叭譜号 全』に収録された「夕飯」は、第2小節および第6小節の2拍目裏が8分音符となっています。対して、その4年後にフランスで出版された『Sonneries du clairon (1871)』の「LA SOUPE」では、同箇所が16分音符の3連符に置き換わっていて、装飾的な変化が加えられていることが確認できます。
厚生堂発行 『陸海軍喇叭譜』 1897年(明治30)
相沢富蔵 編『陸海軍喇叭譜』,厚生堂,明30.11. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/855031 (参照 2026-02-05)
1885年(明治18年)制定通達された『陸海軍喇叭譜』(以下、「陸海軍喇叭譜1885」)そのものは、現時点では確認できていません。そのため、制定から12年後にあたる1897年(明治30年)に厚生堂から発行された『陸海軍喇叭譜』(以下、「陸海軍喇叭譜1897」)に収録された譜面が、制定当初の内容を推察する上で、唯一にして重要な手がかりとなります。
「陸海軍喇叭譜1897」には、食事に関連するラッパ譜が2種類収録されています。第九十号は「食物分配(食事用意)」を、第九十一号が「食事」の開始を知らせるラッパ譜です。




このうち、第九十一号ラッパ譜「食事」は、欧米諸国の軍隊における Mess Call、Zum Essen、La Soupe に相当する食事号音と位置づけることができます。
喇叭複音新譜 : 附・陸軍喇叭譜 1908年(明41)
永井建子, 山本銃三郎 著『喇叭複音新譜 : 附・陸軍喇叭譜』,宮本武林堂,明41.6. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/855029 (参照 2026-02-05)
『喇叭複音新譜』に収録された「食事」は、第3小節および第7小節の1拍目が付点8分音符と16分音符が組み合わさった、いわゆる「タッカ」という跳ねるリズムが用いられています。
これに対し、厚生堂版『陸海軍喇叭譜』では、同じ箇所が8分音符と2つの16分音符による「タンタカ」という、平易なリズムで記されています。
この「タンタカ」から、より鋭角的で躍動感のある「タッカ」への変容は、信号としての聴取性(遠達性)の向上に加え、当時のラッパ吹奏文化における表現や嗜好の変化という観点からも、注目すべき点といえるでしょう。

陸軍喇叭譜 1910(明治43)
『陸軍喇叭譜』,小林又七,明43.6. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/904216 (参照 2026-02-05)
『陸軍喇叭譜』(1910年)は、先行する『喇叭複音新譜』(1908年)と比較して、反復記号を用いることでより簡潔な記譜へと改められていますが、旋律やリズムなどの根本的な構成に相違は認められません。

喇叭複音新譜 訂正3版 1910(明治43)
永井建子, 山本銃三郎 共著『喇叭複音新譜』,宮本林治,1910. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1085437 (参照 2026-02-05)
『喇叭複音新譜』(1910年)は、先述した『喇叭複音新譜』(1908年)と全て同様で、反復記号を用いることでより簡潔な記譜へと改められてはいません。

喇叭手及喇叭修業兵之友 : 附・陸軍喇叭ノ譜 1914(大正3)
武声居士 著『喇叭手及喇叭修業兵之友 : 附・陸軍喇叭ノ譜』,三伸堂,大正3. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/906150 (参照 2026-02-05)
『喇叭手及喇叭修業兵之友』(1914)は、反復記号を用いることでより簡潔な記譜へと改められています。旋律やリズムなどの根本的な構成に相違はありません。

喇叭教程 附録 1915年(大正4)
『喇叭教程』附録,兵用図書,大正4. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/905268 (参照 2026-02-05)
旋律やリズムなどの根本的な構成に相違はありません。

標準軍歌集 : 付録・陸海軍喇叭譜 1932年(昭和7)
『標準軍歌集 : 附録・陸海軍喇叭譜』,野ばら社,昭和7. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1121351 (参照 2026-02-05)
『標準軍歌集 1932』に収録された「陸軍の食事ラッパ」では、第1・第2小節、および第3章節の2拍目において、従来の「タンタカ」や「タカタカ」というリズムが8分音符2つによる平易な「タンタン」へと置き換わっています。このようにリズムが簡略化されたのは、当時の陸軍における号音の整理・統合の過程を反映していると考えられます。

一方、「海軍の食事ラッパ」は、陸軍に比べて演奏速度(テンポ)が早く指定されている点に特徴があります。リズム面では、第1・第2小節は従来通りの「タンタカ」ですが、3小節および7小節の2拍目のリズムが16分音符が4つ連なる「タカタカ」から、8分音符と2つの16分音符が組み合わさる「タンタカ」のリズムに変更されています。

標準軍歌集 : 付録・陸海軍喇叭譜 1934年(昭和9)
『標準軍歌集 : 附録・陸海軍喇叭譜』,野ばら社,昭和9. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1121483 (参照 2026-02-05)
「標準軍歌集 1932」の陸軍、海軍それぞれと変わりはありません。


戦友軍歌集 1935年(昭和10)
第一線社 編『戦友軍歌集』,野ばら社,昭和10. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1121478 (参照 2026-02-05)
「標準軍歌集 1932」「標準軍歌集 1934」の陸軍、海軍それぞれと変わりはありません。


標準軍歌集 1936年(昭和11)
『標準軍歌集』,野ばら社,昭和11. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1121487 (参照 2026-02-05)
「標準軍歌集 1932」「標準軍歌集 1934」「戦友軍歌集 1935」の陸軍、海軍それぞれと変わりはありません。


標準軍歌集 1938年(昭和13)
『標準軍歌集』,野ばら社,昭和13. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1121251 (参照 2026-02-05)
「標準軍歌集 1932」「標準軍歌集 1934」「戦友軍歌集 1935」「標準軍歌集 1936」の陸軍、海軍それぞれと変わりはありません。


標準軍歌集 改訂2版 1939年(昭和14)
『標準軍歌集』,野ばら社,昭和14. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1121484 (参照 2026-02-05)
「標準軍歌集 1932」「標準軍歌集 1934」「戦友軍歌集 1935」「標準軍歌集 1936」「標準軍歌集 1938」の陸軍、海軍それぞれと変わりはありません。


管楽研究会の軍隊喇叭、喇叭鼓隊教本 1941年(昭和16)
管楽研究会 編『軍隊喇叭、喇叭鼓隊教本』,管楽研究会,昭和16. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1121236 (参照 2026-02-05)
「標準軍歌集 1932」「標準軍歌集 1934」「戦友軍歌集 1935」「標準軍歌集 1936」「標準軍歌集 1938」の「陸軍食事ラッパ」の旋律やリズムと全く変わりがありません。

旧陸海軍の解体と新たなラッパ譜の整備
隊員必携 1954年(昭和29年)
『隊員必携』,文化堂,1954. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1342318 (参照 2026-02-05)
1945年(昭和20)、太平洋戦争の終結に伴い陸海軍は解体され、日本は連合国軍による占領期を迎えました。こうした状況下にあった日本では、1950年(昭和25)6月25日の朝鮮戦争勃発という国際情勢の急変を受け、警察予備隊が創設されます。その後、1951年(昭和26)9月8日のサンフランシスコ平和条約および日米安全保障条約の調印を経て、1952年(昭和27)に警察予備隊が保安隊へ、海上警備隊が警備隊へと改組されました。さらに1954年(昭和29)、陸上・海上自衛隊への改組と航空自衛隊の新設により、現在の自衛隊体制が確立します。
このように、信号ラッパが用いられる場は、戦後の社会情勢の変化とともに大きく移り変わっていきました。その過程において、旧軍の伝統を踏まえながらも、それとは一線を画した新たなラッパ譜が整備されていきます。陸上自衛隊音楽隊の初代隊長である須摩洋朔氏の手により編纂・発表された新ラッパ譜がそれであり、現在も自衛隊で親しまれている「食事」の号音も、その一つに数えられます。

『陸上自衛隊隊歌集』 1990年(平成2)
朝雲新聞社編集局 編『陸上自衛隊隊歌集』,朝雲新聞社,1990.8. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13323813 (参照 2026-02-05)
『隊員必携』(1954年版)と比較すると、演奏速度(テンポ)の指定が「♩=118」とされており、聴感上は判別が困難なほどの僅かな差ではありますが、従来よりも緩やかなテンポ設定へと変更されています。

日本の「食事ラッパ」の150年、その連続と変容
本稿では、日本における「食事ラッパ譜」が歩んだ道のりを、幕末から現代の自衛隊期に至るまで、具体的な史料を手がかりに追いかけてきました。そこから浮かび上がってきたのは、単なる「食事の合図」としての姿ではありません。
それは、外来文化の受容、制度化、実用的な簡略化、そして戦後の再編という、日本の近現代史そのものを音譜に刻み込んだ存在でした。
ルーツはフランス
日本で最も古く確認できる食事ラッパ譜は、慶応3年(1867)の『喇叭譜号 全』に収録された「夕飯」です。当時、英国系の教範には食事の信号が含まれていなかったため、日本の食事ラッパは、第一次フランス軍事顧問団のギュティグ伍長らが伝えたフランス式「La Soupe」を源流として、その第一歩を踏み出しました。
「タンタカ」から「タッカ」へのキレ味
明治18年(1885)の『陸海軍喇叭譜』にり制度化された号音は、1908年の『喇叭複音新譜』以降、興味深い変化を見せます。リズムが「タンタカ」から、より鋭角的な「タッカ」へと変化したのです。これは単なる記譜上の揺れではなく、より遠くへ、より明瞭に音を届かせようとした、現場の要請が生みだした実用面での「進化」だったといえるではないでしょうか。
昭和の簡略化と、陸海の個性
昭和期に入ると、号音はさらに整理され、簡略化・固定化の動きが顕著になります。1930年代の『標準軍歌集』などからは、陸軍と海軍がそれぞれのテンポやリズムに個性を残しつつも、組織として号音体系を機能的に統合していこうとした様子が伺えます。
自衛隊による再定義、須摩洋朔の仕事
1945年の解体を経て、ラッパの物語は戦後の警察予備隊、そして自衛隊へと引き継がれていきます。1954年刊行の『隊員必携』収録された食事ラッパは、旧軍の響きを残しつつも、一線を画した新しい姿を示しています。
初代陸自音楽隊長・須摩洋朔による編纂は、過去をすべて捨てる「断絶」ではなく、良いものを選び取り、新しい時代の規範として仕立て直す「再構成」の作業だったといえるでしょう。
日常の音に宿る歴史
こうして振り返ると、日本の食事ラッパは、フランス式の導入に始まり、明治の制度化、昭和の簡略化、そして戦後の再定義という、約一世紀半にわたる「連続と変容」の歴史をその短い旋律の中に内包しています。
毎日決まった時間に、当たり前のように流れてくる素朴な「食事」の号音。しかし、その中には日本の軍楽と信号音の歴史を読み解くための、きわめて重要なヒントが詰まっていました。

HIRAIDE HISASHI
【日本のラッパの起源と進化】シリーズ 1〜30
【日本のラッパの起源と進化】 - その1
― フランス軍事顧問団とギュティグの役割 ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その2
― 二度来日したラッパ伍長ギュティグ ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その3
― 喇叭譜号 全 (一般信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その4
― 喇叭譜号 全 (運動合図信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その5
― 喇叭譜号 全 (三重奏と部隊信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その6
― 『英国歩兵練法』慶応2年の喇叭合圖 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7
― 『英国歩兵練法』とフェントン ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7 - 2
― 『英国歩兵練法』とフェントン (改訂版) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その8
― 『英国尾栓銃練兵新式』と『英国銃隊練法』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その9
― 『旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その10
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その1 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その11
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その2 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その12
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その3 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その13
― 『諸外国の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その14
― 『日本の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その15
― 『駆歩行進』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その16
― 『北海道のラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その17
― 『浜松まつりのラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その18
― 『おかえり祭りは二種類ラッパが交互に響く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その19
― 『美川で最初に吹き鳴らされたラッパ譜』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その20
― 『音商標への登録』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル』 ― 《BandLifeWorld版》
【日本のラッパの起源と進化】- その21
― 偕行文庫の『陸海軍喇叭譜』―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その22
― 『イタリア・トリノの消灯ラッパ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その22 【改訂版】
― 『夜空のトランペットのルーツ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その23
― 『朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史 』―
【日本のラッパの起源と進化】- その24
― 『いまさらですが「らっぱ」って何ですか』―
【日本のラッパの起源と進化】- その25
― 『消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録』―
【日本のラッパの起源と進化】- その26
― 『ながのってすごいぞ/御柱』―
【日本のラッパの起源と進化】- その27
― 『ながのってすごいぞ―消防:基礎編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その28
― 『ながのってすごいぞ―消防:応用編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その29
― 『戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発』―
【日本のラッパの起源と進化】- その30
― 『現代音楽作曲家のラッパ譜 ― 黛敏郎と自衛隊儀礼音楽』―
【日本のラッパの起源と進化】- その31
― 『(仮)日本のラッパ文化の構造』―
