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音商標への登録

【日本のラッパの起源と進化】- その20

 ラッパ/喇叭/ビューグル / Bugle《ビューグル》(英語) / Clairon《クレロン》(フランス語) / Corneta《コルネタ》(スペイン語) / Clarim《クラリン》(ポルトガル語) / Signalhorn《ズィグナールホルン》(ドイツ語) / горн《ゴルン》(ロシア語) / Klaroen《クラルーン》(オランダ語) / 军用号角《ジュンヨン・ハオジャオ》(中国語) / Borazan《ボラザン》(トルコ語) / բուգլ《ブグル》(アルメニア語) / شیپور نظامی《シープール・ネザーミー》(ペルシャ語)
 これらは、いずれも軍用信号ラッパに相当する各国語表記であり、軍隊において号音を奏するバルブを持たない金管楽器を指します。
 各国では、長年用いられてきた号音が文化的記憶として定着し、ときに特定の企業や商品のイメージと結びつく例もみられるようです。日本では、とりわけ「食事ラッパ」が広く知られています。


音商標おとしょうひょう

音のみからなりたつ商標

 2017年(平成29)9月、特許庁は、それまで認めていなかった「音楽的要素 *1のみからなる音商標」の出願について、初めて登録を認めました。
 それ以前に認めていたのは、言葉や動物の鳴き声などを伴う音商標であり、音楽的要素のみで構成された商標の登録はこれが初めてでした。
 登録が認められたのは、国内1社、国外2社の計3社です。
・大幸薬品 ― 大幸薬品の音商標
・インテル・コーポレーション ― インテルの音商標
・Bayerische Motoren Werke Aktiengesellschaft(BMW) ― BMWの音商標

*1 音楽的要素とは、メロディー、ハーモニー、リズム、テンポ、音色などを指します。

世界初の音商標

 世界で初めて登録された音の商標は、1950年にアメリカ合衆国で認められた、三大ネットワークのひとつであるNBCの番組で使用されたチャイム音です。
 これは、音高G・E・Cの三音からなるモチーフで、一般に「NBCのチャイム(NBC chimes)」と呼ばれています。

日本の音商標

 日本では従来、文字・図形・記号・立体形状など、視覚的に認識可能なもののみが商標登録の対象でした。しかし、2015年4月1日の商標法改正により、「音」を含む商標も登録可能となりました。
 同日、多くの企業が音商標を出願しました。同年10月には、言葉を含む音商標の登録が認められました。たとえば「久光製薬」の社名を「ヒ・サ・ミ・ツ」と4音(E・G・E・F#)のメロディに乗せて歌う形式のものです。
 このように、社名や商品名を旋律に乗せて歌うタイプは比較的早期に登録が認められました。一方、メロディや効果音のみで言葉を含まない音商標については、登録までにより慎重な審査が行われました。

大幸薬品

音商標登録

 大幸薬品は、久光製薬などとともに2015年4月に音商標を出願しました。しかし、その登録が認められたのは、久光製薬に遅れること約2年、2017年9月のことでした。
 その理由の一つは、申請されたメロディーが「食事ラッパ」として知られる旧日本軍の信号ラッパに由来していた点にあります。「食事ラッパ」は既存の旋律であり、公共的性格を帯びた音と受け取られる可能性があるため、特定の企業による独占の可否について慎重な判断が求められたと考えられます。
 大幸薬品は、1951年(昭和26)9月、日本の民間ラジオ放送開始期に大阪の新日本放送(現・毎日放送)で、「正露丸(中島正露丸)」のCMに号音「食事ラッパ」を使用しました。
 以来、このメロディーを長年継続使用した結果、号音「食事ラッパ」を聞くと「正露丸」を想起するという消費者認識が形成されました。こうした資料を特許庁に提出したことにより、2017年9月、大幸薬品の音は、日本で初めて「純粋な音のみ」によって登録された3件の商標のうちの一つとなりました。
 歴史的に広く知られた既存の旋律が、長年の使用実績により特定企業を想起させる音として認められた点において、本件はきわめて稀有な事例であると言えます。

「ラッパのメロディ」の歴史

大幸薬品の「正露丸」のCMで「ラッパのメロディ」がサウンドロゴとして使われ始めたのは、ラジオCMを開始した1951年(大阪・新日本放送)。
  ― 中略 ―
 このラッパのメロディは、2017年に商標の登録が完了し、大幸薬品の「正露丸」のブランドイメージを消費者に伝えるための、なくてはならないメロディとなっています。

大幸薬品ウェヴページより

大幸薬品の音商標譜

 大幸薬品の楽譜(譜例A)は、1932年(昭和7)発行の『標準軍歌集 : 附録・陸海軍喇叭譜』(譜例B)に掲載された号音と比較すると、表記上の相違はあるものの、実演上は同一の号音であると考えられます。
 主な相違点は次のとおりです。

・Aは4/4拍子、Bは2/4拍子
・Aは変ロ長調、Bはハ長調である(ただしBをinB♭譜として読めば実音は同一)
・Aは速度標語「Allegro」付き、Bは♩=114のテンポ指定
・Aには、ほぼすべての音にスタッカートが付されているが、Bにはない
・Bにはフェルマータがあるが、Aにはない

食事ラッパ

食事ラッパ譜の変遷

 フランスの号音La Soupeを起源とする「喇叭譜号 全」の「夕飯」から、「陸海軍喇叭譜」の「食事」へと継承された食事ラッパは、基本構成を保ちながら細部に変化を重ねてきました。
 主な変化は次のとおりです。

・1908年:付点八分音符+十六分音符による「タッカ」のリズムが導入
・1932年:十六分音符4連のリズムが、八分音符2つへ簡略化
・1954年:基本構成は維持しつつ、音の配列に大きな変更

 大幸薬品の音商標となったのは、1932年(昭和7)に整えられた形の「食事ラッパ」です。すなわち、十六分音符連続部分が簡略化された陸軍系統の号音です。
 1951年の使用開始から66年後、この号音は自社固有の音の象徴として正式に認められました。長期にわたる継続使用と明確な企業意思が結実した事例であると言えるでしょう。

命令の音から識別の音へ

 軍用信号ラッパは、本来、部隊行動を統制するための実用的な号音として生まれました。しかし、それらの旋律は時代を越えて人々の記憶に刻まれ、やがて文化的共有財産とも言える存在となりました。「食事ラッパ」もまた、その一例です。

 2015年の商標法改正により、日本においても音そのものが商標として登録可能となりました。音は単なる合図や旋律ではなく、企業や商品を識別する法的標識となり得ることが明確になったのです。
 大幸薬品の事例は、既存の歴史的旋律が、長年の継続使用と消費者認識の形成を通じて、特定企業を想起させる音として法的に承認された象徴的事例となりました。
 すなわち、軍隊の号音として出発した旋律が、ラジオ放送という近代メディアを経て、最終的には企業ブランドを象徴する音として法制度の中に位置づけられるに至りました。ここには、音の機能が「命令」から「記憶」へ、さらに「識別」へと変容していく過程を見ることができます。

 本稿で追ってきたラッパの歴史は、単なる楽器史や軍楽史にとどまりません。それは、音が社会の中で意味を獲得し続ける過程そのものの歴史でもあるのです。

HIRAIDE HISASHI


【日本のラッパの起源と進化】シリーズ 1〜30

日本のラッパの起源と進化】 - その1
 
― フランス軍事顧問団とギュティグの役割 ―
日本のラッパの起源と進化】 - その2
 
― 二度来日したラッパ伍長ギュティグ ―
日本のラッパの起源と進化】 - その3
 
― 喇叭譜号 全 (一般信号) ―
日本のラッパの起源と進化】 - その4
 
― 喇叭譜号 全 (運動合図信号) ―
日本のラッパの起源と進化】 - その5
 ― 喇叭譜号 全 (三重奏と部隊信号) ―
日本のラッパの起源と進化】- その6
 
― 『英国歩兵練法』慶応2年の喇叭合圖 ―
日本のラッパの起源と進化】- その7
 ― 『英国歩兵練法』とフェントン ―
日本のラッパの起源と進化】- その7 - 2
 
― 『英国歩兵練法』とフェントン (改訂版) ―
日本のラッパの起源と進化】- その8
 ― 『英国尾栓銃練兵新式』と『英国銃隊練法』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その9
 
― 『旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その10
 
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その1 ―
日本のラッパの起源と進化】- その11
 
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その2 ―
日本のラッパの起源と進化】- その12
 ― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その3 ―
日本のラッパの起源と進化】- その13
 
― 『諸外国の「食事ラッパ譜」』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その14
 
― 『日本の「食事ラッパ譜」』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その15
 
― 『駆歩行進』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その16
 ― 『北海道のラッパ』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その17
 ― 『浜松まつりのラッパ』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その18
 ― 『おかえり祭りは二種類ラッパが交互に響く』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その19
 ― 『美川で最初に吹き鳴らされたラッパ譜』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その20
 ― 『音商標への登録』 ―
日本のラッパの起源と進化】- 番外編
 ― 『ビューグル』 ― 《BandLifeWorld版》
日本のラッパの起源と進化】- その21
 ― 偕行文庫の『陸海軍喇叭譜』―
日本のラッパの起源と進化】- 番外編
 ― 『ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その22
 ― 『イタリア・トリノの消灯ラッパ』―
日本のラッパの起源と進化】- その22 改訂版
 ― 『夜空のトランペットのルーツ』―
日本のラッパの起源と進化】- その23
 ― 『朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史 』―
日本のラッパの起源と進化】- その24
 ― 『いまさらですが「らっぱ」って何ですか』―
日本のラッパの起源と進化】- その25
 ― 『消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録』―
日本のラッパの起源と進化】- その26
 ― 『ながのってすごいぞ/御柱』―
日本のラッパの起源と進化】- その27
 ― 『ながのってすごいぞ―消防:基礎編』―
日本のラッパの起源と進化】- その28
 ― 『ながのってすごいぞ―消防:応用編』―
日本のラッパの起源と進化】- その29
 ― 『戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発』―
日本のラッパの起源と進化】- その30
 ― 『現代音楽作曲家のラッパ譜 ― 黛敏郎と自衛隊儀礼音楽』―
【日本のラッパの起源と進化】- その31
 ― 『(仮)日本のラッパ文化の構造』―

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