おかえり祭りは二種類のラッパが交互に響く
【日本のラッパの起源と進化】- その18
この「ラッパ・シリーズ」を書き進める中で、「美川おかえり祭り」という祭りラッパの存在を知りました。この祭りで演奏されるラッパの一つの特徴は、同一の隊列の中で、二巻(A♭管)と三巻(G管)という二種類のラッパ隊が連続して、交代するように演奏される点にあります。筆者の知る限り、このような運用方法の例を他に見出すことができません。
美川おかえり祭り
美川は、2005年に周辺市町村との新設合併により、石川県白山市の行政区域となりました。かつて北前船の寄港地として栄え、一時は石川県庁が置かれたこともあるこの町は、現在も北国街道の宿場町の面影を色濃く残しています。町の誇りは、「水」と「海」の恵みにあります。手取川の伏流水が各所に湧き出る「まっとうな水」の文化が根づき、その清冽な水は、名産であるふぐの子(卵巣)の糠漬けといった独特の食文化を育んできました。
そんな美川の人々が一年で最も熱くなるのが、毎年5月に行われる「美川おかえり祭り」です。精巧な彫刻が施された13台の豪華な台車が町を巡り、勇壮なラッパの音とともに青年団の旗が翻る光景は圧巻です。この祭りは、神様が年に一度、仮安置される高浜御旅所へと向かい、翌日に再び本殿である藤塚神社へ「おかえり」になることから、その名が付けられたと伝えられています。

この祭りの起源は北前船で栄えた元禄(1688-1704)年間の頃ではないかと言われています。北前船は、江戸時代中期から明治時代にかけて、大阪と北海道を日本海回りで往来し、各地で商品を売買しながら利益を上げた商船、ならびにその交易の仕組みを指します。
北前船がもたらした町の繁栄は、13台の「台車」の豪華さに見ることができます。台車に施された精緻な木彫りや金箔、京都の西陣織を思わせる華やかな幕などは、『海の百万石』と称された銭屋五兵衛をはじめとする当時の豪商たちによって整えられました。
この歴史と文化を今に伝える祭りは、2001年に石川県の無形民俗文化財に指定されています。
集合ラッパ
この祭りにラッパ隊が導入されたのは、1930年(昭和5)頃で「中丸行進曲」を高らかに吹奏したとされます。 |
*1 著者 高橋秀雄, 今村充夫 編「祭礼行事 : 都道府県別 石川県」P120
なお、現時点で「中丸行進曲」そのものに関する情報は確認できていません。
祭り当日、ラッパの最初の役割は、祭りの開催を告げる「集合ラッパ」 吹奏です。黒紋付袴に白たすき、白はちまき、足元は白足袋という装いの三人組が早朝四時頃から町内の各交差点などで「集合ラッパ」を吹奏します。これが藤塚神社の春祭りの始まりとなります。
その後、5時半過ぎに駅前へラッパ手全員が集合し、あらためて「集合ラッパ」を吹奏します。続いて藤塚神社まで行進し、八時の神輿御立ちをもって神幸祭が始まります。

確認できる「集合ラッパ」の最も古い形は、1897年に厚生堂が発行した『陸海軍喇叭譜』の「第百七十號ニ同ジ 横隊集合(騎兵一般集合)」 です。

(下段は筆者の打ち直し譜)
1910年発行の陸軍喇叭譜の「集合」 は1897年「横隊集合(騎兵一般集合)」のリズムが簡便に、そして最終音がEからG音に変更になりました。

1936年発行の標準軍歌集 増補の「集レ」 は、1910_陸軍喇叭譜 「集合」前半部分が省略され、おかえり祭りの「集合ラッパ」とほぼ同じ構成のラッパ号音となっています。

神輿担ぎ手の行進
おかえり祭りで使われている三巻(G管)と二巻(A♭管 )二種のラッパは、同時に吹奏すれば不協和音が生じる関係にありますが、本祭りではそれらを交互に演奏することで和声的衝突を回避しています。この演奏法は「おかえり祭り」における特徴的なものであり、本邦のラッパ文化の中でも、筆者の確認できる範囲では類例が見当たらない、きわめて特徴的な演奏形態といえます。
*2 YITK氏提供情報によると「ヤマトの2つ巻As管」

この「行進」 は、台車や神輿が定められた経路を巡行している際に演奏される曲です。祭りの進行を支える基的な号音で、歩調に合わせたテンポで吹奏されます。

原曲は、「全国青年団訓練用標準行進ラッパ曲集」に掲載されている「新鋭行進曲」 です。
なお、消防ラッパ隊で使われているラッパ譜を多数掲載しているウェブサイト「消防ラッパ譜」に、「新鋭行進」としてテンポ設定♩=120の譜が掲載されています。

* 2 シンフォニー楽譜出版社「全国青年団訓練用標準行進ラッパ曲集」昭和16年発行 (YITK 氏の情報により確認することができます)
なお、YouTube「石川県白山市美川おかえり祭り2025」では、三巻(G管)25本、二巻(A♭管)20本、さらに隊列に加わらずラッパを手にしている1本を含め、計46本のラッパが確認できます。今、青年団メンバーが担っていたラッパ手は、OBも加えて祭りを彩っているとのことです。
スタンダード
この「スタンダード」 は、台車が停車している場合や、特定の場所・節目となる場面で演奏される曲です。「行進」にはない装飾音が多く、より華やかな響きを持つ号音です。すなわち、「行進」が機能的・律動的性格をもつのに対し、スタンダードは儀礼的・強調的な性格を帯びています。

「スタンダード」の原曲は「駆歩行進」 です。
(【日本のラッパの起源と進化】- その15 参照)

美川ラッパの律動
太鼓の役割
これまでに様々なラッパ教本を見てくると、そこには小太鼓(Tambour)のページが割かれていたり、ラッパと共に演奏する楽譜が少なからず記されていたりしました。小太鼓がリズムを保つということの他、「信号」としての役割も担っていて、譜にラッパ同様の表題がつけられていることもあります。
・譜例 9 :「フランス陸軍歩兵操典(1877年)附録・信号喇叭譜」「No.2 集合(L'Assemblée)」添え書きには、小太鼓と信号ラッパの合同演奏が可能(Peut s'exécuter avec tambours et clairons réunis.)とあり、小太鼓譜とラッパ譜は別のページに掲載されています。

・譜例 10 :「フランス陸軍歩兵操典(1884年)附録・信号喇叭譜」「第10行進曲(DIXIÈME MARCHE)」

・譜例11 : E. Landy 編『信号ラッパ教本(制式信号収録)』「解散号(La Berloque)」

・譜例 12 : 『軍隊喇叭、喇叭鼓隊教本』「陸軍マーチ」
本楽曲は「陸軍戸山学校軍楽隊編曲」と記されており、編成は小喇叭(2パート)・中喇叭(2パート)・大喇叭・小太鼓・大太鼓から成ります。出版社である「管樂研究會」は、日本管楽器(日管/Nikkan)と密接に連携し、楽譜や情報の提供と楽器製造とを一体化させた、きわめて重要な位置を占めていました。さらに、「吹奏楽講習会」などを主催することで、日本における吹奏楽のスタンダード(編成や演奏法)の形成にも一翼を担っていたと考えられます。
したがって、ここに示された編成は、当時においてラッパ鼓隊の標準的な形態として想定されていたものと考えられます。

浜松まつり紺屋町
浜松まつり紺屋町の会所での出発式にはラッパに太鼓とホイッスルが加えられていますので、それも含めて採譜 しました。ただし、太鼓とホイッスルは様々なアドリブがなされるようです。

大阪関西万博EXPO2025での美川おかえり祭りラッパ隊
美川おかえり祭りのラッパ隊を務める美川青年団のメンバーは、2025年8月27日、大阪市夢洲で開催中の大阪関西万博EXPO2025においてパフォーマンスを披露しました。出演者は、ラッパ担当16人、旗・扇子担当4人、提灯担当1人の計21人。舞台上では「行進」「集合」「スタンダード」の三曲による演奏演技が展開されました。
まず、ラッパ隊が演奏する「行進」 に合わせて、21人が一列となってステージ上手袖から登場します。休符の箇所では「ソーレッ」と掛け声をかけながら舞台へと進み、隊列を整えます。

続いて、ラッパには「にじゅうラッパ」「さんじゅうラッパ」の二種類があるとの説明を挟み、「集合」 が演奏されます。この曲には掛け声は伴いません。

次に、舞台中央で一人が大旗をダイナミックに振り、そのやや後方で三人が扇子による演技を披露します。このパフォーマンスは、「スタンダード」 の演奏に「ワッショイ」の掛け声が彩りを添える中で繰り広げられます。

最後に再び「行進」が奏でられ、21人は一列となり舞台下手へ退場します。
太鼓は使わない
特筆すべきは、美川のラッパ隊は太鼓を一切用いないという点です。 これは、大阪関西万博EXPO2025において披露されたパフォーマンスにおいても、また本祭である「美川おかえり祭り」においても一貫しています。
「浜松まつり」や、そのルーツとされる「フランス軍」「旧日本陸軍」、さらには現代の「消防ラッパ」などに見られる形態では、太鼓とラッパが組み合わされ、ともに鳴り響くことがあります。しかし、美川おかえり祭りにおいては、その形態を採りません。あくまでラッパのみの響きによって隊列を鼓舞し、独自の調和を築いています。
この様式こそが、美川おかえり祭りのラッパ隊を特徴づける、きわめて重要な要素であると言えるでしょう。
天下の奇祭
美川おかえり祭りの動画を視聴していると、美川駅 構内の掲示物に「天下の奇祭」と大書された表示があることに気づきました。また、2023年から2026年までの祭りポスターを確認すると、「奇祭」という語が継続的に用いられていることがわかります。
・2023年「響く昂ぶる天下の奇祭」
・2024年「美川魂ここに受けつぐ」
・2025年「響く昂ぶる天下の奇祭」
・2026年「響く昂ぶる天下の奇祭」
美川おかえり祭りは、北前船文化を背景とする歴史的祭礼であり、神輿が御旅所へ向かい再び本殿へ戻るという明確な神事構造を持っています。さらに、13台の台車の巡行、青年団を中心とする運営体制、そして二種のラッパを交互に演奏する実践などが特徴として挙げられます。
一方で、祭りの基本構造は、神輿の渡御、町ごとの山車、若衆組織といった、日本各地に広く見られる祭礼形式に属しています。したがって、「奇祭」という表現は、学術的分類というよりも、祭りの個性を強調する広報的なキャッチフレーズとして用いられているものと考えられます。
その背景としては、「おかえり」という名称の独自性、台車の規模や装飾の充実度、そして二種のラッパを交互に用いる演奏形態などが挙げられます。
なお、本シリーズの関心であるラッパ文化の観点から見ると、三巻(G管)と二巻(A♭管)という異なる管種を交互に用いる実践は、音楽的には珍しい事例であり、注目に値する要素であることは確かですし、太鼓が使われていないこともその大きな特徴です。
*3 石川県白山市美川中町にある、IRいしかわ鉄道線の駅。2024年3月に北陸新幹線 金沢駅 - 敦賀駅延伸開業に伴い、IRいしかわ鉄道の駅になる。
軍隊信号から民衆の囃子へ
石川県白山市の「美川おかえり祭り」は、いくつかの記録映像を辿るだけでも、その背景と成り立ちの奥深さが強く伝わってきます。そこには、単に古い旋律をなぞるだけではない、地域特有の熱量と文化的な重層性が存在しています。昭和初期に軍隊由来の信号ラッパが導入され、ここでは十三基の台車という歴史ある祭礼装置と分かちがたく結びつき、独自の「囃子」へと昇華されているのです。
本稿で確認してきたように、美川のラッパは「集合」「行進」「スタンダード」といった号音の原型を、陸軍喇叭譜や青年団訓練用曲集と明確につなげています。しかし同時に、それらは軍事的文脈から切り離され、祭礼という共同体の場へと再配置されました。とりわけ、三巻(G管)と二巻(A♭管)という異なる管種を交互に運用する方法、そして太鼓を一切用いない編成は、既存のラッパ文化の枠組みを超えた、美川独自の音響構造を形づくっています。
映像から伝わる激しい装飾音や独特のテンポは、単なる保存ではなく「再創造」の結果です。それは、白山の人々の身体感覚と祭礼の高揚が、信号ラッパという外来の音を地域のエネルギーによって再構築した証左と言えるでしょう。
筆者の住む北海道の開拓地ではなかなか見ることのできなかった「音楽文化の民衆化」とでも言うべき現象が、白山の地では見事なまでに成熟し、しかも現在進行形で息づいています。軍隊の命令伝達手段として整備された号音が、やがて青年団の行進曲となり、さらに祭りの囃子として人々の誇りを支える音へと変貌する――その変遷こそが、日本のラッパ文化が辿り得た一つの帰結なのかもしれません。
美川おかえり祭りのラッパ、それは地域の歴史、共同体の記憶、そして身体の律動が結晶した「民衆の音楽」なのです。

HIRAIDE HISASHI
【日本のラッパの起源と進化】シリーズ 1〜30
【日本のラッパの起源と進化】 - その1
― フランス軍事顧問団とギュティグの役割 ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その2
― 二度来日したラッパ伍長ギュティグ ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その3
― 喇叭譜号 全 (一般信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その4
― 喇叭譜号 全 (運動合図信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】 - その5
― 喇叭譜号 全 (三重奏と部隊信号) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その6
― 『英国歩兵練法』慶応2年の喇叭合圖 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7
― 『英国歩兵練法』とフェントン ―
【日本のラッパの起源と進化】- その7 - 2
― 『英国歩兵練法』とフェントン (改訂版) ―
【日本のラッパの起源と進化】- その8
― 『英国尾栓銃練兵新式』と『英国銃隊練法』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その9
― 『旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その10
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その1 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その11
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その2 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その12
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その3 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その13
― 『諸外国の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その14
― 『日本の「食事ラッパ譜」』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その15
― 『駆歩行進』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その16
― 『北海道のラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その17
― 『浜松まつりのラッパ』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その18
― 『おかえり祭りは二種類ラッパが交互に響く』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その19
― 『美川で最初に吹き鳴らされたラッパ譜』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その20
― 『音商標への登録』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル』 ― 《BandLifeWorld版》
【日本のラッパの起源と進化】- その21
― 偕行文庫の『陸海軍喇叭譜』―
【日本のラッパの起源と進化】- 番外編
― 『ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの』 ―
【日本のラッパの起源と進化】- その22
― 『イタリア・トリノの消灯ラッパ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その22 【改訂版】
― 『夜空のトランペットのルーツ』―
【日本のラッパの起源と進化】- その23
― 『朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史 』―
【日本のラッパの起源と進化】- その24
― 『いまさらですが「らっぱ」って何ですか』―
【日本のラッパの起源と進化】- その25
― 『消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録』―
【日本のラッパの起源と進化】- その26
― 『ながのってすごいぞ/御柱』―
【日本のラッパの起源と進化】- その27
― 『ながのってすごいぞ―消防:基礎編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その28
― 『ながのってすごいぞ―消防:応用編』―
【日本のラッパの起源と進化】- その29
― 『戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発』―
【日本のラッパの起源と進化】- その30
― 『現代音楽作曲家のラッパ譜 ― 黛敏郎と自衛隊儀礼音楽』―
【日本のラッパの起源と進化】- その31
― 『(仮)日本のラッパ文化の構造』―
