そこにいるだれかと我らの未来のために【0】

【あらすじ】
“heard”は、誘拐やDVによって身動きがとれない人の声を聴き救出する組織。
“heard Japan”(“heard”日本支局)でその能力を持っているアメリア。だが彼女の能力が正しく機能しなくなっている。
口うるさい本部から彼女を護り、原因究明に勤しむメンバーだが、みんなどうも道を逸れがちでプライベートな問題に忙しい。
そんな中、アメリアの兄が故郷のデンマークからやってきて現場は更に混乱を極める。
だけどやることは忘れてないよ。みんなアメリアとこの組織が大好きだからね。
スーパーパワーを持った先鋭ばかりが集まっているはずなのにどこかゆるい、愛と平和の問題解決ストーリー

【0】

 こんな音がするものなのか、とそれが起こったときにまずそう考えたことを、あとになって思い出した。その最中はただ、音が次々と身体の中に入ってきた衝撃だけを感じていただけだったのに。その次の瞬間には、音はすべて消えていた。方々でいつも以上に騒がしくいろんな音がしているようだったけれど、自分の中に入ってこないだけだ。なにも聞こえない。耳だけが急に水中に潜ったみたいに。
 クラクション、ブレーキ、衝突音。
 音を言葉に、単なる現象に置き換えて生々しさを消そうとして失敗し、心には重たい、宇宙の始まる前のことを考えたときにも似た、手に余る恐ろしい感覚が腹の奥に生まれてしまった。
 クラクション、ブレーキ、衝突音。
 目の前にはバンパーのへこんだシルバーのホンダが、フロントやタイヤから煙を上げながら止まっていて、運転席から男の人が、エアバックを押しのけて転がるように飛び出てきた。きっと口のなかを噛んでしまったのだろう、唇の端っこから血が流れているが、それ以外のおおきな怪我はないように見える。一度頭を振って、最初は恐る恐る、徐々に出せる限りの全速力で両腕を振り回しながら、脚をもつれさせて走るその人が向かう先はほんの数メートル。ほかにも人が、そっちの方向へ走っていくか、少なくとも立ち止まって顔を向けている。この通りにいる人の中で、その場所にたいして無関心な人はだれもいないみたいだった。
自分にも、すこし顔を、もしかしたら眼球だけをちょっと動かしさえすれば、人々の視線の先にあるものが見えるはずだった。
 だけどまったく動けなかった。
 顔も、視線も、指先も。指先には感覚がなかった。ひどく冷たくて、凍っているみたいだ。
 クラクションブレーキ衝突音。
 あたしの世界に穴が開いたも同然だ。彼女は確かにそう思った。
 あたしの世界に穴が。
 開いたのだ、穴が。これでどこへでも行ける。
 穴が開いたことによってガラスの天井や壁が壊れて、細かい破片がたくさん振ってくるのが感じられた。つぎに、割れた破片がものすごい速さでくっついていく感覚があり、それと同時に音がまた入ってくるようになった。指先にゆっくりと温かさが戻ってきた。手を握ったり閉じたりして確かめてみる。だいじょうぶだ、ちゃんと動ける。壊れたものは元に戻らない。繋がったかけらは元のものとはすこしちがう。
「はは」彼女は、お腹の痙攣にまかせてかすれた笑い声をあげた。「壊れた。やった、壊れた」
 それから彼女は静かにそこを立ち去った。
 歩いているか立ち止まっている人、あるいは車のシートに座っている人たちの中に、そんな彼女を気にかける人はひとりもいなかった。


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