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本能寺の変1852 その一因 2(1)光秀の素性 そ第29話① 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

その一因 2光秀と光慶 (1)光秀の素性 6転機 そ第29話①  

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 信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道  
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2光秀と光慶 (1)光秀の素性 6転機 そ第29話①

 【参照】←◎第152話 ←第152話
 【参照】2光秀と光慶 ← (1)光秀の素性 ←
   1素性  そ第53話 そ第54話① そ第54話② そ第54話③
   2争乱  そ第155話① そ第155話②
   
3下剋上 そ第156話① そ第156話② そ第157話① そ第157話②
  
      そ第158話① そ第158話② そ第158話③ そ第158話④
        
そ第158話⑤ そ第158話⑥ そ第158話⑦ そ第158話⑧
        そ第158話⑨ そ第158話⑩ そ第158話⑪
   4没落  そ第200話① そ第200話② そ第200話③
        そ第201話① そ第201話② そ第201話③ そ第201話④
        そ第201話⑤
   5再興  そ第151話① そ第151話②
        そ第152話① そ第152話② そ第152話③ そ第152話④
        そ第152話⑤ そ第152話⑥ そ第152話⑦ そ第152話⑧ 
        そ第152話⑨ そ第152話⑩
   6転機  そ第19話
        そ第20話①  そ第20話②  そ第21話   そ第22話 
        そ第23話   そ第24話   そ第25話① そ第25話②
        そ第26話①  そ第26話②  そ第27話① そ第27話②
        そ第28話   そ第29話①  そ第29話②

6転機 永禄十年2 天下布武2

 「天下布武」               ◎第29話 第29話  小
 同、永禄十年十一月 (1567) 。
 この頃からである。
 信長は、「天下布武」の朱印を使い始めた。

 信長は、この朱印に、己の決意を込めた。
 以下は、坂井利貞への知行宛行状。
 これが、その初見とされる。

  扶助として、旦嶋の内弐拾貫文申し付くるの上、
  全く知行、相違有るべからざるの状件の如し、
    永禄十
     十一月日             信長(朱印)
      坂井文助殿
             【重史098】(「坂井遺芳」「信長文書の研究」)

 これが、信長の夢。
 すなわち、信長の志向。

 そして、こちらが、その十五年後 (天正十年1582) 。
 信長の志向は、次第に、大きく、膨らんでいく。

 「一大艦隊を編成して、シナを武力で征服し」
                       【重史008】(『日本史』)

  【参照】4光秀の苦悩 2志向の相違 ◎第8話 ◎小8 第8話  小
    ◎世界は、大航海時代であった。
    ◎信長の目は、海外を見ていた。
    ◎信長の「さらなる夢」。      「イエズス会日本年報」
    ◎信長の拡大政策は、止まず。          『日本史』
    ◎これが信長の志向。
    ◎光秀は、信長の「さらなる夢」を知っていた。 

 信長は、目的意識の強い男。
 それが、己の進むべき道。
 この一事に、人生の全てを懸けた。

  人間五十年、
  下天の内をく(比)らぶれば、
  夢幻の如く也、
  一度生を得て、
  滅せぬ者の有るべきか、
                          (『信長公記』)

  【参照】2信長と「敦盛」 人間五十年  小    4 ◎ 

 信長は、正親町天皇より綸旨を与えられた。
 綸旨とは、天皇の命をうけて、蔵人が出す、奉書形式の文書。
 以下は、信長に宛てた、綸旨案である (「経元卿御教書案」) 。

 信長を、大いに、褒め上げて。
 さらに励め、と激励している。

  今度、国々本意に属するの由、
  尤も武勇の長上、天道の感応、古今無双の名将、
  弥(いよいよ)、勝に乗ぜらるべきの条、勿論たり、

 そして、天皇領の回復を求めた。

  
就中(なかんづく)、両国御料所且つは御目録を出さるゝの条、
  厳重に申し付けらるれば、神妙たるべきの旨、
  綸命此の如し、
  これを悉(つく)せ、以って状す、

     永禄十年十一月九日       右中弁  (花押)
                           晴豊(勧修寺)
      織田尾張守殿
                   【重史099】(「信長文書の研究」)

 信長は、熱烈な勤皇家。
 
亡き父、信秀の思いを受け継いでいた。
 親譲りである。

 天文十二年1543、二月。
 信秀は、内裏に、大金を献上した。
 「料足、四千貫計り」
 築地の修繕費用として。
 奈良の英俊は、その額の大きさに驚いている。

  十四日、
  一、或る人、ヽ、
    内裏の四面の築地の蓋(かさ)を、
    尾張の、をた(織田)の弾正、と云ふ物(者)、
    修理して進上申すべきの由、申し、
    はや、料足、四千貫計り、計上と云々、
    事実に於いては、不思議の大営(行い)歟(か)、
          【重史054】(「多聞院日記」天文十二年二月十四日条)

 これらについては、後述する。

 信長は、朝廷から、是認された。
 「天下布武」
  すなわち、「上洛」。

 信長は、熱い男。
 これは、嬉しい。
 有り難い。
 強力な追い風。
 心の支え。
 「機」は、いよいよ、熟しつつあった。



 ⇒ 次へつづく

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