楽園へ 第1話

 あらすじ
伊豆諸島の有人島の一つである四季島。そこで年に一度、行われる奇祭──鬼追い祭り。祭りの夜は何人なんびとも外に出てはならない、という決まりを破って禁足地の森に入っていった配信者は直後に姿を消してしまう。
いなくなった配信者の行方を捜していた京吾たちが見つけたのは、配信者が無残に殺される一部始終を撮影したビデオカメラと、真っ黒に干からびた女の死体だった。
台風によって外部からの救援が望めなくなった離島で連続して起こる凄惨な事件。京吾は愛する者を守るために闘うことを誓う。

あらすじ

  二〇一五年九月二十八日の新聞より

 『東京都・四季島で土砂の中から大量の人骨発見。一五〇〇年代頃のものか』

 二〇一五年九月三十日、伊豆諸島の有人島の一つである四季島で五百体以上の人骨が発見された。人骨が埋まっていたのは、島の北側に位置する四季山の山中。その中でも東側の、つい最近まで禁足地となっていたエリア内だ。
 四季山では、二十六日に直撃した台風の影響で土砂崩れが起こっていた。その復旧作業中に、土砂の中から発見されたのがこの人骨だ。
 放射年代測定によって、これらの人骨は一五〇〇年代頃のものであることが判明した。
 奇妙なことにいずれの人骨にも、人為的に首を切断された形跡があった。
また人骨のほかにも石棺が一つ見つかっており、その中には、太い縄を何重にも巻きつけた人骨が納められていた。この人骨にもやはり、人為的に首を切断された形跡があった。
 これらの白骨は戦によって亡くなった人たちのものなのか、それとも何らかの宗教的儀式が行われていたのか、いずれにせよ今後の研究に注目したい。

 *

 真っ暗な森の中に祝詞がこだましている。重なり、響き合う三人の神職の声のほかに物音はない。虫の声も、風の音すらも。森は死んだように静まり返っている。
 木の影からすこしだけ顔を出して様子をうかがう。肉眼では神職の白い狩衣以外は何も見えない。ただひたすらに闇が広がるばかり。しかしナイトビジョンカメラの画面には儀式の一部始終がしっかりと映し出されている。
 小さな石祠の前で祝詞をあげる三人の神職。祠のうしろには直径十メートルほどの小さな池がある。水深はあまりない。二メートルほどだろう。
 池の水は、周囲に生えているオニグルミの木に含まれるタンニンという成分のせいで、底が見えないほど赤黒く変色している。地獄池という、おどろおどろしい名前もこの水の色に由来する。
 しかし現在は、水は干からびていて、すり鉢状のくぼ地があるばかりだ。ここ一、二ヵ月ろくに雨が降っていないせいだろう。
 祝詞が終わる。息をするのもはばかられるほどの沈黙があたりを支配する。
 柏手の音。神職たちは祠に深々と頭を下げると山を下りていった。
 彼らの背中が完全に見えなくなったのを確認してから、そっと木の陰から出た。カメラは回したままだ。
 懐中電灯を灯して、足元に気をつけながら苔むした祠に近づく。周囲は静まり返っていて、自分の足音と息づかいだけが響いている。
 祠はいたって普通だった。赤い紙垂に榊、お供え物の水と小皿に盛られた塩と米。中央には三十センチくらいの黒い石が鎮座している。島の伝承によると、これは四百年ほど前に四季山に落下した隕石らしい。
 禁足地の森に祀られている祠と聞いて来てみたのに、拍子抜けである。せめて人間の頭蓋骨でも祀られていれば面白かったのに。
 ため息をつく。これでは思っていたよりも再生数が伸びなそうだ。念のため池も撮影しておこうか、そう思って岸辺に立った時だった。
 ──がさっ。
 草のこすれる音がうしろから聞こえた。
 ぎくりと身体がこわばる。反射的に振り返って懐中電灯の光を向ける。円形に切り取られた光の中に、森の木々が浮かび上がる。
 何もいない。しかし、たしかに聞こえる。
 ──がさっ、がさっ。
 獣の足音ではない。明らかに人間の足音。それも早足でこちらに近づいてくる。
 一瞬、神職が戻ってきたのだろうかと思ったが、すぐにその考えは打ち消した。足音は一人分で、しかも神職たちが去った方向とは別の方向から聞こえてくる。
 懐中電灯を握る手がじっとりと汗ばんでいる。先ほどまでまったく感じていなかった恐怖が突然襲ってきた。心臓の音がうるさいくらいに鳴っている。
 足音の主はもうすぐそばまで来ている。
 懐中電灯を点けたままにしておくのも怖いが、消すのはもっと怖い。光に照らし出された木々と、カメラの画面を交互に見る。
 ──がさっ、がさっ、がさっ。
 笑顔の男がこちらに走って来た。
 反射的に後ずさると、体のバランスがぐらりと崩れた。岸辺から足を踏み外したのだ。
 あっ、と思う間もなく体は池に落下する。
 腰を痛打して、自分の口から呻き声が漏れた。
 慌てて周囲を見回して懐中電灯を探す。あった。一メートルほど離れた場所に転がっている。
 痛みをこらえながら懐中電灯に手を伸ばした。が、その手は懐中電灯をつかむことなく、空中で静止した。
 絶叫する。
 さっきの男が、岸辺から自分を見下ろしていたからではない。
 懐中電灯の光の先にあるものを見てしまったからだ。
 肌が真っ黒に変色した女の死体を。



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