阿世賀浩一郎とは?阿世賀家とは?そのルーツに遡って探る
ついに週5日掛け持ちで計7時間というアルバイトを確保、更に安い家賃で西鉄久留米駅から徒歩2分に開業カウンセリングオフィス兼音楽喫茶も獲得できる情勢となりました。
当然ながら、カウンセリングオフィス「カウンセリングルーム ケー・エフ・シー」と音楽喫茶「音響文庫」(実は同じ場所なわけですが、屋号は二重にします。ちなみに個人事業主としての総合的名称は「ちとせオフィス」です)は、週5日(月・火・木・金・土)は昼間のバイトが終わった後、18:00からとなります。
毎日の閉室は、22:30頃を想定しています。
バイトのない週2日(日・水)については、12:00からの開室を考えていますが、日曜日は、月2回「北部九州カウンセリング研究会」を日昼福岡市早良区で定期的に開催します。
土曜夕方から日曜日、あるいは火曜夕方から水曜日についても、例えば遠方でのコンサートやライブ、美術展、特にアニメクリエイター自らが参加するトークショーやサイン会がある場合には非常に積極的に参加するつもりですので、不定期な休業はいただくでしょう。
こうして、私の仕事の態勢が整い、次のステージへのアップデートが始まりますので、ここで改めて自己紹介めいたものを書いてみようかと思います。
履歴書的な経歴は以下の通りです。
現在在住している福岡県久留米市に1960年(昭和35年)9月1日に生まれています。
実は今上天皇が昭和35年の早生まれですので学齢的には陛下の方が一つ上ですが、両親が上皇ご夫妻ご成婚の日にあやかり結婚していまして、今上天皇の幼名が「浩宮」ですから、そこから1字をいただいて「浩一郎」なわけですね。
父方の実家、阿世賀家は江戸時代から姓を持ち、家系図的には私が10代目です。女性が生まれる確率が高く、婿養子を取ることが少なくない形で家督は譲られてきました。つまり「一族の家長は女性」という伝統があります。
私の祖父も入り婿、叔父(祖父の長兄)の長女の私のいとこが現在の家長ですが、このいとこも女性きょうだいのみ、結婚相手は入り婿、生まれたのは娘だけ3人、その中の一人が阿世賀姓を維持した結婚(「養子を取った」ではなく、「いずれかの姓を名乗る」という民法上の権利を行使しただけ)しましたから、実は男系かつ自らも息子2人を輩出している男子血脈は私に背負われています。もっとも息子2人は離婚後母親の姓を名乗っていますので、私が再度結婚して男子を設けない限り、阿世賀家の男系は正式には引き継がれないことになります。
「阿世賀(あせが)」というのは大変珍しい姓ですが、福岡県旧三井郡(現久留米市)北野町大字赤司を中心とした地域に発祥する一族で、そのほとんどは北野町在住です。

現在全国でも阿世賀姓は200名いないと思います。
私の若い頃は、親族の大家族的なつきあいが深く、盆正月冠婚葬祭となれば一族数十名が広い「本宅」で大宴会という、「サマーウォーズ」そのものの光景でした。
早くから分岐している阿世賀家の流れのひとつは北野天満宮(北野町に鎮座。つまり「北野」町というのは京都の「北野天満宮」に名を由来します)の元にある赤司八幡の宮司を務めていました。つまりシャーマンの家系生まれのカウンセラーではありますね。

これはまもなく、前述のいとこの家に伝わる家系図を久しぶりに閲覧させていただき、しかも菩提寺の真宗大谷派の名刹、栄恩寺の住職も交えて、「阿世賀家のルーツの旅」という企画をやりますので、もう少し詳しいことが判明してくるかと思います。

そもそもなぜ「阿世賀」なの?というのは全くの謎なんです。
類似の姓として「阿世知」というのがあり、NHKのTVアナウンサーにおられますが、恐らく関係はあります。
「阿」というのは、歌舞伎の祖、「出雲の阿国」の「阿」が「クニ」さんという女性の雅称であるのと同様、とも予想できますが、それなら「世」って何よ?となるわけですね。
「曲学阿世」ということわざの「阿世」でもありますが、このことわざの「阿」というのも雅称ですから、この、しかもあまりいい意味では使われないことわざが由来とは思えない。
私は朝鮮経由の渡来人説を仮説として立ててはいます。
私の住む福岡県久留米市近郊は、古来から朝鮮文化との密接な交流の地です。
古くは筑紫国造(つくしのくにみやつこ)の豪族磐井の反乱(527年)の日本書紀記述で知られますが、磐井自身が新羅との連携を考えていました。
八女市の、巨大石人石馬で署名な岩戸山古墳が磐井の墓と言われますが、明らかに大和朝廷から独立し独自の文化圏を持っていました。
また、創建仁徳天皇55年(西暦367年)の歴史を誇る高良大社は、高良山神護石と呼ばれる、朝鮮式山城の遺跡でも知られます。

更には、白村江の戦い(663年)で敗れたことで築かれた水城の史跡も20kmしか離れていません。

元寇については言うまでもありませんよね。

更には秀吉の朝鮮出兵。
こうした長い歴史の中で、朝鮮からの渡来人はたくさん北部九州に定着してきていたわけで、明らかに私の住む福岡地域は、渡来人系の血が日本一濃いはずです。
しかもそれは狭い意味での韓国朝鮮の人たちが移住してきたというだけではなくて、朝鮮半島は「通り道」という発想に立てば、中国をはじめとする幅広いアジア人が日本で定住した可能性がある。
こうして私が出した結論は、孟子の血族の漢民族ルーツ仮説です。

つまり、この、亞聖(あせい)というのが源ではないのか?ということですね。
阿世賀家が、地元の名主であったという話は聞いたことがないのですが、なぜ江戸時代から姓があったのか?というあたり、前述の赤司八幡の宮司家系というだけでは「氷山の一角」を見ているに過ぎないと仮定しています。
祖父が入り婿ですが旧制東京帝国大学出身で、満州国の高等教育機関の「視学」を務めた末に迎えた最期については別記事に書きました。

ちなみに最近の阿世賀家、および母方、宮崎家のインテリ組は、
祖父:東京帝国大学卒 満州国「視学」にして関東軍密偵
叔父(長兄):旧制早稲田大学卒 シベリア抑留 久留米市議会事務局を務め上げる。
叔父(三兄):旧制玉川大学卒 卒業後も同人誌で食いつないでいた。徴兵されて中国戦線で逃亡、上海の阿片窟で死去
父(4男):ハルピン旧制中学1年で終戦、以降の学歴はないが、明らかな高知能人間。税理士事務所筆頭職員として人の5倍の仕事量をこなす。「気遣いあふれるASD」、天性のトラブルシューター。
8ミリ撮影映写機による撮影愛好家だった。
私が生まれてこのかた出会った最も頭のいい人間が父であるという認識には変化がない。そういう人間が普通の大人であるという感覚で育ったため、大抵の大人がおろかに見えるという不幸な成育歴を私は背負っている。
いとこ(長兄の二女):東京教育大学(後の筑波大学)大学院史学研究科博士前期課程修了。弥生時代の遺跡の発掘の研究員をしていたが、同僚の院生と結婚。離婚後は高校の歴史教師をしながら息子を育てる。
私:立教大学大学院を経て東京大学大学院研究生として所属。実はカウンセリング業界の「超良血馬」の教育を受けてきていることは以下の記事参照。
ADHD当事者で、恐怖の忘れ物常習犯だが、「一度スイッチが入るとてつもない集中力」。
関心の幅の広さは異例のマルチさ。
多職種との連携を重視する現場カウンセラーだが、いざフォーカシングの臨床適用という心理療法モードに入ると、統合失調症急性期妄想幻覚やフラシュバック中の複雑性PTSDのクライエントに対応できる技量を持つ。
恐らく今日本で最も確実に新作アニメの厳密で的確なレビューができる人材。
鉄腕アトムTVシーズリアタイにはじまる、重要無形文化財級のアニメ鑑賞歴であり、専門の勉強をしている時間よりも自宅でアニメビデオを見ている時間の方が遥かに長かったとのこと。
クラシックからJPOP、アニソンに至る幅広い音楽ジャンルに精通。
カラオケレパートリー無尽蔵。7時間連続で歌って全く喉は枯れない。
幼稚園時代のヤマハ音楽教室経験から、作曲能力を小学1年生から発揮。
オーディオ・マニアとして、高い金かけずいい音で聴ける製品選びと使いこなしの実力も持つ。
学部が哲学科であったことが最も反映している心理専門家。
カント・ハイデッガー、ニーチェをドイツ語で読めるレヴェルでありなおかつ、ウイトゲンシュタインの前期論理実証主義、後期自然言語学派理論に通じ、実は所属ゼミは記号論理学だった。
こうした背景があっての、日本最強の、ジェンドリンの体験過程理論の理解者(心理に専門を変える前にひとりで完全に理解できていて、邦訳で「何かわかりづらい」と感じた箇所を原書で点検したら皆誤訳だと判明、という、「大学院入った時点でレジェンド」)。
世界史模試が「何気に」全国50番台であったことの持ち味は随所で発揮されている。
共通一次試験国語200点満点の自己採点。
自分の主観で歪めない、書き手の意図を掴むことに専心する、天性の文章読解力。
サイクリング、フィットネスジム、バッティングセンター、アイススケートなど、実はスポーツマンタイプ。
鉄道おたく。
夜行寝台列車(ブルートレイン)がなくなってからは、夜行高速バスのヘビーユーザーにも転身している。
宿泊費が高くなったビジネスホテルは決して使わないネカフェのヘビーユーザー。
女性との交際上手の、リア充 兼 おたくという二重性。
だが根っからのフェミニストのつもり。
警備員や掃除人など、どんなバイトでもやってのけるし、そういう場では決してプライドを傘に着ない。
座右の銘:「我以外すべて我が師」
母方の祖父:海軍で長崎造船所の技師となり、戦艦武蔵の建造に携わる
母:日本舞踊師範。
母方のいとこ(女性):医療刑務所の看護師長。
母方のいとこの息子の配偶者:久留米大学大学院出身の臨床心理士。
私の次男:音楽専門学校「作曲科」卒。現在下積み中。

