見出し画像

『陸海軍喇叭譜 (1885)』 その3

【日本のラッパの起源と進化】- その12

 『陸海軍喇叭譜 (1885)』 の喇叭譜は確認できないままです。1897年(明治30年)に厚生堂から発行された「陸海軍喇叭譜1897」をもう少し見て行きます。
*1886年発刊の『陸海軍喇叭譜』が靖國偕行文庫で見られる。という情報をいただきました。今、東京に出向く予定がないので、どうしようかと思案中です。


今一度、 厚生堂の「陸海軍喇叭譜1897」を読む

 1885年(明治18年)制定通達の『陸海軍喇叭譜』の12年後に発刊された喇叭譜は、原本の喇叭譜がどのようなものであったかの手がかりにすぎませんが、国立国会図書館デジタルコレクションのログインなしで閲覧が可能です。《https://dl.ndl.go.jp/pid/855031

厚生堂 「陸海軍喇叭譜1897」

書誌

タイトル      陸海軍喇叭譜りくかいぐん らっぱふ
著者        相沢富蔵あいざわ とみぞう
           (1855-1915)
出版地       東京
出版者        厚生堂こうせいどう
出版年月日     明30.11 (1897)
容量・大きさ    110p ; 10×16cm (110ページの携帯可能な小型本)
分類(NDC)    760  (日本十進分類法760 = 音楽)
言語         jpn  (日本語資料)
利用対象者     一般  (閲覧制限なし)
コレクション情報  図書 (雑誌・逐次刊行物ではなく、単行本)
出版地       JP  (日本国内出版)

奥付
明治三十年十一月十五日印刷
明治三十年十一月二十五日發行
陸軍省御用圖書發行所
編輯印刷 兼發行者 相沢富藏
 東京市京橋區南傳馬町壱長目壱番地
印刷所 厚生堂石版部
 東京市京橋區中橋廣小路町貮番地
發行所 厚生堂
 東京市京橋區南傳馬町壱長目壱番地

 以上のとおり、奥付には「陸軍省御用圖書發行所」と記されており、本書が陸軍省の指定、あるいは何らかの関与のもとで刊行された性格を有していることがうかがえます。この点から、厚生堂は当時、軍関係出版物の刊行において、一定の公的役割を担っていたと考えられます。

掲載号音623曲

 厚生堂から刊行された「陸海軍喇叭譜1897」は、横開きの小型冊子(約10×16cm)という体裁をとっています。これは、明治期の軍事実用書にしばしば見られる、携帯性と即時参照性を重視したポケット版と構成と言えます。
 本書には、慶応3年(1867年)に木版刷で刊行された『喇叭譜号 全』の冒頭に見られる「符号理解」のような簡便な楽典解説すら記載されていません。全ページにわたり、号音譜面のみが収録されている点は、本書の大きな特徴といえます。
 本書は総110ページから成り、各ページには概ね6曲ずつの号音が記されています。曲の長さ等により2〜3曲のみが掲載されているページもありますが、冊子全体では計623曲の号音を確認することができます。
 このうち、明治18年(1885)の制定通達「達乙第154号」によって定められた「第一号 君が代」から「第二百二十一号 駆歩行進」までの221曲(同号として2 曲増えているので実際は223曲)を除く残りの400曲は、本書の刊行に至るまでの12年間に、軍隊の現場において実務上の必要に応じて増補・拡張されていった号音であると考えられます。

各ページ毎に記された号音表題一覧

「号外」と記された号音

 厚生堂から「陸海軍喇叭譜」が刊行された1897年ごろの日本は、日清戦争(1894-1895)の勝利と、それに続く三国干渉(1895年)を経た時期にあたります。この時期、日本は台湾の統治を開始するとともに、朝鮮半島に対する影響力を強めつつあり、対外的には帝国主義的な展開が本格化し始めた段階でした。このような対外的緊張の高まりは、軍隊の即応性や指揮伝達手段の整備を一層促す要因となり、号音体系の拡充やその集成としての『陸海軍喇叭譜』刊行を理解するうえで、重要な背景をなすと言えます。

敬體ノ部に追加された「号外」の号音

 「敬體ノ部」は1885年(明治18年)の制定通達による『陸海軍喇叭譜』において、敬礼・弔意・儀礼的動作を示す号音をまとめた部門です。本書には「敬體ノ部」という部門表示はありませんが、「君ケ代」「海行カバ」「皇御国」「国ノ鎮メ」の四つの号音に加えて、号外として三号音が追加されています。

厚生堂「陸海軍喇叭譜1897」2〜3ページ

 1885年(明治18年)の制定通達から12年後に追加された三つの号外「水漬ク屍みずつく しかばね」「足曳キあしびき」「哀ノ極あいの きわみ」は、本書の冒頭2〜4ページに記されています。これらの号音は、当時の時代背景を踏まえると、必要性に基づいて設けられたものであったことがうかがえます。日清戦争(1894-1895)における日本軍の死者数は、約1万3千〜1万4千人とされ、その大部分である1万1千人以上が戦病死(主に脚気かっけや伝染病)、そして、戦闘による戦死者は約1,400〜1,500人程度でした。
 これらの号音が具体的にどの時点で追加されたのかについては、今後の調査を待つ必要がありますが、日清戦争における多数の戦没者を弔う必要性から追加されたものと推察することができます。とりわけ「水漬ク屍」や「哀ノ極」といった表題は、戦闘死のみならず、疫病や行軍途上で失われた多数の兵士の存在を強く想起させるもので、近代日本が初めて経験した大規模対外戦争の現実を、号音という形式を通じて反映しています。

ジョルジュ・ビゴー「魚釣り遊び」(1887)

水漬ク屍みずつく しかばね
―海で命を落とした者への覚悟と哀悼を示す号音

 「水漬ク屍」は、海上で命を落とした兵士を象徴的に表す号音名です。語義は「水に沈んだ亡骸」を意味し、戦場における過酷な現実を率直に示した表現といえます。
 本語は、万葉集に収められた大伴家持の歌「海行かば 水漬く屍」に由来します。この歌は、海へ赴くにあたって水中で死ぬことも辞さない覚悟を詠んだもので、近代以降は軍事的文脈において引用されることが多くなりました。
 号音名として「水漬ク屍」が用いられた背景には、海上で死亡した者を弔う必要性があったと考えられます。古典語彙を採用することで、個別の感情表現を避けつつ、死者への追悼を形式化した号音であったと位置づけることができます。

足曳キあしびき
― 山の静寂に託された厳粛な弔意を表す号音

 「足曳キ」という号音名には、古典語に由来する語彙が用いられています。「あしひきの」は、古来和歌において「山」や「峰」にかかる枕詞として用いられ、山の奥行きや静けさを示す語として機能してきました。こうした用法からは、人里を離れた場所や静謐な情景が想起されます。
 また、「足曳」という語は、山鳥の尾を長く引く姿に由来するとされ、語源的には「引き延ばされる」「重く引く」といった動きを含意します。そのため、静かに移動する所作や、儀礼的な行進を連想させる語として理解することも可能です。
 号音名としての「足曳キ」は、具体的な行為や状況を直接示すものではありませんが、古典語の象徴性を通じて、弔送や追悼といった儀礼的場面に対応する語として選ばれたものと考えられます。実務的な信号に、間接的な意味付けを与える名称であったと位置づけることができます。

哀ノ極あいの きわみ
― 国家の弔意を示す号音

 「哀ノ極」は、大喪儀をはじめとする国家的弔事に際して用いられた、特別な性格を持つ号音です。その名称が示すとおり、深い哀悼を表す場面で奏されることを前提としており、喇叭信号の中でも儀礼性の高い位置づけにありました。
 この号音は、日常的な部隊運用に用いられる合図とは用途を異にし、国家的儀礼という限定された場面での使用を想定して整備されたものです。そのため、実務的な伝達機能よりも、儀礼にふさわしい音響的性格が重視されていたと考えられます。
 「哀ノ極」という名称には、個々の悲しみを超えて、国家として哀悼の意を表明する場において、音によってその意思を示すという役割が付与されています。儀礼用号音の中でも、象徴性の高い存在であったと位置づけることができます。

諸名號ノ部に追加された「号外」の号音

「諸名號ノ部」は、 部隊・編制ごとに付与された固有の呼称号音をまとめた部門です。本書には「諸名號ノ部」という部門表示はありませんが、「第六号 陸軍士官学校」〜「第七十一 水雷隊」の六十六号音に加えて、号外として五十号音が追加されています。

諸名號ノ部の追加号外

一般隊號ノ部に追加された「号外」の号音

「一般隊號ノ部」は、特定の聯隊れんたい名や部隊名を付けずに、すべての部隊に共通して用いられる号音をまとめた部門です。本書には「一般隊號ノ部」という部門表示はありませんが、「第七十二号 第一大隊」〜「第八十四号 第四小隊」の十三号音に加えて、号外として六号音が追加されています。

一般隊號ノ部の追加号外

日課及諸號音ノ部に追加された「号外」の号音

「日課及諸號音ノ部」とは、 兵営生活・教育・演習・戦闘行動に至るまで、 部隊運用のあらゆる段階で必要とされる「基本的・汎用的な号音」をまとめた部門です。「第八十五号 日出」〜「百八十四号 火災」の百号音に加えられた号音は一つもありません。

招呼ノ部に追加された「号外」の号音

「招呼ノ部」とは、特定の人物や部隊を呼び寄せる、あるいは応答を求めるために用いられる号音をまとめた部門です。「第百八十五号 将校」〜「第二百十四号 罰人」の三十号音に加えられた号音は一つもありません。

行進ノ部に追加された「号外」と「無番号・無表題」 の号音

「行進ノ部」とは、 部隊が実際に行進する際に吹奏される号音をまとめた部門です。「第二百十五号 分列式」〜「第二百二十一号 駆歩行進」の七号音に、「号外 第弐百拾六号徒歩行進ノ次ヘ追加」「号外 第弐百弐拾壱号駆歩行進ノ次ヘ追加」と記された二号音に加えて、「無番号・無表題」 の百四十号音が追加されています。

追加された部隊名等を表す「号外」および「表題のみ表示」の号音

 本書に掲載されている「号外と表示」および「表題のみ表示」の号音を掲載順に見ていくと、「一般隊號ノ部」「招呼ノ部」「日課及諸號音ノ部」に属すると考えられる号音が混在していることが分かります。
 このうち「一般隊號ノ部」には、北海道の「屯田兵」に関する十三の号音のほか、台湾の「基隆要塞砲兵大隊」「澎湖島要塞砲兵大隊」「臺湾守備歩兵第一聯隊」に関する号音、さらに「春日」「大和」などの艦船名を表す号音を含め、計百八十六号音が収められています。「招呼ノ部」には、「隊長」「特務曹長」「見習士官」「豫備見習士官」「士官候補生」「消防手」「練習候補生」など八号音が含まれ、「日課及諸號音ノ部」には「行方待テ」の一号音が記されています。

追加された「号外と表示」「表題のみ表示」の号音

厚生堂版『陸海軍喇叭譜(1897)』が示すもの

 1885年(明治18年)の制定通達による『陸海軍喇叭譜』は、今日に至るまで、その原本の喇叭譜を直接確認することができていません。そのため、現時点においては、1897年(明治30年)に厚生堂から刊行された『陸海軍喇叭譜』を通じて、制定当時の号音体系を間接的に読み解くほかありません。
 本書は、原本の制定から十二年後に刊行されたものであり、あくまで後年の集成ではありますが、国立国会図書館デジタルコレクションにより、全文を閲覧できる貴重な資料です。この「厚生堂版喇叭譜」を精査することは、明治期の号音体系がどのように運用され、拡張されていったのかを考えるうえで、避けて通れない作業といえます。
 厚生堂版『陸海軍喇叭譜(1897)』は、携帯性を重視した小型横開き冊子で、全110ページにわたり号音譜面のみを収録しています。楽典的な解説や使用法の説明を一切伴わず、純粋に「現場で使われる音」を集成した実務書である点に、本書の性格が端的に表れています。収録曲数は計623曲に及びますが、このうち221曲(実質223曲)が1885年の制定通達で定められた号音であり、残る約400曲は、その後の十二年間にわたる軍隊運用のなかで、必要に応じて増補されていったものと考えられます。
 特に注目されるのは、「号外」あるいは「表題のみ表示」として追加された多数の号音です。これらは、「諸名號ノ部」や「一般隊號ノ部」、「行進ノ部」など、複数の部門にまたがって混在しており、体系的な再編というよりも、実務上の要請に応じて逐次書き加えられていった形跡を強く示唆しています。すなわち、本書は完成された教範というよりも、現場で増殖し続けた号音を可能な限り収録しようとした「実用集成」として理解するのが妥当でしょう。
 また、「敬體ノ部」に属すると考えられる号音群のうち、「水漬ク屍」「足曳キ」「哀ノ極」という三つの号外が、本書の冒頭に配置されている点はきわめて象徴的です。これらはいずれも弔意や追悼を主題とする号音であり、日清戦争を経た時代背景を踏まえるならば、多くの戦没者を前にして新たに必要とされた儀礼的号音であった可能性が高いと考えられます。号音が単なる命令伝達の手段にとどまらず、国家的感情や死生観をも「音」によって表現しようとした事実は、近代日本の軍制が抱えた重層的な性格を物語っています。
 以上を踏まえると、厚生堂版『陸海軍喇叭譜(1897)』は、1885年制定通達の単なる写しではありません。それは、実戦や占領、軍備拡張の時代を通じて変容した、日本軍における号音運用の「実態」を映し出す資料であると位置づけることができます。原本が未確認である以上、本書は不完全な手がかりではありますが、同時に制定後の12年間に何が起こったのかを雄弁に語る、きわめて重要な証言といえるのではないでしょうか。

*1886年に刊行された『陸海軍喇叭譜』が、靖國偕行文庫で閲覧できるとの情報をいただきました。今後、同書を実見する機会が得られた際には、これまで検討してきた厚生堂版『陸海軍喇叭譜』との相違点を確認できることを期待しています。

HIRAIDE HISASHI

関連項目

【日本のラッパの起源と進化】シリーズ 1〜32

日本のラッパの起源と進化】 - その1
 
― フランス軍事顧問団とギュティグの役割 ―
日本のラッパの起源と進化】 - その2
 
― 二度来日したラッパ伍長ギュティグ ―
日本のラッパの起源と進化】 - その3
 
― 喇叭譜号 全 (一般信号) ―
日本のラッパの起源と進化】 - その4
 
― 喇叭譜号 全 (運動合図信号) ―
日本のラッパの起源と進化】 - その5
 ― 喇叭譜号 全 (三重奏と部隊信号) ―
日本のラッパの起源と進化】- その6
 
― 『英国歩兵練法』慶応2年の喇叭合圖 ―
日本のラッパの起源と進化】- その7
 ― 『英国歩兵練法』とフェントン ―
日本のラッパの起源と進化】- その7 - 2
 
― 『英国歩兵練法』とフェントン (改訂版) ―
日本のラッパの起源と進化】- その8
 ― 『英国尾栓銃練兵新式』と『英国銃隊練法』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その9
 
― 『旭川と佐呂間でラッパ隊を聞く』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その10
 
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その1 ―
日本のラッパの起源と進化】- その11
 
― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その2 ―
日本のラッパの起源と進化】- その12
 ― 『陸海軍喇叭譜 (1885)』その3 ―
日本のラッパの起源と進化】- その13
 
― 『諸外国の「食事ラッパ譜」』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その14
 
― 『日本の「食事ラッパ譜」』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その15
 
― 『駆歩行進』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その16
 ― 『北海道のラッパ』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その17
 ― 『浜松まつりのラッパ』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その18
 ― 『おかえり祭りは二種類ラッパが交互に響く』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その19
 ― 『美川で最初に吹き鳴らされたラッパ譜』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その20
 ― 『音商標への登録』 ―
日本のラッパの起源と進化】- その21
 ― 偕行文庫の『陸海軍喇叭譜』―
日本のラッパの起源と進化】- その22
 ― 『イタリア・トリノの消灯ラッパ』―
日本のラッパの起源と進化】- その22 改訂版
 ― 『夜空のトランペットのルーツ』―
日本のラッパの起源と進化】- その23
 ― 『朝はラッパで始まる ― 起床ラッパ二百年の歴史 』―
日本のラッパの起源と進化】- その24
 ― 『いまさらですが「らっぱ」って何ですか』―
日本のラッパの起源と進化】- その25
 ― 『消えゆくラッパの響き ― 佐呂間消防団ラッパ隊の記録』―
日本のラッパの起源と進化】- その26
 ― 『ながのってすごいぞ/御柱』―
日本のラッパの起源と進化】- その27
 ― 『ながのってすごいぞ―消防:基礎編』―
日本のラッパの起源と進化】- その28
 ― 『ながのってすごいぞ―消防:応用編』―
日本のラッパの起源と進化】- その29
 ― 『戦後ラッパ譜の成立 ― 須摩洋朔と自衛隊音楽隊の出発』―
日本のラッパの起源と進化】- その30
 ― 『現代音楽作曲家のラッパ譜 ― 黛敏郎と自衛隊儀礼音楽』―
【日本のラッパの起源と進化】- その31 
 ― 平戸に響いたファンファーレ ― ザビエル来航とポルトガル人の歓迎
【日本のラッパの起源と進化】- その32
 
北海道の夜明けを告げた響き ── 屯田兵第四大隊とラッパ譜


日本のラッパの起源と進化】- 番外編
 ― 『ビューグル』 ― 《BandLifeWorld版》
日本のラッパの起源と進化】- 番外編
 ― 『ビューグル─音が伝えるもの、形が残すもの』 ―
日本のラッパの起源と進化】- 番外編
 ― 『信号ラッパの旋律はどこへ向かったのか ─ 軍事・芸術・大衆文化の交差点』―

いいなと思ったら応援しよう!