私のオススメ彼氏が特大ブーメランを投げつける #1 【創作大賞2024恋愛小説部門】
【あらすじ】
27歳の会社員、早川瑠衣は、友人が開発したアプリ「オススメ彼氏」のテストプレイを依頼される。自身のSNSへの投稿や、検索履歴、動画の視聴履歴などを参考に理想の男性キャラクターを生成する、というものだが、オススメされた彼氏は想像していたものとはまるで異なっていた。
友人の依頼を無下に断れなかった瑠衣だが、オススメ彼氏との生活で徐々に心境の変化が生まれてくる。一方、アプリの思わぬ弊害が瑠衣の運命をもてあそぶ。
【本編】
「Amazonで注文してTikTokで動画見て、今日のランチをXにポストしたら理想の彼氏が出来上がるの。すごくない!?」
持参したノートパソコンを叩きながら、あすかはそう捲し立てた。
久留米山あすか、27歳。自分の好きなことを納得いくまで話す様は大学生の頃から変わらない。あすかとは大学一年のときに知り合ったが、お互いの性格がまるで違うため行動を共にすることがあまりなく、かといって対立もないから居心地がよく、今でも時々連絡を取り合っている。
黒縁のメガネに切りっぱなしのボブ、髪の中間あたりから毛先にかけて濃い緑色のカラーリングをする友人など、この先二度と出会うことは無いだろう。
スマホアプリの開発に携わっているあすかは、新作のテスト版をプレイして欲しいと久々に私の家を訪れた。ノートパソコンには私のスマホが繋がっており、あすかはその新作アプリのセッティングを続けている。
「なんでAmazonと理想の彼氏が関係あるの?」私は素直な疑問をぶつけてみた。
「購入履歴にはその人の性格や趣向が存分に含まれているの。例えば500mlのペットボトルに入ったコーヒーではなく、190mlの小さい缶コーヒーを好んで買う男性がいたとするじゃない?190mlの缶コーヒーは建設現場の作業員やタクシードライバーなどが飲み切りやすいようにこのサイズになっているし、休み時間が少ない会社員にもこのサイズが好まれているの。つまり、この男性はかなりハードな仕事をしている人だろうことが推測できるわけ」
うーん、わかるような、わからないような。少なくとも27歳忙しさそこそこの会社勤め女性の私は確かに缶コーヒーを飲まない。そもそもAmazonで缶コーヒーを買う人などいるのだろうか。
ところで缶コーヒーで思い出した。「なにか飲み物いる?」
そう言って私は冷蔵庫を開けたが、中にはゼリー飲料と栄養ドリンクしか入っていなかった。せめてお菓子くらいはと部屋を見回したが、気の利いたものは何もない。八畳一間、グレーのカーテンにシングルベッド。白いラグマットの上に一人用のちゃぶ台があり、そこであすかは作業している。意識しているわけではないが、ミニマリストだと言われればそうなのかもしれない。
「瑠衣、お待たせ。X、Facebook、Instagram、TikTok、YouTube、その他検索サイトや通販サイトなど、普段使っているもの全部連携した」
あすかにスマートフォンを手渡される。画面には「オススメ彼氏」のタイトルと、「名前は?」の質問文が浮かんでいる。
「オススメ彼氏?」
「うん、仮のタイトルだけど」
「名前は?本名でいいの?」
「なんでもいいよ、情報は外部に漏らさないから」
私は本名の「早川瑠衣」を打ち込んだ。
続いて「彼氏の名前は?」と質問文が続く。
「彼氏の名前?」
「ここはあとでも変えられる」
「じゃあ」
私は「たろう」と打ち込んだ。よくある男性の名前。早く先に進みたかった。
スマホ画面がホワイトアウトする。あすかがスマホ画面を覗き込んでくる。
私にオススメされる彼氏って、一体どんな人なんだろうか?
ゆっくりと浮かび上がってきた男性の姿は、黒髪、ショートで前髪を右に流した好青年。シンプルで、誰にでも好かれるような、平均的な20代中盤日本人男子の顔だ。そしてなにより画像がリアル。
「あすか、この人、本物?」
「本物なわけないじゃん。生成AIで作成したCGだよ」
え、エーアイ!?これが噂のAIなのか。乙女ゲームの延長のようなものを想像していた私は余計なことに首を突っ込んでしまったような不安に駆られた。
「これが私にオススメの男性のルックスってこと?」
「いや、違うね」あすかがノートパソコンを見ながら答える。「データ無 し、だって」
「データ無し?どういうこと」
「瑠衣、最近、好きな男性のルックスの話をSNSに書いた記憶ある?」
「無い」私は即答した。そういう話はすっかりご無沙汰だった。
「だからこの当たり障りのない一般的な顔が出てきたみたいね。これはSNSに自分の好き嫌いを投稿すれば変えられるからやってみて」
「わかった」
「じゃあ次、話しかけてみて」
「え、話すのこれ?」
「もちろん。名前を呼んでみて」
名前?…あ、さっきのやつか。「えっと、もしもし、たろうさん、聞こえますか?」
真っ白な背景に佇む標準男子姿のたろう氏はまるで反応しない。
「たろうさん、聞こえますか?」
「瑠衣!」
「はい!」突然呼びかけられ思わず声が上ずってしまった。
「本当に欲しいものは奪ってでも手に入れるんだ!」
「はぁ!?」
標準男子姿には似合わない暑苦しい口調とセリフに私は即座に嫌悪感を抱いた。
「なんなのこれ?」
「城下町リビングデッドでしょ?」
「城下町リビングデッド」とは最近大人気のアニメで、ゾンビが現れた架空の江戸城下町で、江戸一の剣士の息子として生まれながら、ある事情で小さな魚屋に引き取られた主人公・ハチが、剣士としての才能に気づき、長屋の人々を救う人情噺&アクションで構成された作品である。
「第3話、どうしても日本刀を手に入れたいハチが口八丁手八丁言いくるめて、長屋の大家さんが隠し持っている日本刀を偽物とすり替えるシーンのセリフじゃない?」
どうやらあすかはこのアニメが相当好きらしい。しかし日本刀のすり替えってただの泥棒ではないのか?そんな主人公でいいのかそのアニメ。
「でも私、そのアニメ、1話しか見たことないよ」
「瑠衣、昨日の夜、YouTubeで城下町リビングデッドのショート動画ばかり見てたんじゃない?」
あすかはパソコン画面をこちらに向ける。映し出されているのは昨晩私が見た動画の視聴履歴だ。確かに私は、昨晩、このアニメの切り抜きやら声マネやらパロディやらの動画を見続けていた。
「でもそれはたまたまオススメ動画で流れてきたから見ただけで」
「でもずっと見てたんでしょ、城下町リビングデッドの動画」
「そうだけど…」
「つまり、昨日の視聴履歴を元に、城下町リビングデッドの主人公、ハチの口調やセリフなんかの情報をネットでかき集めて、いま再現している、ってこと。もちろん喋り方や性格なんかも、検索履歴などが変わればどんどん変わっていくわけ」
きっと技術としてはものすごく革新的なことをやっているのだろうと思う。しかし、ダラダラ見たショート動画と好きな男性は当然違うはずだし、なにより標準男子姿で暑苦しいアニメのセリフを叫ぶ彼氏は生理的に受け付けない。
「私、オススメ彼氏って、もっと乙女ゲームみたいな感じかと思ってて、キャラクターも、犬系とか猫系とか、俺様系とか、そういうのかと思ってて」
「類型的な、データベース化されたキャラクターと実際の人間の好みは違うじゃない?そもそもキャラクターのデータベース消費というのは…」
「ともかく!」あすかの話が長くなりそうなので遮ってしまった。思ったよりも声が大きくなってしまったことが申し訳なくなり、次の言葉が出てこない。
「本来なら体験版をローンチして反応を見るべきなんだけど、それには問題が多すぎる。でもテストをしなければ改善は見込めないの。瑠衣が視聴する動画や購入する商品を変えたり、SNSに投稿したりすれば、姿も話し方も変わるはず。だからもう少しやってみてくれない?」
いつも強気なあすかが懇願する姿を私は初めて見たかもしれない。それだけこのアプリに賭ける想いがあるのだろう。正直、親友の頼みを無下に断るのは忍びない。せっかく「やってほしい」と頼まれているわけだし。
「…わかった、とりあえず一週間だけ」
こうして私とオススメ彼氏との生活が始まった。
