短編ドラマ「名もなき主役たち」第1話「見送っているんよ。自分の人生を」
【あらすじ】― 「名もなき主役たち」という物語のこと ―
朝のバス停、夜のファミレス。
昼下がりのコンビニ、夕暮れのベンチ……
どこにでもある日常の中で、
誰にも気づかれないまま、ドラマを演じている人がいる。
そんな“名もなき主役たち”を描くシリーズを、少しずつ書いていこうと思う。
派手な展開も、どんでん返しもないけれど、
その一言、その背中に「…なんか、わかる」って思える物語を。
日常は、名もなき主役でできている。
そして、読んでくれるあなたも、きっとその一人。
さあ【第1話】は、春の朝のバス停から。
はじまり、はじまり。
【第1話】
「見送っているんよ。自分の人生を」
朝7時20分。
住宅街の角にぽつんと佇む小さなバス停。
いつものようにベンチの端っこには、今日もあの“じいちゃん”がいた。
4月の朝は、春とはいえまだ肌寒い。
ピカピカのカバンをぶら下げた高校生が駆け寄ってくる。
背を丸めたサラリーマンの目はうつろで覇気がない。
主婦はイヤホンで現実逃避しながら、足元のつくしにふと目を留め、ささやかな感動を覚えている。

でもその背中は、街の朝に、確かに何かを残していった。
でも、じいちゃんだけは、動かないんだよね。バスが来ても、知らんぷり。乗る気なんて、これっぽっちもない。ただ、ベンチの端で、背筋をピン!と伸ばして、じーっと座ってる。まるで、時間と握手でもしてるみたいに。
服装もまた、ちょっと昔の風が吹いてる。帽子をかぶってて、スラックスはグレー。地味だけど、よーく見ると、生地がいい。「あ、こりゃ本物だ」ってわかるやつ。「昭和からの使者」というより、昭和が一人で歩いてきたような存在感を漂わせている。
ボタンは全部、ピシッと留まってるし、靴もね、ピカピカじゃない。でも、ちゃんと磨いてある。「ほら、俺、気持ちはちゃんと込めてますよ?」って、靴が言ってる気がした。渋い。とにかく、渋いのよ、このじいちゃん。
で、さらに気になるのが、その手元。持ってるカバンがやたらと薄い。ぺらっぺら。でも、それを両手で大事そうに抱えてるんだ。クラッチバッグっていうより、なんかもう“秘密の書類ファイル”みたいな佇まい。「一体何が入ってるんだよ…」って、つい想像しちゃう。もしかして、中身は……時間そのもの?
最初に見かけたのは3月下旬。
当初は「誰か迎えに来るのかな?」と思っていた。
孫かな?、奥さんかな?、昔の友だちかな?と。
でも、誰も来ない。
3日目も、5日目も、10日目も。
じいちゃんだけが、土日以外の毎朝定位置キープしている。
気づけば、俺は毎朝その振る舞いを目で追っていた。
桜の花びらがバス停を舞う日も、
雨がベンチの木目にじわっと染み込む日も。
じいちゃんは、まるで“春の付属品”みたいに、そこにいた。
時間が止まってるようで、止まってない。
じいちゃんが座っているだけで、この街の朝が、ゆっくりと始まる気がした。
そしてある朝――
我慢できなくなって、バス一本見送って、思わず聞いた。
「……あの、誰か待ってるんですか?」
じいちゃんは、目を細めて、少し笑った。
春の光が、その深い皺に溶け込むようだ。
その穏やかな表情に、なぜか心を奪われた。
「いや。誰かを待ってるわけじゃなか。
……見送ってるんよ。自分の人生を」
……えっ、どういうこと。わけわかんねぇ。
頭の中で「?」マークがぐるぐるうごめいていたが、
あの言葉は、不思議となんか残る。耳の奥に、ふわっと。
おそらく、ちゃんと人生と向き合ってきた人にしか言えないセリフだ。
その翌日から、突如じいちゃんの姿は見えなくなった。
桜は散って、季節は次の景色を急ぐように移ろいゆくけれど
あのベンチだけは、時間の流れに取り残されたままだった。
でも――
バスを一本やり過ごした誰か、
空を見上げて立ち尽くす誰か、
を見かけるたびに、あの人の言葉を思い出す。
「見送ってるんよ。自分の人生を」
あのじいちゃんは今もどこかのバス停で、
朝の風に吹かれながら、誰かの背中をそっと見送っているんだと思う。
もうバスには乗らない。
けれど、あの人の『終点』は、きっともう決まっているのだろう。それまでの道のりを、誰かとほんの少しだけ共有するために――
だから、ふと思う。
もしもいつか、違う街のバス停であの人を見かけたら、
今度は、ちゃんと隣に座ってみようかなって。
(第2話に続く。記事はここをクリック)
※写真は、本文の内容や空気感に寄り添うイメージとして掲載しています。
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第2話:「まあ、なんとかなるっしょ」
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第3話:「夜のメロンパン問答」
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第4話:「傘が壊れた、それでもしっぽは揺れていた」
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第5話:「朝6時半、人生のダイジェスト版。」
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第6話:「鯉とスマホと、3キロ分の俺」
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第7話:「声のない告白」
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第8話:「よろしくぅ!!人生。」
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第12話:「音が消えて、心が聴こえる場所」
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第13話:「ただ振ってるだけですけど、昔は“係長”でした」
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第14話:「おばあちゃんとイヤホンと、90分の約束」
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第15話:「この電車、明日には走っていないかもしれないから」
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第16話:「背中の距離、湯気の会話」
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第17話:「米の話が、国の話になった」
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第18話:「歯医者で、少しだけ削られた日」
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